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猟犬の王

337話



 俺は結局、バッザ傭兵隊のクメルク副官と共に最前線に向かうことにした。

 どのみちパーカーのヤツを探さなくてはいけない。

 あいつは密使だから、表向きの身分があまり高くない。救出してやらないとな。

 あいつに何かのトラウマスイッチでも入って暴走が始まったら、ここまでの苦労が全部水の泡だ。

 今のパーカーが本気になったら、防備の薄い都市のひとつやふたつは滅ぼせるだろう。あいつこそ歩く戦術兵器だ。



 だから俺はビラコヤたちに頼まれたき、根負けしたふりをしてこう言った。

「わかりました。では外交的な誇示をするために、人狼隊とベルーザ陸戦隊の一部を率いて進軍いたしましょう」

 ミラルディア軍は沿岸諸侯に加勢している。そういうアピールをするための進軍だ。

 実際に戦うつもりはあんまりない。

 で、ついでに王都まで行って国王に「もうやめとけば?」と忠告する。もちろん、ミラルディア連邦としてだ。

 ついでにパーカーを拾って帰ろう。

 あいつも俺の子供の顔を楽しみにしているらしいからな。



 俺は人狼隊のほぼ全員を連れていくことにした。連絡員として一個分隊を残す。人狼なら人間の伝令より確実で速い。

 さらにベルーザ陸戦隊も連れていく。頭数が必要だし、失踪前のパーカーについて道中いろいろ聞いておきたい。

 久しぶりに会ったグリズ隊長は、無精ヒゲを撫でながら首をひねる。

「パーカーの旦那なら、いなくなる直前まで相変わらずだったがな……。もうあの冗談のくだらなさったら、思い出すだけで寒気がするぜ」

 すみません不肖の兄弟子で。



「ま、特に変わったことはなかったな。ただ傭兵隊のことはえらく警戒してたかな? そこらへんは報告書に書いた通りですぜ、ヴァイトの旦那」

「なるほどな」

 我が兄弟子はときどきバカにしか見えないが、俺より頭がいいのは間違いない。

 となるとやはり、危険を察知して用心深く行動しているといったところだろう。

 パーカーがやられるはずがないからな。



 俺はグリズ隊長から、さらに興味深い話を聞いた。

「そうそう、戦神ってヤツの話は聞きましたかい?」

「ああ、ミラルディアでいう勇者のことだな」

「パーカーの旦那がそれについて色々調べてたんだが、こいつがその調査報告ですぜ。まだ途中だけど、自分の帰りが遅くなるようなら旦那に渡してくれって」

 分厚い書類の束を渡された。



 パーカーの調査によると、このクウォールの地には古くから「戦神」……つまり勇者や魔王の類が出没していたようだ。各地の伝承や叙事詩に残っている。

 もちろん全部本物かどうかわからないが、それにしても多いな。

 年表になっているのでざっと眺めると、数年ごとに出現している。

 何十人いるんだ、これ。



 しかしそんな戦神乱立時代も終わり、ある時期を境に戦神は全く現れなくなっていた。今のクウォール王国が成立する少し前だ。

 パーカーは「これは因果関係が逆で、戦神が現れなくなったことで地域が安定し、長期的な政権が誕生したのではないか」と記している。

 真面目に仕事しているときのパーカーは、俺より遙かに優秀だ。

 ずっとこの調子ならあいつが魔王の副官になるべきなんだけど、精神面が不安定なんだよな……。



 パーカーはその後、戦神が急に現れなくなった原因を調べるために内陸部に出向いたようだ。

 それを待っていたかのように、内乱が起きた。

 そして俺が今、王都に向かっている。

 偶然かもしれないが、やっぱり何か策謀を感じるな。

 落ち着かない気分だ。



「それにしてもあいつ、王都より南に下ったんじゃないだろうな……」

「おう、エンカラガの手前までは沿岸諸侯の支配下だからな。戻ってくるなら簡単なはずなんだが……」

 グリズもモヒカンを撫でながら首をひねっている。

 あんまり奥地に行かれると、捜索隊も出せない。兄弟子一人を助けるために、外国で軍を動かす訳にはいかないのだ。

 参ったな。

 別に会いたいとも思わないのだが、いないとなると落ち着かない。



 俺は不安を感じつつも、カルファル市までの道中もしっかり視察を行った。

 バッザ公ビラコヤが言っていた通り、メジレ河流域の諸侯たちとは裏で話がついていたようだ。戦闘の形跡は全くなく、どの都市も平和そのものだった。

 出迎えてくれる流域諸侯たちも穏やかで礼儀正しく、「自分たちの戦はもう済んだ」といわんばかりだ。

 彼らは今回、国王と沿岸諸侯のいさかいに巻き込まれた被害者だから無理もない。



 戦時であることを感じさせるものは、吹き流しのような細長い旗だ。各都市の城壁に翻っている。

 これは「流旗」と呼ばれていて、メジレ河の水を示しているらしい。「流れに従う」ぐらいの意味を持つ。前世でいえば白旗といったところだ。

 この旗を掲げている場所を攻撃するのはルール違反になるし、この旗を掲げた都市は武装した兵を市外に出してはいけない。



 モンザがつまらなさそうに流旗を見上げている。

「もっとやっつけちゃえばいいのに……人間ってめんどくさい……」

「狼だって腹を見せたらもう戦わないだろ。人間にも降伏の印は必要なんだよ。そうでないと全員死ぬまで終わらなくなる」

 問題はこの手の合戦ルールが、しょっちゅう破られることだな。

 幸い、現状では諸侯たちが戦争をうまくコントロールできているようだ。

 しかしクウォール王は今頃慌てているだろう。

 密約を知らない者にとっては、沿岸諸侯が破竹の勢いで進軍しているように見えるからな。



 俺はそんなことを考えながら南下し、中部の都市カルファルへと入った。

 ここは戦闘があった街なので、手ひどく破壊されている。

 世紀末みたいな様相を呈していた。ほとんど廃墟だ。

 特に城門近くの建物の大半は燃えるか崩れるかしていて、隙間から市民たちがこわごわ顔を覗かせている。

 街のあちこちに集団埋葬した痕跡があり、かなりの死者が出たようだ。

「おいおい、なんだこりゃ」

「やりすぎだろ……」

「これ直すの何年かかるんだよ……」

 世紀末風モヒカンのグリズたちが呆れている。



 すると先行していた傭兵隊のクメルク副官が駆け寄ってくる。護衛の傭兵たちと一緒だ。

「ヴァイト卿!」

「ああ、クメルク殿。これはまた、ずいぶんと派手にやりましたな」

 俺がそう言うと、クメルク副官は申し訳なさそうな顔をする。

「すみません、短期決戦でしたので……」

 すると彼の背後から、マントを翻した戦士が大股で歩み寄ってきた。



「クメルク、そちらがミラルディアからの援軍か!」

「は、はい!」

 クメルク副官は慌てて振り向き、その戦士に頭を下げる。

 近づいてくるのはクメルク副官と同年代の屈強な男だ。きらびやかなマントに鎧。

 腰の曲刀の鞘には宝石をちりばめているが、柄の握りは実用一辺倒だ。相当に使い込んでいるのがわかる。

 足運びも重心にブレがなく、しなやかで力強い。よく鍛えられているのがわかった。プロアスリートみたいだ。



 堂々とした偉丈夫は俺の前まで来ると、右膝をつかずに軽く会釈した。

「ヴァイト卿、お初にお目にかかる! 俺はジャーカーンの子、ザカル! バッザ傭兵隊千人の勇士を率いる長だ!」

 今お前、嘘をついたな。嘘つきの匂いがするぞ。

 ジャーカーンはクウォール最後の「戦神」、つまり勇者の名前だ。

 もちろん同名の人物はいくらでもいるだろうが、どうもそこが詐称っぽく思える。

 一見するとウォーロイと同じタイプに見えるが、少し違うようだ。

 あいつは謀略の最中でもほとんど嘘をつかなかった。



「隊長、膝を……」

 クメルク副官が慌てた様子でこそっとささやくが、ザカルは無視した。

 クウォール屈指の実力者であるバッザ公ですら、俺には膝をついて礼をしてくれた。

 それを考えると、ザカルの挨拶はクウォール人からみても不遜なのだろうというのはわかる。

 俺個人なんかにへりくだる必要は全くないけど、ミラルディアという国に対しては多少の敬意を示してほしい。

 困ったな。



 俺はミラルディアを治める魔王の副官だから、バッザ公の使用人に過ぎない傭兵隊長よりずっと格上になる。

 こういう場合、どれぐらいの丁寧さで挨拶を返せばいいんだろうな。

 ここに来るまでみんな礼儀正しかったから、こちらも礼儀正しくしていればよかったんだが……。

 しょうがないな。

「ミラルディア魔王の副官、ヴァイト・フォン・アインドルフだ」

 そっけないけど、もうしょうがないよね。



 幸い、ザカル隊長は細かいことは気にしていない様子だ。自信に満ちた笑顔を浮かべている。

「ミラルディアから王の副官が来ると聞いて、つい張り切ってしまった。見てくれ、我らクウォール傭兵の勇猛さを!」

 勇猛っていうか、野蛮なんですけど……。

 城門や城壁が破壊されているのは別にいいとして、市内の広い区域で放火や破壊の痕跡があるのはどういうことだ。



 いや、むしろ傭兵らしいというべきか。

 身分や待遇の保証がなく、退職金も年金もない彼らにとって、都市の占領は臨時ボーナスと同じだ。ここで略奪しなければ、何のために傭兵なんかやっているのかわからない。

 後続の正規軍を待たずに攻略したのも、要するに「略奪の邪魔をされたくなかった」ということなんだろう。

 まあしょうがないよな。傭兵なんだから。こいつらに先鋒をやらせればこうなる。

 それでもやりすぎ感は否めないが、他国の戦争だから俺は黙るしかない。



 傭兵隊が戦功をあげたのは間違いないので、ひとまず礼儀として称えておく。

「すばらしい戦いぶりだ。バッザ公もお喜びになるだろう。……ところで市民に死者は出ていないか?」

 やっぱり尋ねてしまった。

 するとザカル隊長は笑顔で首を横に振る。

「心配は無用だ。見せしめのために建物は派手に破壊したが、民衆には攻撃していないからな。略奪も許可してない。他の街の傭兵隊にもだ」

 意外だな。



 どうみても略奪されているが……。

 それにまた、嘘をついた匂いがしたぞ。どれが嘘だ? さっきから嘘の匂いが多くて混乱する。

 俺が不審に思っていると、彼は誇らしげに胸を張った。

「だから俺が金持ちどもから徴発して、バッザ傭兵隊にだけ分配した。戦利品の扱いは契約通りだからな。そうだ、バッザ公との契約書を見るか?」

「いや、結構だ」



 獲物の肉を切り分ける権限は、猟犬たちに対して絶対的な支配力を持つ。ザカル隊長はそれを心得ているようだ。

 傭兵隊長というのは、だいたいこういうガツガツした人物ばかりだ。俺は逆に少し安心する。

 利得を重んじる人物なら、利得という物差しで推し量れる。

 どんな物差しも通用しない人物が一番厄介だ。

 西郷隆盛もそんなこと言っていたような気がするな。



 ザカル隊長は俺をじろじろ見た後、にかっと笑った。

「次の作戦について、ミラルディア軍と軽く打ち合わせをしたい。本陣まで来ないか? ついでに昼メシでも食おう」

「ああ、それは悪くないな。行こう」

 メシをおごってくれる人はみんないい人だからな。

 少なくとも、おごってくれている間は。


※次回「亀裂」の更新は10月5日(水)です。

※サブタイトルを変更しました。

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