「パーカーの報告書」
329話(パーカーの報告書)
やあヴァイト。いや、副官閣下とお呼びしたほうがいいのかな?
ははは、君の嫌がる顔が目に浮かぶようだよ。
おっと、報告を先に済ませておこう。
ベルーザ陸戦隊から選抜された百八十八名は、隊長グリズに率いられてクウォール王国のバッザ港に到着した。
案の定、歓待されたよ。
援軍がガーシュ卿の私兵だと聞いて、露骨にがっかりしていたけどね。
ロッツォ太守ペトーレが静観していることについては、彼らも事情を理解しているようだ。
もし国王が沿岸部を制圧した場合、国王は敵方に援軍を送ったベルーザとは交易をしてくれないだろうからね。ロッツォは中立維持が正解だ。
事態がどう転んでもいいように備えておくのは外交の常だから、沿岸諸侯たちもそれについては不満はないそうだよ。
それとクウォール王について。
名前がパジャム二世で、世間知らずの浪費家だというのは君も知っているだろう。まだ二十代の若者だが、後宮に美女たちを侍らせて詩作などに耽っているそうだ。うらやましい身分だね。
端的に言って、政治家としては無能だ。おそらく軍人としても。文化人としては案外悪くなさそうだけどね。
でもこの国では王は「静寂なる月より降りた神の子孫」ということになっているから、誰も手出しができない。
これも噂通りだね。
ここの王は権威性で国を治めているから、その権威を無視する者たちが力をつければ危ういだろう。ちょうど君が元老院など歯牙にもかけなかったようにね。
幸い、諸侯は王の権威を恐れている。沿岸部の諸侯にしても、王の代わりに内陸部の諸侯たちを攻撃して、間接的に王を脅迫するつもりだ。
これだけでも相当に不遜な行為だから、みんな内心では怯えている。
そんな中で気がかりなのは、沿岸諸侯が雇っている傭兵たちかな。
彼らは士気が高い。……いや、高すぎるといったほうがいいだろう。
これは引継ぎのときの魔戦騎士たちも、一緒に視察したグリズ隊長も同じことを言っていた。
傭兵があんなに率先して職務をこなしている姿は不気味だよ。
彼らにしてみれば、金だけもらって何もしないでいられる状況が一番いいはずだ。
それなのに訓練に励み、偵察や警備の任務も精力的にこなしている。
どうも妙な雰囲気だね。
傭兵たちは王と諸侯の古い盟約とは無関係だから、何をしでかすかわからない。暗黙の協定が存在する者同士の戦争とは違う、無軌道な脅威がある。
とはいえ彼らは規律も正しく、まるで正規軍のようだ。よく鍛えられているし、街の人たちからも親しまれている。
さて、ここまでは普通の外交官でも書ける内容だ。重複も多いと思う。
君が知りたいのは、もうちょっと深い話なんだろう?
ということで、僕なりに調べたことを報告するよ。
この国には魔族はいないようだ。上流の奥地に行くと妙な連中がいるらしいが、異民族なのか魔族なのかも判然としなかった。ここでは十分な情報が入らないね。
異民族といえば遊牧民がいるけど、クウォール人とは中立といったところだね。交易と略奪という二つの関係でつながっている。
遊牧民も静月教徒だし、元をたどれば祖先は共通らしいよ。
あと魔法についてだけど、魔法の水準は高くないね。迷信と魔法がごちゃ混ぜになっているよ。
おまじないとして初歩的なものが広く使われていて、例えば井戸掘り職人が水探知の術を使ったりしてる。ただし本職の魔術師はいないようだ。
国が豊かだから魔法を研究する必要性がなかったのか、それとものんびりしたお国柄のせいなのか。
興味深いね。
それと勇者を生み出せそうな「何か」は、今のところ伝承にも見あたらない。
もっとも沿岸部は比較的新しい街ばかりだから、調べるなら内陸部のほうだろう。機会があれば調査してみるよ。
さて、今回はこんなところかな。
どうかな、少しは君の役に立てたかい?
うんうん、君の表情が目に浮かぶね。
数日以内にまた報告書を送るよ。
忙しいだろうから、君は急いで返信しなくてもいい。君と奥方は家族になったばかりだ、仕事よりも、新しい家族を大事にするんだよ。兄としての忠告だ。
じゃあまた。
※次回「鉄の海嘯」の更新は9月19日(月)の予定です。