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「野心の疼き・4」

356話「野心の疼き・4」



「そうか、ようやく話を聞く気になったか」

 ザカルは副官のクメルクからの報告に、ニヤッと笑みを浮かべる。

「国王が失踪して、もう十日以上になる。さすがにこのままではいかんと思ったようだな」

「はい、侍従長あたりはまだ渋っていましたが、親衛隊長たちがかなり意見したようです」

「以前、離宮の警備で親衛隊に雇われたことがある。そのときに作った人脈が役立ったか」



 ザカルは親衛隊幹部の弱みを握っている。ちょっとした横領や私生活でのトラブルなどだが、こういうときには意外と役に立つ。

 それを知らないクメルクは、感心したようにうなずいた。

「なるほど、さすがは隊長です。幅広い人脈をお持ちですな」

「当然だ」

 ザカルは立ち上がり、窓からカルファルの街を見下ろした。

「この景色も飽きたな。そろそろ都に進軍するか」

「はっ!」



 クメルクは敬礼したが、直後にやや遠慮がちに質問してきた。

「ところで隊長」

「なんだ」

「部下たちに国王失踪の噂を流させているそうですが、どういうことでしょうか?」

 ザカルは聡明なクメルクが事実に気づき始めていることを、やや煩わしく思う。

「あれか? 失踪したものを失踪したと喧伝しているまでだ」



 だがクメルクは執拗に食いついてくる。

「隊長が噂を流すのは、いつも事実と異なる情報を広めるときです。だとすれば、国王は……」

 副官の視線に堪えかねて、ザカルは乱暴に窓を閉じた。

「ああ、そうだ。もうこの世にはいない。だから何だ?」

「な、なんという……。それは、それは本当ですか!?」

「本当も何も、俺が殺したのだからな」

 ザカルは顎を上げ、鼻で笑ってみせる。



 するとクメルクは半歩よろめき、それから猛然と口を開いた。

「隊長、なぜです!? クウォールの歴史でまだ誰もやったことのない大罪ですよ! どうしてそんなことを!?」

「俺の判断だ。誰もやったことがないからといって、俺がやらんとは限るまい?」

 ザカルはクメルクが丸腰であることを確認し、それから自分が短剣を隠し持っていることも確認する。

 それから余裕たっぷりに笑ってみせた。



「クメルク。俺の決めたことに異を唱えるつもりか?」

 ザカルは自分と意見の対立した者は、どれだけ優秀であっても排除してきた。

 問答無用で解雇することもあれば、最前線に立たせて戦死させることもあり、自ら手を下したことも何度かある。

 クメルクはそれを知らないはずだが、ザカルに逆らうことが許されないのはわかっていた。

「そ、それは……」



 口ごもる副官に、ザカルは畳みかける。

「お前にしても、他の傭兵たちにしても、俺に忠誠を誓うと約束したはずだ。それは俺を信頼し、俺の判断に従うということではないのか?」

「お……仰る通りです。私は隊長に命を託しています」

「なら俺の言う通りにしていろ。勝算のない戦いはせん。全ては計画通りだ」

 実際には不透明な要素が多すぎてザカル自身も迷っているのだが、指導者が迷う姿は見せられない。

 ザカルは堂々と背筋を伸ばし、いつも通り不敵に笑う。



「この国を見ろ。王が殺されても誰も何も言わん。王が飾りだからだ。飾りの王に意味があるか? それなら俺がやったほうが、よっぽどマシだろう?」

 クメルクはうなずいたが、表情は冴えなかった。

「確かに隊長の器なら、一国の王にもなれると信じていますが、しかし……何も殺さなくても……」

 その反応が気に入らないザカルは、凄みをきかせて副官をにらむ。



「無能な王のせいで国は乱れ、俺たちは小銭で命を懸けて戦場を走り回らねばならんのだ。だったら俺が王になって、もっとマシな国にしてやろう」

 そして一転し、今度は微笑む。

「俺が王になれば、お前は副王というところだな。バッザを王国第二の都にしてやれ。ビラコヤも喜ぶぞ」

「そ、そうでしょうか?」

「そうとも。そのためにはお前の力、穏健に事を進める交渉力が必要だ。都に進軍したときには大いに役立ってもらうぞ」



 クメルクは育ちが良いせいか、兵士としてはあまり役に立たない。

 しかし読み書きができる、一般市民と問題なく交渉できるなど、普通の傭兵にはできないことができる。

 こういった人材を他の傭兵隊から積極的に集めてきた結果、ザカルは雇用主との契約などを有利に結べるようになった。

 他の傭兵隊長たちはわかっていないが、戦場の外にはもっと大きな戦場がある。

 クメルクはそのための人材だ。



「王都では一切の略奪、それに徴発も禁じる。正規軍よりも規律正しくだ。酒や女は軍資金で調達して兵に支給してやれ。バッザにいた頃のようにな。これを末端まで徹底させられるのはお前しかいない」

「ははっ!」

 クメルクは緊張した表情で背筋を伸ばす。

 ザカルにとって、彼は小心だが従順な部下だ。



「バッザ公との契約が切れる前に王都に入る。契約が切れたら即座に王家と雇用契約を結ぶ。今度の雇い主は国王だ。わかるな?」

「国王陛下はもうお隠れになったのでは……」

「公式には行方不明だ。侍従長が代理人となり、契約書を作る」

 ザカルは笑い、糖蜜酒を一口飲んだ。

「後は俺たちが国王を捜索するが、見つかりっこないからな。そのうちに雲行きが怪しくなり、戦が始まるだろう。王がいなくなれば野心を持つ者が必ず出てくる」



 クメルクは何かに気づいたように、ふと口を開いた。

「もしかして、それを討伐し、戦功にするのですか?」

「そうだ。やがて俺は王家の守護者となり、軍事の実権を握るようになる」

「しかしいずれ、新しい王が即位するでしょう?」

「心配するな。新しい王はおおかた、還俗した神官か遠縁の田舎貴族だ。パジャム同様にお飾りの王だろうよ」

 ザカルはパジャム二世の血がまだ絶えていないことを知らない。



「王都を守る無敗の将軍と、ただのお飾りの王。後は簡単だ。俺が新しい王朝を打ち立てる」

 ザカルは杯をあおって、強い香りのする糖蜜酒を飲み干した。

「長くても三年でケリをつける。早ければ次の夏までにな。楽しくなってきただろう?」

「え、ええ……」

 クメルクはうなずいたが、顔色がひどく悪かった。



 ザカルは不機嫌になり、彼に退出を命じる。

「わかったら行け。規律を正すため、新たに軍規を定めろ。違反者への処罰は全て斬首でいい。苛烈にやれ」

「……わかりました」

 クメルクは一礼し、部屋を出ていく。

 その背中がやけに小さく感じられた。



「肝の小さい男だ」

 ザカルは溜息をつき、すぐに別の幹部を呼んだ。

「クメルクを監視しろ。おかしな動きをしたらすぐに報告だ」

 幹部は驚いた表情を浮かべる。

「どういうことです、隊長? クメルクさんが何か?」

「言われた通りにしろ。ヤツには迷いがある。しっかり見張っておけ。いいな?」

「は、はい」

 怯えたように幹部が退出し、ザカルは独りになった。



 ザカルは大きく傾いてきた夕日を見つめ、糖蜜酒を杯に注ぐ。

「……もう後には退けんのだからな」

 言い聞かせるようにつぶやくと、ザカルは玉杯を一気にあおった。


※次回「カルファル奪還」の更新は11月18日(金)の予定です。

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