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騎士たちの宴

322話



 どうも海の向こうでゴタゴタしているらしいので、俺はミラルディア軍の再編成を急ぐことにした。

 元老院時代の軍政がメチャクチャだったので、貴族階級の将校である騎士たち、市民階級の兵卒である常備兵、それに業務委託を受けている傭兵たちがごちゃ混ぜになっている。

 しょうがないので今は全部、評議会で管理している。



 この中で一番欲しいのは騎士だ。

 貴族の一員である彼らは畑を耕したりはできないから、今後も軍人として雇い続けるしかない。

 反面、能力は高い。戦術と指揮の専門家だし、文字も読めれば計算もできる。軍令や法律も割と守る。山賊同然の傭兵とはえらい違いだ。

 だから俺はミラルディア中の騎士たちを集めて、こう提案した。



「諸君の忠誠と勇猛さは、評議員のみならず魔王軍にも轟いている。かつて敵同士であったとき、諸君は魔王軍にとって最大の強敵だった」

 これは嘘ではないので、俺はしっかり力説しておく。

 なんせ士気が崩壊しないし、装備は上等だし、いいもの食ってるせいか体力があるし、本当に手を焼いた。

 元老院が騎士団を乱立させて現場を混乱させていなかったら、魔王軍はもっと苦戦していただろう。



「現在、諸君は評議会直属となっている。しかしミラルディアを統治しているのは魔王陛下だ。魔王の軍隊が不可欠になる」

 ウォーロイもかつて「皇帝の軍隊が必要だ」と力説していたが、俺もそれには同感だ。

 現状、人間の兵士たちは評議会の議決を経ないと動かせないから、使い勝手が悪い。



 一方で魔王軍は魔王が好き勝手に動かせるが、構成員が魔族ばっかりだ。

 他国に派遣すると、兵站や現地での活動などの面で少々困る。

 南静海の向こうのクウォール王国の動乱が心配なので、あっちに送り込めるように軍を再編成しておきたかった。

 即応性と柔軟性、そして士気と練度の高い軍隊が欲しい。



「そこで魔王軍では、人間の将兵を編入して戦力を増強したいと考えている。魔王軍はミラルディアの人間と魔族を守るために存在している。そのため任務自体は今と変わらない」

 俺はなるべく穏やかに告げたが、やはり騎士たちは緊張しているようだ。匂いでわかる。

 俺は説得のため、言葉を選んだ。

「今の魔王陛下はアイリア魔人公である。リューンハイト太守として、また人間として、諸君もそれなりに親しみを覚えていることだろう」

 俺がこう発言した瞬間、騎士たちの表情が微かに緩んだ。匂いでも雰囲気がわかる。和んでる。

 俺は顔が少し熱くなってくるのを感じながら、咳払いして話を続けた。



「魔王軍への編入を希望する者は、評議会直属の騎士と区別するために『魔戦騎士』と名乗ってもらう」

「魔戦騎士、ですか……」

 騎士たちがちょっとざわめいた。

 彼らにとって肩書や名声は非常に重要だ。

 ミラルディアの騎士と騎士団は、プロスポーツ選手と球団のような側面もある。有名な騎士団で高い地位に就けば、高い俸禄が約束される。

 そのためにはやはり、騎士としての名声や過去の戦績がとても重要だ。

 彼らは伊達や酔狂で名誉を追い求めている訳ではない。



 そこで俺は彼らに餌をちらつかせた。

「魔戦騎士は魔族との連携作戦など、高度な任務を行う上級の役職だ。これは諸君のような歴戦の騎士にしか務まらない」

 一同がうなずく。

 みんな職業軍人としてのプライドがある。

 彼らは騎士の一門として、幼少時から多彩で高度な訓練を受けているからな。

 この世界で「読み書きができ、戦略レベルで戦争を理解し、法と道徳を重んじる戦士」というのは案外貴重だ。



「また魔戦騎士は魔王直属の騎士として、騎士たちの中では最も危険な任務に割り当てられる。未熟な者を魔戦騎士にすれば生きて帰れまい。だが修羅場をくぐってきた諸君なら、どのような任務でも完遂できるはずだ」

 つまりエリート部隊へのお誘いだよ。そう匂わせておく。

「もちろん待遇は良くなる。俸禄は少し上乗せするし、武具などの経費は魔王軍が持つ。最高の装備を使ってくれ」



 それと大事なことがある。

「傷病で引退した魔戦騎士には、生涯年金が支払われる。戦死した場合は遺族への年金が三十年支払われる。そして健在なら勤続十年ごとに農地を与えよう」

 軍人に対するこれだけ手厚い保障は、まだこの世界のどこにもない。

 ワの国との交易で国庫がちょっと潤ってきたので、人件費にも回すことにした。

 国は人が集まってできてるからな。

 人は大事にしないと。



 俺は表情を引き締め、わざと怖い顔で彼らに告げる。

「つまり、それだけの危険が伴う移籍ということだ。臆病者にはとても任せられん」

 わざとらしく嘆息し、首を振る俺。

「魔王軍は命知らずの猛者だけを求めている。無理強いは一切しない。難しい判断だと思うので、春までに結論を出してくれ」



 すると年輩の騎士が進み出てきた。

「副官閣下、命知らずの猛者ならここにおります。どうか私めに、魔戦騎士の任をお与えください」

 即座に他の騎士たちも進み出てくる。

「自分も危険など恐れたことはございません! 魔戦騎士になります!」

「魔王陛下をお守りする大任を、魔族ばかりに任せておけません!」

「閣下、私も!」

 乗ってきた、乗ってきた。



 俺はきわめて真面目な顔をして、重々しくうなずく。

「さすがは勇猛で鳴らすミラルディアの騎士たちだ。これから魔王軍の仲間として諸君と共に戦えることを誇りに思う」

 先王……じゃなくてフリーデンリヒター様、ついに人間の騎士たちを魔王軍に取り込むことに成功しましたよ。

 こんな日が来るなんて予想もしてませんでしたけど。



 俺はその場で志願者に魔戦騎士の任官手続きを取り、一人一人と握手を交わした。

 後日、彼らは魔王アイリアから直々に叙任の儀式を受けることになるだろう。他の連中も、それを見てからゆっくり決めればいい。

 俺は心の中でにんまり笑いながら、執務室に戻る。

 そして竜人の騎士団長バルツェに連絡して、執務室で事情を説明した。



「そういう訳で、今後は人間の騎士たちを登用することにしました。少し扱いづらいかも知れませんが、よろしくお願いします」

 双剣の達人で知られる蒼騎士バルツェは、穏やかな表情でうなずいた。

「お任せください、ヴァイト殿。私も人間たちとの会話にはだいぶ慣れてきましたから、うまくやりますよ」

「助かります」



 無表情な堅物として知られる竜人族の中では、バルツェはかなり陽気な部類に入る。

 竜人の将兵からは「あの人いつもふざけてるけど歴戦の猛者だし、軍務も政務もなんでもできるんだよな……」と思われているらしい。

 凄く優秀だけど残念な人、という感じだろうか。俺には彼も堅物にしか見えないんだけどな。

 彼は物腰が柔らかいから、そこが竜人たちには不思議に思えるのだろう。



 俺がまだ新米士官だった頃から、古参幹部のバルツェは上下関係を感じさせずに親しく接してくれた。

 だから彼のことはとても信頼している。

 いつものようにしばらく仕事関係の雑談をした後、紅騎士シューレの話題が出たのでついでに聞いてみる。

「ところでシューレ殿とは今どんな感じですか?」

 シューレは竜人族の女性で、バルツェの同僚だ。竜人族随一の美女、らしい。バルツェは彼女にベタ惚れだ。



 とたんにバルツェは落ち着かない様子になった。

「シュ、シューレ殿ですか……それは、ええ、まあその」

 人間みたいなリアクションをする竜人というのは、確かに珍しい。

 面白いのでもう少しちょっかいをかけてみる。

「バルツェ殿、今日の軍務はもう終わりですよね? 輸入品の糖蜜酒がありますので、香酒で割って飲みましょう」



 南の大陸から輸入される糖蜜酒は、サトウキビが原料だ。製糖の副産物である糖蜜から作られる。

 ロルムンドには砂糖大根があり、南の大陸にはサトウキビがある。

 気候の違うミラルディアでも栽培しているが、需要を満たせるほどは穫れない。だから砂糖は高い。

 庶民のスイーツはドライフルーツなどだ。



 俺は透明な糖蜜酒に、ほんの少しだけ柑橘類の果汁を混ぜる。そして貴重な砂糖も少し。ダイキリのつもりだ。

 ただしシェイカーも氷もないので、軽くステアして完成ということにする。

「ヴァイト殿、どうしてそんなに申し訳なさそうにしているのですか?」

「いえ……もっと美味しい飲み方があるんです」

 シェイカーと氷と腕のいいバーテンダーがいれば、この世の楽園のような味わいになるんですよ。

 こんな粗末なカクテルで申し訳ない。



「この果汁はかなり香りが強いので、今日は十五対一ぐらいにしました。モントゴメリーです」

「なんですか、それは」

「昔、そういう名前の慎重な将がいたんですよ。十五対一ぐらい優勢でないと攻撃を仕掛けなかったそうです」

 前世で聞きかじった話なので、俺も詳しくは知らない。

 そもそもあれはマティーニの話で、ダイキリとは関係ない。

 いや、フローズンダイキリだったらヘミングウェイつながりでギリギリ……まあなんでもいい。



「私も基本的にはモントゴメリー将軍と同じです。圧倒的優勢でなければ、戦う勇気がありません」

 俺がそう言うと、バルツェが不思議そうな顔をする。

「劣勢だろうが構わずに単身で突撃される貴殿が?」

「私一人で行けば、全滅しても私一人で済むでしょう?」

 俺はそう言って苦笑し、バルツェに杯を差し出す。

 二人で乾杯して、俺は糖蜜酒のカクテルを一口飲む。搾った果汁が効いてて爽やかだ。口当たりがグッと良くなっている。

 うん、十五対一で正解だったな。

 しかしカクテルにしてはぬるいのがどうにも悲しい。



「兵力は目視で十五対一になったのがわかりますが、人との関わりは目に見えないのが困りものです」

「数字で示されるものではありませんからね」

 バルツェがうなずく。

 確かにゲームみたいにわかりやすかったら楽なんだけどな。

「ただでさえ臆病者の私には、人間との交渉は恐ろしかったですよ。いえ、今もです」

「御謙遜を」

 バルツェは笑うが、俺は人間だったから人間の怖さは良く知っている。



 バルツェは微笑みながら、静かに杯を傾ける。

「それでもヴァイト殿は人間たちと和解し、それどころか人間を妻に娶られました。不思議な方ですよ」

「いえ、恋愛は特に難解でした……。理論で推し量れないものは苦手です」

「わかります。女性の心は風のようです。目に見えず、捕らえることもできませんが、確かに私の鱗を震わせるのですよ」

 なかなかの詩人だな、バルツェ殿。



「ヴァイト殿はどのようにして、魔王陛下の心を射止めたのですか? 参考にしたいのですが」

「実は私にもさっぱり……。海原に落ちてもがいているうちに、浜辺に打ち上げられたような気分です」

 ドラウライトの秘宝の事件がなかったら、たぶん俺はまだアイリアと同僚の関係だったはずだ。



 臆病な俺は十五対一ぐらいの優勢にならないと行動を起こさない。

 そして恋愛の場合、どれぐらいの距離感だと十五対一なのかさっぱりわからない。今でもわからない。

 たぶんこれからもわからないだろう。

 それでも、ひとつだけ言えることがあった。



「ただ、必勝を確信できるまで待っていたら、たぶん機を逃してしまいます。私も危ういところでした」

「なるほど……」

 バルツェはじっと考え込み、それから杯を空にする。

「良いお話を聞けました。やはり既婚者の意見は参考になります」

 彼が立ち上がったので、俺は首を傾げた。

「もうお帰りになるんですか?」

「はい、少しやるべきことができましたので。失礼いたします」



 バルツェが鼻歌を歌いながら俺の執務室に報告にやってきたのは、それから数日後だった。

 おめでとうございます、バルツェ殿。



 なお俺がこのとき作ったいい加減すぎるダイキリは、バルツェのおしゃべりと共にレシピが広まっていったらしい。

 そして「人狼の一撃」とか「副官の加護」とか呼ばれるようになり、無謀な勝利をもたらす縁起のいい酒としてリューンハイトの酒場では定番になった。

 それそんなに美味しいもんじゃないよ……。


※次回「追憶と母たち」更新は9月5日(月)の予定です。

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