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練武の乙女

外伝11話



 うちのフリーデも、とうとう十歳になった。

「はぁっ! ていっ! やっ!」

 誘拐団と戦った一件以来、フリーデは熱心に魔法と武芸を学ぶようになっている。



 魔法の方はゴモヴィロア門下の新人として、なかなかの実力になった。

 俺と同じように強化術を学び、人狼としての身体能力を最大まで発揮できるようになっている。

 他の系統の魔法もちょこちょこつまみ食いしているので、かなり器用だ。

 ただどうも、戦闘に特化した魔法ばかり覚えている気がする……。



 武芸は人狼たちの格闘術、つまりレスリングがベースだ。打撃技もマスターしており、大人の人狼たちと互角の戦いを繰り広げられるほどに成長した。

 フリーデと同年代の人狼たちはまだ変身を覚えたばかりなので、猪や熊を狩って遊んでいる程度だ。

 それを考えると抜きんでて強い。



 そして今、ついにニーベルトが吹っ飛ばされて地面に倒れる。

「ま……負けた」

 仰向けのまま呆然としているニーベルト。

 そのみぞおちにぴたりと正拳を突きつけて、フリーデがにんまり笑う。

「やった」



 フリーデはニーベルトに手を貸して起こしながら、嬉しくてたまらない様子だ。

「とうとう、ニーおじさんから一本取れた! 私すごい!」

「ああ、すげえ……。なるほど、こりゃジェリクやモンザじゃ荷が重い訳だ」

 三児のパパになったニーベルトが、しみじみと溜息をついている。



 我が従弟ニーベルトに、俺は苦笑しながら声をかけた。

「悪いな、ニーベルト。忙しいのに娘の組み手の相手を頼んで」

「なあに、気にすんなよ。今日は非番だからな。うちの坊主どもは兄ちゃんちに遊びに行ってるし」

 屈託なく笑ったニーベルトだが、顔色が良くない。

 フリーデに負けたのがショックだったようだ。



「やっぱ長いこと実戦してねえからかな……。それとも俺、もう歳かな……?」

「ウォッド爺さん見てみろ、八十過ぎたのに道場で弟子たちを毎日ぶん投げてるぞ」

「それもそうか。いやあ、フリーデは強いな」

 ニーベルトはフリーデの頭をわしわしと撫でた。

「えへへ」

 ちょっと照れつつも嬉しそうなフリーデ。



 一緒に昼飯を食べてニーベルトが帰った後、フリーデは目をキラキラさせながら俺に言った。

「ねえお父さん、私もだいぶ強くなったよ!」

 親として褒めてやりたいところだが、先に釘を刺しておくべき事項がある。



「体を鍛えるのはとても良いことだが、お前まだ算術の宿題終わらせてないだろう? 提出率が悪いって、クルツェ先生が嘆いてたぞ」

「えー、だって三角関数とか知らなくても敵は殴り倒せるもん」

 むしろ三角関数で敵を殴り倒す方法があれば聞きたい。

 でもやっぱり十歳で三角関数は無理だよな。カリキュラムの改善を提案しておこう。



 最近のフリーデは確かに武芸と魔法に打ち込んではいるが、それを口実にして他のことを疎かにしている節がある。

 それに何より、自分の強さを誇りすぎていた。

 いや、努力して得たものを誇るのは悪いことではないんだけど……。ちょっと困ったな。



 フリーデのプライドを傷つけないよう、どうやって彼女の考えを改めさせるか悩む俺。

 するとフリーデはこんなことを言い出した。

「もうニーおじさんにも勝てるようになったし、そろそろリューンハイト以外にも武者修行に行きたいな」

「他の街にか?」



「うん! だって私、もう人狼の中でもかなり強いんだもん! 人間相手なら絶対に負けないし、ミラルディアの有名な剣士や格闘家と戦ってみたいの!」

 うーん……。志があるのはいいことだが、これはちょっと危ういぞ。

 人間を侮るんじゃない。



 俺はフリーデを叱りつけようかと思ったが、もっといい方法があることに気づいた。

「フリーデ。そこまで自信があるのなら、お父さんと試合してみようか?」

「えっ!?」

 とたんに不安そうな顔をするフリーデ。



「お父さんには勝てないよ……。戦神やっつけちゃった人でしょ、お父さん」

「それもちょっと誤解があるんだが、心配しなくてもハンデをつけてやる。お父さんは変身しないし、使う魔力も一カイト以内に抑える」

 つまりごく普通の、どこにでもいる人間の魔術師だ。



「それとお父さんは戦いが始まったら、魔法を一種類しか使わない。どれを使うかは秘密だが、それでお前を倒す」

「ひとつだけ? もしかして、すごく強い魔法?」

「いや、強化魔法の一番初級の術だよ。お前も使えるし、見ればすぐにわかる」



 とうとうフリーデは笑いだした。

「やだなあ。さすがにお父さんでも、それじゃ私に勝てないよ? だってそれじゃ、ただの人間と同じじゃない?」

「そうだな。ただの人間と同じだ」

 ただの人間を舐めるなよ。



 フリーデは身構えると、俺に不敵な笑みを向ける。

「じゃあそれで勝負してみる? 私、それで負けるほど弱くないよ?」

「だといいんだがな……」

 俺も身構えた。

 これはもう勝負は見えたな。



「来なさい」

「ふっふーん、行くよおぉっ!」

 フリーデは強化術をまとめて自分にかけると、瞬間的にパワーアップした。戦闘用の術は無詠唱で使えるようにしておくのが、ゴモヴィロア門下の鉄則だ。

 一時的に、ガーニー兄弟を上回る身体能力を手に入れたフリーデ。

 ああなってしまうと、もはや走り回る重機と大差ない。



 俺はといえば変身はしておらず、一カイトに出力を絞った貧弱な強化魔法しか使っていない。

 動体視力の強化も不十分なので、かろうじて動きが追える程度だ。筋力や耐久力に至っては、魔力不足でほとんど強化できていない。



「あはは、お父さん遅い!」

 もの凄い勢いで飛び込んできたフリーデが、俺を狙って攻撃してくる。

 しかし顔やボディへの攻撃を躊躇して、脚払いをかけてきた。

 このへんも甘いな。



 俺は強化魔法の力を借りてジャンプするが、今はフリーデの頭の高さまで飛ぶのが精一杯だ。

 その瞬間、フリーデの目がギラリと輝く。

「もらったぁ!」

 脚払いの猛烈な回転のまま、フリーデがスピンしながら強引にジャンプした。

 右の脚払いからそのままつなげて、左の飛び後ろ回し蹴りが来る。

 直撃コースだ。



 俺たちは人狼とはいえ空を飛べる訳ではないから、ジャンプしてしまうと着地まで何もできない。

 だから不用意に飛ぶとこうなる。

 もっとも、魔法を使わなければの話だが。



 俺は即座に、切り札となる魔法を解放した。

 かつて俺が一番最初に習得した魔法。

 下向きの力を発生させ、体を重くする魔法だ。



 ほとんどの者が、こういった初歩の魔法を侮る。

 体を重くすれば動きが鈍る。自分を弱くする魔法だと。

 とんでもない話だ。

 恐ろしくお手軽な方法で物理法則に干渉できる魔法が、弱い訳がない。

 この魔法を使えば、下方向限定だが空中機動も可能だ。



 フリーデが必殺の飛び後ろ回し蹴りを放ったとき、俺はすでに着地していた。俺の頭上をフリーデの細い脚がかすめていく。

 この一瞬を逃さず、俺はタックルをくらわせた。

「うわっと!?」

 空中にいたフリーデはタックルで引き倒されそうになったが、俊敏な我が娘は器用に体をひねって体勢を整える。



「このお!」

 格闘戦が打撃から組み討ちに移行したので、フリーデは反射的に俺をぶん投げようとした。

 だが俺はびくともしない。

 魔法で重くなってるからな。



 しかし所詮は一カイトの魔力だ。重くなっているといっても、フリーデが本気になったら投げ飛ばせる。

 チャンスは一瞬だ。俺はフリーデの髪の毛に触れ、思いっきり重くしてやった。

 爪や体毛は体の一部なので強化魔法の対象となるが、血流がないせいか魔法防御が極端に弱い。最近の発見だ。

 フリーデの長い髪は、魔法をかける標的として最適だった。



「ぬわっ!?」

 文字通りに後ろ髪を引かれることになり、フリーデの頭が上を向く。

 無防備となったフリーデの喉笛に、俺は静かに手刀を添えた。

「斬った」

 実戦なら今頃、フリーデは致命傷を負っているところだ。



 そのことにフリーデも気づいたのか、目をパチパチさせながらペタリと尻餅をついた。

「え? あれ?……私、負けた?」

「負けたな」

 俺はフリーデの髪にかけた魔法を解いてやり、彼女の手を取って立ち上がらせる。



「あっさり綺麗に死んだぞ、フリーデ。武者修行初日で死体になったな」

「ちょ、ちょっと待って!」

 フリーデは慌てて叫ぶ。

「もう一回! もう一回やろう!? 今度は私、負けないから!」

「お前は戦場で死んだ後でも、そう言うのか? 実戦に二度目はないぞ」

 ちょっと意地悪なようだが、これは俺自身が戒めとしていることでもある。



「百回勝利した英雄でも、死ぬのは一回の敗北があれば十分なんだ。魔王フリーデンリヒター様も、勇者アーシェスもそうだった。それが実戦の怖さなんだよ、フリーデ」

「う……怖い……」

 命のやりとりをする怖さを、少しはわかってもらえただろうか。



「それともうひとつ。今みたいに魔法を使えば、一カイトの魔力しか持たない人間でもお前を倒せる。お前は不死身でも最強でもない。油断すれば簡単に死ぬんだぞ」

「はい……」

 すっかり意気消沈してしまったフリーデ。

 フリーデ自身には数十カイト程度の魔力があるが、だからといって人間相手に無敵を誇れる訳ではない。

 剣聖バルナークやウォーロイ開拓公と戦えば、おそらく負けるだろう。



 だが考えてみれば、この子は未だにリューンハイトの外をほとんど知らない。

 これからどんな道に進むにしても、どこかで見聞を広めさせておいたほうがいいだろう。

 それと俺の性分で、一緒に暮らしているとどうしてもこの子を甘やかしてしまう。

 この子の自立を促すためにも、留学させるのはいいかもしれない。



 ちょうど今、敗北の恐ろしさについても学んだことだし、これからもう少し精神面を鍛えれば大丈夫だろう。

 そう考えたので、俺はフリーデに話しかけた。

「フリーデ。今は無理だが、お前が再来年の初等科卒業試験に合格したら、留学についてアイリアと相談してみよう」



 その瞬間、がばっと顔を上げるフリーデ。

「えっ!? ほんと!? 武者修行!?」

「違う。留学だ、留学」

 立ち直りが早いのはいいけど、なんだか心配になってきたな……。

※次回「結成! フリーデ団」の更新は2月7日(火)の予定です。

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― 新着の感想 ―
ファンタジーだけど現代知識を武器にしているので・・・空中で重くなっても落下速度は速くなりません。 あと犬人族大好きです。
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