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「カイトの調査任務」

297話「カイトの調査任務」



「よし、休憩は終わりにしよう」

 調査隊の護衛をしている特務騎士たちが声を掛け合い、立ち上がった。

 岩に腰掛けて休んでいた俺は、同年代の鉱夫に助けてもらいながら立ち上がる。

「もう行くのか?」



 すると特務騎士の一人が、カンテラを手にしながら苦笑した。

「あんたのペースに合わせてたら、期限までに調査が終わらんよ」

 俺の親父とそう歳の変わらない騎士に言われ、俺は気まずい思いをする。

 騎士たちは全員おっさんだが、重そうな鎧や盾を持っている。徒歩用の甲冑だからこれでも比較的軽装らしいが、俺にはとても無理だ。



 俺は今、ボルツ鉱山の調査任務中だ。

 同行しているのは護衛の特務騎士三人と、案内役の若い鉱夫二人。

 特務騎士職は、騎士団の再編成で団長職を失った騎士たちの受け皿だ。評議会……特にヴァイトさんが気の毒がって、団長待遇の「特務騎士」職を創設してくれた。



 ヴァイトさん、いつも「他人の誇りは大事にしろ、恨まれるぞ」ってうるさいからな。

 人狼は誇りや名誉なんて気にしないはずなのに、ヴァイトさんはそういうとこ妙に詳しいよな。

 ほんとあの人、どこでどういう修行を積んできたんだろう。



 一方、鉱夫たちは二人とも新米だ。

 ボルツ鉱山はかつて、魔王軍第二師団の獣鬼どもにメチャクチャにされたからな。鉱夫もみんな殺されちまって、今働いているのは最近雇われた連中だ。

 古い坑道のことは何も知らないが、それでもここの坑道で毎日働いている。案内役としては一番マシだろう。



 本当は魔術師の助手も少し欲しかったんだが、魔術師は数が少ないから無理だった。

 おかげでこのバカでかい山に張り巡らされた坑道を、全部俺一人で調べなきゃいけない。

 無茶させんなよな……。

 ま、元老院で働いてた頃に比べたら、どうってことないか。



 なんで調査しないといけないかというと、それも元老院のクソジジイどものせいだ。

 あのおっかないエレオラ皇女に追放された元老たちが逃げ込もうとしたのが、このボルツ鉱山だと推定されている。

 なぜこんなところに?

 みんなそう思っているのだが、答えを知る者が誰も生きていない。



 まったくあのクソ元老ども、死んだ後まで迷惑かけやがって。死ねばいいのに。いや、死んでたか。

 っと、こんなことを考えてるとヴァイトさんに怒られるな。

 ヴァイトさん、死者を悪く言うのを異様に嫌うから……。

 死霊術師に師事すると、死者に敬意を払うようになるのかもしれないな。



 俺は坑道の地面に探知術を使い、失われた痕跡を拾い集める。

「こっちの分岐は、もう百年以上使われてないな……鉱床も感知できないし、廃坑だろう」

「ハズレってことか」

 特務騎士のおっさんたちが顔を見合わせ、溜息をつく。

 一番奥まで歩かずに済んでるんだから、感謝してくれよな。



 だいたいヴァイトさんがここを占領してたら、こんな面倒なことにはならなかったのに。

 俺は以前、元老院の命令でここを調査したときのことを思い出す。

 獣鬼どもが暴れたせいで、麓の建物もメチャクチャにされた。

 砕かれた石材を過去視の術で探ってみたところ、獣鬼たちの凄まじい破壊行為がありありと読み取れた。



 あのときは獣鬼の怪力と闘争本能に恐怖したが、その獣鬼たちよりヴァイトさんのほうが腕っ節が強いっていうんだから、もうデタラメだよな。

 獣鬼より強いんじゃ、もう人間じゃ太刀打ちなんてできっこないだろ。

 ほんと、あの人がまともな魔族で良かった。

 まあ今じゃ俺はそのデタラメなヴァイトさんの副官だからな。

 人生っておもしろいよな。



 そんなことを考えながら、俺は用途不明の坑道を歩く。

 何本かあった坑道のうち、ほとんどはただの廃坑だった。浸水や崩落、あるいは鉱床を掘り尽くしたせいだろう。

 ただ一本だけ、おかしな坑道があった。



「傾斜が変だな……なんで上に向かってるんだ?」

 普通の人間にはわからないだろうが、俺は探知術で自分の位置情報を知ることができる。

 少し歩いているうちに、高度がほんのわずかに上昇しているのがわかった。



「なあ、坑道って上に向かうこともあるのか?」

「よそのことは知らないが、ここの坑道は全部下りだよ。おかげで帰り道がしんどいんだ」

 鉱夫たちがそう答えるので、俺はさらに調べる。

 俺の目を欺けるなんて思うなよ、元老院の亡霊ども。



 坑道はかなり古いが、よく手入れされていたようだ。それに定期的に人が出入りしていたらしい。

「坑道だから時間経過がよくわからないが、たぶん一年か二年ほど前に、ここを一人で通ったヤツがいる」

「誰だ?」

「明かりを持たずに入ってきたようで、過去視でもわからなかった」

 元老の誰かが逃げ込んだとしたら、時期などが一致する。



 特務騎士たちは顔を見合わせた。

「俺とハウマンで前列を警戒しよう。グラッドは退路の確保を頼む」

「よし」

 三人のベテラン騎士たちのうち、二人が先行する。残る一人は俺や鉱夫たちの後ろについた。

 手慣れてるな。



 特務騎士のおっさんたちはエレオラから「団長の資質なし」として地位を剥奪された連中だが、それでもやっぱり騎士は騎士だな。こういうときはやっぱり頼もしい。

 俺はおっさんたちの甲冑の背中を見つめながら、おそるおそる坑道の奥へと歩いていく。



 坑道の奥には古びた扉があったが、開かれていた。その奥には部屋のような空洞があり、死体がひとつ転がっている。ここが坑道の終点だ。

 冷たく湿った部屋の中で、死体は干からびていた。

「かなり時間の経った死体だな。服は肌着だけか」

「たぶん追放された元老の誰かだろうが、よくここまでたどりつけたもんだ」

 騎士たちが死体を囲んで見下ろしている。



 死体の身元は調べればすぐわかるだろうが、俺は触らなかった。

 死体の状態が明らかにおかしかったからだ。

 湿った部屋で、どうして死体が干からびているんだ。

「その死体が怪しい。警戒してくれ」

「まさか……?」

 俺の警告に騎士たちは半信半疑だったが、それでも戦闘のプロらしく剣を抜いた。



 そのとき俺は、死体が何かをつかんでいるのに気づいた。金属製の杯だ。

 暗闇で半分以上が泥に埋もれていたが、その形には見覚えがある。

 ワの国で見た、アソンの秘宝にそっくりだ。

 死体に気を取られていて、気づくのが遅れた。

 こいつはやばいぞ。



「危険だ! 全員離れろ!」

 俺が叫ぶと同時に、騎士たちが一斉に盾を構えた。俺を守るように後退する。遅れて鉱夫たちがわたわたと俺の背後に隠れる。

「なんだ? どうした?」

「そいつが持ってる杯、おそらく魔法の道具だ!」

 俺は叫びながら、死体が握りしめている杯に対して探知術を使おうとした。



 だがそれより早く、周囲に魔力が渦を巻き始める。さっきまで全く感じられなかったのに、途方もない質と量だ。

 それと同時に、干からびていた死体がバタバタともがき始めた。

「きさささま……まじゅまじゅつきょきょ魔術局の……ちょ調査ささ官か……」

 ひしゃげたような声が妙な具合に反響しているが、部屋のせいじゃない。

 なんだこいつは。



 騎士の一人が俺を見る。

「どうする!?」

「と、とりあえず逃げよう! まともに戦うとまずい気がする!」

 ミラルディア随一の探知術の使い手が、なんてあやふやな情報を垂れ流してるんだ。みっともねえ。

 だが今は精査している時間がない。

 俺には戦う力がないし、騎士たちは魔力の流れが見えない。

 こんなもん逃げるしかないだろ。



 だが死体は激しくのたうち回り、ボキボキと骨を折りながらもうめき続ける。

「ふくふふふ復讐を……とげげ遂げねばばば……ロルロロロルムンドドドの……」

「知らねえよバカ! おとなしく死んでろ!」

 俺は背を向けて逃げようとした。



 その瞬間、部屋の壁がボロボロと崩れて骸骨どもがうじゃうじゃ湧いてきやがった。

 全部武装してて、しかもかなりの魔力を備えている。死霊術で作り出された亡者の兵士、骸骨兵だ。

 この瞬間、場の主導権は特務騎士たちに移った。



「退路を死守するぞ!」

「カイト殿たちは退却しろ!」

 三人の騎士は出口を固めるようにして、俺たちを守る。

 俺はうなずき、鉱夫たちの背中を押した。

「急いで逃げるぞ! 俺たちが逃げないと、おっさんたちが逃げられないからな!」

「は、はい!」



 骸骨兵たちは剣や槍を振りかざし、三人の騎士たちに殺到してくる。だめだ、数が多すぎる。

「おっさんたちも逃げろ!」

 俺はたまらずに叫んだが、騎士たちは盾で骸骨たちを押し返しながら叫んだ。

「馬鹿言え! これが俺たちの仕事だ!」

「さっさと行け小僧!」



 横に並んで互いの盾で身を守りながら、剣で反撃する騎士たち。

 腕前は互角といったところか。

 じゃあ勝ち目なんかないだろう。敵が多すぎるんだから。

 だがここで押し問答を続ければ、騎士たちがますます危うくなる。

「し、知らねえからな!」

「それでいい! 俺たちが逃げたら、あんたを守るヤツがいなくなるからな!」



 剣を振るいながら騎士たちが笑ったが、そのうちの一人がこう叫んだ。

「おお、そうだ。無事に帰ったら、俺たち三人が勇敢に戦ったことを報告してくれよ!」

「こんなときに何言ってんだよ!?」

 俺は走りながら振り返り、背後の闇に叫ぶ。



 すると闇の奥から、愉快そうな声が聞こえた。

「何って、一番大事なことさ! 俺たちが名誉ある戦いをすれば、俺の息子たちが報いられるからな!」

「バカ野郎!」

 俺は叫びながら走った。

 何か言い返してくれと思ったが、声はもう聞こえてこなかった。



 俺は鉱夫たちに導かれて、坑道から外に飛び出す。外はもう夕暮れが迫っていた。

 俺たちは転げるように麓に走っていって、鉱山関係者全員に避難命令を出した。鉱夫も技師も警備兵も、全員だ。

「逃げろ! 骸骨兵の大群が来るぞ! 周辺の各都市に散らばって逃げて、このことを太守たちに伝えろ! 警備隊は城塞都市ウォーンガングに救援要請! 俺は魔都に報告する!」



 俺は馬にまたがり、背後の鉱山を振り返る。

 素早く印を結び、遠見の術で確認すると、坑道の出口から大量の骸骨兵が山を下りてくるのが見えた。

 その隊列の先頭に、骸骨兵以外の姿がある。

 槍で差し貫かれた三人の騎士たちだ。最後の最後まで抵抗したらしく、ボロボロになっていた。

 いうまでもなくゾンビ化している。



 今の俺にできるのは、逃げることだけだ。

 だが俺が無事に逃げて情報を伝えなければ、もっと大勢死ぬ。

「……くそ」

 俺は魔都リューンハイトへと馬を走らせながら、西の空を見る。

 夕焼けの光を浴びながら、俺は思わずつぶやいた。

「なんでこんなときに、あの人がいないんだよ……」

 ミラルディアの太陽が沈もうとしていた。


※次回「怨嗟の濁流」の更新は7月8日(金)です。

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