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工業都市トゥバーン攻略戦(前編)

29話



 そしていよいよ、トゥバーン攻略が開始された。

 指揮官は『烈走』のフィルニール。人馬族の各部族から、千五百人ほどの戦士を引き連れてきた。

 援軍は吸血鬼の女王と名高いメレーネ。事前に召喚しておいた屍蝋兵三百を連れて参戦。

 師匠の大賢者ゴモヴィロアも、骸骨兵千体と共に参加している。

 あと俺も、虎の子の骸骨兵二千を引っ張ってきた。

 総勢五千近い軍勢だ。



 対するトゥバーンは人口五千。

 衛兵隊を兼務する弓騎兵隊は、推定で百五十~二百騎程度。俺が前に五十騎ほど潰したせいで、かなり目減りしている。弓騎兵はそう簡単に補充できないのだ。

 市民兵もかなりの数がいるはずだが、総数は不明だ。

 人口の半分が男だとして、そのまた半分ぐらいが若い健康な成人男子だとすると、千ぐらいはいるかもしれない。

 聞くところによるとトゥバーン市民はクロスボウの取り扱いを学んでいて、なかなかの射手揃いだという。



 そして一番の問題なのが、トゥバーンの誇る鉄壁の城塞。

 リューンハイトの城壁より高く、そこらじゅうに固定式の大型クロスボウが設置されている。超大型の矢を高速で射出して、騎馬だろうが攻城兵器だろうが撃ち抜く代物だ。

 さすが工業都市といいたいところだが、奇襲以外でここを攻略するなんてできるのだろうか。



「包囲が完了したようですな」

 俺の傍らで、クルツェ技官が呟く。彼は火薬、彼らのいうところの「竜の息吹」の取り扱い責任者だ。いざというときに城門を爆破するため、ついてきてもらった。

 この街は徹底した秘密主義で、人の出入りを監視するために城門が南北にひとつずつしかない。だからそれぞれを重点的に封鎖するだけでいい。

 南門を攻略するのは捨て駒の骸骨兵千と、屍蝋兵三百。そしてその後に市街戦に突入する予定の人馬兵千五百。

 北門を包囲している骸骨兵二千は、メレーネ先輩が面倒見てくれているはずだ。



 包囲が完了したところで、フィルニールが降伏を勧める使者を送る。

 だがフィルニールからの書状を携えた人馬兵は、城門に近づく前にクロスボウの集中攻撃を受けて倒れた。

 なるほど、話し合う気は毛頭ないらしい。

 丸腰の使者を目の前で殺され、人馬族の戦士たちは怒り狂っている。血を見ないと収まらない様子だ。



 フィルニールが少し離れた場所から、槍を振っている。

「せんぱーい! 骨おねがーい!」

 ……もう少し指揮官らしく振る舞えよ。まあいいか。

 俺はうなずき、印を結んで呪文を唱える。

「ゲヴェナの門より戻りて、ハウランの門より拒まれし者どもよ。我が右手を見よ。これぞ凍れる太陽なれば」

 いつもの死者を使役する呪文だ。

 ちなみにゲヴェナは死者の安息に満ちた暗黒の世界で、ハウランは転生へと通じる輝きの世界らしい。

 どっちがいいかは俺にもわからないが、彼らには一働きしてもらおう。



 骸骨兵たちが俺の声に反応したところで、俺は彼らに前進を命じる。

「第一陣、構え盾! 対空防御姿勢!」

 ザッと音がひとつに揃い、骸骨兵たちの盾が掲げられる。

「目標、トゥバーン南門! 最大戦闘速度で突撃開始!」

 骸骨の軍勢五百体は槍と盾を構え、一斉に突撃を開始した。



 たちまち、トゥバーンの城壁から矢が放たれる。予想通り、有効射程が長いな。刺さる刺さる。

 骸骨兵は盾を構えて防御しているが、その盾ごと串刺しにされている。いかに不死身の骸骨兵といえども、背骨を砕かれては体を維持できない。

 それでも肋骨が砕けた程度では何の不都合もなく動けるのだから、矢との相性は抜群だ。

 足が遅いので城門にたどりつくまでに半数以上が倒されたが、こんなものは大した損害ではない。

 同じことを人馬兵にやらせていたら、遥かに酷い損害になっていたはずだ。



「消耗戦ですね」

 不安そうにクルツェが呟くので、俺もうなずいた。

「今は耐えるしかないが、ぼちぼち次行くか」

 俺はフィルニールがまた槍を振っているのを確認してから、予定通り第二陣に出撃を命じた。

 第一陣が城門付近に群がっているところに、第二陣が押し寄せていく。

 俺はなんとなく、前世でよく遊んだタワーディフェンスゲームを思い出した。

 もっとも今は、俺は攻撃する側だ。



 骸骨兵の第一陣は敵の猛烈な反撃で半壊していたが、第二陣は比較的抵抗を受けなかった。

 そりゃそうだろう。大型クロスボウの弦だって、人力で巻き上げているのだ。たくさん撃てば疲れるし、そのうち故障するのも出てくる。

 そして第二陣には、メレーネ先輩特製の屍蝋兵……つまり白蝋化したゾンビが紛れ込んでいる。

 ますますタワーディフェンスっぽいが、こいつらが今回の主役だ。



 屍蝋兵は乾燥していて、長期保存が可能なゾンビの干物だ。その代わり、やたらと燃えやすいという短所がある。

 だが短所は長所にもなるのだ。



 骸骨兵に護衛されながら城門までたどりついた屍蝋兵は、事前に設定された自滅命令によって勝手に爆散する。

 ここからでは遠くてあまり見えないが、さぞかしスプラッタな光景だろう。

 おそらく城門の大扉は、脂でべとべとのはずだ。

 乾燥した分厚い木の板だから、脂をたっぷり吸い込んでくれることだろう。



 だがまだ油断はできない。

 俺たちが何を企んでいるのか、トゥバーン側に気づかれるとまずい。大量の水でも吸わせて扉を湿らせれば、こちらの予定が狂う。

 だからわざわざこんな回りくどい方法を使って、無駄に攻めたてているように見せかけているのだ。

 生身の兵士にはこんなことをさせられないが、骨とゾンビなら何の遠慮もいらない。

 感情も魂もない、ただの死体人形だからな。



 俺は指揮する軍勢がいなくなったので、クルツェと共にフィルニールの人馬兵隊に合流した。

「センパイ、ありがとう!」

「今のところ、手はず通りに進んでいるな。あとその呼び方やめろ」



 後は脂まみれの城門に火を放つだけなのだが、矢の射程の関係でこちらからは火矢を放ちに近づけない。

 そこで師匠の出番だ。

 電撃を放ってもらって、電気着火してやるのだ。

 せめて銅線でもあればもう少し楽なんだが、ないのだから仕方ない……。



 大賢者ゴモヴィロアはかれこれ数分以上、あどけない顔に難しい表情を浮かべて呪文を紡いでいる。

「ヴァイト殿、ゴモヴィロア様は何をなさっているのですか?」

 技師として好奇心を抑えきれないらしく、クルツェが小声で俺に尋ねてくる。



 師匠が今唱えているのは、電撃の呪文ではない。

 実を言うと、この世界の破壊魔法はあまり役に立たない。

 ほとんどの魔法が「自分を中心に」「発生と同時に通常の物理法則に従う」ため、何も考えずに使うと術者本人が一番ダメージを受けることになる。

 それを防ぐために色々な呪文で制御するのだが、そんなまどろっこしいことをするぐらいなら剣で殴った方が早い。



 俺は師匠の呪文の内容が理解できなかったが、おおよその見当はついた。

「あれは雷の通り道を作ってるんだろう」

「雷の通り道、ですか?」



 落雷の直前、雷雲と地上の間にはイオン化した空気によって雷の通路ができると聞いたことがある。

 雷雲の中で電荷が上下に分かれて……なんだっけ? まあいいや。

 いずれにせよ、何も考えずに電撃魔法をぶっ放せば、魔王軍の誰かの鎧に着弾するだろう。だから誘導してやらないと。



「ちゃんと城門に電撃が命中するよう、照準を定めているといったところだな。あれをしないと、どこに飛ぶかわからん」

「なるほど……」

 クルツェ技官は熱心にメモを取り始めた。

「ヴァイト殿は、あの魔法をお使いに?」

「無理だった……」

 あまり思い出させないでほしい。



「うむ、よし。今じゃな」

 ようやく電撃の通り道を確保できたのか、師匠が即座に電撃呪文を詠唱した。

 こっちは一瞬だ。大気中の魔力を少しいじって、電気的な力に変換するだけでいい。

 詠唱完了と同時に、師匠が杖を振る。

 青白い光と共に、空気を震わせる轟音が周囲を薙ぎ払った。

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