戦球連盟
314話
こうして人間の新魔王アイリアによる治世が始まった。
やるべきことは色々あったが、優先度が高かったもののひとつにウォーロイの街作りがある。
魔王アイリアはただちに魔王軍工兵隊を出動させ、ウォーロイの作っている街の工事に協力するよう命じた。
巨人族の工兵と竜人族の技官たちが派遣され、建設工事は一気にスピードアップしたという。
そんな中、俺はミラルディア北端の採掘都市クラウヘンに出張していた。
ロルムンドの先帝アシュレイが、大使としてミラルディアにやってくる日が来たからだ。
政争に敗れて廃位となったアシュレイだが、別に罪人ではない。
ただし国内にいてもらっては少々困るので、大使としてミラルディアで活躍してもらいたい。
ロルムンド側にはそういう思惑がある。
アシュレイ本人も大使就任に乗り気なので、俺としても気持ち良く彼を出迎えられる。
「ヴァイト殿、お久しぶりです!」
アシュレイは俺の顔を見るなり、笑みを浮かべて握手を求めてきた。
相変わらずイケメンだが元気そうだ。
「アシュレイ殿もお元気そうで何よりです。貴殿のように人徳と学識の高い方をお迎えできることは、ミラルディアにとってまたとない喜びです」
これはお世辞ではない。
アシュレイは植物学と農学、そして薬学の専門家だ。
ミラルディアを豊かにしてくれることは間違いない。
そしてアシュレイ本人と同じぐらい価値があるのが、彼の後ろにぞろぞろくっついてきている正装の集団だ。
亡命貴族たちだ。
退屈な男と称されたバハーゾフ四世の崩御後、ロルムンドは王弟のドニエスク派、皇太子アシュレイ派、そして我らがエレオラ派で覇権を争った。
ドニエスク派の帝位継承者は死ぬか追放されてしまって、派閥としては完全に滅びてしまったので、ドニエスク派貴族は行き場を失った。
彼らの大半は仕方なく女帝エレオラに忠誠を誓ったが、わだかまりは残っている。ロルムンド人は恩も恨みもなかなか忘れない。
そこでエレオラは希望者から領地を買い上げ、ミラルディアへの移住を認めた。
ドニエスク派の貴族たちがそれに殺到したという。
彼らはドニエスク公の遺児であるウォーロイがミラルディアにいることを知っているからだ。
「ロルムンドは貴族人口が多すぎるのが悩みのひとつでしたから、これはエレオラ殿にとっても良い話ですな」
そう嬉しそうに言うのは、クラウヘン太守ベルッケンだ。
あんたさんざんエレオラに引っ張り回されて迷惑したのに、未だに恩義を感じてるんだな……。
義理堅い人だ。
俺は彼の言葉にうなずきながら、こう返した。
「そして我々にとっても、良い話です。ロルムンドの高度な教育を受けた人材を、底値で仕入れられたのですから」
読み書きはおろか、算術や戦術、それに経営学や史学まで修得した人材だ。
教育水準の低いミラルディアにとっては、彼らは喉から手が出るほどほしい。
優秀な官僚、あるいは軍人になるからだ。
俺がぐふぐふ笑っている横で、工芸都市ヴィエラ太守のフォルネもぐふぐふ笑っている。
俺は彼が何を考えているかわかっているので、釘を刺しておくことにした。
「フォルネ殿、言っておくが彼らは北部移住を希望しているからな?」
「わかってるわよ、評議員として歓迎しに来ただけだから心配しないで」
嘘だ。
匂いを読みとるまでもなく嘘だ。
「じゃあその背後に控えている精鋭の側近たちはなんだ」
フォルネ直属の優秀な文官たちが二十人ほど待機している。彼の懐刀というべき最高の頭脳たちだ。
ただの出迎えにしてはメンバーが本気すぎた。
「貴殿、絶対引き抜くつもりだろ?」
「まあね」
また北部の連中に恨まれるぞ。
フォルネは小声で側近たちに指示をしている。
「レーラン男爵は弦楽の作曲家で、ロルムンド音楽界最高峰の一人よ。絶対に引っ張ってくるのよ?」
「はっ、お任せを。専属の楽団を手配しております」
やっぱりヘッドハンティングする気まんまんじゃないか。
「それとケシュンカ子爵も絶対に引っ張ってきなさい。彼自身は大したことないけど、嫡男のノリン殿は油彩画の天才だわ。学友たちも連れてきてるから、全部確保して」
「はい、ノリン様は創作でも私生活でも美女に目がないそうですので、専属モデルとしてヴィエラ屈指の美女を御用意いたしました」
なんかもう色々とひどい。
俺は聞かなかったことにして知らん顔をしていたが、そこにウォーロイがやってくる。
「アシュレイ! また会えて嬉しいぞ!」
「ウォーロイ殿! ずいぶん日焼けされましたね」
ウォーロイとアシュレイは従兄弟同士だ。
血みどろの政争を繰り広げた間柄だが、元々は仲の良い従兄弟同士。
がっちりと握手を交わしている。
「アシュレイ、ちょうどいい。俺の街に来い。貴殿の好きな畑仕事を、嫌というほどさせてやるぞ」
「ウォーロイ殿、私は大使ですよ?」
アシュレイが困ったような笑顔をしているが、本音としては嬉しそうだ。
争い事が嫌いな園芸愛好家だからな。
その後、先帝アシュレイはクラウヘン太守ベルッケンと会談を行う。クラウヘンに名誉を与える儀礼的なものだ。
俺はその間、ウォーロイやフォルネと茶を飲んで待っていた。それにドニエスク派貴族の引き抜きは、やはりウォーロイの許可が必要だ。
そっちの交渉が終わると、ウォーロイは都市の図面を広げた。
「ミラルディアの都市を視察して感じたのが、都市の城壁だ。城壁は敵の襲撃に備え、住民に安心感も与えるが、都市の拡張に伴って邪魔になる。その都度新たに作り直さねばならん」
「ああ、ロルムンドの帝都も二重城壁になっていたな」
リューンハイトも城壁を新調したので二重になっている。
「そういえばヴィエラも城壁が二重になっているな」
俺がそう言うと、フォルネは澄ました顔で首を横に振った。
「外側のあれは城壁じゃないわよ。壁画作品だもの」
「都市の外周を囲んで、あの厚みと高さで城壁じゃないと言い張るつもりか?」
確かにヴィエラの外側の城壁は見事な彫刻が施されている。
ぐるっと一周すると、ミラルディアの歴史をたどることができるのだ。
まあ、だいぶ美化されている歴史だが。
フォルネは紅茶を飲みながら、肩をすくめた。
「元老院にも話は通したから、何の問題もないでしょ?」
「問題ないって、周辺の砦もか?」
「あれは野外劇場だからいいのよ」
ヴィエラは昔からコネと裏金でゴリ押しして、好き放題やってきた歴史がある。
フォルネの代に始まったことではない。
それを聞いていたウォーロイが咳払いをする。
「続けさせてもらうぞ」
「ああ」
「城壁については工期の問題もある。先日の骸骨兵の襲撃もあったしな。そこで俺は都市外周に城壁を作るのを断念した。そうすれば拡張もしやすくなる」
そしてウォーロイは図面の中央を示す。
「その代わり、街の中心部に堅牢な闘技場を作る予定だ」
図面には円形の闘技場が記されている。かなり大きい。
「敵襲があった場合、住民はここに籠城させる。普段は闘技場として使い、定期的に市も立てる予定だ」
フォルネがうなずいた。
「闘技場ね、なかなかいいんじゃない? 娯楽は人を集めるし、不満を和らげるわ。北部の民衆、特に労働者は観劇より闘技観戦が好きだものね」
「ああ、それも北部で視察した」
武闘大会で優勝したのを「視察」と言い張るこいつも、ただ者じゃないな。
しかしウォーロイは困ったように腕組みする。
「だが剣闘や馬上槍試合はどれだけ安全に配慮していても、大会のたびに死傷者が出る。若くして負傷で引退する者も非常に多い。優れた戦士が減るのは歓迎できん」
「そうね……でも勇猛な男たちを満足させる場は必要よ」
「ああ、やむをえん。兵の鍛錬にもなる。しかしやはりな……」
そううなずいたウォーロイだが、まだ悩んでいる。こう見えて彼は何事にも慎重な男だ。
兵を鍛える娯楽か。じゃあ、あれだな。
俺は軽い気持ちで、ちょっと提案してみた。
「それなら闘技の代わりに球技はどうだ?」
ウォーロイは少し考え、首を傾げる。
「ワの国ではケマリという球技を見てきた。あれは大変洗練されているが、闘技場で観戦するような類のものではないぞ? 貴族の遊技だ」
ミラルディアにもロルムンドにも、これといった球技は存在していない。
特にロルムンドは雪が多いから、農閑期は屋内遊技ばかりだ。
俺は首を横に振る。
「そうじゃない。もっと激しく球を奪い合う集団戦だ。球は革で作る。別に丸くしなくてもいいぞ」
「おいおい、それで球技と呼べるのか?」
「それがいいんだよ。丸くなければどう転がるかわからないから、試合展開が読みにくくなる」
俺が思い浮かべているのは要するにラグビー、あるいはアメフトだ。
「球を奪うために体当たりしてもいい。衝撃で負傷するのを避けるため、丈夫な兜と肩当てをつける。そして奪った球を抱えて敵陣に突っ込む。勇壮だろう?」
「ほう……いいな」
ビジュアルをイメージできたのか、ウォーロイが目を輝かせた。
「重い鎧を身につけ、敵を退けながら目標地点まで走る。これは兵の訓練として理想的だ。組み討ちにも強くなれる。集団戦の連携や戦術も学べよう」
フォルネもうなずいた。
「それに兜と肩当てで見た目も華やかにできるわ。意匠を統一して、組分けにも使えそうね」
二人とも頭の回転が非常に早いので、俺のこんな雑な説明でもわかってくれたようだ。
「資金提供すれば、自分の組を持てるわね……もしヴィエラ専属の組があれば、いい宣伝になるわ……」
またスポンサーロゴ入れること考えてるぞ、こいつ。
俺は説明を続ける。
「奪い合えればいいのだから、野試合では球でなく樽でも袋でも何でもいい。手軽さは大事だ」
「ああ、馬上槍試合ではそうはいかんからな。しかし何でもいいなら、余暇に民衆が勝手に自らを鍛えてくれるだろう」
ウォーロイは何度もうなずき、満足げに笑う。
「貴殿、戦や謀略だけでなく、民衆の心をつかむ術にまで長けているな! 大した男だ!」
「いや、俺は大したことないぞ……」
大した男なのは、前世のスポーツ創始者たちです。
フォルネもわくわくした表情だ。
「いつの時代も英雄は必要だけど、平和な時代なら競技の英雄が適任だわ。物語の題材にもなりそうだし、またひとつやりたいことが増えてきたわよ!」
そして彼は一転、冷静な口調になる。
「文化は宗教と同じように、人を束ねて動かす力があるわ。民衆がこの競技に熱狂すれば、色々とやりやすくなるわね……」
悪い顔してるぞお前。
そしてウォーロイとフォルネはニヤリと笑いながら顔を見合わせる。
「どうだフォルネ卿、こいつは手強いだろう?」
「ええ、本当に引き出しの多い男よね。ひらめきの宝庫よ」
その引き出しもひらめきも、俺が作った訳じゃないからな。
褒められても気まずいだけだ。
フォルネは立ち上がると、ウォーロイに告げる。
「新しい街に行けば、新しい球技が観戦できる。これは街の大きな価値になるわ。うまくいけば人が集まるわよ」
「すまんがフォルネ殿、協力を頼めるか?」
「もちろんよ。まずはたたき台になるルール作りね。専門家を集めるわ。騎士に建築家に甲冑師、ありったけ集めてあげる」
「すまん、そっちはよろしく頼む。まずは試験的に部下の訓練に組み込んでみよう」
戦場の英雄ではなく、スタジアムのヒーローが生まれる日も近いかもしれないな。
楽しみだ。
するとウォーロイはふと眉を寄せた。
「ところでこの球技、名前を付けねばならんな。発案者の異名を冠して『黒狼球』はどうだ?」
「断る」
俺は球技には疎いし苦手だから、名前をつけられるのは遠慮したい。
ウォーロイは少し残念そうな顔をして、溜息をついた。
「では仕方ない、戦を模した球技だから『戦球』と名をつけるか。それでよかろう?」
「ああ、いいと思うぞ」
俺はうなずいた。
なお後日発足した「ミラルディア戦球普及委員会」において、俺は特別委員として名を連ねることになる。
嫌だって言ったのに。
※次回「恋模様三態」の更新は8月17日(水)の予定です。
※タイトル重複のため今話のサブタイトルを変更しました。