魔王の娘と皇帝の姪
外伝22話
女帝エレオラとの謁見を終えたフリーデは、今度はエレオラの姪のミーチャ皇女に捕まっていた。
「昨日はお父様に阻止されたけど、今日はゆっくりお話できるかしら?」
「できるかしらって、強引にでもお話するつもりでしょ?」
「ええ、そうよ」
当たり前のようにうなずくミーチャの顔を見て、フリーデは全てを諦める。
それからが長かった。
「でね、伯母様は奴隷に小作農、つまり自由民になる道を作ったの。小作農は年貢を納めないといけないから、なりたがる奴隷はほとんどいないけどね」
「そ、そう……」
「これって必要だったのかしら? あなた、どう思う?」
「どうって……」
もうずっとこんな調子だ。
ミーチャは非常に勉強熱心な少女で、疑問や自分なりの考察を山のように抱えていた。
それも政治や軍事、経済などの分野が中心だ。
フリーデも年齢の割には博学な少女だが、得意なのは魔術や科学など。政治や経済は難しくてよくわからない。
よくわからないが、フリーデには出たとこ勝負の度胸があった。
「うーん……」
フリーデは目を閉じて、しばらく唸って考える。
それから目を開いて、自分なりの考えを述べてみた。
「ちょっと考えると無駄みたいだけど、やっぱり大事なんじゃないかな?」
「というと?」
ミーチャが興味を持ったように、身を乗り出してくる。
フリーデは首を傾げながらも、言葉を続けた。
「無理矢理働かされるのってつまんないでしょ? やる気出ないよ」
「つまらない……?」
そういう発想はなかったようで、ミーチャは目をパチパチさせる。
まずい、このままだとアホの子だと思われてしまう。
焦ったフリーデは、急いで説明する。
「やる気が出ないと、いい仕事はできないと思うんだよね。畑仕事なんてがんばった分だけいいことがあるんだから、やる気がある人が耕す方がいいと思うな」
それを聞いたミーチャはしばらく妙な顔をしていたが、やがてこう返した。
「言われてみれば……理屈としては確かに合ってますわ」
「でしょ!?」
どうやら虎口は脱したらしい。死ぬほど安堵するフリーデ。
だがそれは新たな受難の始まりだった。
「意欲的な農民が増えれば、限られた農地でも収量は増えそうね。ひとつの方法としてアリかも知れないわ」
「うんうん」
「でもその場合、身分制度に亀裂が入りません? 奴隷はどこまでも奴隷であったほうが、貴族も平民も良いのではないの?」
「ええー……」
もうちょっと女の子らしい話題しようよと、深く溜息をつくフリーデだった。
その後もミラルディアの身分制度だの、食文化だの、農業技術だの、あれこれと質問攻めに遭う。
とうとう最後にはフリーデが悲鳴をあげた。
「な、なんか違うことしよう? 体動かすこととか」
「あら、そう?」
ノリにノッてきたミーチャは、少し不満そうだ。
しかしすぐに笑顔になると、立ち上がってフリーデの手を取った。
「いらっしゃい。それならあなたにピッタリの場所があるわ」
「私に?」
連れて行かれたのは、宮殿の敷地内にある練兵場。近衛兵たちが勤務の合間に訓練をしている場所だ。
その一角に、魔撃銃の射撃場があった。
近衛兵たちは皇女様の突然の来訪に驚いた……かと思いきや、当たり前のような顔をしてミーチャに敬礼している。
どうやら彼女はここの常連らしい。
ミーチャは出迎えの当直士官から魔撃銃を一挺受け取ると、フリーデに笑いかけた。
「あなた、帝都に来たときに腰に魔撃銃を吊っていたでしょう? ほら、あの小さいの」
「え? あ、うん。宮殿に入るときに外して、あれから一度も着けてないけど……なんで知ってるの?」
「うっ!?」
ギクリとした表情で、そそくさと視線をそらすミーチャ。
フリーデはミーチャにじわじわと顔を寄せる。
「もしかして、宮殿の外で見てた?」
「いっ、いえっ……皇女が宮殿を抜け出して使節を見物など、そのような不祥事は決して……」
汗の匂いで彼女が嘘をついているのがわかった。
フリーデはしばらくミーチャの顔をじっと見ていたが、なんだかおかしくなってクスッと笑う。
「ま、いいか。それよりあの的、撃っちゃっていいの?」
「ええ、お好きになさって。距離は半弓里、一般的な魔撃兵の初弾斉射距離ですわ。あの的は重歩兵よ」
的は人型だが、向かって右側が大きく欠けている。大盾の部分は「ハズレ」ということらしい。
ミーチャは魔撃銃を構えると、小さく呪文を唱えて魔力を注入する。
「私は魔術師ではありませんけど、この銃の撃ち方は習っているわ。ごらんなさいな」
火縄銃に似た外観の魔撃銃を、ミーチャは慣れた仕草で構える。
呼吸を整えてじっと狙いをつけ、彼女は引き金を絞った。
光弾が放たれ、的の一体を粉砕する。ちょうど胸の辺り。
弓矢にとっては鎧の胸甲で防がれかねない場所だが、魔撃銃にとってその程度の装甲はあまり関係ない。胴体は動きが小さく、確実に命を奪える部位だ。
バラバラに吹っ飛んだ人型の板を背にして、ミーチャが微笑む。
「いかが?」
「上手だね! すごい!」
フリーデはミーチャの精密射撃に感嘆する。賞賛を示すため、パチパチと拍手もしてみた。
「私、狙いをつけるのが下手だから憧れちゃうな」
「ふふっ、これでも帝国軍の重狙撃手の資格を持っていますのよ。四級だけど」
どういう資格かわからないが、きっと凄いのだろう。
フリーデはそう憶測する。
ミーチャは余裕の表情で、フリーデに銃を渡す。
「帝国の魔撃銃は洗練されているわ。撃ちやすいから、あなたも試してみて?」
「あー、うん」
フリーデは魔撃銃を受け取ったが、正直ちょっと困っている。
「壊しちゃったら困るから……」
「軍用よ? いざとなったらこれで敵を殴り殺すのに、普通に使うだけで壊れる訳がないじゃない。魔力容量だってかなり余裕があるわ」
ミーチャがおかしそうに笑うが、対照的にフリーデは困ったままだ。
「じゃあ撃ってみるけど……壊しちゃったらゴメンね?」
「万が一壊れても、心配はいらないわ。優秀な技官がすぐに直してくれるから」
「そっか。じゃあ撃ってみるね」
ホッとしたフリーデは魔撃銃を構える。
「うーん……」
こんな距離で当てられる気がしない。細かい作業は苦手だ。
こういうときは、例のアレにしよう。この銃は魔力容量にかなり余裕があるらしいし、ロルムンドは魔撃銃発祥の地だ。
フリーデは魔力の流れを制御し、蓄えている力を解放する。
そして撃った。
その瞬間、射撃場が光の奔流に包まれる。轟音と共に建物が震えた。
「きゃあっ!?」
ミーチャの悲鳴が聞こえたが、それも轟音にかき消されてしまう。
「何だ!?」
「殿下をお守りしろ!」
危険を省みず、近衛兵たちが血相を変えて駆け寄ってくる。
一方、フリーデは世にも情けない顔をしていた。
「魔撃銃、壊れ……違う、壊しちゃった……」
彼女が構えていた魔撃銃は無惨な姿に変わり果てていた。
帝国軍制式魔撃銃は床に転がり、溶けて折れ曲がって何だかよくわからない物体になっている。煙が漂っていた。
駆けつけた近衛兵たちも、尻餅をついているミーチャも、唖然としてそれを見つめる。
「こ、壊れてる……!?」
「ううん、壊しちゃったんです。私が調子に乗って二十カイトぐらい流したから……」
神妙な顔でフリーデは釈明したが、ロルムンド人に「カイト」という単位は通じない。
呆然とした一同はふと、射撃場の奥を見る。
射撃用の標的は全部消滅していた。バラバラになった無数の木片が、盛り土の防壁に突き刺さっている。
「なん……?」
「重歩兵標的が、分隊ごと消滅している……」
近衛士官がかろうじてそう呟くと、フリーデが恐縮しきった顔で頭を下げる。
「も、申し訳ありません! これ、技官の人に修理を……」
「できる訳ないでしょう!?」
とろけきった鉄棒を指さしてミーチャが叫んだ。
* * *
その頃。北壁山脈を隔てて遙か南の、魔都リューンハイト。
フリーデ以上のお騒がせ男が、出陣の支度を整えていた。
※次回「夫婦の会話」更新は3月21日(火)の予定です。
※仕事の都合により、4月以降の更新が不定期(週1~2回)になるかも知れません。詳細がわかり次第、活動報告で報告させて頂きます。