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帰ってきた紅雪将軍

外伝24話



 西ロルムンドの南部、カストニエフ領。

 領内の森に、所属不明の戦士たちが野営していた。

「どうだ、使節は来たか?」

 身分の高そうな戦士が問うと、別の戦士が畏まって答える。

「いえ、斥候からも連絡はありません」



 その返答に、装備の良い数人の戦士たちが顔を見合わせる。

「妙だな。入手した情報によれば、今日ここを通るはずだ」

「そろそろ日が暮れるぞ?」

「まさか気づかれたか?」

「いや、ノヴィエスク城で一泊する予定なのかもしれん。それに標的は民間人の馬車列だ、予定通りに移動できなくてもおかしくはない」



 この数人の戦士たちは身分を隠してはいるが、身につけた鎧は重厚な甲冑だ。貴族階級に属する者であることは明白だった。

 ただし紋章の類は外されるか塗りつぶされている。

 周囲には魔撃銃を携えた男たちが百人以上待機しているが、薄暗くなってきたというのに火を焚く者は一人もいない。



「これ以上、ここに留まるのは危険だ。森には木こりや猟師も来る。カストニエフ公の耳に入るのは時間の問題だぞ」

「それだけの危険を冒す価値のある任務だ。ミラルディアからの使節を襲撃すれば、エレオラの威信は大きく傷つく。カストニエフ公も責任は免れまい」

 そう答える戦士だが、表情は険しい。



「それに、もう後には退けん。必ず標的に死者を出せとの厳命だ」

「連中が来てくれれば、数人は血祭りにあげてやれるのだがな……」

「おう。魔撃銃なら当たれば馬車ごと粉砕できる。魔撃銃と射手を苦労してそろえ、危険を冒してここまで連れてきたのだ」

「だが肝心の標的が来ないのでは……」



 その言葉に一同が黙ってしまったとき、すっかり薄暗くなった街道から斥候が駆けてくる。

「来ました! ミラルディアの旗を掲げた馬車列です!」

「ようやく来たか」

 ホッとした表情を浮かべる戦士たち。

 彼らは「早くここを立ち去りたい」という思いから、情報を精査するという過程を怠った。



「全魔撃兵、戦闘準備!」

 休息していた兵士たちが立ち上がる。

 彼らは迅速に隊列を組むと、慣れた動きで街道めがけて前進を開始した。



 夕暮れの街道に、ランプを吊した馬車が続いている。ミラルディア連邦の旗が、冷たい風に翻っていた。

「半包囲隊形!」

 魔撃兵が左右に散開し、一列横隊になって木陰や茂みに潜む。



「最優先目標は先頭馬車、次点目標は最後尾馬車だ。動きを封じろ」

「馬を狙うか?」

「あの程度の馬車なら直接射撃したほうが早い。車輪を壊せば、馬が暴れても遠くまでは逃げられん」



 指揮官らしい戦士はそう答えると、すぐさま射撃命令を下した。

「撃て!」

 暗闇の迫る街道に、無数の光弾が放たれる。まばゆい光が真昼のように辺りを照らし出した。



 凄まじい破壊音が連続し、馬車が粉砕される。光弾は命中すると爆発し、車輪も車体もバラバラに吹き飛ばしてしまう。

 馬が驚き、御者たちも慌てて逃げ出した。



「撃て! 撃ち続けろ!」

「いいのか? 首級を確かめたほうが……」

「ミラルディアの旗を掲げている馬車というだけで、政治的な価値がある。逃げる者には構うな、時間が惜しい」



 やがて馬車はどれも車体が完全に破壊され、馬もほぼ全てが息絶えた。巨人が踏み潰したようになっている。

「よし、撃ち方やめ!」

 光弾の豪雨が瞬時に止む。

 辺りに焦げ臭い匂いと、血の匂いが漂う。



 偽装した騎士たちは顔を見合わせ、小さくうなずく。

「全滅だな」

「一応、死体を検分してから撤収しよう」

 そう言ったとき、兵士の一人が叫んだ。



「た、隊長! 誰かいます! 生きてる!」

「なに?」

 慌てて振り向いた彼らは、信じられない光景を目撃することになった。



 瓦礫を背にして立つ、一人の男。

 足取りはしっかりしており、手傷を負っている様子はない。

 だがたった一人だ。

 騎士たちは即座に追撃を命じる。

「殺せ」



 光弾が数発放たれる。人間一人を殺すには大げさすぎるほどの火力だ。

 しかし光弾は男に吸い寄せられると、そのままフッと消えてしまう。爆発しない。

 もちろん男は無傷のままだ。



「な、なんだ……?」

「わからん、とにかく撃て!」

 魔撃銃が効かないのなら騎士たちが斬りかかってもいいが、なんだか薄気味悪い。

「後詰めの騎兵を呼べ!」



 兵たちの間で微かな動揺が波紋を広げる中、光弾がさらに続けて発射される。

 今度は十数発が直撃したが、男は知らん顔してずんずん歩いてきた。

 男は険しい表情で言い放つ。

「テロリストどもめ」



 兵士たちには聞き慣れない単語が飛び出した直後、前触れもなく男の姿が変貌した。

「何だあれは!?」

「じ、人狼!?」

 黒い狼の獣人となった男が、猛烈な勢いで走り出す。

「覚悟はできているだろうな!」



「おい、撃て! 撃つんだ!」

 魔撃兵たちは残っている魔力を魔撃銃に装填し、光弾を放つ。

 その全てが黒い人狼にまとわりつくように渦を巻き、吸い込まれていく。一発も炸裂しない。



「魔撃銃が効かない!?」

「後退しろ! 騎兵はまだか!?」

 指揮官の一人がそう叫んだとき、人狼が牙を剥いて吼えた。



 音の爆発。

 そう形容するしかない轟音が周囲をなぎ払う。

「うっ!?」

 兵士たちは恐怖に身をすくめたが、ほぼ同時に目や耳から鮮血を噴き出してバタバタと倒れた。

「なっ……!?」

 何が起きたかわからず、次々に絶命していく兵士たち。



 かろうじて息のあった指揮官は、地面に倒れたままもがいていた。

 目が見えない。味方はどこだ。

 敵は? あの人狼はどこだ?

 ゆっくりと足音が近づいてくる。

 あの人狼の足音だ。



 死を覚悟した指揮官だったが、そのとき背後から地響きが聞こえてきた。

(騎馬隊か!)

 助けを求めようと、渾身の力を振り絞って上体を起こす。

 見えないまま、必死に手を振った彼は。

 そのまま死んだ。



   *   *   *



「後続の騎兵たちは既に殲滅しました。これで終わりです、ヴァイト殿」

 ロルムンド人狼隊の若い人狼が、指揮官にとどめを刺しながら淡々と報告した。

 俺は変身を解き、周囲の惨状を見回す。

 気の毒だが、彼らはミラルディアの外交使節を襲おうとしたテロリストだ。捕らえたところで、女帝エレオラが彼らを許すはずもなかった。



 そこにミラルディアの人狼たちも集まってきた。

 無関係な人間が戦闘に巻き込まれないよう、また余計なものを見ないよう、周囲を警戒していたのがうちの人狼隊だ。御者役をしていたのも彼らだった。

 ミラルディア人狼たちは馬車の残骸や周辺の死体を眺めながら、呆れたような顔をしている。



「うわ、なんだこりゃ」

「馬車ぶっ壊したのはどっちだ? 隊長?」

「いや、焦げてるからこれは魔撃銃で撃たれたんだろ。よく無事だったな、ヴァイト」

 魔撃銃相手なら無敵だからな。

 他の飛び道具も「矢避け」の魔法があるし、撃ち合いには強い俺だ。



 そこにロルムンド人狼たちの長であるボルカ婆さんが、見習いらしい少年たちと共にのんびりやってくる。

「なんだいこりゃ、魔法でも使ったのかね?」

 俺は首を横に振った。

「人狼の雄叫びには本来、人を殺すだけの力がある。それを極めただけだ」



 致死性のデバフ……とでもいえばいいのだろうか。

 十数年の修行を経た俺が「ソウルシェイカー」を本気で使うと、こうなる。

 もっともそのためには、魂について死霊術で学び、デバフをかけるために強化術を学ぶ必要がある。

 さらに人間について、本能レベルで理解していなければならない。

 具体的には元人間でないと周波数が合わず、致死レベルにまで威力を高めるのは無理なようだ。



 つまりこれは俺にしかできない訳で、編み出しても伝える相手がいない無意味な技だった。

 バンバンぶっ放すには危なすぎるから、術理だけ残せたらそれでいいと思っている。

 いや、もしかすると半人狼のフリーデなら使えるかもしれないが……正直、これをあの子に使わせたくはないな。



 そんなことを考えた俺は、とりあえず目の前の問題を処理することにした。

「それよりも死体を埋葬しよう」

 するとボルカ婆さんが肩をすくめる。



「埋めてやるのかい? あんたの娘や部下を殺そうとした連中だよ? それも丸腰のもんを不意打ちでね。こうなって当然の卑劣漢どもさ」

 まあそれはそうなんだけど。

「死人はもう悪さをしないからな。それにこんな死に方をした連中を野ざらしにしておきたくない。カストニエフ卿に迷惑がかかる」

 ロルムンドの人は迷信深いからな……。



 そんなことを話していると、ロルムンドの人間の伝令が馬で駆けてきた。

「ヴァイト様、ボルカ殿、申し上げます! 反逆者オルフセイ伯爵ならびにバーニャ男爵の領地に、皇帝陛下の討伐軍が進攻を開始しました!」

 それを聞いたボルカが笑う。

「勝ったね。猪を狩るようなもんさ」

 それ人狼だと「凄く簡単なことの比喩」として通じるけど、人間には絶対に通じないと思うぞ。



「未だにエレオラに反旗を翻すような貴族がいるんだな」

「自分の領地で皇帝みたいにふんぞり返っていると、実力を見誤るんだろうね。平和になって随分経つし、本物の皇帝の恐ろしさを知らないんだろうよ」

 これで平和なのか。

 やっぱり怖いぞ、この国。



 ボルカは笑う。

「だがまあ、これでまた皇帝の直轄地が増えるってもんだよ。ありがたいことじゃないか」

 この国は貴族が多すぎるから、ときどき反乱を起こしてもらって家ごと取り潰す方がありがたいらしい。

 当たり前のように流血が起きるところは相変わらずだった。



「まあいい、これでミラルディアの使節の帰途は安全だな。使節の護衛はよろしく頼む、ボルカ婆さん」

「そいつはおやすい御用だけど、あんたもう帰るのかい? エレオラの嬢ちゃんに会わなくていいのかね?」

「挨拶はしておきたいところなんだけどな。ロルムンドに来てることは、誰にも知られたくないんだ」

 特にうちの娘には。



「地味な副官らしく、さっさと帰って書類でも片づけないとな」

「地味ねえ……」

 ボルカ婆さんは苦笑したが、小さくうなずいた。

「ま、あんたがそうやっておとなしくしててくれてる間は、アタシたちも気楽に暮らせるってもんさ」



 ボルカがそう笑ったとき、彼女の横にいた少年が意を決したように口を開いた。

「あ、あの! ヴァイト将軍閣下!」

「俺は将軍ではないよ。それは通称だから」

「ししし失礼しました! ヴァイト評議員閣下!」

「落ち着かないから普通に呼んでくれないかな……」



 少年は真剣な表情でこっくりうなずくと、勢いこんでまくしたてた。

「あの、俺はヨシュアと言います! 紅雪将軍ヴァイト様の話は、ひいばあちゃんから何度も聞きました!」

 もしかしてこの子、ボルカの曾孫か。



「俺も最強になりたいんです! 弟子にしてください! 魔法でも格闘技でも、何でも学びます!」

「待て待て、君はロルムンドの人狼隊に所属してるんだろう? エレオラ直属の部下じゃないか」

 勝手に連れて帰ったら問題だ。



 するとボルカが苦笑した。

「まだ見習いで入隊はしてないからね。ただの民間人さ。物心ついた頃から、ミラルディアやアンタに夢中でねえ」

「笑ってないで止めてくれ。曾孫が外国に行ってしまうんだぞ」

「巣立ちのときが来たってことさ。群れを離れて自分で群れを選ぶ時期なんだよ」

 魔族らしく、妙なところがさばさばしてる。



 ボルカはこう続ける。

「他にも何人か、ミラルディアで修行したいって言ってる若いのがいてね。アンタのとこで預かってくれないかい? ほら、交流するんだろう?」

「むむ……」

 確かにそうですが。



 ヨシュアはまっすぐな瞳で俺を見つめて、拳を握りしめた。

「俺も知勇兼備の英雄になりたいんです! 人狼最強のヴァイト評議員閣下みたいになって、ひいばあちゃんたちを守りたい!」

「むむう……」

 困る。

 困るのだが、ボルカが全身からお願いオーラを発している。

 曾孫にはとことん甘いな、あんた。



 だが、あまりぐずぐずもしていられない。

 俺は念を押す。

「修行は……あれだ、長く厳しいぞ」

「はい!」

「異国の地で君が頼れる者はいないが、いいんだな?」

「はい! それぐらいのほうが強くなれるって、ひいばあちゃんが言ってます!」

 くそ、留学させる気まんまんか。



 もうしょうがない。俺は根負けした。

「わかった。ただしまず最初に、学問をきっちり修めることだ。魔法も覚えろ」

「はい! 師匠!」

 もう師匠呼ばわりされてるぞ。

 不安になってきた。



 こうして俺は無事にテロ鎮圧を終え、一人増えた人狼隊を率いて、そそくさと撤収したのだった。

 平和になってからというもの、教え子がどんどん増えるな……。


※次回「騎士百合の福音」更新は3月31日(金)の予定です(書籍化作業に伴うスケジュール調整のため)。

※4月から不定期更新(週2回程度)になりそうです。詳細が判明し次第、活動報告でお伝えします。

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