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343/415

狂乱の予感

343話



 俺はクメルク副官の攻略法を見つけたので、そのままどんどんしゃべらせることにした。

「ザカル殿は有能な指揮官だな。なぜ仕官されていないのだろう?」

「ここだけの話なのですが、過去に仕官を何度か拒絶されていまして……」

 ほほう。

「ザカル隊長は流域諸侯に雇われて、遊牧民の盗賊団などと戦っていたのですが、どれだけ功績を積んでも仕官は認められませんでした」

 無理もない。

 人として信用できないからな。



 流域諸侯から信用されない反面、ザカルは傭兵たちからの人望は抜群だ。

 それも理由がわかった。

 彼は貴族たち富裕層を憎んでおり、それが傭兵たちの共感を得ている一因のようだ。

「我々は剣を持った弱者だ、しかしいずれは強者になる。その剣がまだ錆びついていないのなら、俺についてこい……そう言ってくれました」

 クメルク副官は遠い目をする。

 彼の中では、ザカルは尊敬すべきリーダーなのだろう。

 わかるけどさ。



 しかし貴族を心の底では憎んでいるような男だと、あんまり出世してもらっても困る。

 俺は前世も今世も平民みたいなものだが、今は貴族社会の一員だ。貴族の家に婿入りした形になってるしな。

 だからザカル隊長とは仲良くなれそうにもない。

 ただ問題は、彼が傭兵のリーダーとして、また陸戦の専門家として優秀なことだ。

 沿岸諸侯には代わりになる人材がいない。

 そのへんも聞いておくか。



「ザカル殿は陸戦の指揮に長けておられるそうだが、カルファル攻略でもやはり手腕を発揮なさったのかな?」

「はい、もちろんです」

 グッと拳を握りしめて、クメルク副官がうなずく。

「ザカル隊長は今回の総大将を任されていましたが、カルファルの城門突破のために自ら陣頭に立たれました。降り注ぐ矢の中、大奮闘されたのです」



「カルファル攻略の際に傭兵隊は大損害を受けたと聞いたが……」

「市街への突入で、待ちかまえていたカルファル衛兵隊と激戦になったようです。私は後詰めとしてバッザ傭兵隊の指揮をしていましたので、わかりませんが」

 結果、突入した傭兵は大損害を受けた。だがカルファル公の命令で衛兵隊が降伏したので勝利している。

 一方、彼がバッザ公に対して責任を持つバッザ傭兵隊は、後から突入した。直後に衛兵隊が降伏したので、バッザ傭兵隊は悠々と市街を制圧している。



 大打撃を受けてそこらじゅうにぶっ倒れていた傭兵たちは、バッザ傭兵隊に救出されたという。

 死んだ連中は捨て駒にされたことを恨みながら死んでいっただろうが、救出された連中はバッザ傭兵隊に対して悪い印象は持たなかったようだ。

 彼らは手当を受け、今はザカル隊長に衣食住の面倒をみてもらっている。雇用主である諸侯たちは傭兵の衣食住の面倒なんかみない。金だけ払って終わりだ。



 こうなると必然的に、ザカル隊長への恐怖と信頼が醸成される。

 彼は今回、総大将として立派に実績を残した。次の戦いでも総大将になる可能性が高い。

 ザカル隊長に従わなければ、次の戦で捨て駒にされてしまう。

 だから他の街の傭兵たちも、自分たちの隊長よりもザカル隊長に従うようになった。

 彼に忠誠を誓えば捨て駒にはされないし、衣食住を保証してくれる。略奪した金品ももらえる。



 そして何より、彼は「勝てる大将」だ。

 負け戦の傭兵ほど悲惨なものはないから、勝たせてくれるザカル隊長は傭兵たちにとって王にも等しい。

 こうしてザカルは抜け目なく強者としてのポジションを確立し、傭兵たちを支配している。

 彼が占領地での略奪を一切禁じているのも、要するに自分が支配者として分け前を分配するためだ。逆らえば処刑されるが、従っていれば十分な分け前がもらえる。

 つくづく動物じみた男だと思う。

 だが傭兵を束ねる男としては申し分ない。



 傭兵隊の事情はなんとなく透けて見えたので、俺はそろそろクメルクを帰らせようと考えた。

 しかしクメルクは絶好調でしゃべりまくっている。

「そのとき、遊牧民の盗賊ども三百騎を迎え撃ったのがザカル隊長で……」

「非常に興味深い話だが、クメルク殿も軍務がおありなのでは?」

「いえ、隊長からは十分な時間をいただいております。それで、どこまで話したでしょうか」

「遊牧民の盗賊団三百騎をザカル殿が迎え撃つところだな……」

 どうやったら帰ってくれるんだろうな、この人は。

 彼は俺の監視役だから帰りそうにもないが、居座られるとやりづらい。



 しかも困ったことに、ドアの外でひそひそ声がする。あの声はモンザ隊の分隊員だ。

「隊長に報告があるんだ、会わせてよ」

「いや待ってくれ、今ちょいと『面会中』なんだ」

「急ぎなんだよ、『軍馬』の動きがいつもと違う」

 警備中のジェリクと何か言い合っている様子だ。

 彼らはお互いに符丁を使っている。「面会中」は傭兵隊関係者がここにいることを意味しているし、「軍馬」はザカルのことだ。

 どうやらザカルがいつもと違う行動を取っているらしい。

 急いで報告を聞きたいが、傭兵隊のクメルク副官がここにいる。

 妙な動きをすれば、俺がザカルの監視をしていることがバレてしまいかねない。



 するとそのとき、侍女の一人が口を開いた。

「クメルク様、畏れながらお伝えし忘れていたことがございます」

「何かな、シューラ殿?」

 クメルクがシューラと呼んだ侍女は、静かに答える。

「カルファル公のお屋敷に残されている美人画ですが、いずれもルオニコの筆と聞き及んでおります」

「ルオニコ……?」

 クメルクの表情が変わった。陶器商の息子だから、絵画のことも多少は知っているようだ。

「もしかして『微笑のルオニコ』か! あの早世した天才宮廷画家の! いかん、こりゃ大変だ。傭兵たちが欲しがってたぞ。回収してこよう」



 クメルクは大慌てで立ち上がると、侍女に一礼した。

「かたじけない、シューラ殿。絵は軍資金のために売り払うことになるだろうが、きちんとした画商に依頼し、汚損や散逸は防ぐと約束する」

 それから彼は俺を振り返る。

「申し訳ありません、今夜はこの辺りで失礼いたします」

「ありがとう、クメルク殿。またいらしてください」

 俺は笑顔で彼を見送る。

 おおかたザカル隊長のところに報告に戻るのだろう。



 さて問題はそのザカル隊長だが、その前に俺はカルファル公の侍女たちを見つめる。

 シューラと呼ばれていた侍女はあのとき、確かに嘘をついていた。少なくとも、騙そうとする匂いを発していた。

「シューラ殿?」

「はい、ヴァイト様」

 シューラは静かに頭を下げると、こう言った。

「クメルク様がおられては御都合が悪そうでしたので、一計を案じました」

「ということは、ルオニコの絵とかいうのも嘘なのか?」



 するとシューラは苦笑する。

「本物のルオニコの絵なら一枚で屋敷が建ちますから、我が主が置いていくはずがございません。ルオニコ派の模写や習作にございます」

 ひどい。この人ひどい。

 シューラは俺に恭しく頭を下げる。

「差し出がましい真似をお赦しくださいませ」

「いや、おかげでとても助かった。ありがとう」

「それは良うございました」

 にっこり笑う美女。

 残る二人の侍女たちも微笑む。

 これはもしかすると、優秀な人材を手に入れたかもしれない。



 だが今はとにかく、監視役の報告を聞こう。

「隊長、大変だよ!」

 俺が廊下に出ると、待っていたのはモンザの従弟だった。デイモンという名の若者で、相方は彼の父親だ。

「どうした、デイモン」

「ザカルが子飼いの三十騎ほどを連れて、市外に出ていったんだ!」

 三十騎か。監視役の人狼二人では勝てない人数だ。

 バレないように人数を限界まで絞ったんだが、監視員をもっとつけとくべきだったな。



「夜戦の演習じゃないのか?」

 デイモンは落ち着かない様子で、こう続ける。

「最初は千人ほど連れて近くの平野に出たから、俺たちもそう思ってたんだ。でもザカルと側近だけ、どんどん遠くに行ってる。だから俺だけ報告に戻ってきたんだよ」

「方角は?」

「上流のほうだから南だと思う。今は親父が尾行してるけど、一人だけだから心配で……」

「わかった。大丈夫だ、親父さんは腕利きの狩人だ。心配しなくていい」

 まずいな、人狼一人ではできることが限られている。

 急いで合流しよう。



 だが俺が動けば、もちろんクメルクにバレてしまう。

 彼は今ここにはいないが、彼にも部下はいる。監視員を残しているはずだ。

 俺がザカルの動きを監視していることは絶対に気づかれてはいけない。警戒させると彼が予想外の行動に出る可能性がある。

「よし、モンザ隊はすぐにザカルを追え。別ルートでウォッド隊も送る。両隊とも、市外に出たら変身していいぞ」

 すぐにモンザとウォッド爺さんがうなずく。

「あは、おもしろそう!」

「うむ、傭兵のことなら任せとけ」

 二人とも頼りにしてます。



 モンザ隊とウォッド隊が出発した後、俺はいったん自分が宿舎にしている民家に戻る。このへんでは豪邸の部類に入る家だ。

 予想より滞在が長期化しているので、この家の住人にも一緒に住んでもらっている。壊された部分はミラルディア軍が完璧に直しておいた。

 俺は民家の一室を借り上げている状態だが、なんだか下宿しているような気分だ。

 この家の住人は老夫婦二人だけで、パガ夫妻という。息子家族に釣り舟と鮮魚店を譲って悠々自適の御隠居だ。

 そのパガ夫妻の奥さんのほうが、ひょこりと顔を出した。



「隊長さん、隊長さん」

「何ですか、奥さん」

 また川魚の煮物でもくれるのかな。

 そう思っていると、老婦人はにっこり笑う。

「勝手口から隣の庭に抜けられますよ。うちの人が木箱を積んでくれましたから、通りからは見えません」

 何の話だろうと思ったが、すぐに理解できた。

 監視の傭兵たちに見つからないよう、こっそり抜け出せるルートを用意してくれたらしい。



「さっき、お隣のシャシャルさんに声かけてきたんですよ。シャシャルさんの屋根から、その隣のダマッドさんちの屋根に板を渡してもらいましたからね。後は建物の中を通って、北門の市場まで行けますよ」

 クウォールの民家は屋根が平らで、洗濯物を干したりするのに使われている。

 シャシャルさんとことダマッドさんとこは屋根の補修中で、日干しレンガなどがごちゃごちゃ積み上げてある。今は夜だし、魔法で物音を消せば気づかれずに移動できるだろう。



「奥さん、どうして……」

 するとパガ夫人はおかしそうに笑う。

「だって隊長さん、さっきから窓のほうをちらちら見てそわそわしてるんですもの」

 下宿先のおばちゃんにまでバレバレだったか。

 パガ夫人は笑いながら、木戸で閉ざされた窓を見る。

「それにほら、ここんとこずっと、あの忌々しい傭兵どもがうろついてるでしょう? あたしゃピンときましたよ」



 そこにパガ爺さんが現れる。

「こりゃ、隊長さんといつまでくっちゃべっとる。まったくお前は、若くていい男がいるとすぐこれじゃ」

「いいじゃないの、家を直してくれた恩人ですよ。傭兵どもから守ってくれてるのも、隊長さんなんですから」

「だからこうして手伝っとるんじゃろ。さあさあ隊長さん、早うこっちに。魚が腐っちまう」

 漁師時代の口癖をつぶやきながら、パガ爺さんは俺を手招きした。


※次回「野心の疼き・2」更新は10月19日(水)の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >早うこっちに。魚が腐っちまう こういうフレーバーの入れ方、好きだわー
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