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王家の秘密

352話



 パジャム二世は、先王パジャム一世の一人息子として生まれた。

 あまり優秀とはいえない彼のために、父王はライバルの排除に腐心したという。

 男系男子しか王位を継げないため、年頃の男系男子はあらかた神殿に追いやられてしまった。

 暗殺や失脚という手を使わなかっただけ、まだマシなほうだろう。

 出家したら王位継承権を失う代わりに、王族出身の神官として厚遇される。



 だがパジャム二世は政治や経済には全く興味がなく、その方面の実務能力も伸びなかった。

 詩作や絵画など芸術方面では割とマルチな才能を発揮したようだが、父親が王位継承のライバルを全て排除してしまった以上、王位を継がない訳にもいかない。

 しぶしぶ即位した後は父王が政務を補佐してくれたが、その父を亡くした後から彼の暴走が始まる。



「余は……遺す価値あるものを、後世に遺したかった……。治世で何も遺せぬ余にとって、それは芸術でしか成せぬことだ……」

 なんでみんな、何かを後世に遺したがるのかな。

 いや、そういえば俺も「学者か魔術師として後世に名を遺したい」という野心があった。人のことは言えない。

 黙って傾聴することにする。



 パジャム二世は優れたデザイナーであったため、次々に建築物をデザインした。それもとびきり金がかかりそうなヤツばかりだ。

「余の遺した庭園や宮殿が……後世の者たちの心を打つ光景を……想像するのが……楽しかったのだ……」

 よけいなお世話だろうけど、一言言っておこう。

「陛下、せめてもう少し金のかからぬ方法でなさればよかったのです」

 作曲とか詩作とか舞踊とか。

 収入以上に支出を繰り返せば、必ず破綻する。



 王の亡霊は反省しているのか、白い霧の中で目を伏せた。

「悔いても詮無いことだ……。だが、貴殿の言う通りだな……。思えば何をあのように追い立てられていたのか……」

 パジャム二世は遠い目をする。

「王など誰がなっても同じこと……ただの空虚な器に過ぎぬと思っておった……。クウォールという花を生けるための、空っぽの器だとな……」



 パーカーが首を傾げて、俺に尋ねる。

「王の言っている意味、君にはわかるかい?」

「俺にもよくわからないが、たぶん王家の仕組みが整いすぎていたんだろう。誰が即位しても、余計なことさえしなければ国家が運営できるようになっていたんだ」

 クウォールの王家は諸侯の調停者みたいな立場だから、極力何もしないでいるほうがいい。

 だがそうなると、「俺って何なの?」という疑問を抱く王が出てくるのもわかる。



 パジャム二世は世間で思われているほどバカではなかったので、その疑問を抱いてしまったらしい。もっとバカだったら、気楽に王様生活を満喫できただろう。

 ただ彼はバカではないが別に有能でもないので、得意な芸術分野でしか実力を発揮できなかった。

 そしてそれが、クウォールの財政を圧迫してしまった。

 そんなところだろう。

 ロルムンド皇帝バハーゾフ四世も似たようなもので、死期を悟ったときに慌ててミラルディア征服に着手した。

 みんな何かを遺したがる。



 王の霊は俺の言葉が聞こえているのかいないのか、淡々と語り続ける。

「沿岸諸侯たちが挙兵までしたため余はひどく怯えたが、王の言葉は取り消せぬのだ……そう父から教わった……」

 王様には王様の立場がある、ということか。

 だったらもう少し慎重に課税すればいいのにな……。

 あんまり突っ込みを入れても気の毒なので、俺はその言葉をそっと胸にしまう。



「だがあのときにヴァイト卿、貴殿が来てくれたと聞いた……。貴殿はミラルディア女王の伴侶だ……。ミラルディア女王ならば余とは同格、対話のしようもある……そう思った……」

 俺にはよくわからないが、彼なりのこだわりがあるようだ。

 諸侯の要求を聞いたら王として負け、みたいな感覚なんだろうか。

 それがクウォールの価値観として正しいのかどうかはわからないが、彼のこだわりが結果的に彼の命を奪ったことになる。



 前々から思ってたけど、「ごめんなさい」と「ありがとう」がすぐに言える人のほうが長生きできそうだな。

 子供が産まれたらこのへんは徹底しよう。

 あと、俺自身も気をつけよう。

 そんなことを思いながら、俺は彼に弔意を示す。



「最期の瞬間まで対話を求め、流血を避けようとなさった陛下は、まことの王にございます。陛下の御意志と名誉は、このヴァイトがお守りいたしましょう」

 すると王の亡霊は霧の中で微笑む。

「おお……その言葉、何よりも嬉しく思う……。ヴァイト卿よ……貴殿にメジレの恵みのあらんことを……」

 霧の中で王が何かの仕草をしている。たぶん俺を祝福しているのだろう。



 生前のパジャム二世と会談できていれば、ザカルの陰謀を阻止できたかもしれない。

 だがもう手遅れなので、ここからは俺たちだけで何とかする必要がある。

 とりあえず王様には成仏してもらったほうがいいかな。

 そう思ったとき、王の霊がまた何か言い始めた。

「ヴァイト卿を余の友と信じて、余の秘密をふたつ、託したい……」

 王の秘密?

 凄い秘密のようにも思えるが、この王様だからな……。

 そう思いつつ、俺はまじめに聞くことにする。



 すると王はこんなことを打ち明けた。

「余には男子の跡取りがいる……まだ生まれてはいないが、妻の一人が懐妊しているのだ……」

「なんと……」

 そうつぶやいたのはアマニだ。

 現在、王家にはまともな跡継ぎ候補がいない。「世俗にいる男系男子」に限定するとゼロだ。

 しかし魔法が未発達のクウォールで、出産前に性別がわかる方法ってあったかな?



「陛下、男子なのは間違いないのですか?」

「侍医たちが王家に伝わる占術によって確かめた……間違いはない……」

 その占術はクウォールに普及しているまじない、簡略化された初歩的な魔法のことだろう。

 ささやかな効果しかないが、信頼性は高い。

 王は続ける。

「我が妻ファスリーンは戦の前に、建築中のファスリーン離宮に避難させている……。懐妊を祝い、妻の名を冠した宮殿だ……」

 もしかして陛下、子供ができる嬉しさで宮殿建設を命じたのだろうか。

 そう思うと妙に人間味を感じてしまうな。



 王の亡霊は霧の中から、憂いに満ちたまなざしを向けてくる。

「妻と赤子だけが心残りだ……王殺しの悪党どもは、次に妻と赤子を狙うやも知れぬ……。頼む、ヴァイト卿……」

 俺は王の亡霊に向かって話しかける。

「承知いたしました。私も妻が懐妊中で第一子の誕生を間近に控えた身、陛下と同じ境遇にございます。我が妻子を守るのと同じ心意気で、必ずや奥方様と御子息をお守りいたしましょう」



「おお、なんと頼もしい……誠の言葉とは、かくも強く温かいものか……礼を言う……」

 白い霧が微かに発光し、明滅している。生者でいえば「ひょーマジかよやったー! おっしゃー!」ぐらいの感情表現だろう。

「秘密の合言葉がある……ファスリーンに『濡れし月に紅き花の咲きて』と告げるがいい……。我が妻の、最も美しい顔を見られよう……」

 笑顔を浮かべたパジャム二世の霊は、ふと思い出したように言った。



「それとヴァイト卿、もうひとつ……メジレの源と名高いカヤンカカ山に……ヴァルカーンの宝珠がある……人をヴァルカーンへと変じさせる、神秘の秘宝だ……。王都の大書庫に……王家の秘密を記した書が……」

 ヴァルカーンか。その単語、聞き覚えがあるぞ。

 戦神、つまりミラルディアでいう魔王や勇者のことだ。

 ということは、そいつはミラルディアをさんざん騒がせた勇者製造機だな。

 クウォールにも絶対転がってると思っていたが、やはりあったようだ。これも放置はしておけないな。



 ふと気づくと、白い霧が少しずつ薄れている。現世との接続が切れかかっているようだ。

「パーカー、陛下の霊が」

「わかってるけど、陛下御自身が帰りたがってるんだ」

 パーカーがしきりに印を組み直しているが、あれはスマホのアンテナが立つ場所を探してうろうろするのと同じ状態だ。

 もうダメなんだろう。



 王の亡霊はだんだん小さくなる声で、こう告げる。

「誠の人よ、ヴァイト卿よ……勝手な願いだが……後を……頼む……。余は疲れた……王など……なるものではない……」

 あんたのために父王がだいぶ無理してくれたのに、そんなこと言われても民衆も困ると思う。

 とはいえ、死霊術師の支配下にある霊は嘘をつけない。

 偽らざる本音はやはり、そこにあるのだろう。

 気持ちはわかる。



 白い霧は薄れ、そして闇に消えた。

 パーカーが少し様子を見て、それから一同に告げる。

「行っちゃったね。それもかなり満足して」

「なら良かった」

 俺はホッと溜息をついて、額の汗を拭う。

 死霊は妙なとこに感情のスイッチがあるから、専門家でないと扱いが難しい。専門外の領域だったので緊張した。

 成仏してくれたらいいんだが。



 パーカーは殺された近衛兵たちの霊も弔いながら、俺を振り返ってニヤニヤ笑う。

「いやあ、さすがだね! 人間だろうが魔族だろうが、生者だろうが死者だろうがお構いなし! 君の掌でみんな転がされるんだから!」

「失礼なことを言うな。俺はただ……」

 少し考えて、俺はこう続ける。

「自分が同じ立場だったら、こう言ってほしいなと思うことを言ってるだけだ」



 するとパーカーは真顔になり、それからまたにっこり笑った。

「誰でもできることじゃないんだよ、それは」

「そうかな?」

 パーカーは何も言わず、死者たちが眠る井戸に祈りを捧げる。

「さてと、これでよし。王の魂は君が弔ってくれたし、もう大丈夫だろう。後は……」

 彼は廃墟の片隅をちらりと見た。



「なんかあっちに、物凄い怨念を感じるんだけど。あれ何だい?」

「ザカルに殺された手下かな」

 バッザ公の使者になりすまして、クウォール王をここまで連れてきた張本人だ。そして口封じのためにザカルに殺されている。

 俺は立ち上がって右膝の砂を払うと、一同に言った。

「行ってみよう。彼とも話がしたい」

 何か知ってそうだ。


※次話「悪霊と魔狼」更新は11月9日(水)の予定です。

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