魔人公襲来
285話
打てば響くようにスッと現れたトキタカに、俺は告げる。
「トキタカ殿、このように極めて重要な施設への立ち入りを許可して頂けたこと、大変感謝いたします」
「いえ、これが最善と考えた次第です」
トキタカは明るく笑う。
「ヴァイト殿には金銀や利権などを差し出すよりも、秘密を共有することのほうが良いと思ったのです。いかがですか?」
参ったな、完全に読まれてるぞ。
俺は苦笑するしかない。
「いささか悔しいですが仰る通りです、トキタカ殿。私はこういう歩み寄りに弱いのですよ」
笑顔で手の内を晒されると、どうしても悪いようにはできない。
ミラルディア評議員、あるいは魔王軍の副官としては甘い性分なので、ちょっとまずい気はする。
まずい気はするのだが、どうしても直せない。
今回はトキタカをはじめとする多聞院評定衆が好意的なようなので、このままでいいだろう。
俺は自分が転生者だと公式には認めていないが、多聞院に対しては暗黙のうちに認めている。
それは向こうも気づいているだろう。
日本人お得意の、なあなあで済ませる処世術だ。
「神世の大鳥居」と、それにまつわる転生者の秘密を知ったことで、俺は自分の立場と方針を再確認できた。
俺はヴァイト。魔王軍のヴァイトだ。
そしてミラルディア連邦の評議員でもある。
ミラルディアと魔王軍のために働くのが、俺の義務と責任だ。
だからワの国に肩入れすることはできないが、この国には借りができた。
ワの国の最も重要な秘密を明かしてくれたのに、俺の秘密については見て見ぬふりをしてくれた。
この借りは大きい。
だから俺は転生者として、ワとミラルディアがうまく折り合いをつけられるように努力しようと思う。
やっぱりなんだか、どんどん責任が増えていくな……。
俺はそう考えて、それをそっとトキタカに伝える。
「代々の神世人たちのためにも、立場上許される限りは尽力させて頂きます」
「それは心強いことです。ワの国には神世人が絶えて久しいですから。ヴァイト殿がそう仰ってくださるのなら、私の肩の荷も軽くなりましょう」
トキタカはそう微笑んで、俺に一礼してくれた。
なんだかすっかり攻略法を熟知されてしまっている気がする。
「両国の間には風紋砂漠がありますので、紛争が起こるようなことはまずないでしょう。あまり難しく考えず、交易などで共に栄えましょう」
トキタカはそう言ってくれたので、俺もうなずく。
「はい。まずは交易、それに技術や情報の提携も」
ふふふ、ワの国の文化や技術を全部盗んでやるぞ。もちろん、こちらからも提供できるものは提供しよう。
だがそれだけではダメだ。
「いずれば風紋砂漠を何とかせねばなりませんな」
俺がそう言うと、トキタカは驚いたように俺を見た。
「国父アソン様でさえ成し遂げられなかった風紋砂漠の縮小を、ヴァイト殿は成し得ると仰るのですか?」
「さすがに私一人の力ではどうにもなりません」
俺は首を横に振る。
「ですがミラルディアの総力を結集すれば、安全な交易路ぐらいは確保できると思うのですよ。そしていずれは、国境の街と街とが隣り合うような日が来ると、私は信じています」
俺やアイリア、エレオラ、トキタカがみんな死んでしまった後。
新たな皇帝を戴いたロルムンド帝国が、再び北壁山脈を越えて南征を開始しないとも限らない。
そのときにワと同盟を組んで、ロルムンドを追い返すのだ。
もちろん逆にロルムンドとワが同盟して襲ってくる可能性もあるが、それは未来の指導者たちに頑張ってもらおう。どのみち単独ではロルムンドに勝てそうにない。
そのためにも、ワの国にはしっかり恩を売っておかないとな。
俺はトキタカにこう切り出す。
「手始めに、禁薬密売の件を処理してしまいましょう。製造と流通の拠点を潰し、残党を残らず捕縛する必要があります」
在庫が流出したら、前より酷いことになるからな。ゲヘエは流通量や売却先を慎重に見極めていたが、残党が在庫を持ち出して金策に使えば、どうなるかわかったもんじゃない。
トキタカもうなずく。
「ただちに処理しましょう。観星衆を動員します。人狼隊もお力添え願えますか?」
「もちろんです。それとミラルディア側としては、マオの名誉回復をお願いしたい」
「承知しました。マオ殿の罪状に関する記録はすでに抹消していますが、多聞院から赦免状を発行しましょう」
交換条件という訳ではないけど、彼は今後ワとの外交官になってくれそうな人材だ。名誉回復した上で、「ミラルディアにおけるワ人の成功例」としてアピールしたい。
それに何より、彼は巻き込まれただけで無実だ。
うまくいったので俺は満足しながら多聞院に戻ってきたが、ここでとんでもない事態に直面する。
「ヴァイト殿!」
和装のアイリアが畳の上で俺を待っていた。
なぜ彼女がここに?
着物姿の彼女は、茶の湯の道具を置いて笑顔を浮かべる。
「お帰りが遅いので、評議会を代表して参上しました」
「参上したのか」
「ええ」
「禁薬の密売犯を摘発していたので、交渉が遅れていたのは申し訳ないが……」
俺は自分の担当業務が遅れていることに、若干の後ろめたさを感じる。
と同時に、アイリアの見事な着物姿に目を奪われてもいた。
金髪の彼女が着物を着ると、どこか不思議な雰囲気が漂う。もちろん、とてもよく似合っている。
アイリアは評定衆に見守られながら、フミノから作法を教えてもらっているところだ。
「ワの茶は湯が熱すぎると美味しくなくなってしまいます。もう少し冷ましてからにしましょう。それと茶筅の用意を。温めると折れにくくなりますゆえ」
「はい、フミノ殿」
なかなか絵になる二人だな。
いや、感心してる場合じゃない。
「アイリア殿、リューンハイトは今誰が面倒を見ているのだ?」
アイリアは茶筅、つまり抹茶を混ぜる道具を珍しげに見つめてから、俺を見つめた。
「側近たちに指示を与えていますから、当面は問題ありません。何かあれば、他の評議員たちが対処してくれます。それに……」
「それに?」
アイリアは、にこっと笑う。
「魔王陛下のおわす街に、何か深刻な問題が起きるとは思えません」
いい笑顔だった。
俺は溜息をつく。
「魔王軍を信頼していただいて、光栄の至りだ」
するとアイリアは見よう見まねで抹茶を点てながら、ふと遠い目をしてみせる。
「魔王軍が……いえ、ヴァイト殿が私の信頼を裏切ったことは、ただの一度もありませんから」
本当にそうだろうか。
アイリアは続ける。
「ヴァイト殿は常に誠実で、親身になって寄り添ってくださいますし、それに約束を必ず守ります」
こないだ破ったばかりなんですが、もしかしてそれ皮肉ですか。
訂正したくないけど、反省もこめて訂正しておこう。
「必ず、ではないな」
アイリアは困ったように微笑みながら、俺にそっと抹茶の茶碗を差し出した。
「あれは約束を破ったうちには入りませんよ。私が悪いのですから」
「貴殿は約束を破られた側だぞ、何も悪くない」
俺は抹茶の香りに前世を思い出しつつ、アイリアをじっと見つめる。
なんだか不思議な感じだ。
前世と今世が混じり合っているような気がする。
俺はほろ苦く、そしてほんのりと甘みのある抹茶を飲む。
こちらの茶の湯の作法はわからないが、うろ覚えの前世知識でハンカチを取り出し、茶碗を拭った。
「良いお手前だ」
「ありがとうございます」
にっこり微笑むアイリア。
そのやりとりをじっと見ていた評定衆の長、タイラが俺に言う。
「ミラルディアの魔族と人の絆を、改めて見る思いです。実にうらやましい」
「うらやましい、とは?」
俺が尋ねると、タイラは溜息をついた。
「ワにも人ならざる者たちがおりますが、関係が良くありません。正直、ヴァイト殿にお目にかかるまでは魔族と人が共に暮らせるなど半信半疑でした」
「魔族にもいろいろおりますから」
魔王軍も街で暮らす魔族は厳選してるからな。
厳選してもまだトラブル続きなので、俺は頭が痛い。
タイラはフミノの点てた茶を飲み、ふと表情を緩める。
「砂漠近辺に暮らす猫人たちがもう少しおとなしくしてくれれば、我々も安心して暮らせるのですが」
猫人?
ミラルディアにはいないが、師匠からそんな連中がいると聞いたことがあるな。
俺はアイリアと顔を見合わせる。
(恩を売るチャンスかな?)
(なんだか遠回しにお願いされてる感じですしね)
(やってみようか?)
(お願いします)
アイコンタクトでそのようなやりとりを交わす。
俺はコホンと咳払いして、もったいぶってこう切り出した。
「ミラルディアとワの友好のために、その件でお手伝いできることはありませんか?」
「おお、それは助かります。魔族の方にお力添え頂ければ、大変心強い」
「魔族といっても、色々おりますから……」
同じ魔族でも、人狼と竜人と犬人では全部価値観が違う。
竜人でも、先王様や紅騎士シューレの属する「赤鱗氏族」と、クルツェ技官&蒼騎士バルツェ兄弟の属する「青鱗氏族」は永年敵対してきた。先王様が両氏族を和解させなければ、今でも敵対していただろう。
だから魔族だからといって、話が通じる保証はない。
だが強引に話をまとめてしまうことには、最近ちょっと自信がついてきたところだ。
やれるとこまでやってみよう。
あと、猫人はとても興味があるしな。
※次回「狼と猫」の更新は6月10日(金)の予定です。
※体調不良のため更新が遅くなりました。ネットが開通したため、更新時間は近日中に午前に戻せそうです。




