戦後処理が忙しい(前編)
4話
リューンハイト侵攻は一時間と経たずに無事占領で終わったが、戦後処理が厄介だった。
まず予定外だったのが、戦闘による死者だ。といっても、人狼隊ではない。リューンハイト衛兵隊の方だ。
人狼隊はだいぶ手加減して相手していたようだが、それでも七人の衛兵が殉職してしまった。
負傷者は百人を超えているので、俺たちが手加減していなければ衛兵隊は全滅だろう。
こちらは俺が拙い回復魔法で治療してやった。前世で病院に行くよりは若干マシという程度だが、この世界の医療水準は低すぎる。感染症や予後不良で死なれては困るので、これでだいぶマシになったはずだ。
「もういないか?」
俺は人間の姿に戻って、法衣をひるがえしていた。
この世界の魔術師は、前世の医者や弁護士よりもエリートだ。
リューンハイトはそこそこの地方都市だが、俺に匹敵する魔術師は一人もいない。人間は魔族ほど魔法が得意ではないのだ。
そのため俺の回復魔法程度でも、衛兵たちには恐るべき秘術に見えたらしい。傷が治ったというのに、まだ表情が強ばっている。
俺は衛兵たちに告げる。
「人狼に恐れず立ち向かった者は少ない。ましてや、人狼と戦って生き延びた者はほとんどいない。我々が手加減していたとはいえ、諸君らは尊敬に値する戦士たちだ」
手加減されて褒められても嬉しくはないだろうが、力の差は見せつけておく必要がある。
と同時に、衛兵たちのプライドを傷つけないよう、彼らに賛辞も送っておかねばならない。難しいところだ。
「戦死した七名についても、太守アイリア殿の名で弔うことになるだろう。彼らは最も勇敢で、手強い戦士たちだった」
実際には手加減しても死んでしまった不運な連中なのだが、殉職した同僚をバカにされて嬉しいヤツはいないだろう。ここは持ち上げておく。
俺は衛兵たちに一礼すると、衛兵宿舎を後にした。
やはり気まずいな……。
やることは山積みだった。
犬人隊を街に入れるかどうかで悩んだあげく、俺は彼らを城門周辺で野営させることにした。
犬人は小柄で弱い。数と装備が互角なら、そこらの農夫に負けてしまう。
市街地に入れて大規模な反乱が起きたら、俺は彼らを守るために人狼隊を派遣しなくてはいけない。現実的にそれは無理だ。
その代わり、彼らには城壁の調査を命じておいた。銀細工職人の彼らは、人狼よりも工兵に向いている。異状があればすぐに見つけてくれるだろう。
犬人隊は小食だし食料持参なのでしばらくは問題ないが、人狼隊はそうもいかない。彼らはプロレスラー並みに食う。俺もだが。
幸い、人数が少ないので太守のポケットマネーで食わせてもらうことにした。肉さえ食わせておけば、人狼は素直だ。
宿舎は安全のため、分散して二つに分ける。太守の館に常駐する俺の班と、犬人隊の護衛に回す班に分けた。
さて問題は、城門側に回す班のリーダーだ。誰を任命すればいいんだろう。
ガーニー兄弟は論外だ。あいつらは俺の監視下に置いておかないと危ないので、今は俺の分隊に入れてある。なんせバカだからな。
年配の人狼に頼んでもいいのだが、人間の姿に戻っているときの彼らは年相応の体力しかない。
今日はだいぶ戦ったし、休ませてあげたいところだ。
迷っていると、俺より少し年上の女性が近づいてきた。近所のお姉さんだったファーンだ。
俺のこちらでの初恋の人でもある。五歳ぐらいのときに「けっこんして!」と言ったところ、「うん、いいよ」と笑ってもらったのを覚えている。
「ヴァイト、私に別働隊のリーダーを任せてもらえない?」
「いいの、ファーンお姉ちゃ……ファーン」
うっかり子供時代の口調が出てしまい、俺は慌てて取り繕った。
するとファーンはクスクス笑いながら、うなずいた。
「犬人隊の護衛と、城門の警備が仕事でしょう? 犬人隊とは仲がいいし、私に任せてよ」
そういえばこの人、大の犬好きだったな。行軍中も犬人をモフり倒していたっけ。
ファーンお姉ちゃんなら人柄も能力も信頼できる。実を言うと、魔法抜きで戦うと俺はファーンお姉ちゃんに勝てないのだ。それぐらい強い。
適任なので、さっそくお願いすることにした。
「じゃあ分隊長に任命するよ。これがメンバーのリストだけど、入れ替えてもいいから」
「どれどれ……うん、大丈夫そう。任せといて」
ファーンお姉ちゃんのウィンクに、俺は思わずドキッとしてしまう。
だが俺は落ち着いた様子を取りつくろい、重々しくうなずいた。
「頼んだよ、ファーン」
「拝命しました、副官殿」
笑顔で恭しく一礼すると、ファーンはリストの紙を手に出ていった。
もう一度ぐらい、結婚してって言ってみようかな?