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傭兵狩りへ

361話



 ザカルが戦神の秘宝について知ってから、二日ほどが過ぎた。

 俺が王宮の一室でクウォールの廷臣たちと会談をしていると、人狼の遠吠えが聞こえてくる。

 あれはたぶんモンザだが、俺は遠吠えの聞き分けにはあまり自信がない。

 俺の脳に搭載されているOSは人間用なので、そっち方面はやや不得手だ。



「ヴァイト様、いかがなされましたか?」

 老年の侍従長が問いかけてきたので、俺は一礼して席を立つ。

「申し訳ありません。どうやら、そろそろ行かねばならぬようです」

「では、ザカルめが……」

「はい。我が配下の報告によると、騎兵五百ほどを率いている模様」

「『陛下の捜索』にしては、いささか大仰ですな」

 侍従長だけでなく、他の高官たちも渋い顔をした。だが同時に、ほっとしたような気配も感じられる。



 戦神になれる秘宝を求めて、ザカルは手勢を率いて王都を脱出したようだ。

 一応ちゃんと「国王の捜索」という表向きの任務は帯びているが、事実上の夜逃げだ。

 ファスリーン王妃が不思議そうな顔をする。

「ザカルの配下には四千以上の兵がいるのでしょう? なぜ全てを連れて行かないのでしょうか?」

 それはザカルに聞いて欲しいが、俺は把握している範囲内で回答する。



「おそらくは兵站の問題です。これからカヤンカカ山の奥地まで、ザカルは兵の食料や宿所の手配をし続けねばなりません。諸侯に水面下で敵対されている以上、四千もの兵を連れて行くのは困難でしょう」

 諸侯は全て、もうすぐ生まれる次期国王に期待をかけている。ザカルに味方する理由がない。

 ザカルは諸侯の支援を受けられず、かといっておおっぴらに略奪に走ることもできないので、たった五百の騎兵で出発したという訳だ。



「それともうひとつ、騎馬の手配があります。歩兵では移動に時間がかかりすぎますので、騎兵だけに絞ったのでしょうな」

 実を言うと、ザカルの傭兵隊はほぼ全て歩兵だ。騎兵の訓練を受けた者は少ないし、軍馬もほとんどない。



 王都で新たに五百頭もの軍馬など、親衛隊から強奪しない限り調達不可能だ。

 おそらくただの乗用馬で間に合わせて、それでやっと五百なのだろう。もちろん、そんな馬で戦闘はできない。

 軍馬は戦闘行動ができて戦闘でもパニックにならないぶん、調教や維持のコストが恐ろしく高いからな……。



 俺は内心で悪巧みを巡らせながら、説明を続ける。

「ザカルが事実上の逃亡をした以上、王都に残された傭兵たちは見捨てられたものとみて良いでしょう。密命を帯びている可能性もありますが、ザカルが信頼している幹部は全員彼に同行しています」

「では安心してよろしいのでしょうか?」

 ファスリーン王妃が不安そうに言ったので、俺は前々から言おうと思っていたことを口にした。

「それはわかりませんが、ひとつだけ間違いないことがございます」

「なんでしょう?」



「傭兵たちも皆、糧を得るために必死で戦っております。帰るところのある者は良いのですが、そうでない者たちは傭兵で糧を得られなければ、たちまち山賊に早変わりします」

「まあ……」

 ファスリーン王妃が怯え、廷臣たちも不安そうな顔をする。

 ここぞとばかりに俺は訴える。

「ですから、どうか彼らに衣食住の保証を。生活が満たされていれば、王都も幾分かは安全になりましょう」

「そう……でしょうか」

「ええ」



 窮乏したことのない者には、その辛さはなかなかわからないだろう。

「飢えや風雨に苦しみ、明日の生活に不安を抱き、多くの人々から軽蔑され、それでもなお正しくあろうとする者は少数です」

 かつての人狼たちがそうだったし、人間たちにもそういう者は大勢いた。

「飢えたる者の恐ろしさは、なってみねばわかりますまい。国を内側から滅ぼすこともあるのです。私は異国の地で、それを見て参りました」

 実際には世界史で勉強しただけだが、説得力を持たせるためにそう言っておく。



 同席していたカルファル公ポワニが、腕組みをしながらつぶやいた。

「ヴァイト様の仰る通りかも知れません。私も街を追われ、妻子と共に荒野を旅していたときは恨みと心細さでどうにかなりそうでした。アマニ殿の庇護がなければ、私もどうなっていたか……」

 彼はそれ以上は言わなかったが、妻子を守るために彼が何でもしただろうというのは想像がついた。

 俺だってそうだからだ。



 ワジャル公アマニが微笑む。

「では傭兵たちの処遇、我ら諸侯と廷臣の皆様とで検討いたしましょう。傭兵たちがクウォールの法を守る限り、私は彼らの雇用を保護したいと思います」

「よろしくお願いします」

 俺が頭を下げたところで、王宮の書記官が入室してきた。

 彼はクウォールの法務を司る法典庁の長に書類を手渡すと、一礼して退出する。



 書類を確認した法典庁の長が、俺に向かって言う。

「ザカルとその側近たちが国王陛下を暗殺した容疑について、捕縛の許可書を発行いたしました。従わねばその場で処刑としております」

「ありがとうございます。お預かりします」

 これで俺はザカルの身柄を拘束できるが、どっちかというとこれは彼を殺す大義名分になりそうだ。

 彼がおとなしく従うとは思えないからな。



 ファスリーン王妃が俺を見上げる。

「ヴァイト様、どうかお気をつけて。奥方様のためにも」

 アイリアの笑顔が一瞬、頭をよぎる。

 時折届く便りでは元気そうだったが、彼女のことだ。きっと本心は押し殺しているに違いない。

 俺は王妃に頭を下げる。

「お気遣いいたみいります。我が子の顔を見るためにも、そして国王陛下と王子殿下のためにも、必ずクウォールに安寧をもたらして参ります」

 さて、あいつを捕まえないとな。



 その日のうちに、俺は人狼隊を率いて出発した。

 人狼隊五十六人のうち、連絡と王妃護衛のために二個分隊八人を王都に残す。残りの四十八人が俺の指揮下で動く。

 隠しておいた魔撃銃も携行し、今回は本気で戦う準備だ。

「なあ大将、王都には傭兵どもが四千人近く残ってるんだろ? 王妃の護衛があれだけで大丈夫か?」

 ジェリクが不安そうに、背後の王都をちらちら見ている。



 俺は苦笑した。

「しょうがない。ザカルの兵が五百いる以上、こっちも全員でかからないと危ない。王都に残った傭兵たちは、王の遺臣たちにがんばってもらおう」

 ファーンも心配そうだ。

「でもあの人たちで大丈夫かなあ?」

「良民ばかりが民じゃない。柄の悪い連中もクウォールの民だし、中には犯罪者や悪党もいる。それをまとめてこその王と貴族だ」

 俺はまとめる力がなかったので魔王軍と人狼の武力でゴリ押ししたが、本物の王侯貴族ならそんなもの無しでもどうにかできるだろう。



 俺は半分ぐらい自分に言い聞かせるつもりで、こう続ける。

「この事態を収拾できないようなら、どのみちこの国は王子の成人まで続かないだろう。だから、やってもらうしかない」

 ダメなときは……そうだな、「ミラルディア連邦クウォール州」にでもなってもらおうか。

 そうならないことを祈るけど。



「さて、みんな。俺たちは今、戦神の秘宝がある聖地カヤンカカ山に向かっている。メジレ河の上流だ」

 一同がうなずくのを見て、俺は続けた。

「ザカルたちは騎兵五百で半日分ほど先行しているが、俺たちが変身すればすぐに追いつける」

「いつ仕掛けるの?」

 わくわくを抑えきれない様子で、モンザがにこにこしている。



 俺は地図を示した。

「最上流にあるペシュメットの街を過ぎてからだな。近くに街があると、そっちに逃げ込まれる可能性がある。ザカルは市民の犠牲なんて何とも思ってないから、市街戦は避けたい」

 カルファルでも市民に死傷者が出ているし、家屋を破壊された市民は多い。

 戦場で死ぬのは戦士だけでいい。



「ペシュメット公には、帰郷するヴァルケル殿が書状を届けてくれた。人狼隊は補給を受けられるが、ザカルたちは補給を受けられない。ペシュメットを過ぎると街はないから、ザカルの本性が出るだろう」

 カヤンカカ山に住む「山の民」たちはクウォール人ではないから、ザカルが略奪を躊躇する理由はない。

 ファーンがおかしそうに笑う。

「でも、山の民から略奪するのは無理だよね?」

「さすがに傭兵五百人程度じゃ無理だろうな……」



 俺は「継承秘本」の写本を開く。こっちはザカルに読ませたものと違い、全ての内容が書き写されている。聖地の詳細な場所も記されていた。

 俺もこの秘本でようやく知ったが、国内で戦神の秘宝を保管するなら確かにカヤンカカ山が一番だろう。

「ザカルのことは後回しだ。あいつらが山中で迷っている間に、先行してカヤンカカ山頂付近に向かう。戦神の秘宝を祀った神殿はそこだ」

「おう、隊長!」

 人狼たちがニヤリと笑った。


※サブタイトルを一部修正しました。

※次回「野心の疼き・7」更新は11月30日(水)の予定です。

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