「フィルニールの日記」
27話(フィルニールの日記)
今日、初めてヴァイト先輩に会った。
先輩は魔王軍の第三師団にいて、ボクと同じ副師団長だ。あれ、副官だったかな? まあいいや。
先輩は人狼で、ものすごく強いらしい。
第二師団で有名な獣鬼のドッグ隊長を、あっさりやっつけたことがあるって、お師匠様が言ってた。ドッグ隊長って、第二師団でも五本の指に入る猛者じゃなかったっけ?
ボクはまだ、自分より強い戦士と戦ったことがない。
とても気になる。
それに、ヴァイト先輩は武将としてもスゴイらしい。
リューンハイトの街を、人狼隊の五十六人だけで制圧しちゃったと聞いている。しかも損害はゼロだという。ほんとにすごい。
ボクが人馬隊を五十六人指揮しても、こんな大きな街はとても占領できそうにない。
魔術師としても、相当な腕前らしい。ボクにはよくわからないけど、お師匠様がそう言っていた。
あ、お師匠様っていうのは、大賢者ゴモヴィロア様のことね。ボク、これでも大賢者の弟子だから。魔法は使えないけど……。
先輩は人狼の魔術師だから、「魔狼」っていうカッコイイ称号を持ってる。
すごいよね。戦士としても、武将としても、魔術師としても強いなんて。
だけどもっとすごいのは、人間を支配する力だ。
先輩はリューンハイトを支配してるけど、メレーネ先輩とはぜんぜん違う方法だ。
なんと、先輩は人間の太守をそのまま使ってるという。人間の衛兵隊も先輩が味方にしたらしいよ。
いや、ホントだって。
衛兵隊が仕事してるの、ボク見たもん。
ボクたち人馬族は半分ぐらい人間と同じだけど、中身はやっぱりぜんぜん違う。ボクたちは誇り高い魔族の戦士だ。
だから、人間の考えることはよくわからない。
人狼も誇り高い魔族の狩人だと聞いてるんだけど、先輩は人間の考えてることが全部わかるらしい。みんながそう噂している。
……もしかして、ボクの頭の中も読まれてたりするのかな?
こんなにすごい先輩だから、もちろん魔王様からもすごく信頼されている。
聞いた話では、魔王様直属の竜人族の部隊も指揮下においてるらしい。リューンハイトでチラッと見かけた。
師団長のお師匠様でさえ、竜人族の部下は持っていない。
さすが、魔王軍で「最強の副官」と呼ばれてるだけのことはある。
でも一番おどろいたのは、実際に先輩に会ったときだった。
あのね。
すごく、どきどきした。
かっこいいんだよ! 魔王軍では誰もが知ってる名将なのに、初対面のボクなんかにすごく優しくしてくれるんだよ!
あーもう、思い出しただけで心臓が破裂しそう!
ボクがうっかり連絡を忘れて三倍の兵を連れてきたのに、さっと全員分の宿舎を準備してくれたり、やること全部かっこいいの!
ちょっと怒られたけど、叱り方も大人っぽくてどきどきした。思わず敬語でお返事しちゃった。
あと「先輩」って呼んだときの困った顔が、ちょっと情けなくて逆にかわいい!
一番かっこよかったのは、ボクが先輩に援軍をお願いしたとき! ダメかなって思ったら、先輩本人が来てくれるんだって!
うわー、やばい。
これはやばいよ。
ただ、あんまりはしゃいでもいられない。
この戦いは、ボクたち人馬族にとっては生き延びるための戦いだ。
もう何百年もの間、人間は勢力を拡大してきて、人馬族は少しずつ住む土地を失っている。
ボクたち、平原の民だからね。平原を開拓されて農地にされちゃうと、住む場所がなくなっちゃう。
森や山の魔族はそうでもないらしいから、人間と一番衝突が激しいのはボクたちかもしれない。
長老の話だと、ボクたちの数は減り続けている。このままだと、いつか滅びるのは間違いない。
今までは争いを避けてずっと我慢してたんだけど、もう戦うしかないんだ。
ボクは自分の部族の戦士五百人ほどを連れてくるつもりだったけど、人馬族全体の危機だからと他部族からも大勢参加してくれた。なんと千五百人!
正直、これだけの命を預かるのは怖い。
だってこれ、人馬族の戦士の大半だもん。人馬族の未来がかかってる。
ボクが采配をひとつ間違えるだけで、人馬族が滅ぶかもしれない。
すごく、怖い。
だから卑怯なボクは、先輩にすがった。
先輩の武名は魔王軍の外にも轟いてる。人馬族の間でも、魔狼ヴァイトの名は知れ渡ってるんだ。
ほとんどリューンハイトにいる先輩は、そのことを知らないみたいだけどね。
先輩が参戦してくれるとわかったとき、人馬隊は大興奮だった。
そりゃそうだよね、魔王様や師団長に次ぐ実力者だもん。強い戦士と共に戦えることは、人馬族にとっては最高の名誉。
これならみんな、トゥバーン攻略で存分に実力を発揮してくれると思う。
でもこんなことして、先輩に頼ってたらダメだよね……反省してます。
すぐに経験を積んで、先輩みたいに立派な武将になります! だからどうか、今回だけは大目に見てください!
……トゥバーン攻略うまくできたら、先輩褒めてくれるかなあ?




