表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
380/415

「お父様は黒狼卿」

外伝6話



 ヴァイトの娘、フリーデは七歳になった。

 おおむね十四、五歳で成人とされるこの世界において、七歳は「半分大人」になったとみなされる。

 土地によっては贈り物をしたりして、これから本格的に大人の仲間入りをするための門出を祝う。



「シリンはお祝いにワの剣が欲しいの?」

 フリーデは、打ち込み用のかかしの上に飛び乗った。成人男性のサイズに作られた丸太の上で、フリーデは首を傾げる。

「その剣も素敵よ?」

「ありがとう、フリーデ」

 紫色の鱗を持つ竜人の少年は、にっこり笑う。



 シリンが持っているのは練習用の木剣だ。腰に差しても見栄えがするよう、多少の装飾も施されている。

「でもこれ、木剣だから」

「七歳なんだから、本物の剣はまだ危ないでしょ?」

「そんなことはないよ。僕は騎士の子。剣は仕事の道具さ」

 落ち着いた口調でシリンは返し、ほんのわずかに足幅を広げた。



 その動作の意味を察したフリーデが跳躍した瞬間、シリンが踏み込む。

「はあっ!」

 両手に持った二本の木剣がうなり、かかしの肩と横腹を打ち据える。鋭い音がした。

「いつ見てもスゴいね!」

 軽やかに着地したフリーデがパチパチと手を叩くと、シリンは照れくさそうに笑う。



「ありがとう。でも木剣と鉄剣じゃ、重さも扱い方もぜんぜん違う。僕は早く、本物の剣に慣れたい」

「ふーん?」

 フリーデは首を傾げ、それから明るく笑った。

「じゃあほら、黒狼卿みたいに素手で戦うのは?」

「素手で戦って強いのは巨人や人狼ぐらいだよ……竜人は無理」

 シリンは溜息をつく。



「フリーデは本当に黒狼卿が好きだね」

「うん! かっこいいもん!」

 にぱっと笑ったフリーデは、拳を握りしめる。

「それにほら、黒狼卿ってうちのお父さんと同じ名前だから! ヴァイトっていうんだよ?」

「いや、あの……フリーデ? 何言ってるの?」



 シリンは論理的で聡明な竜人族らしく、すぐに何かに気づいた様子だ。

「もしかしてフリーデ、君のお父さんが黒狼卿だって気づいてない?」

「え?」

 きょとんとしたフリーデだが、すぐに困ったように笑う。



「あはは、シリンも冗談言うんだね。うちのお父さんが黒狼卿ヴァイトの訳ないじゃん」

「どうしてそう思えるのかな……?」

 シリンの問いに、フリーデは胸を張って答える。

「だってうちのお父さんが、四百人も殺したりできるはずないよ。荒っぽいこと嫌いだから、喧嘩だってぜんぜんしないし」

「う、うーん……」



 シリンは腕組みをして考え込んでしまったが、とりあえずこう言った。

「でもあれ、評議会のフォルネ様が作った劇だし、中身は全部本当のことだって聞いてるよ」

「まさか?」

 フリーデは全く信じていない様子だ。



「それだとうちのお父さん、四百人の敵を一人でやっつけちゃって、三千の敵を一人で追い返しちゃって、戦神を倒して、海の怪物を退治して、ロルムンドのお姫様を捕まえて、その後でロルムンドの女帝にして、ヌエを退治して……」

「よく全部覚えてるね、フリーデ」

「全部観たもん。ええと、あと……そうそう、百人の人虎と一度に試合して勝った!」



 指を折って数えていたフリーデは、自分の両手を見てからシリンを見つめる。

「こんな人、いるわけないよ? げんじつを見ようよ、シリン」

「僕にそんなこと言われても……」

 シリンは頭を抱える。

「僕の父上も、君の父上のことは尊敬してるんだよ。英雄の中の英雄、伝説の武人だって」

「どこらへんが……?」

 納得いかない様子のフリーデ。



「うちのお父さん、『ひょーぎかいのしたっぱ』だよ? お父さんがそう言ってるもん」

「だからそういうところがおかしいんだって!」

 とうとうシリンは叫んだ。

「だいたいヴァイトのおじ上は僕の名付け親だよ! 父上が『ただのしたっぱ』に、僕の名前を決めさせると思う!?」

「思わないけど……」



「僕たち竜人族にとって、名付け親は親と同じだからね。ヴァイトのおじ上のことを悪く言ったら、君でも怒るよ?」

「えー……娘なのに……」

 フリーデは泣きそうな顔をする。



 そこに渦中のヴァイトが、ヴィエラ太守フォルネを伴って渡り廊下を歩いてきた。

「黒狼卿の劇、そろそろ上演やめないか? もう十分だろう?」

「バカ言ってんじゃないわよ。ようやく根付いたところなのよ? これからも統治と商売の道具として、ありがたく利用させてもらうわ」

「賛成しかねる……」

 ヴァイトが溜息をついたところで、フリーデは父親に向かって駆け込んでいった。



「お父さーん!」

「待て待て、廊下を走るんじゃない」

 一応そう釘を刺した上で、ヴァイトは娘を抱き留める。

 それからヴァイトは、少し手前で畏まっているシリンに笑顔を向けた。

「やあ、シリン。剣の稽古かな?」



 ガチガチに固くなっているシリンは、慌てた様子でうなずいた。

「は、はい、おじ上!」

「バルツェ殿の編み出した『四刃舞』は難しそうだな。こないだ教わっていた『陰の太刀』は、もう覚えたかな?」

「い、いえ……。返しが甘いと父に言われてます。相手の剣を防いでから打ち返す技ばかりなのに、相手より先に斬り込めと……」



 するとヴァイトは笑う。

「それぐらいのつもりでやれ、ということだと思うよ。『防がれた』と気づいた相手は、すぐに防御や追撃の動作に移ってしまう」

 ヴァイトはじゃれついてくるフリーデの頭を乱暴に撫で回しながら、こう続けた。

「誰しも、必勝を確信した瞬間は油断しているものだ。油断している瞬間を逃さずに斬れ、ということじゃないかな?」

「なるほど……! ありがとうございます、おじ上!」

 パッと顔を輝かせるシリン。



「バルツェ殿は魔王軍最強の剣士、ミラルディアどころか大陸全土を見渡しても屈指の腕前だ。それだけに教えは難しく、求められる水準は高い。極めるには何十年もかかるだろう。焦らなくていいんだ」

「はいっ! もっともっと練習します!」

 しっぽまでシャキッと伸ばしたシリンは、そのまま猛烈な勢いでかかしに向かって打ち込み始めた。



 それを満面の笑顔で見ていたヴァイトに、フリーデが問う。

「ねえお父さん」

「外ではお父様と呼びなさい」

「お父様」

「何かな?」



 フリーデは父親にしがみつきながら、真剣なまなざしで質問した。

「お父様が黒狼卿なの?」

「そうだよ。……あれ、言ってなかったか?」

「聞いてない!」



 フリーデは憤然と叫び、それからキラキラした目で父親を見上げた。

「じゃあじゃあ、お父さん……お父様が、戦神や海の大魔獣をやっつけたりしたの!? 白虎公とか開拓公とか戦球公とか呼ばれてるウォーロイ様にも勝ったの!? ウォーロイ様が主将してる『ドニエスク戦球騎士団』は、黒狼杯の無敗王者なんだよ!? それにほら、ええと」



「落ち着きなさい、落ち着いて、フリーデ」

 ヴァイトはピョンピョンはねる娘をなだめて、困ったように溜息をついた。

「あれはお芝居だからな。おおげさに演出しているだけで、本当はもっと地味なんだよ」

「そうなの?」

「違うわよ」

 横からフォルネが口を挟むが、ヴァイトが嫌そうな顔をする。



「違わないからな。どれもみんな、大勢の仲間に助けられたからできたんだ。お父さん一人ががんばった訳じゃないぞ」

「そっかー……。まあ、そうだよね……」

 フリーデは少し残念そうな顔をするが、やがて納得したようにうなずいた。

「でも、それで安心した! だってお父様があんなにかっこいいはずないよね?」

「ははは、そうだよ」

 苦笑するヴァイト。



 それから彼は後ろを振り向き、フォルネ卿に苦情を言う。

「ほら見ろ、戦を知らない世代が誤解してるぞ?」

「何を誤解してるのよ……。全部事実でしょ」

「演出が過剰だし、物語も作りすぎだ。だいたいあれだと俺はアイリア以外にも、メレーネ先輩やフィルニールやエレオラやシャティナとも浮き名を流したことになるだろ?」



 ヴァイトの抗議にも、フォルネは知らん顔だ。

「当人たちの許可は取ってあるし、別にいいじゃない」

「冗談じゃないぞ。あと師匠までヒロイン役にするのやめてくれ」

 だがフォルネはそっぽを向いて、流し目でチラリとヴァイトを見つめる。

「もちろん大魔王陛下の許可も頂いてるし、副官程度にお伺い立てる必要はないわよねえ?」

「それは……まあ、そうかも知れないが……」

 沈黙するヴァイト。



 フォルネは楽しそうに笑う。

「それにほら、劇ってのは観て楽しくなけりゃ意味ないのよ。基本的には事実なんだし、魔王軍の評判も良くなったし、それでいいじゃない?」

「評議会はそれでいいかもしれないが、俺は困る」

 ヴァイトは溜息をついて、天を仰いだ。



「もう俺は過去の人として、ひっそりやってるんだ。そっとしておいて欲しいんだが……」

「ロルムンドやワやクウォールと交渉するのに一番役に立つ人材を、そっとしておける訳がないでしょ。フリーデ、あなたのお父様連れて行くわね」

 フォルネはフリーデに微笑んでみせると、ヴァイトの肩をポンポンと気安く叩いた。



「ほらほら、来年の砂糖輸入の交渉しないと。クウォール諸侯会議の使者が待ってるわよ。あんたが強く出れば、あっちは何も言えないわ」

「そういうやり方、あんまり好きじゃないんだがなあ……」

「その後、戦球連盟の定例理事会ね。あんたもそろそろ次の試合に出ないと、ウォーロイ殿がリューンハイトに競技場を作りかねないわよ?」

「勘弁してくれ」

 ヴァイトとフォルネは連れ立って歩いて行き、フリーデはその場に残された。



「えーと……」

 彼女は首を傾げる。

「けっきょく、うちのお父さんスゴいの?」

 誰かいれば即答してくれたのだろうが、あいにくと周囲には誰もいなかった。


※次回「フリーデの冒険」の更新は1月20日(金)です。

※タイトルを変えて掲載しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ