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死者は踊り、生者は潜む

346話



 バッザ傭兵隊のザカル隊長による国王暗殺事件。

 表沙汰になったらバッザ公ビラコヤが大変なことになる。

 ビラコヤ婆さんはミラルディアとの大事なパイプだし、彼女は暗殺なんか命じていないが、それでも話の流れ次第では責任問題になりかねない。



 そして責任問題になりかねないのは、俺も同じだった。

「クウォール王は俺と密会するつもりで、ここに来ていたんだ。俺がカルファルまで来ているのは知ってたんだろうな」

「で、偽の使者におびき出されて、殺されちゃったと」

 モンザと俺は併走しながら、互いに視線を交わす。

 まだ確定ではないが、これが本当なら一大事だ。



「王はたぶん、側近の誰かには非公式会談のことは告げているだろう。護衛もちゃんとついてたし」

「じゃあ疑われるのは隊長だね、あはは」

 笑ってる場合じゃないよ。

 何かあった場合には潔白を証明しないといけないが、この時代に潔白を証明する方法なんてまず存在しない。だいたいアリバイを作ろうにも、標準時刻すらない。お手上げだ。

 とりあえず関係者への報告と連絡と相談をしておこう。



 戻った俺は、すぐにバッザに急使を派遣した。数日中にビラコヤも動き始めるはずだ。

 書状には俺が見たこととその分析が記してある。

 国王が死んだ今、港の課税案も白紙に戻っている。もともと沿岸諸侯たちは政権転覆なんか全く考えていないので、もう戦う理由もない。

 殺されたのが国王本人だった場合は、内戦をさっさと終わらせてザカルを何とかしないといけない。

 内戦が終わればあいつを雇っておく必要はなくなる。



 ついでにザカルを解雇か捕縛するよう要請してもいいんだが、そうなるとザカルは間違いなく反乱を起こすだろう。

 傭兵隊の兵力は四千弱だが、ザカルが指揮すればカルファル郊外にいる沿岸諸侯軍ぐらいは撃破できそうだ。

 仮にうまく逮捕できても、残った傭兵たちがおとなしく投降するとは限らない。連中は傭兵隊だが、実態は革命軍だ。

 カルファルを戦場にして人狼隊が傭兵狩りをしてもいいんだが、あの規模だと人狼隊でも持て余す。こちらにも少なくない戦死者が出るだろう。



 こんなところで人狼たちが命を落とすのは嫌なので、俺は慎重にいくことにした。

 翌朝、俺はみんなを集めて会議する。

「ザカルはまだ、自分たちの陰謀が露見していないと思っている。あいつに今敵対されると困るから、しばらく様子を見よう」

「いいのかよ大将、そんなにのんびりしてて?」

 ジェリクが首を傾げるので、俺はうなずいた。

「今のうちに味方を増やしておく。そこでザカル隊長の『贈り物』が役に立つ訳だ」

「贈り物?」

「そうさ。ただし国王の件はまだ秘密だぞ。ファーン、三人を呼んできてくれ」



 俺が頼むと、カルファル公の侍女たち三人がファーンと共に入室してきた。

「カルファル公の侍女たちだ。シューラ殿は侍女頭であり、カルファル公正室の腹心でもある」

 傭兵たちは侍女と愛人の区別もついていないようだが、大貴族の侍女頭ともなれば相当な才女でなければ務まらない。キャリアウーマンだ。

 我がアインドルフ家でも、侍女長と副侍女長は凄腕だしな。

 俺はふとリューンハイトを懐かしく思いながら、みんなに説明する。



「俺はザカル包囲網を作るためにも、カルファル公に味方しようと思う。当面は俺がカルファル市民を守る。そしてカルファル公の帰還を手助けし、最終的には彼に盟友になってもらうつもりだ」

「はい、我が主には既に文を送っております。お喜びになりましょう」

 にっこり笑うシューラ。クメルクを騙したときと違って、今回は嘘をついている気配はない。

 信頼しても良さそうだ。

 カルファル公は「女好きのだらしないおっさん」らしいが、「統治者としてはまあまあまとも」らしい。

 ……と、シューラが言っていた。



『いいのか、そんな人物評で』

『良うございます。奥様もお怒りですので』

 愛人二人までは合法らしいし、許してあげればいいのに。

 俺は昨夜のシューラとのやりとりを思い返しながら、首を軽く振る。

 この際、女好きかどうかは置いておこう。

「カルファル公は王家の遠縁だから、王家とも話がつけられる」

 国王本人は死んでいるが、そのことはシューラたちにはまだ伝えていない。この件はカルファル公に直接話す必要があった。



 俺はみんなにさりげなく目配せしつつ、話を続ける。

「既に沿岸諸侯と和睦している下流の流域諸侯も、改めて味方につける必要がある。それはバッザ公に頼む予定だ」

 今のうちにザカル包囲網を作ること、それと俺やビラコヤに嫌疑がかからないようにすること。

 これが今後の課題だ。



 このへんの課題を全部処理したら、ザカルと傭兵たちを一網打尽にする。できればさっさとやってしまいたい。

 だがタイミングを間違えれば、「ザカル王と騎士たち」が新王国を誕生させてしまいかねない。

 正直、あいつが治める国と国交を持ちたいとは思わないので、俺は全力でクウォールの現状を維持する。ミラルディアの国益のため、それとクウォールの民衆の安全のためだ。



 俺は慎重に事を進めることにしたが、まだ何の成果も得られないうちから早くも雲行きが怪しくなってきた。

 国王暗殺の翌々日ぐらいから、カルファル各所に「国王が逃げた」という噂が流れ始めたのだ。

「ねえねえ隊長さん。王様がお逃げになったってのは本当かしらね?」

 下宿先のパガ夫人までもが、こんなことを言っている始末だ。

「それ、どこで聞いたんです?」

「いえね、お隣さんが市場で聞いたんですって。で、うちの人に聞いたら、うちの人も息子から聞いたっていうんですよ。息子はお客さんから聞いたって」



 このパターンで虚報が広まる過程、前世で聞いたことがあるぞ。

 国王逃亡の噂を流したのは、おそらくザカルの手下たちだ。

 酒場や娼館に出入りする傭兵たちは、そこに金を落としながら「ここだけの話なんだけどよ……」と噂を流す。

 流れた噂はあちこちに広まり、市民は同じ噂を別々のルートから何度も聞く羽目になる。

 すると「あ、あの噂はやっぱり本当だったんだわ。みんなが言ってるんだもの」となる。

 かつてアメリカのスリーマイル島原子力発電所で事故が起きたときにも、これと同じことが起きた。……らしい。

 間違った数字が一人歩きしたそうだ。

 手段さえあれば、虚報を広めるのは意外と簡単なんだろうな。



 ザカルは戦が得意なだけでなく、噂を操るのも得意なようだ。情報戦に長けているのは厄介だな。

 実際には国王は逃亡ではなく暗殺されているのだが、とにかく不在なのは事実だ。

 国王本人が姿を見せて噂を否定できない以上、国王逃亡の噂は無限に広がり続ける。

 いずれはカルファルの外、王都エンカラガや周辺都市にも噂が広まっていくだろう。

 死んだ国王が元気に国内を走り回って、人々を踊らせている。

 一方で、生きている俺たちはじっと息を潜めるしかない。



 そして全ての黒幕であるザカルはといえば、何食わぬ顔で兵の訓練をしている。俺のとこにもときどき挨拶に来て、白々しい会話をして帰っていくのが気持ち悪い。

 モンザ隊からの報告によれば、彼に怪しい動きは一切ないという。

 彼が知らん顔している間にも、彼が作り出した噂は広まり続ける。

 なんせパジャム二世は元々、「芸術と美女が好きで、政治にも経済にも軍事にも全く興味のないアホ王」という評価をされている。

「沿岸諸侯軍が王都に迫ってきたのでパジャム二世は逃げた」と言われたら、俺でも納得したくなる。

 あと逃げたことにしてくれると、俺が国王暗殺犯だと疑われることもないので、正直ちょっと助かる。

 ……なんで俺が犯人みたいな気分になってるんだ。



 俺はベルーザ陸戦隊のグリズ隊長と、改めて会議を開いた。

 戦略について相談ができるのがこのモヒカン大男しかいないという時点で、かなりハードルが高い。

「さて問題は、ここから諸勢力がどう動くかだ」

「ザカルのクソ野郎が牙を剥くのは、もっと後でしょうぜ。沿岸諸侯に刃向かうなら国王側に寝返るしかねえが、それはもうできねえ。かといって自力で一国を支配するには兵が足りねえ」

「そうだな。カルファル公から奪った資金と寄せ集めの四千の兵では、クウォールを支配できない」

 カルファルぐらいなら何とか支配できるだろうが、いずれ潰されるのは目に見えている。



 するとグリズが首を傾げる。

「あとは……そうだ、王都の連中はどうだろうな? 旦那、何かつかんでないんですかい?」

「いや全然。ただ、上流の都市ワジャルに避難しているカルファル公からは手紙が来た。感謝状みたいな内容だった」

 カルファルの治安を守ってくれていることへの礼、侍女たちの安全と名誉を守ってくれたことへの礼、他にもいろいろ書き連ねられていた。

 内容から察するに、割とまともな人物のようだ。手を組んでも大丈夫だろう。



「カルファル公には今後、上流の諸侯とのパイプになってもらう。それと王都の情勢を伝えてもらうつもりだ。カルファル公は王家の遠縁だから、高官を王都に駐在させている」

「なるほど、そいつはいい」

 凶悪なモヒカン面がニヤリと笑う。

 俺ほんとに国王暗殺犯じゃないよな? だんだん不安になってきた。



 そこにファーンがやってくる。

「ただいま、ヴァイトく……ヴァイト隊長。ベルーザ陸戦隊の人たちと一緒に、市場でいろいろ聞いてきたよ」

 人狼たちはクウォール語があまり得意ではないので、通訳がいたほうが何かとやりやすい。モンザたち監視員も、ザカルたちの会話をちょくちょく聞き取り損ねている。

 ファーンはグリズの隣に座り、疲れた表情をみせた。

「ザカルが軍を動かさずに噂を流してきたのは、ちょっと意外だったね」

「ああ、それに国王を行方不明にしてしまったのもいい方法だ」



 俺がかつて、リューンハイト輝陽教トップのユヒト司祭を追放したのと同じやり方だ。

 トップが死ねば、すぐに次の者がその座に就く。魔族にはない人間の強みだ。

 だがトップが存命のまま不在になると、すぐには交代できない。トップが戻ってくる可能性があるからだ。

 だから王都でも、次の国王を選ぶという話にはなっていないだろう。しばらくは行方不明の国王を捜すはずだ。



 俺はそう説明して、腕組みをする。

「国王の逃亡疑惑で、王家全体の威信が低下している。王家に国王が死んだことを教えてやれば次の王が即位するだろうが、その場合は俺とバッザ公に嫌疑がかかりそうだ」

 偽の使者が痛恨すぎる。本物の使者も、まさか味方に殺されるとは思ってなかっただろうな。

 バッザ公は反国王派の首魁だし、俺はそのバッザ公に肩入れして派遣された他国の司令官だ。

 邪推したければ動機はいくらでも思いつく。



 そうなると俺もミラルディアも大変困るので、ここは慎重に動くしかない。

「ザカルに全部背負わせて、この国を元通りにする。あいつが本性を発揮しだす前に、あいつを檻に入れるんだ。見えない檻にな」

「隊長はそういうの得意だもんね」

 ファーンがニヤリと笑うと、グリズもニヤリと笑った。

「おう、旦那は正真正銘の大悪党だからな」

 俺を悪の黒幕みたいに呼ばないでくれないかな……。


※次話「野心の疼き・3」更新は10月26日(水)の予定です。

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