魔都リューンハイト
37話
俺と魔王はその日、夜遅くまでいろんな話をした。
魔王も最初は苦労の連続だったようだ。
まず手始めに農業改革で食料問題を解決しようとしたが、竜人族は昆虫など肉食中心の生活だったため、穀物を作らせてもあまり効果がなかったらしい。
『それで仕方なく、養蜂とカブトムシの養殖を始めてみた』
『カブトムシの養殖ですか』
俺は一瞬、魔王が麦わら帽子を被っておがくずの山を掘っている光景を想像した。
『竜人族は狩猟採取民族であったので、養殖は新しい概念だった』
『それでは、最初は大変だったでしょう?』
すると魔王はしみじみとうなずき、目を閉じた。
『どちらも前世で聞きかじっただけで、実体験も知識もなかったのでな……。食用に適した品種を見つけるのに一苦労だった。さらに養殖法を確立するために、技官たちと寝食を忘れて取り組んだものだ』
細かいことは部下に任せておけばいいのに、苦労性な人だ。
『だがおかげで、高級食材だった幼虫を庶民の味にすることができた。良質なタンパク質を安定供給できるようになったため、竜人族の体格や健康にも大きく貢献できたと思う』
ちょっと誇らしげな魔王。
『次はバッタを品種改良し、食肉用に家畜化してみたい。うまくいけば、バルツェが喜ぶであろうな』
やっぱり結構楽しんでますよね、魔王様。
魔王は他にも新たな技術を竜人族に伝えていったが、やはり苦労は多かったという。
農業のように、定着しない技術が多かったのだ。なにせ生態や体の構造が人間とは違う。
剣の使い方ひとつ取っても、人間とは細かい部分で差異がある。肩や手の骨格が微妙に違うからだ。
『人間の文化や技術は、魔族にそのまま受け入れられる訳ではない。それゆえ、余は考え方を改めた』
魔王は基礎的な技術や概念だけを竜人族に伝え、後は彼らが発展させていくのを見守ることにしたという。
スキルツリーがだんだん解放されていくような感じだな。
魔王の前世にコンピュータゲームがあったかわからないが、きっとストラテジーゲーム派に違いない。
軍事面で一番悩んだのが、共通規格を設けられないことだった。
巨人族の鎧は他の種族には大きすぎるし、犬人族の一日分の食料では他の種族は飢えてしまう。そもそも食べるものもみんな違う。
理想としては種族の垣根を越えた軍を作りたかったが、当面は種族単位の部隊で運用することにしたという。
そんな話を聞いているうちに、俺は魔王の苦労性な人柄をしみじみと感じていた。
この人は本当に真面目だ。
私利私欲には何の興味もなく、尊敬も賞賛も求めていない。魔族が平和に暮らせるように、それだけを願っている。
この人が魔王で良かった。
だから俺は、このクソ真面目な魔王様のために、これからもがんばっていこうと思う。
魔王の副官として。
それから数日後。
礼装のアイリアは市民たちの歓呼の中、広場で宣言した。
「ここにリューンハイトはミラルディアから独立し、魔王軍と同盟を結ぶことを宣言します」
大歓声と共に拍手が沸き起こった。
人間の市民に、衛兵たち。人狼、犬人、竜人。近隣の街からは吸血鬼や人馬族も集まってきている。
みんな、いい笑顔だ。
「本日はリューンハイト独立記念日として、盛大にお祝いしたいと思います! みなさん、飲んで食べて歌いましょう!」
アイリアの声に、みんなの喝采が被さった。
リューンハイトの太守アイリアは、魔王……いや、魔王様より「魔人公」の称号を賜った。魔族と人をつなぐ者という意味がこめられていると聞いた。
彼女はあくまでも民間人であって軍人ではないが、破格の師団長待遇だという。
あれ? 俺より偉いんじゃないか?
俺がそんなことを思いながら祝い酒を飲んでいると、魔人公アイリア様がこっちにやってきた。
「おめでとう、アイリア殿」
「ありがとうございます、ヴァイト殿」
アイリアは微笑みながら、俺と乾杯する。
今までは魔族の人質だった彼女も、今日からは立派な人類の敵だ。魔王軍が滅び去りでもしたら、間違いなく死刑だろう。
トゥバーンで見た磔刑台を、ふと思い出す。
俺がしくじれば、アイリアもああなる運命だ。
だがアイリアは、そんなことは百も承知のようだった。
「これでヴァイト殿とは一蓮托生、ということですね」
「そういうことだ。後悔しているのか?」
すると彼女は首を横に振った。
「いいえ、嬉しいのです。とても」
ニヤニヤ笑って変なヤツだな。
アイリアは微笑みながら、俺にこう言った。
「そんなことよりヴァイト殿、今後は私の方が立場が上ですからね?」
「む、そうだな……」
こいつは師団長待遇だからな。俺は相変わらずの副官だ。
一応、俺も昇進はしている。第三師団ではなく、第一師団の副官となったのだ。俺の直属の上司は魔王様になった。
やっぱり副官だけどな。
いいんだよ、俺は副官で。
「アイリア殿は人を導くに相応しい人物だが、俺なんかは地味な副官ぐらいでちょうどいい。身に余る栄達は身を滅ぼす」
「ヴァイト殿……それは何かの冗談ですか?」
「いいや? 俺は貴殿ほどの器ではないぞ」
なぜかアイリアは溜息をついている。
「しっかりしてください。魔王軍の最高幹部でしょう、ヴァイト殿は」
そうだろうか? 魔王様の個人的な腹心になった自覚はあるが、魔王軍でどれぐらい偉くなったのかはあまり実感がない。
魔王軍の階級制度は曖昧だから、俺にもよくわからんのだ。
とにかく今後はアイリアと協力して、この辺境の交易都市リューンハイトを魔王軍の拠点・魔都リューンハイトへと発展させていくことになる。
正直どこから手をつけていいのかわからないが、ここからが魔王軍の本当の戦いだ。
俺たちは人間の勢力と手を結び、彼らの地図の上に輝かしい第一歩を踏み出したのだから。
見上げれば、太守の館には魔王軍の軍旗がひるがえっている。
「一緒にがんばりましょうね、ヴァイト殿」
「ああ。よろしく頼む」
「リューンハイトのためにも、しっかり働いていただきますから」
「任せてくれ」
……いつの間にか、俺が尻に敷かれてないか?
俺はそんな疑問を抱いて、アイリアの顔を見る。
だが彼女は嬉しそうに、いつまでも笑っているだけだった。




