「メレーネ先輩の絡み酒」
33話(メレーネ先輩の絡み酒)
フィル! フィルニール! ちょっとこっち来なさいよ。
いいじゃんいいじゃん、書類仕事なんて。後で私がパパッと見てあげるわよ。
ほら、ここ座って。
はい、お酌して。
うん、よしよし。
今日も一日、お疲れさまね。……そうね、私がみた感じでは、人間たちもおとなしくしてるわ。あなたの手腕ね。照れなくていいってば。
もし不心得者がいたら、私が吸血鬼にして言うこと聞かせちゃうから。うん、心配しないで。
ま、フィルみたいに「リューンハイトのヴァイトセンパイに、ちょっと来てもらおうかなあ……」なんていうのも、いい脅しになってるけどね。
あー、うん。確かに、ちょっとヴァイトの威光に頼りすぎな気もするわ。でも、それでいいのよ? 先輩を上手に使って、たくましく育ちなさい。
でもヴァイトのヤツは、なんだか勝手にどんどん成長してった気がするわね。
もしかして、私が頼りなかったのかしら?
ああ、そうね。ちょうどいい機会だから、教えてあげるわね。
人馬族も今は大変な時期だと思うけど、吸血鬼の一門も結構大変なのよ。
あ、お酌ありがと。
私が吸血鬼になった百……あーなんでもない、少し前ね。
その頃の吸血鬼たちは凄かったのよ。人狼みたいに強い戦士で、しかも視線だけで人間を意のままに支配できたわ。
でもその前は、もっと凄かったらしいのよね。空を飛ぶわ、霧に変身するわ、無敵だったんだって。
ええ、その通りよ。私たち、どんどん弱くなっているの。
今の私たちは空も飛べないし、視線で人を操ることもできない。まー、ほとんど不死身だし、日光にも聖印にも耐性がついたけど、それだけ。
生まれついての強さにあぐらをかいてるうちに、すっかり弱くなっちゃった。
でもこれじゃ吸血鬼に未来はないと思って、私は先生のとこで魔法の修行をしたのよ。そこでヴァイトと出会ったの。あの頃はちっちゃくてね、そりゃもう可愛かったわ。
でもあいつったら、私の悩みを聞いたときにこんなこと言ったのよ。
「退化も進化のひとつですよ」って。
最初は「何言ってんの、この子は?」って思ったわ。人狼なんて昔っからずっと強いままだから、気楽なもんねって。
でもよくよく考えてみれば、古い吸血鬼たちは一人残らず人間に滅ぼされたけれど、私たち新しい吸血鬼たちはほとんど無事。
聖印が刻まれた城門をくぐって、昼間に堂々と逃げ出せるんだもの。古い吸血鬼にはできない芸当よね。
確かに弱く退化しちゃった分、しぶとさが進化してるみたい。
だからあいつのこと、なかなか見所のある弟弟子だなって思って、ずっと面倒見てあげてるつもりよ。
でもあいつ、ときどき意味わかんないこと言うのよね。この間は、トウタアツがどうとか……。
そう、あなたのときは「ネイティブアメリカン……」だったの?
人狼の言葉かしらね?
ま、おかげで私も吸血鬼の未来ってのが見えてきたわよ。
私が先生のとこで修行したおかげで、吸血鬼には死霊術の素質があることがわかったの。
私なら一日に骸骨兵を五……七……いや、十体は作れるわ! いける!
眷属の吸血鬼たちも先生のとこで修行させたら、一日に一体の割合で骸骨兵を作れるようになったのよ。あなたにはわかりにくいかもしれないけど、骸骨兵を作れる時点で一人前の死霊術師なの。
……いや、そりゃ先生は一日あれば百体は作れるけど、あれはなんかおかしいから。
とにかく、これからの時代は吸血鬼も手に職をつけなきゃダメね。
ヴァイトがよく言ってるけど、昔の自分なんかどっかに捨ててきたらいいのよ。
昨日の太陽はもう二度と昇らないのよ。わかるかしら?
はい、真面目な話終わり! フィル、なんか面白い話しなさい!
あるでしょ、ほら。コイバナとか。
わかってんのよ、あなたもヴァイトのこと気になってるんでしょ?
えっ!? 違うわよ、私はあいつのことは弟ぐらいにしか思ってないわ。ほんと、ほんと。
ていうかね……あいつ、鈍いのよねえ……。
あれは一度転生でもしないと無理だわ。
ま、応援してるわ。何かあったら、この麗しきメレーネ様に相談しなさい。お姉さん優しいわよ?
あ、書類ね。うんうん、明日やるから。
明日じゃダメ?




