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「野心の疼き・6」

359話「野心の疼き・6」



「くそっ! くそおおぉっ!」

 自室でザカルは剣を抜き、クッションやシーツを切り裂いていた。

 割れた酒瓶のせいで、部屋中に糖蜜酒の甘ったるい匂いが立ちこめている。

 さすがのザカルも、今回ばかりは冷静ではいられなかった。



 あの会議の後、ワジャル公アマニによる演説があった。

 メジレ上流域の諸侯は全て、ファスリーン王妃の無事な出産を祈り、誕生する王子を新王として支えるという。

 続いてカルファル公ポワニまで現れ、下流域の諸侯も同意見だと発言した。

 さらにバッザ公ビラコヤからの使者が到着し、沿岸部の諸侯もそれに賛同すると表明。

 国内全ての領主が、ファスリーン王妃とその赤子の前に右膝をつくこととなった。



 面白くないのはザカルだ。

 せっかくこれから内戦が始まりそうだったのに、事態が終息に向かい始めている。

(バッザ港襲撃工作までして、戦を起こしたのだぞ! 俺がその気になれば、この国に戦乱を起こすこともたやすいのだ!)

 カルファルを占領するまではザカルの計画通りだった。

 だが国王パジャム二世が、ザカルの提案に乗ってこなかった。



(いや、違う。そこではない)

 ザカルは思い直す。

(あいつだ。……あの、魔王の副官とやらが来たからだ)

 カルファルにヴァイトが来た辺りから、話がどんどんおかしくなっていった。

 あの男がどこでどのように動いているのか、全くわからない。

 傭兵隊は諜報活動が専門ではないし、使える人材は王家や近隣領主の監視に割り振っている。



 だが今となっては、あの男が最大の障害であることは明白だ。

 いっそ殺してしまおうか。

 そう思ったが、それが可能な相手ではないと思い直した。彼は人狼だ。人間が人狼を倒そうと思ったら、油断しているところに大勢で襲いかかるしかないという。

(いつ油断してるんだ、あいつは)

 隙だらけに見えるのに、全く隙がない。

 周囲には常に護衛が四人単位でついていて、どんな動きも見逃さない。

 複数の部下に暗殺計画を検討させたが、全員が不可能だと結論を出した。



 このままでは戦は始まる前に終わる。

 新王が生まれ、諸侯が成人までの後見人となる。それは今までのクウォールのあり方とほぼ同じだ。

 秩序が回復すれば、国王失踪について捜査が始まるだろう。

「まずい、まずいぞ……」

 ヴァイトはラフハドの名を知っていた。ザカルの部下で、偽の使者として国王をおびき出した男だ。

 あの名を口にするということは、ヴァイトは国王殺しについて全て知っているとみていい。



 ザカルはいつの間にか、自分が完全に檻の中に閉じこめられていることに気づく。

(こうなったら四千人の傭兵で王都を焼き払うしかないな)

 王宮を襲撃し、ファスリーン王妃を殺せばいい。それで今度こそ王家の血は途絶える。

 同時にザカルは逆賊となってしまうが、もう仕方ないだろう。

 今までのように水面下で陰謀を進めている余裕はない。



「よし」

 すぐに副官のクメルクを呼び出そうと思ったが、ザカルはふと立ち止まる。

「待てよ……。あいつは信用できるのか?」

 クメルクは王殺しを知ったときにひどく動揺していた。

 それにあの男はヴァイトと交流がある。

 クメルクが裏切っているとすれば、今の状況も不自然ではない。



 だがもちろん、他の可能性もある。

 誰が味方で、誰が敵なのか。

 今のザカルにはもう、それさえも確信が持てなくなっていた。

「くそっ!」

 王都周辺の地図を丸め、床に叩きつける。



 その直後、廊下から野太い声がした。

「隊長殿、バルケルであります。報告に参りました」

「バルケル?」

「はっ、カルファルで雇われました。王宮の警備任務中でしたが、報告に戻りました」

 部下が四千人もいると、もう誰が誰だかわからない。

 ザカルは溜息をつきながら、彼に入室を許可する。



「さっさと入れ。何があった?」

 入ってきたのは中年の戦士だ。ちぐはぐな鎧を身につけていて、お世辞にも立派とはいえない。

 バルケルは背筋を伸ばし、報告を始める。

「王宮の書庫塔周辺で、ミラルディア人らしい連中を目撃しました。クウォール語で妙な会話をしておりまして……」

「待て、なぜミラルディア人だとわかった?」



 ミラルディア人とクウォール人は、見た目にそれほど違いがある訳ではない。クウォール語を使っているのならなおさらだ。

 するとバルケルはニヤリと笑う。

「訛のほとんどないクウォール語でしたが、『メジレ河』などという妙な言い回しをする者はクウォールにはおりますまい」

「なるほどな」

 クウォールでは大河のことをメジレと呼ぶ。「メジレ河」とは決して言わない。



(わざわざクウォール語で会話していたのだ、クウォール人に見せかけたかったのだろう。だとすれば密偵の類か)

 警戒が必要そうだ。

「それで? 妙な会話とは何だ?」

「はっ。書庫で何か調べ物をしていたようです。『ヴァルカーン』がどうとか、『王家の秘宝』がどうとか言っておりましたぞ」

「ヴァルカーン?」

 比類なき力を持つ戦神、ヴァルカーン。

 しかも「王家の秘宝」というからには、どうもただものではなさそうだ。



「書庫の鍵はあるか?」

「いえ、ございませぬ。しかし必要ならば、司書から鍵を借りることはできるとのこと。ただしそれなりに立場のある方でなければ到底叶いませぬ」

「狼藉者が侵入した可能性がある。借りてこい。王都防衛隊長のザカルが責任を持つとな」

「ははっ」



 そしてザカルは単身、王家の大書庫に足を踏み入れていた。

 ザカルは傭兵として警備の仕事も何度か経験している。

 書物は高価だが、貨幣や宝石より保管が難しい。下手な金庫には入れられない。湿気や虫に弱いからだ。

 陽光にも弱いので風通しの良い日陰でなければならず、その上で火災にも水害にも盗難にも対処しなくてはいけない。

 置き場所は限られている。



(さて、どこだ)

 ずらりと並ぶ書棚を見て、積もった埃を観察する。最近取り出された本はない。

 だが不自然な場所に指の跡があった。

 よく見ると棚の奥行きの割に、書棚の厚みがずいぶんある。

(隠し書棚か)

 警備側としてこういったものを見慣れているザカルは、棚を軽く叩いて反響音を聞く。

 以前見た手順を思い出しながら、棚をスライドさせた。



 表の書棚はダミーだ。その奥に本当の書棚がある。

 書名をざっと見て、ザカルはお目当てのものを見つけだした。

『継承秘本』

 王位の引き継ぎ時に新王に読ませる本だというのは、書名から察しがついた。

 手に取ってパラパラとめくると、戦神になれる王家の秘宝についての記述があった。



『有事においてはヴァルカーンの宝珠を用い、王自らが危難を打ち砕くこと。戦神となった者の多くは不老長寿となるため、五十年の治世をもって退位し、後進の指導に余生を捧げるように』



 そこから先は戦神としての心得などが記されていたが、ザカルはもう読まなかった。

(なるほど、これが王家の切り札か。戦神になれば、百万の軍勢とて恐ろしくはあるまい。諸侯もひれ伏すだろうな)

 ただのお飾りに過ぎない王家がなぜこれほどまで尊敬を得ているのか、ザカルはようやく理解できた気がした。

 もちろんそれはザカルの間違った解釈なのだが、それを正してくれる者はいない。



 戦神になれば、もう怖いものなどない。戦神を捕縛することも、暗殺することも不可能だ。あまたの伝説がそれを証明している。

(どこだ? どこにある!? この秘宝は!?)

 書物には「カヤンカカ山の麓、山の民が守る聖地」とだけ書かれている。

 カヤンカカ山といえば、メジレの源流があると言われる奥地だ。

 往復するだけで半月はかかる。



 今の政情でカヤンカカ山に向かえば、その間に政情は決定的に変化してしまう。今まで築いたものが失われることは明白だ。

 しかしここに留まっていても、いずれは王殺しの大罪人として処刑されることも目に見えている。

(ヴァイトに気づかれてしまった以上、もうどうにもならん)

 あの男には賄賂も脅迫も暗殺も通用しない。そのくせ、訳のわからない理由でザカルの野望を阻む。

(ここにいるよりは、この可能性に賭けたほうがマシだな……)

 覚悟を決めたザカルは、ただちに次の手を考え始めた。

※次回「傭兵狩り」の更新は11月25日(金)です。

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