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野心の末路

365話



 俺はザカルに、クウォール法典庁からの捕縛命令書を見せた。

「国王暗殺の容疑で、お前を捕縛する」

「くそ……」

 ザカルがうめいたのは、自分が社会的に抹殺されたことを理解したからだろう。

 彼はもう、王都に戻ることはできないし、クウォールの法が及ぶ範囲で社会的地位を得ることもできない。

 完全に終わりだ。



 人狼たちがザカルを連行していく。

 そこにウォッド爺さんたちが戻ってきた。

「戦場の検分を終えてきたぞ。運の悪いのが何人か生きておった」

 不思議に思い、俺はウォッド爺さんに尋ねる。

「運が悪いのか?」



 するとウォッド爺さんは苦笑して、小さく溜息をついた。

「助けてやる方法がなくての。傭兵時代に同じようなのを何人も見たが、あれはダメじゃ。ヴァイトでも、ちぎれた手足は治せんじゃろ?」

「……そうだな」

 俺は強化術師であって、治療術師ではない。

 ちぎれた手足の再生どころか、大量失血してしまうともうダメだ。

 外科的な治療は消毒して傷口を塞ぐのが精一杯だから、大量輸血が必要な患者は助けられない。



 その後すぐに、捕虜たちが全員死亡したという報告が届く。

 魔撃銃は威力がありすぎるな。威力を落とすと射程も落ちる水鉄砲みたいな武器だし、構造的にどうしようもない。

 するとウォッド爺さんはポツリとつぶやいた。

「なんでお前さんが、あの魔撃銃とかいう武器をなかなか使いたがらんのか、よくわかったわい」

「どうしたんだ、急に?」



「今回、わしらは五百人近い人間を四十八人で襲った。十倍以上の差じゃ」

 ウォッド爺さんは夜空の満月を仰ぐ。

「武装した十倍の兵を襲えば、いかに人狼とて何人かは命を落とす。しかし今回、わしらは全員無傷じゃ。おまけに敵は一人も討ち漏らしとらん」

「そうだろうな」

 人狼化して頭上から魔撃銃で掃射したんだ。

 こっちは相手の姿が完全に見えているし、向こうの剣や槍はこちらまで届かない。



 ウォッド爺さんは顔の古傷を撫でる。

「ありゃもう戦ではないわい。ただの殺戮……いや、屠殺じゃの。家畜を絞めるのと変わらんよ」

 老兵の声には、どこか深い悲しみがあった。

「魔撃銃は便利じゃし強い。こいつはこれからの戦争を完全に変えちまうな。じゃがわしはなんだか、武器に使われておるような気分になったわい」



 そういうものかな……。

 ウォッド爺さんは自分が担いでいるノーマル仕様の魔撃銃を軽く叩き、また嘆息する。

「これからは、こんなもんで撃ち合いをする時代になるんじゃろう? わしゃこんなもん撃つのも撃たれるのも御免じゃ」



 そして彼は笑う。

「わしはもしかすると、傭兵にとって一番幸せな時代に戦をしとったのかも知れんのう」

「幸せな時代……」

 俺には戦争と幸せがどうにも結びつかないが、人狼らしい価値観だと思う。



 やがて山の民たちが、戦場の検分を終えて集まってきた。

「五百の騎馬を瞬時に滅するとはのう……」

「しかも人狼側は無傷とな」

「ちと侮っておったかもしれん……」

 古老たちのそんな会話をちらちら聞いて、俺は内心でほくそ笑む。

 死んだ傭兵たちには悪いが、今回の一戦は山の民に「ミラルディア魔王軍」の強さを誇示するのに役立ったようだ。



 魔族は実力主義だから、強者には待遇がいい。

 これはもしかすると、予定していた「一番図々しいプラン」が実行に移せるかもしれないな。

 だがその前に、ザカルの処遇を決めないといけないだろう。

 山の民の古老たちが、俺に告げる。



「ヴァイト殿。この地を荒らす賊どもを退治してくださったこと、恩に着ますぞ」

「いえ。元はと言えば、王家の秘密を知られてしまったこちらの手落ちです。お気になさらずに」

 知られてしまったどころか、バラしてザカルをカヤンカカ山地に追い込んだのだが、それは黙っておくことにしよう。



 山の民たちはザカルを見る。

「この男の言葉も陰で聞かせてもらった。我らを侮り、見下しておる。我らは平地の民を友とする一族だが、こやつにその気はあるまい」

「信用できんしな」

「それに弱い」

 誰かが余計なことを言ったので、ザカルがカッとなった。



「何だと! 俺は不敗の傭兵隊長、ザカルだぞ!」

「今負けたじゃねえか」

「弱かったよな」

 ほんとに一言多いヤツらがいるな。

 そう思ってチラリと見たら、山の民じゃなくてうちの人狼たちだった。

 ザカルの悪行をさんざん見てきただけに、人狼たちも思うところがあるのだろう。

 わかるけどさ。



 ザカルは山の民に向かって、真剣そのものの表情でまくしたてる。

「今さら命乞いなどせん! だが俺は弱くなどない! 戦の指揮だろうが戦場での斬り合いだろうが、俺に勝てる者などいなかったのだからな! 俺こそが真の戦士だ!」

「ふーむ……」

 山の民たちは顔を見合わせ、どうするか迷っている様子だった。

 そりゃ困るよな。



 しかし山の民は名誉を重んじる。

 古老たちがほんの少し目線で会話した後、「じゃああれで」みたいな感じで結論を下した。

「ならばよかろう。ザカルよ、『神判決闘』にて武勇と名誉を示すがよい」

「なに?」

 ザカルが眉を寄せた。



 すると古老が告げる。

「古来よりカヤンカカにおいては、『本来得られぬ権利』を得るための手段として『神判決闘』が用いられる」

 古老は月明かりに浮かぶ神殿の石畳を指さした。

「この古代の神殿こそが、その神判決闘の場所じゃ。戦士としての名誉を回復するがよい。さすれば助命もしよう」

 そう言った後、古老はフッと笑う。

「できるものならな」



 ルールを聞いた後、俺はザカルの介添え役となることを申し出た。

「どういうつもりだ、貴様?」

 俺は溜息をつく。

「お前を破滅に追い込んだ張本人として、最後の責任を果たしておこうと思ってな」

「最後だと?」

「最後だとも。お前に助かる道はない。決闘の形式を取ってはいるが、今から始まるのは処刑だ」



 前世のアステカにはいろんな生贄の儀式があったが、決闘形式のものもあったという。

 生贄の脚に重石をつけ、武器ではなく花束を、盾ではなく羽飾りを持たせる。戦闘力はほぼゼロだ。

 一方の「対戦相手」は選び抜かれた戦士で、ガチ武装で登場する。結果は自明だ。

 これもそういうタイプの決闘だった。



 だがザカルはわかっていない。

「人狼ならともかく、相手はただの蛮族だぞ? しかも素手での一騎打ちだ。俺に負ける要素があるか?」

 そこに勝てる要素があるなら教えてほしいが、俺は決闘についてこれ以上説明する権利を持っていない。

 だから黙る。



 本当はザカルに言いたいことが山ほどあった。

 どうして国王や自分の部下を殺したのか。

 彼らを殺さずに、もっと良い結果を手に入れる方法はあったと思う。

 そもそも何で、自分だけ良い目を見ようとするんだ。

 そのことを少し聞いてみたくなったが、俺の口から出てきたのは違う言葉だった。



「どれだけあがこうが、お前は王にはなれないぞ」

「何を急に……」

「自分の利益しか省みない男は王ではない。真の王とは、金も命も名誉も地位も何も欲しがらない男だ」

 するとザカルは冷笑した。



「そんな無欲な男が、そもそも王になりたがるか?」

「そうだな。だが俺は一人だけ、そんな王がいたことを知っている」

 俺の脳裏に、書斎で窮屈そうに身を屈めて書物を記すフリーデンリヒター様の横顔が浮かぶ。

 あの人は他者のためにだけ働き、他者の幸せだけを追い求め、他者のために戦って死んだ。

 あれこそが真の王だ。

 俺にはとても真似できない。



 俺は立ち上がると、体力温存のために座っているザカルを見下ろした。

「俺は本当の王というものを知っている。だから俺は自分が王の器でないことも知っている。俺はどこまでいっても『魔王の副官』だ」

 静かな怒りを込めて、俺はザカルに告げる。

「お前は王の器ではない。副官にすら勝てなかった男が、王になどなれるものか」



 ザカルは不機嫌そうな顔で立ち上がると、俺に剣帯を投げつけた。

「今はそんな学者みたいな議論はいらん。終わってから聞く」

 ちょうどそのとき、闘技場のほうからザカルを呼ぶ声がした。

「挑戦者よ、入場せよ!」



 ザカルは振り返り、俺に向かって不敵に笑う。

「礼を言うぞ、ヴァイト。ここでもし負けたとしても、罪人ではなく戦士として死ねるのだからな。王都エンカラガで晒し首になるより、ずっといい」

「お前が死に方にこだわる男だとは思わなかったな」

「俺は最後まで俺として生きる。誰を踏みにじろうが、俺は俺だ」

 そう言うと、ザカルは歩き出した。



 闘技場はローマのコロッセオに似ている。規模は遙かに小さいが、観客席もあった。

 闘技場では篝火が盛大に燃えていて、月明かりと相まってかなり明るい。

 試合の場となる石畳でザカルを待っていたのは、肌もあらわな女性が一人だ。

 確かあれ、クメルク副官を捕まえてきた人だよな。



 ザカルが笑う。

「丸腰の女一人が相手か?」

 すると女性は妖艶に微笑んだ。

「丸腰の男一人が相手ですもの」

 そして彼女は戦士の礼法で名乗りをあげる。



「我こそはカヤンカカの民、オルンテの子、エルメルジア!」

「ジャーカーンの子、ザカルだ」

「ジャーカーン?」

 エルメルジアと名乗った女性は、フッと笑う。「ジャーカーン」はクウォール最後の戦神の名だ。



 エルメルジアはシュルリと帯を解く。そして両手を左右に大きく広げ、舞踊のような構えを取る。

「面白い人ね、気に入ったわ」

「もっと気に入らせてやる」

 ザカルは低い声で応じながら腰を落とし、半身になって身構えた。戦場で甲冑の戦士を組み伏せるときの構えだ。



 その瞬間、長老が宣言する。

「始めよ!」

 俺はザカルの死を見届けることにした。



 エルメルジアが石畳を蹴って飛び、彼女は空中で変身する。

 黄金と黒の毛皮を持つ、虎の獣人へ。

 伝説の中の存在とされた魔族、「人虎」だ。

「シャアアアアア!」

 空中で飛び回し蹴りが放たれるが、ザカルはまだぴくりとも動いていない。

 人間の動体視力では捕捉不可能だからだ。



 人虎の脚が夜目にも鮮やかな円弧を描き、ザカルの頭を捉える。

 哀れな野心家の頭は、罪深い血と脳片をばらまきながら砕け散った。

 彼の野心はもう二度と疼かないだろう。

 安らかに眠ってくれ。



 着地したとき、エルメルジアは元の人間形態に戻っていた。恐ろしい早業だ。

 事前に帯を解いていたので、彼女の服は破れてはいない。だいぶ乱れているが。

 首から上を失った男の体が、どさりと石畳に崩れ落ちる。

「勝者、エルメルジア!」

 山の民の大歓声の中、俺はそっとザカルの冥福を祈った。


※次回「孤狼奮闘」の更新は12月12日(月)の予定です。

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