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人狼捕物帳(前編)

279話



 翌日、俺は金琴堂にパーカー(変装済)を伴い、のっしのっしとやってきた。

「店主はいるか」

 なるべく横柄な感じで言ってみる。

 店頭で香草の紙袋を陳列していた女性店員が、前掛けで手を拭きながらこっちにやってきた。

「店主はただいま、商談で留守にしております。御用があればお伺いいたしますが……」



「お前では話にならん」

 俺が険しい顔で首を横に振ると、パーカーが素早く割り込んでくる。

「僕たちが欲しいのは、こんな店先にあるようなありふれた品じゃないんだ。この意味、わかるかな?」

「はあ……?」

 まだ十代らしい少女は、不思議そうな顔で首を傾げる。

「手前どもの商う品は、こちらで全部でございますが……」



 嘘をついている匂いはしない。どうやら店員は何も知らないようだ。

 俺は彼女が無実だということに少し安堵しつつ、険しい顔を続けた。

「だからお前では話にならんと言っているのだ。店主を呼べ。すぐにだ」

「は、はい」

 怯えた様子で店員は一礼し、すぐさま店の奥に引っ込んでいった。



 金琴堂の店主は、ゲヘエといった。漢字でどう書くのかはわからないが、音だけ聞くと滑稽な印象がする。「外兵衛」だろうか?

 まあ何でもいいか。

「これはこれは、ミラルディアからお越しのお客様とは恐縮にございます」

 立派な応接間に招かれた俺は、玉露でもてなされた。



 ゲヘエは揉み手をしながら、俺を隙なくうかがってくる。

「して、何をお求めでございましょう? アカガラシの粉末でしょうか? それとも、ククの実でも?」

 俺はわざとらしく鼻で笑ってみせる。

「くだらぬ芝居はよせ。禁薬を買いたい」



 その瞬間、ゲヘエの目がスウッと細められた。狩りをする獣のような目だ。

「ヴァイト様、でしたかな? どこでそのような与太話を?」

「答えるに及ばぬ。与太話であれば退散するとしよう。御免」

 俺が無愛想に立ち上がると、ゲヘエは下品な笑みと共に俺を引き留めた。



「まあまあ、そう急いで結論をお出しになることはございません。お答えいただければ、私の口も紐も緩む。そういうものでございまして」

 こいつの口や何かの紐が緩む光景は想像したくないな……だってこいつ、脂ぎった下品な中高年だぞ。

 まあいい。適当にごまかしておこう。



「おしゃべりなワの者が、ミラルディアでいささか問題を起こしてな。聞けば禁薬を商っていたとかで、少々興味を覚えた」

「ほうほう。その者の名は覚えておいででしょうか?」

「確か……そうそう、マオとか申したな」

「して、その者はどうなりましたか?」

「さてな。だが、おしゃべりはもうできぬであろうよ……」

 俺はクックックと含み笑いを漏らす。



 ゲヘエはしばらく考えていたが、意図的に芝居がかった口調でこう答えた。

「当店はあくまでも生真面目な商いをしておりますので、禁薬などというものはございません。ですが……」

 ほらきた。

「ごくごく限られたお客様のために、非常に珍しい品を扱ってもおります。大変に貴重な香辛料でございまして、店頭にはお出しできません」



 どうやら当たりのようだ。

 ゲヘエはニヤリと笑い、さらに問う。

「どのような料理にお使いになられますかな? 御自身で?」

「たわけたことを」

 俺は冷笑した。

「味にうるさい友人を少し黙らせたくてな。私の前途をもっと風通し良くしたいのだ」

 俺は意味ありげな視線をゲヘエに向ける。

 つまり「政敵を失脚させるのに使いたい」ということだ。



 蛇の道は蛇というか、ゲヘエは即座に俺の言葉を理解した。

「いやはや、それはそれは……さぞ御苦労なさっているのでしょうな」

「ああもうるさくてはたまらぬ。心穏やかに楽しみを極めていただければ、皆も笑顔になろう」

 俺の言葉に、ゲヘエはニンマリと笑う。

「憚りながら、良いお使い方と感服いたします。もしよろしければ、御友人の性別や年齢などもお聞かせ頂ければ、最適の品を御用意いたしますが」



 そんなに細かいラインナップがあるの? あんまり考えてなかったな。

 ふと思い浮かんだのがリューンハイトに残してきたアイリアだったので、俺は適当に答える。

「若い美女だ」

「それでしたら、『姫涎香』がよろしいでしょうな」

 なにそのアブノーマルなネーミング。

 俺は興味なさそうな様子をして、なるべくそっけなく質問する。



「何か違うのか?」

「通常の品に、とびきり効く生薬をいくつか配合してございます。後はいかようにでも……ぐふふ」

 気持ち悪い笑い方をするゲヘエ。

 こいつと会話しているだけで、なんだか背筋がねちょねちょしてきそうだ。

 こいつとの交渉、パーカーに任せれば良かった。



 俺はアイリアに心の中で詫びつつ、想像力の翼を全力で折り畳む。

「まあよかろう、効けばなんでもよい。モノはどこにある?」

「ここにはございません。すぐに手配いたしますので、明日にでもお代のほうを」

「わかった。金子は言い値で払おう。だがもちろん、わかっているな?」

「それはもう。お客様の秘密を守るのも、生真面目な商人の心得にございます」

「良い心掛けだ」

 俺は立ち上がると、この不快な場からさっさと立ち去ることにした。



 二日後、俺は都の外へと足を運ぶ。指定された郊外の山中には、ひっそりと炭焼き小屋が建っていた。

 ここにゲヘエの姿はない。

 代わりにいるのは、作務衣姿の男たちが数人だ。

 小屋に近づくなり俺を取り囲んだ男たちに、俺は無言で小さな茶壷を差し出す。昨日、大金と引き換えにゲヘエからもらったものだ。

 本来なら抹茶を入れておくためのものだが、これに禁薬を入れてくれるらしい。



 男たちの一人が壷を入念に確かめた後、無言で小屋に戻る。

 しばらくすると桐の小箱が戻ってきた。

「『姫涎香』にございます」

 見かけより丁寧な口調で、男が俺に小箱を差し出す。和紙の封もされていて、なかなかに高級感があった。

 どうやらここの男たちは、かつてのマオと違って商品が何かわかっているようだ。

 俺は小箱を受け取ってから、彼らに尋ねる。



「他に良い禁薬があれば買いたいのだが」

 すると男が渋い顔をして首を横に振る。

「それはゲヘエ様に直接言っていただきませんと、手前どもの一存ではお渡しできません」

 俺は笑う。

「そうか、仕方ないな。ところでお前」

「はい?」

「今、ゲヘエと言ったな?」



 笑ったまま俺は人狼に変身した。

 物証はないが、こいつらがゲヘエの手先で禁薬を扱っていたことは確定した。

 もうこれ以上おとなしくしている理由もないので、そろそろ逮捕するとしよう。

「うおわああ!?」

「なっ、なんだてめえ!?」

「化け物だ!」

 人狼を初めて見たのだろう、男たちが悲鳴をあげる。



 とたんに小屋の奥から、武装した男たちがバラバラと飛び出してきた。浪人風の剣士たちだ。抜き身の刀を提げている。

「き、斬れ!」

 俺と話していた男が叫ぶと、剣客たちが襲いかかってきた。

 太刀筋はまあまあだ。逃げずに向かってきたし、一応プロといってもいい。

 だが日頃ろくすっぽ鍛えていないのか、足運びが良くなかった。人狼の眼には立ち止まっているようにしか見えない。



 強化術で加速した俺は、剣客たちを軽いボディブローで順番に沈める。ついでなので作務衣の男たちも同様に沈めていく。もはやただの単純作業だ。

 鎧を着ていない人間が相手だと、ダメージの予想がしやすいから手加減も楽だな。

 そのとき、小屋の中で悲鳴が聞こえた。

「ぎゃっ!?」

「ごめーん、隊長。やっちゃった」

 のんびりとしたモンザの声が聞こえてくる。



 俺は駆けつけてきたジェリク隊に犯罪者どもの捕縛を任せて、小屋の中に入る。

 薄暗い小屋の中に人狼形態のモンザが立っていて、首を失った剣客の死体が転がっていた。

「あ、隊長。なんかね、丸腰の女だから勝てると思ったみたい」

 不用意に驚かせないようにモンザは変身しないまま降伏を勧めたのだが、それが逆に仇になったらしい。

 モンザなりの配慮だったようだが、まあ仕方ないだろう。

 どうせこいつら、死罪は免れないだろうからな。



 俺は軽く溜息をつき、モンザに苦笑してみせる。

「モンザが無事ならそれでいいよ。降伏しなかったヤツが悪い」

「あは、隊長優しい」

 返り血を浴びた人狼がニイッと笑う。

 たぶん他の人狼にとっては、とても可憐な笑顔なんだろうな。

 俺にはひたすら怖いだけだが。



 禁薬の秘密倉庫にいたのは作務衣の男たち四人と、警備の剣客が七人。うち剣客一人が死亡だ。

「よし、多聞院に身柄を引き渡すぞ。ウォッド隊が金琴堂を見張っているから、早めに戻ろう」

 あの爺さん、戦いたくてウズウズしてたからな。

 早く戻らないと何が起きるかわかったもんじゃない。

「すぐに多聞院の隠密たちが現場の確保に来る。禁薬を引き渡して現場の引き継ぎが終わり次第、人狼隊は撤収するぞ!」

「おう、大将!」

「はぁい、隊長」


※次回「人狼捕物帳(後編)」の更新は5月27日(金)の予定です。

※転居と書籍化作業のため、しばらく更新日時が不安定になります。御了承ください。

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