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孤狼奮闘

366話



 ザカルと彼の傭兵隊は滅びた。残った連中は雑魚ばかりだし、全員王都にいて王家の管理下にある。

 ザカルを葬った人虎のエルメルジアに、俺は笑顔を向ける。

「お疲れさまです。エルメルジア殿」

「いえ、陛下の仇をこの手で討つことができました。……まあ、お会いしたことはないんですけどね」

 にこっと笑う褐色肌の美人。



 俺は彼女に質問をぶつけてみる。

「王家に伝わる秘本によれば、あなたがた人虎の一族が王家の守護者だそうですね。なぜです?」

 エルメルジアは笑顔で答えてくれた。

「クウォール王家の初代国王は、戦神の秘宝を共に回収して回った同志だからですよ」



 かつてクウォールの地には戦神、つまり勇者や魔王が溢れていたという。

 当然、まともな国家なんてものは存在しなかった。

 戦神が十万の軍勢でも蹴散らしてしまう上に、彼ら同士が対立していたのだ。

 戦神の誰かが国王になっても、すぐに戦神同士で戦いになる。

 できかけた国はメチャクチャになる。

 その繰り返しだった。



 これに心を痛めたのが、一人の英雄だった。

 彼が人間だったのか魔族だったのかよくわからないが、とにかく彼は同志を集めて「戦神の秘宝」を回収し始めた。

 もしかすると彼自身、戦神だったのかもしれない。

 今となってはもう誰も知らないことだ。



 数十年の時が流れ、多くの戦いと犠牲の末に、クウォールに散らばる戦神の秘宝は全て回収された。

 と同時に、各地の戦神たちも討伐された。

 一部の戦神は争わず、英雄の同志として共に戦ったとも言われている。

 壮絶な戦いだっただろう。

 無事に戦いが終わった後、英雄は皆が安心して暮らせる国を作った。

 これがクウォール王家の始まりだ。



「戦いが終わった後、私たち人虎族は本来の縄張り、つまりメジレの源流に帰りました。以降は秘宝の管理を行っているのです」

 クウォールに統一国家が誕生し、戦神絡みのいざこざがほぼ発生しなくなったのは、王家と山の民のおかげということか。

 歴史を知れば知るほど、クウォール王家の存続を願う気持ちになってくる。



 だが俺としては、勇者製造装置だけは回収しておきたかった。

 今の話を聞いたところ、秘宝はひとつではない。たぶんかなりの数がある。

 そして見たところ、人虎族はそう多くない。山の民は千人もいないから、数万の兵で攻め込まれたらどうなるかわからない。

 ザカルみたいなのが諸侯の兵を総動員して攻め込んできた場合、山の民では防ぎきれない可能性があった。



 その場合、戦神の秘宝がいくつも散逸してしまうことになる。

 危なすぎる。

 だから俺はさりげなく言う。

「あなた方に秘宝を守りきれますかな?」

「どういう意味です、ヴァイト殿?」

 エルメルジアの表情から笑みが消えた。

 彼女の周囲に、じわりと人虎たちが集まってくる。



 俺は魔撃銃を示した。

「これは遙か北の帝国で、人間たちが作り出した武器です。これを持った数万の兵が攻め込んできたとき、あなた方に秘宝を守りきれますか?」

「そんな兵力……」

 エルメルジアが絶句すると、他の人虎たちも首を横に振った。

「ありえんですよ。考えるだけ無駄だ」

「クロスボウでさえ、数万も揃えるのは至難の業だ。そんな複雑な武器をたくさん用意できるとは思えない」



 彼らの主張はもっともだが、俺は人間というヤツの恐ろしさをよく知っている。

 前世で人類が持っていた軍事力は、こんな生やさしいもんじゃなかった。

 だから必死に訴える。

「今はそうかも知れない。だが人間たちはいずれ必ず、それをやってのけるでしょう。人間を甘く見ないことです」

「まさか……?」



 まだ信じてくれない彼らに、俺はなおも訴える。

「彼ら一人一人は無力ですが、人間全体では戦神にも匹敵する強さを誇るのですぞ」

 すると人虎の長老が口を開いた。

「ヴァイト殿は、我ら人虎の強さを侮っておられるのかな?」

「とんでもない」



 俺は首を振ったが、同時に軽く煽ってみることにする。

「ですが人間の強さを侮れば、人虎族も滅びるでしょうな。人狼もかつて、滅びる寸前まで行きました」

 だがこれに対して、予想外の反応が返ってきた。

「無理もない。人狼は弱いからな」

「ああ、人虎のほうが強い」

 何だって?



「失礼ですが、今なんと?」

「いや、だって虎と狼なら、虎のほうが強いでしょう?」

 人虎族の若者が、若干申し訳なさそうに答える。

 それを見た瞬間、俺の中で何かが「アオーン」と吼えた。

 いい度胸だ、この野郎。



 俺はニヤリと笑った。

「人狼が人虎より弱い?」

「あっ、これ楽……じゃなくてヤバい」

 遠巻きに見ていたモンザが、そそくさと寄ってくる。

 他の人狼たちも不穏な空気を察したのか、わらわら集まってきた。



 俺はそれを視界の端に捉えながら、人狼として誤解を解いておくことにする。

「人狼と人虎はほぼ互角の強さです。集団戦においては我らのほうが上かも知れません」

「まさか?」

「狼が集まっても、虎にはそうそう勝てねえよな……」

 ああもう、このわからず屋どもめ。



「待て。我々は変身しても、首から下はおおむね人型の骨格のままだろう。体格もほぼ同じだ。なぜ虎と狼に置き換える?」

「そんな難しいこと言われてもわかんねえよ」

「そうだそうだ」

 ダメだこいつら、どこまでいっても魔族は魔族だ。



「物わかりの悪い連中が多いようだな」

 俺はマントを脱ぎ捨てると、背後のモンザに放り投げた。

「貴殿らでは人狼には絶対に勝てん。なぜなら、俺一人でも全員を倒せるからだ」

「何だと!?」

 人虎たちが俺を取り囲む。

 人狼たちが割って入ろうとして、あちこちでもみ合いになっていた。



 結局、最後に説得力を持つのは力か。

 俺は闘技場の石畳を示し、大声で叫んだ。

「人狼の名誉と戦神の秘宝の所有権を求めて、神判決闘を要求する! 誰でもいい、俺と勝負しろ!」

 人狼たちが目を剥いた。

「おいこら、ヴァイトおおぉ!?」

「ヴァイトくん!?」

「あは、隊長の悪い癖だ」

「モンザ、笑ってねえで大将を止めろよ!」

 なんでお前らが大騒ぎしてるんだ。



 すると人虎族の長老が、困ったような顔をする。

「ヴァイト殿、神判決闘は遊びではありません。敗れれば死すらありえるのですぞ。それに戦神の秘宝の所有権ともなれば、一対一では済みません」

 長老は溜息をつく。

「挑戦者には、秘宝を守り抜く力があることを示して頂かねばなりませんからな。最低でも三人は同時に相手にして頂きませんと」



 俺はフッと笑うと、長老に言った。

「人虎三人相手では、十分な力を示したことにはならないでしょう。百人同時にお相手します」

「ひゃ……!?」

 温厚そうな長老も、これにはキレたらしい。

「よろしい! ならば望み通りにして差し上げよう! ただちに準備を! 戦士を百人集めてこい!」

 よし、久しぶりに楽しくなってきた。



 あちこちの集落から、腕利きの戦士たちが百人集められてくる。

 その中にはエルメルジアもいた。意外にも彼女こそが人虎族最強の戦士なのだという。

「ヴァイト殿、あなたが何を考えているのか全然わからないわ……」

 彼女が困惑していると、俺の周囲の人狼たちも口々にぼやく。

「まったくだ」

「何考えてんだよ、隊長」

「そりゃこれぐらいなら勝てるだろうけどさ……」

 彼らは違う意味で困惑していた。



 中でも心配そうなのがファーンで、繰り返し俺に尋ねてくる。

「ヴァイトくん、本当に勝てるの!? 絶対に勝てる?」

 俺が結婚してからは「ヴァイト隊長」と呼んでくれているファーンだが、今はそんな配慮もどこかに吹っ飛んでいるらしい。

「ヴァイトくんに何かあったら、アイリアさんに何て報告すればいいの!?」

「意外に心配性なんだな」

「心配するなっていうほうが無理でしょ!」

 久しぶりに怒られた。



 俺は苦笑する。

「大丈夫だよ。人虎百人より、ボロボロになった勇者アーシェスのほうが強い」

「比べる相手がおかしいだろ大将!?」

 ジェリクにまで怒られた。

 でもあの死闘を経験した後だと、何と戦っても今ひとつ危機感が湧かないんだよな……。



 モンザがわくわくしている様子で、ぐっと親指を立ててみせた。

「期待してるよ、隊長」

「おう、任せとけ」

「死んだら殺すからね」

「お、おう」

 今のモンザ、ちょっと怖かったな。



 準備ができたところで、俺は百人の山の民と石畳の上で向かい合う。

 石畳の上に入りきらない連中が周囲にひしめいていて、俺は開始前から彼らに囲まれている状態だ。

 普通に考えれば袋叩きにされる。



 するとエルメルジアがにこりと微笑んだ。

「あなた、魔術師なのよね?」

「ああ」

 エルメルジアの笑みがますます大きくなる。

「実は私もそうなの」

 なに?



 エルメルジアは両手を広げ、夜空に浮かぶ満月を仰いだ。古代語の詠唱が紡がれる。

『静寂の月の光よ、我らに勝利をもたらしたまえ! 我が敵を打ち倒す力と勇気を授けたまえ!』

 あ、これ俺の「ブラッドムーン」と同じ魔法だ。

 いわゆる全体強化魔法で、身体能力全てを少しずつ底上げする。

 人狼など、基礎能力が高い種族にかけると非常に強い。



 エルメルジアの祈りと共に、山の民たちが変身を始める。

「ウオオオオォ!」

「きたああっ!」

「やるぞオラアアアアァ!」

 褐色肌の戦士たちが、黄金と黒の獣人に変貌していく。

 あー……、いかん。計算が狂ってきたぞ。



 エルメルジアと彼女の周囲の人虎たちが、ニヤリと笑う。

「覚悟はよくて?」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は焦る。

 これは先に謝っておいたほうがいいかもしれない。

「すまん、手加減する余裕がなくなってきた」



「なっ!?」

「この野郎!」

「もういい、ぶっ殺せ!」

 人虎たちが牙を剥きだして、弾丸みたいな速さで四方から殺到してきた。

 破壊的な暴力の嵐だ。

 手加減する余裕がないって言ってるのに、わからん連中だな。



 さすがに俺も背後からの攻撃は避けにくいが、硬質化の術でダメージは最小限に抑えられる。

 さらに「強心」の術も併用しているので、脳震盪などで失神もしない。

「うわっ!? こいつの頭、岩より硬え!?」

「おい、まるで効いてないぞ!?」

 動揺している背後の人虎を俺は裏拳で叩き伏せ、後ろ回し蹴りでもう一人沈める。



 人虎たちは百人いるが、全員同時に攻撃はできない。大半は後ろで順番待ちだ。

 しかも彼らはタイミングをちゃんと合わせずに、好きなように殴ってくる。

 このへんは人狼のほうが狡猾だな。人狼ならタイミングを合わせて攻撃するし、フェイント役と攻撃役を分担する。



 たまに軽いパンチやキックをもらいながらも、俺は盛大にこいつらを殴り倒す。

 本気の戦いだが、これは殺し合いじゃない。

 昔の魔王軍では、師団同士の対立でよく他の士官と喧嘩したな。喧嘩しても後腐れがないのが、魔族のいいところだ。

 そんなことを思い出すと、無性に懐かしい。

「ふはははは!」

 当時を思い出し、思わず悪役笑いをしてしまった。

 ぎょっとして立ちすくんだ人虎を殴り倒す。



「なんだこいつ!?」

「笑ってるぞ!?」

「気をつけろ、だいぶヤバい感じだ!」

 人虎たちが若干引いているのはなぜだ。

 みんなも魔族なら、こういうの大好きだろう?

 俺も嫌いじゃないぞ。変身する前は嫌いだが、変身した後は無性に楽しくなる。

 強化術を乗せた拳で、片っ端から人虎たちを沈めていく。



 ああ、フリーデンリヒター様が存命だった頃の魔王軍みたいだ。

「楽しいな! もっとかかってこい!」

 懐かしさに我を忘れて戦っていると、人虎たちがだんだん遠巻きに距離を取り始めた。

「楽しいのはお前だけだ!」

「こいつ絶対頭おかしいって!」

「びびるな、まだ俺たちの方が圧倒的に数が多い!」

「同時に組み付け! 押さえ込むんだ!」



 左右から二人ずつ飛びかかってきたので、右に跳んで二連撃で二人まとめて倒す。

 ただし左側からの二人には背を向ける形になったので、がっちりと羽交い締めにされた。脚にもしがみつかれる。

「取った! おい今……」

 最後まで言わせず、背後の人虎を力任せに放り投げる。脚にしがみついてきたのは脚力だけで投げ飛ばした。

 彼らは石畳を粉砕しながら地面にめり込むが、人虎だから掠り傷だろう。



 俺を取り囲む人虎たちが、とうとう攻撃の手を止める。

 誰かがつぶやいた。

「もしかして戦神なのか? あんたがミラルディアの魔王なのか?」

「違う」

 俺は会話で時間を稼ぎつつ、気づかれないように息を整える。二呼吸ほどの猶予が必要だ。

「ただの副官だ」

 にこりと笑ってから、俺は思いっきり吼えた。


※次回「頂上に立つ者」更新は12月14日(水)の予定です。

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