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333/415

クウォールへ

333話



 俺は出発直前、ちょうどミラルディアに帰国していた悪徳商人マオを訪ねた。

「また随行員としてお誘いですか?」

 何となく楽しげなマオに、俺は苦笑して首を横に振った。

「いや、さすがにお前も忙しいだろう?」

 彼は今、ワの国との非公式なパイプになっている。外交文書で残すとまずいようなお話は、マオにこっそりと伝えてもらっているのだ。

 なんせ彼はワの国出身のミラルディア人で、ただの民間人だからな。

 表向きは。



「今回は人員の移動が難しいので、人狼隊だけ連れていくつもりだ。何かあっても帰国ができないからな」

「おや……そうですか」

 なんで少し寂しそうなの。

「今回頼みたいのは、ロルムンドの宝石なんだ。少し譲ってくれ」

「ええ、それぐらいならお安い御用ですが」

 こいつは俺と一緒にロルムンドに行ったとき、あっちの鉱物を大量に買い込んで戻ってきた。

 あっちでは二束三文でも、ミラルディアにはないものばかりだ。

 おかげでボロ儲けしたという。



「クウォールで産出しない鉱物がいいな。質は悪くても構わない。別にミラルディアの宝石でもいいんだが、ミラルディアの宝石は交易で向こうにも入ってるだろう?」

「なるほど、そういう用途ですか」

 ニヤリと笑うマオ。

 彼はすぐに使用人を呼び、倉庫から箱を持ってこさせた。

「ロルムンドの『鱗石』は、ミラルディアにもクウォールにもありません。ワの国にもありませんし、大変貴重なものですよ」

 マオが見せてくれたのは、青や緑の色鮮やかな鉱石だった。波打つ縞模様が入っている。孔雀石や瑪瑙に似ているが、もっと複雑だ。

 うーん、言われてみれば鱗に見えなくもない……かな?



 マオは説明を続ける。

「ロルムンドでは二束三文の石で、庶民の装身具などによく使われています。ミラルディアでは五十倍の値段で売れますが」

 五十倍って。

「悪党め」

「私が持ち込むまでミラルディアにはひとつもなかったのですから、百倍の値段でも安いものですよ?」

 マオにとっては商才を褒められたのと同じらしく、得意げな顔だ。



 俺は少し釘を刺しておく。

「お前、ロルムンドの鉱石商人からまだ色々仕入れてるだろう?」

 マオは少し嫌そうな顔をした。

「なぜそれを」

「クラウヘンの坑道警備の衛兵たちが、最近やけに羽振りがいいんでな。太守のベルッケン殿が怪しんでおいでだ」

 クラウヘンの坑道からはロルムンドに行ける。

 俺がクラウヘンに潜入した際、マオはクラウヘン衛兵を買収した実績がある。

 だからベルッケンから報告を聞いたとき、俺は真っ先にマオを疑った。



 どうやら図星のようなので、俺はニヤニヤ笑う。

「評議員の俺としてはベルッケン殿に報告しなければならないんだが、どうする?」

「ちょ、ちょっと待ってください。衛兵たちが処罰されたら、私の信用に関わります。『鱗石』は好きなだけ差し上げますよ」

「いや、仕入れ値で買おう。悪いな」

「ほんとですよ!?」

 いや悪いのはお前だろ。



 マオに限らず、ミラルディア人の遵法精神は低い。衛兵隊ですらそうだ。

 でも俺が前世の感覚で判断しているから、ミラルディア人がひどいように見えるだけなんだろう。ロルムンドでもワでも、袖の下で多少の便宜をはかってもらう慣習はごく当たり前のものだ。

 とはいえ、これもいずれは何とかしないといけないな……。

「しかし名前が『鱗石』だと、ありがたみが薄いな。どうせクウォール語に翻訳するんだし、『龍鱗玉』とかにしてみるか」

「あ、それいいですね」

 商品名は大事だよね。



 マオは溜息をつきながら、それでも宝石をひとつひとつ吟味していく。

「ロルムンド鉱山組合のジヴァンキさんと、今でも取引していましてね。あっちの屑鉱石を買い取ってるんですよ。模様が不規則な鱗石はタダ同然なんです」

 ああ、帝都でパーカーが骸骨祭りをやったときに俺が会った人だな。

「宝石は小さくて軽いですし、腐ることもありませんからね。貴族が資産を隠すのに使いますから高く売れます。隠れて取引するのに最適ですよ」

「魔王の副官の前でそれを言うな」

 個人レベルでロルムンド人と取引すること自体に違法性はないが、お前そのうち摘発してやるからな。



 マオにはクウォールの宝石をお土産として持ち帰ることを約束して、俺は執務室に戻ってくる。ついでにあちらの鉱物売買ルートも教えてもらった。持つべきものは悪党だな。

 別に国庫から派手に軍資金を持ち出してもいいのだが、そうなると支出にうるさい三代目魔王陛下に報告を求められる。

 ああ、先代陛下も先々代陛下も経理に無頓着で良かったなあ……。

 いや、良くはないか。

 とにかくこれで、現地での活動資金には不足しないぞ。

 なんせ人狼隊は飯代がデタラメだからな。



 人狼隊が出払った後の帝都の守りは、新しく雇用した魔戦騎士たちがいる。

 もちろん人狼ほど強くはないが、彼らは人間の貴族社会の一員だ。アイリアの護衛も安心して任せられる。魔王直属なのも心強い。

 ということで今回はワの国のときと違って、安心して人狼隊を全員連れていける。

 やはり人員に余裕を持たせることは大事だな。

 人件費と人材育成には金を使おう。前世もそれで苦労したし……。



 翌日、魔撃銃で完全武装した人狼隊を従え、俺はアイリアに出立の挨拶をする。

「魔王陛下。副官ヴァイト以下人狼猟兵隊五十六名、これよりクウォールの秩序回復のために出発いたします」

 俺が敬礼すると、背後の人狼たちも同様に敬礼した。

 身重のアイリアは左右を侍女たちに守られ、背後に魔戦騎士たちを従えてうなずく。

「皆の働きを期待し、武運を祈ります」



 アイリアはつわりが収まったばかりで、まだおなかも大きくなっていない。妊婦という印象は全くなかった。

 大きくなった嫁さんのおなかに手を当てて「あ、動いてる」とか言ってみたいのだが、胎動もまだだ。

 クウォール王め、どうでもいいことで内戦なんか起こしやがって。

 俺が二回目の人生でやっとパパになれるところなのに……。

 俺が内心でクウォール王を恨んでいると、アイリアが困ったように微笑んだ。

「早く終わらせれば、早く帰ってこられますよ?」

 見透かされてる。



 だが確かにアイリアの言う通りだ。

 俺は少し照れながらも、無言でうなずく。かわいい妻とはいえ、今は公私の区別をつけなくてはいけない。

「お言葉感謝いたします。ではそのようにいたしましょう」

 するとアイリアは心配になったらしく、重ねてこう言ってくる。

「くれぐれも無茶は禁物ですよ?」

「承知しております」

「承知しておられるようには思えないのですが……」

 アイリアがそんなことを言うから、背後で人狼たちが嗚咽を漏らして笑いを堪えている。



 俺はなるべく真顔で答えた。

「いつも通り、無難かつ堅実に任務を終えて参ります」

「やっぱり、わかっておられないようですね……」

 人狼たちの押し殺した笑いが、ますます大きくなっている。

 俺は困ってしまい、誰にも聞かれないようにそっとささやいた。

「我が子の顔を見るためにも、無茶は絶対しないよ」

「うーん……信じましょう」

 アイリアはますます困ったような笑顔になって、そう応えたのだった。

 とうとう侍女たちまで、笑いを必死に堪え始める。

 もう少し夫を信じてください、アイリア。



 俺は道中でも人狼たちに冷やかされながら、海賊都市ベルーザに向かう。

 太守のガーシュに挨拶するのも早々に、俺たちは待っていたベルーザ海軍のガレー船に乗り込む。

 俺はガーシュに手を振って別れを告げると、船長に命じた。

「総員乗船完了、ただちに出港せよ!」

「合点でさあ! 野郎ども、出港だ!」

「よーし、補助帆を張れ!」

「おら野郎ども、しっかり漕げ! 戦斧でドタマかち割るぞ!」

 にわかに船内が騒がしくなってくる。

 漕ぎ手は人狼隊からも出す予定なので、それほど日数はかからないだろう。

 こんな面倒臭い用事は早く片づけて、さっさと戻ってくるぞ。

 子供の名前もまだ決めてないんだからな。


※次回「黒狼卿上陸」の更新は9月28日(水)の予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >嗚咽を漏らして笑いを堪えている  嗚咽(おえつ) 声をつまらせて泣くこと。  ……諧謔的表現なんだろうか。
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