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人狼への転生、魔王の副官  作者: 漂月
本編

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278/415

禁忌の粉

278話



 俺は多聞院の庭園で、のんびりと羊羹をつまんでいた。

 甘さ控えめでおいしい。実際には甘さを控えているのではなく、これぐらいがこの世界の甘さの相場だ。

 糖類全般が貴重だからしょうがないが、もう少し甘くても俺はぜんぜん構わない。

 俺は今世で初めて食べる羊羹に、ふと前世のこぼれ話を思い出す。



 今のような形の羊羹がいつ頃できたのかは知らないが、少なくとも江戸時代にはすでにあり、有名メーカーによるブランド品もあったという。当時から人気の高級スイーツだ。

 幕府の役人が職場の接待で一席設け、デザートに羊羹を出したなんて話もある。

 もっともそのとき出した羊羹が最高級ブランドでなかったため、皮肉を言われて手をついて謝った、というオチがついている。

 その話を聞いたときは、なんだか他人事とは思えなかった。



「いい景色だ」

 俺は一人でつぶやいて、池の水面に広がる波紋を見下ろす。鯉がいるようだ。たぶん忍者ではない。

 蝉の声こそ聞こえないが、和の風情が漂う初夏の午後だ。



 この世界の蝉の多くは人間の可聴域で鳴かない。たぶん捕食者にやられて絶滅してしまったのだろう。

 超音波蝉や魔力蝉ならいるが、もちろん風情は全くない。まず字面が可愛くない。

 隠れ里には人狼の聴覚なら鳴き声が聞こえる蝉もいたが、音色が「ピキキキ、キリッキリッキッキッ」などで、どちらかといえばイラつく。



 涼しげな風が吹き、庭園に植えられた笹がサラサラと気持ちの良い音を立てている。

 初夏の気候は、前世の日本より過ごしやすい。俺がいた頃の日本よりはだいぶ涼しいな。



 そんなことを考えていると、フミノが戻ってきた。

「お待たせいたしました」

「次はどこに案内してくれるのかな?」

 するとフミノは少し困ったような顔をした。

「もう少し御案内したいのですが、そろそろ日が暮れます。本日は宿を手配いたしましたので、そちらでお休みくださいませ」



 多聞院の敷地内に泊まることもできるのだが、俺は街の様子を見て回りたいのでフミノに市街地での宿泊を希望していた。

 どうやらそれが許可されたらしい。

「かたじけない。そういえば部下たちも暇を持て余しているだろうし、そろそろ戻るとしよう」

 俺はフミノに案内され、庭園を去る。

 蝉の鳴き声が聞こえない初夏の庭園は、俺を妙に不安な気持ちにさせた。



 夕食は多聞院とミラルディア勢とで軽く酒を酌み交わし、特にトラブルもなく無事に終わった。

 俺が箸の使い方を皆に教えたり、つきあいで仕方なく杯を受けたモンザが酔って絡み始めたりと、なかなかに疲れる酒席だった。

 特にモンザの酒癖の悪さはひどかったので、彼女が酒嫌いで良かったと思う。

 ただし多聞院の人々からは「予想外に艶やか」だと大好評だった。

 ワの人々がおおらかで助かった。



「ガーニー兄弟とかを置いてきたのは正解だったな、大将」

 宿への帰途でジェリクが笑ったので、俺もモンザを背負ったままうなずく。

「ああ、大事な交渉をぶち壊しにされかねないからな。人員を厳選して良かったよ」

「だろ?」

 なぜか誇らしげなジェリク。



「ところで大将、明日は街の視察ができるんだろ? 道具や施設を見て回りたいんだが」

「ああ、そいつも頼む。おそらくミラルディアにはないものが見つかるはずだ。購入して本国で分析しよう」

「大将もワルだな」

「まあな」

 ミラルディアの発展のためなら、利用できるものはなんでも利用させてもらうぞ。



 そして翌日。

 今日は多聞院のほうで、俺からの提案を検討しているところだ。だから俺はフミノの案内で都の視察に出る。

 俺はウォッド爺さんとパーカー、それに二日酔いでうめいているモンザを留守番に残して、マオとジェリク隊を連れていく。



「大将、こいつはいい刃物だぜ。鉄に粘りがあるし、研ぎも丁寧だ」

 さっそくジェリクが金物屋で包丁を手にして立ち止まってしまい、彼の分隊員たちも好き勝手に物色を始める。

「この鋸の刃、引いて伐るようになってるな……使いにくくないのか?」

「俺はあっちの石材屋を見てくる」

「この店の軒の造り、もう少し近くで見てみたいんだが」



 ジェリク隊は隠れ里で大工や鍛冶師をしていた連中だから、こうなると長い。ホームセンターに吸い寄せられたパパさんたちと同じだ。

「やれやれ、みんなワの珍しい道具に釘付けだ……あれ、マオ?」

 苦笑しながら振り返った俺は、マオがいないことに気づく。

「ヴァイト殿、あそこです」

 フミノが気づいて指さした。

 マオは少し離れた場所を一人で歩いていた。角を曲がってどこかに行ってしまうようだ。



 見失うと大変だ。だがジェリク隊がこうなると、そう簡単には動かないことも知っている。

 俺はフミノに財布を渡し、こう伝えた。

「フミノ殿、こいつらが何か欲しがったら、この金で支払いを頼む。それと通訳も」

「承知いたしました。ですが……」

「ジェリク隊なら俺の匂いをたどって後から追いつける。それにどうせ、大した問題じゃないだろう」

 俺は笑ってみせると、大通りを走りだした。



 角を曲がってしばらくすると、マオの後ろ姿が見えた。彼は物陰からうかがうようにして、大通りに面した店を見つめている。

 彼が見つめている店には、「金琴堂」と記されていた。

 どうやらここが、マオの昔の勤め先らしい。

「マオ、一人でうろつくと危ないぞ」

 俺が背後から静かに声をかけると、マオは驚いたように振り返った。



「す、すみません。この通りを見ていたら、昔を思い出してしまいました」

「気持ちはわかるけどな。お前に何かあったら、俺は困るんだ。危ない場所に近づくのはよせ」

「はい……」

 そこにフミノとジェリク隊がぞろぞろやってくる。



「ヴァイト殿。大変恐縮なのですが、お預かりした金子では足りませんでした」

 フミノが溜息をついたが、ジェリクたちは買い込んだ道具類に頬ずりしそうな勢いでニヤついている。

「おう大将、見てくれよこの戦利品の山を!」

「こっちの櫛の透かし彫り、恐ろしく細かい上に見たこともない柄で……」

「しかもこれ、材料は亀の甲羅らしいぜ」



 さてはお前ら、目についたものを片っ端から購入したな。

 俺は頭を掻き、フミノに謝罪する。

「すまない。宿に戻ったら不足分を払う」

「あ、いえ……助かります。立て替えるにしても、私のお給金ではとても足りませんので……」

 俺が預かってきた評議会の予算で足りるだろうか。

 だがそれよりも問題なのは、マオの因縁だ。



 俺は宿に戻りながら、マオと会話する。

「禁薬というのは、具体的に何なんだ?」

「幸福感をもたらす粉薬で、一説によれば天空に浮かぶ結晶を砕いたものだそうです。もっともそれは偽りでしょう」

 そこにフミノがそっと口を挟んでくる。

「ある植物の汁を乾燥させた粉末です。それ以上は明かせません」

「なるほど」

 じゃあ前世の違法薬物と同じように考えて良さそうだな。



 しかしフミノは首を傾げている。

「本当に金琴堂が禁薬を商っていたのですか? もしそうなら、廃業は確実ですが……」

 するとマオが苦々しげにつぶやく。

「部下の個人的な犯罪ということにして、店主は知らん顔したんでしょう。そうでなければ、多聞院が罪人を野放しにしていることになりますよ」



 フミノは少し迷った後で、こう告げる。

「トキタカ殿に調べていただいたところ、確かにマオ殿が関わった事件が記録に残っていました。ですが確かに店主は自らの関与を否定し、証拠も一切見つかっていません」

 俺は少し多聞院の行政に不安を覚える。

 時代が時代なので賄賂や汚職は罪にもならないが、違法薬物の流通が野放しになっているのは問題だ。



「フミノ殿、これは一度精査したほうが良いのではないか?」

 フミノは真剣な表情でうなずいた。

「はい、既に観星衆が内偵を進めております」

 観星衆はスパイ組織なので、犯罪捜査はしない。犯罪捜査を行うのは多聞院直属の「ツクモ」と呼ばれる役人たちだという。



「ツクモか、おもしろい名前だな」

「はい。ツクモというのは九十九のことです。神世文字で『百』から線を一本抜いたものが『白』になりますので、ツクモは清廉潔白の集団という意味があります」

「なるほど」

 俺はうなずく。



「神世文字とは何かな?」

「はっ!?」

 フミノがギクリと硬直し、ギシギシきしむような動きで俺を振り仰ぐ。

「い、今のは……ですね」

「うん」

「聞かなかったことに……して、いただけないでしょうか?」

「わかった」

 どうやらフミノがまた自爆したらしい。

 一本抜けているのは、どうやらツクモだけではなかったようだ。



 神世文字が漢字、あるいは日本語全般を示すのは間違いない。

 とはいえそれを指摘すれば、俺が転生者だと認めてしまうことになる。

 俺はあまり興味を惹かれなかったような顔をして、フミノに言った。

「それよりも禁薬の捜査だな。手伝えることがあれば手伝おう」

「わ、わかりました!」


※次回「人狼捕物帳(前編)」の更新は5月25日(水)です。

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