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人狼たちの追跡

345話



 俺がカルファル市外に出たときには、もう仲間の匂いはかなり薄れているところだった。

 これは変身しないと追跡できないな。

 俺は久しぶりに人狼に変身し、暗闇の中を走り出す。

 遠くから微かにモンザの遠吠えが聞こえてくる。



『早ク来ーイ』



 わかってるよ。

 だだっ広い上に静かな平野だから、遠吠えは風に乗れば数キロ先まで届く。

 少し離れた丘の上でウォッド隊が変身して待機していたので、俺はほっとする。

「いたいた、迷子になるかと思った」

「そう言うと思っての。ちょいと休憩して待っとったんじゃよ。モンザ隊はかなり先行しとるから、わしらと行こう」

 ベテランの人狼たちが笑う。

 集団行動は狩りの基本だ。



 俺がウォッド隊と共にたどり着いたのは、荒れ果てた廃墟だった。カルファルほどではないが結構大きい。

 ザカルたちと鉢合わせしないよう、ぐるっと迂回して市街に入る。

「こんな何もないとこに、よく街を作ったのう。ほれ、干上がった桟橋まである」

「ああ、じゃあ昔はこの街のそばをメジレ河が流れてたんだろう。河は土を削って違う場所に積み上げるから、長い目で見ればだんだん流れが変わるんだ」

「なるほどの。水場を失って見捨てられた街という訳か」

 どうでもいい話をしていた俺たちが、すぐに異変に気づいた。



「血の匂いがするな」

「うむ、おそらく騎兵じゃな。二十ほどじゃの」

「数までわかるのか、ウォッド爺さん」

 するとウォッドたちは笑って、一斉に地面を指さした。

「南から来とる蹄の数じゃよ。蹄の跡が深いから、荷馬か重武装の騎兵じゃろう」

「荷馬ならだいたい一列に歩かせるが、これは二列だから騎兵だろうねえ」

「ああ。北からの蹄なら傭兵どもの馬じゃろうが、これは違うからな」

「それに馬車の轍もあるから、傭兵たちじゃなかろうよ」



 おじいちゃん人狼たちが楽しそうに説明してくれたので、俺もようやく気づく。

 暗闇で匂いに夢中になるあまり、獲物の足跡を見落としていた。

 やはりベテランは注意深いな。

 感心しながら走る。

 街の中には濃厚な血の匂いがする。

 どうやら間に合わなかったようだ。



 俺たちが蹄の跡と匂いを追ってたどりついた場所は、廃墟の中心部だった。

 ここで何が起きたかは一目瞭然だ。

 おびただしい血が砂地に吸い取られている。それに倒れた軍馬。

 騎手たちの姿は見あたらないが、近くの古井戸からは真新しい血の匂いが漂っていた。

「あは、隊長」

 モンザが嬉しそうに手を振っていたので、俺は彼女に近づく。



 幸い、監視役のザイモンも無事だった。モンザの叔父であり、ベテランの狩人でもある彼は、落ち着いた態度だ。

「おう、ヴァイト。すまんな、見届けるのが精一杯だった」

「いや、ザイモンさんが無事で何よりだよ。何があったんだ?」

「ああ、それがな……」

 事情を聞いた直後、俺はギョッとなった。

 やばい。

 激ヤバだ。

 とんでもないことになってる。



「みんな、そこの古井戸から死体を回収しろ。立派な服装の青年だ」

 引っ張り上げられた死体の服には、金糸の刺繍があった。クウォール王家の紋章だ。血塗れの王冠も出てくる。

 この青年、たぶん現国王のパジャム二世だ。本人か影武者かの判断は難しいが、髪油や香水の匂いは身分の高い人物であることを感じさせる。

 この国の人たちは王の影武者など畏れ多くて作れないだろうから、本物だろうか。

 だとすれば、こんな形で対面する羽目になるとは思わなかった。

 気の毒だがもう完全に死んでる。魔法を使っても治療はできない。



「お気の毒に」

 俺は王らしき人物の亡骸に合掌する。周囲の人狼たちも何となくそれをまねて合掌する。

 政治にも経済にも軍事にも疎いダメ王だったが、こんな場所で殺されるほどのことは何もしていない。

「ヴァイト、やったのはザカルだ。この目で間違いなく見た」

 ザイモンがそう言い、悔しそうに唇を噛む。

「すまんな。せめてそいつだけでも助けてやりたかったが、弓兵が多すぎた。俺一人ではどうにもならん」

「いや、監視に徹してくれて正解だ。それでザイモンさんに何かあったら、情報が得られなくなるところだった。ありがとう」

 俺はモンザの叔父を慰める。



「それにほら、ザイモンさんがいつも言ってただろ? 狩人が攻撃をするのは、追跡を終わらせるときだけだって」

 人狼の狩人にとって、攻撃とは追跡フェーズの終了を意味しており、それ以外の結果をもたらしてはいけない。逃げられても反撃を受けてもダメだ。

 だから、勝てるかどうかわからないときは決して手出しをしない。

 彼が監視に徹してくれたおかげで、俺たちはザカルに気づかれることなく重要な情報を入手できた。

 王と護衛たちは気の毒なことになってしまったが、それはもう俺たちの手には負えない。



 ザイモンはにっこり笑い、さらに続ける。

「ありがとう。ところでヴァイト、ザカルはどうもお前の名前を使って国王をおびき寄せたようだ。王はお前に会えると思って、ここまで来たようだぞ」

「なんだって!?」

「文官らしいのが一人いたが、襲撃で殺されなかったどころかザカルと親しげに話し込んでいた。傭兵か、そうでなければ裏切った側近だろう。俺はヴァイトほどクウォール語が得意じゃないからな、詳しいことはわからんが」

 ますますとんでもないことになっているじゃないか。



「ただし、そいつも後で殺された。こっちだ」

 ザイモンの言う通り、廃屋から略礼服の文官の死体が出てきた。

「乗馬用の礼服だから、これはたぶん使者の服装だな。上着にバッザ公の紋章が入っている」

「ならバッザ公が裏切ったってこと?」

 モンザがしゃがみ込んで死体をつんつんつついているので、俺はやめさせる。

「こら、死者を粗末に扱うな。バッザ公の使者はザカルの手下に殺されただろ。だからこれは偽の使者だ。おそらくザカルの手下だろう」

「じゃあなんで殺されちゃったの? 口封じ?」

「たぶんな」



 さて、これはだいぶまずいことになってきたぞ。

「ねえねえ隊長、これどうなるの? クウォール爆発しちゃう?」

「割とそうなるな。クウォールは国王自身よりも、『王がいて、みんながそれを敬う』という不文律が大事なんだ」

 何があっても王とは戦わない。形式だけでも王を敬い、尊重する。

 それがクウォール貴族たちのルール、価値観だ。

 諸侯間で小競り合いが発生することもあるが、王が「やめよ」と言えば双方兵を引くしかない。

 それと同時に、「グダグダになったら王様が終わらせてくれる」という安心感もある。



 王自身は大した兵も持っていないし、直轄地も少ない。武力や経済力で国を治めている訳ではない。

 スポーツでいえば、王は決して強い選手ではない。そもそも選手ですらない。

 王は唯一無二の審判だ。全ての選手と観客は審判の指示に逆らえない。

 その審判を殺した選手がいるということは、今までクウォールを支配してきた暗黙の了解、不文律の掟が破られたことを意味する。

 スポーツ選手が試合前に審判を闇討ちして殺害するレベルの非道さだ。

 その後に始まるものは、もちろん試合などではない。



 絶対にやってはいけない禁忌、「王殺し」。まともなクウォール人なら想像さえできないことを実行する連中が、武力を持って活動している。

 競技場に殺人鬼が紛れ込んでいる。

 この事実が広まれば、どこでどんな動きが起きるか全く予測がつかなかった。

 非常にまずい。



 俺はそんな感じでおおまかに説明して、死体をすぐに古井戸に戻すよう命令した。

「手厚く葬ってやりたいが、今は陰謀の渦中だ。俺たちがここにいた痕跡は残せない。だから証拠になるようなものも、カルファルには持ち帰らない」

 下手に何かを持ち帰ってそれを誰かに見られたら、まず間違いなく王殺しの容疑者にされてしまう。

 外交問題になるのは確実だし、俺一人の責任では済まされない。

 許してくれ、クウォール王と近衛兵たち。

 あと口封じされた人。

 いずれ必ず、ザカルに償いをさせるからな。



 モンザが首を傾げる。

「じゃ、ザカルをやっつけちゃう? 暗殺するなら今夜中に済むよ?」

「そりゃできるだろうが、あいつがいなくなると困るんだ」

「なんで?」

「これ本物の国王かどうか、まだわからない。それに国王がいなくなっても四千人の精鋭近衛隊が残ってるし、上流の流域諸侯がどう動くかわからない。ザカルと傭兵隊にはまだ味方でいてもらわないと」

 なんせ他の沿岸諸侯軍がまるで役に立たないからな。

 沿岸諸侯軍の安全のためにも、ザカルには最前線で敵を防いでもらう必要があった。



「それともうひとつ、ザカルがいなくなると沿岸諸侯軍とカルファル市民が危ない。カルファルに四千人ほどの傭兵が無秩序に溢れかえることになるからな。あいつらはボスがいないと山賊と変わらないぞ」

 統制を失った傭兵たちが何をしでかすかわからないし、そうなると後続の沿岸諸侯軍が襲撃を受ける可能性もある。

 それに追い出されたカルファル公は健在で、カルファル奪還を狙っているはずだ。

 さらに国王不在の王都はこれから大混乱になるだろう。

 外国人の俺たちが事態を収拾するのは不可能に近い。



「王殺しに手を染めたことでザカルの目的は見えた。だから後始末はあいつにやらせる」

「できるかな?」

「やってもらうさ。さもなけりゃクウォール戦国時代の幕開けだ」

 もう頼むからほんとにやめて。

 大事なサトウキビ畑が荒れちゃうだろ。



「これからしばらく、この廃墟を人狼隊の監視下に置く。一個分隊を駐留させ、この場所に近づく者を監視するぞ。気づかれないようにな」

 ザカル本人がこの場所に戻ってくることはないだろうが、部下を派遣して証拠隠滅したり、偽の証拠をばらまいたりする可能性はある。

 ここは見張っておかないとな。

 しかし自由に動かせる分隊がどんどん目減りしていく。



「ザカルは自分が王になるつもりらしいが、それは無理だろうな」

 俺がそう言うと、人狼たち全員が首を傾げる。

「なんで?」

 モンザの問いに、俺は笑ってみせた。

「俺が全力で邪魔するからだよ」

 足を引っ張りまくってやるから覚悟してろよ。


※次回「死者は踊り、生者は潜む」の更新は10月24日(月)の予定です。

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