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人狼への転生、魔王の副官  作者: 漂月
本編

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263/415

「エレオラ戦記・終章」

263話(エレオラ戦記・終章)



 私はしばらくの間、彼が去った方向をじっと見つめていた。

 この国には問題が山積みだ。

 農業問題、地方間の格差や対立、身分制度、宗教問題、まだまだある。

 いずれも解決の糸口が見えてきてはいるが、少しでも油断すればたちまち戦乱の火種となるだろう。



 それでも今までは、あの男がいてくれた。

 彼がいてくれれば何とかなるという安心感が、私に力を与えてくれていたように思える。

 問題はこれからだ。

 ここまでお膳立てしてもらった以上、何とかしなくてはな。

 だがまあ、どうにかなるだろう。



 私が背後を振り返ると、そこには魔撃大隊のボルシュ副官やナタリア、それに帝室人狼隊のマーシャたちがいる。

 ここにはいないが、帝都にはクシュマー枢機卿やザナワー大司祭がいる。

 北ロルムンドにはレコーミャ卿たち。東ロルムンドには伯父のカストニエフ卿や従兄弟たちがいる。

 これだけの味方がいれば、私でも何とかできるはずだ。



「姫様……じゃなくて陛下?」

「エレオラ様、どうされました?」

 ナタリアとマーシャが、ほぼ同時に顔をのぞき込んでくる。二人の額がごつんとぶつかり、彼女たちは顔を見合わせた。

「急に危ないでしょう?」

「そっちこそ」



 どうやら私には、感傷に浸る暇もないらしい。

「二人とも、私を案じてくれたのだな。心配させてすまない」

 とたんに二人は私のほうを見て、嬉しそうな顔をする。

「いえ、陛下の腹心として当然のことです」

「人狼の未来のためにも、エレオラ様には元気でいただかないとね」

 そうだな。

 ここからが正念場だ。

 あれこれ悩んでいる暇などない。



 そのとき人狼たちの長、ボルカが音もなく現れた。前に一度、挨拶に来たことがある。

「なんだいなんだい、もう行っちまったのかい?」

 彼女が担いでいるのは、どうやら肉の塊のようだ。

「道中食べてもらおうと思って、鹿肉を薫製にしてきたんだけどね。ちょいと遅かったようだねえ」

「ああ、今しがた発った。追えば会えるだろう」



 私はそう言うと、彼からもらった書を開いた。パラパラとめくっただけで、これが非常に高度な技術書であることがわかった。聞いたこともないような概念や理論が、図解や表で詳しく説明されている。

「ふむ……」

 コメという穀物の栽培方法など、ロルムンドでどう役立てるか悩ましいものもかなりあったが、この書物はおそらくロルムンド繁栄の礎となるだろう。



 ボルカは私を見て、不思議そうな顔をしている。

「もしかして、あいつを引き留めなかったのかい?」

「ああ。彼には彼の立場がある。引き留められんよ。……それに」

 私は書物を閉じ、頭を掻いてみせた。

「余計なことをして、彼に嫌われたくない」

 とたんにボルカが笑い出す。

「ふっははは! なるほどねえ」



 ボルカはひとしきり笑った後、帝室人狼隊の少女たちに薫製肉の塊を放り投げた。

「わわっ!?」

「ボルカ婆ちゃん、どしたの!?」

「持っておいき。陛下に差し上げるんだよ」

 ボルカはそう言って、私のほうに向き直る。



「で、オリガニア朝とやらは、どうやって続けていくんだい?」

「さあな。妹が結婚すれば続くだろうが、血縁でなくとも良い後継者は見つけられるだろう」

「それじゃ帝国の歴史が終わっちまうよ?」

 ボルカが驚くが、私は笑う。

「臣民を飢えや戦から守る力さえあれば、貴殿たち人狼が皇帝となっても良いのだぞ?」

 あの男も優しすぎることを除けば、なかなかに皇帝の器だと思うのだがな。

 少々惜しいことをしたか。



 この言葉にはボルカもあきれたらしく、口を半開きにしてぽかんとする。

 しかしすぐに愉快そうに体を揺らして笑った。

「そいつもいいけど、今はアンタの作る国が見てみたいよ! うちの若いもんを遠慮なく使っておくれ!」

「ありがとう。遠慮なく使わせてもらうぞ」



 やるべきことは多い。

 まずは農業問題の解決だ。意欲の低い農奴に頼る今の仕組みでは、生産効率が悪い。

 それに技術的な問題もある。土壌の調査から河川の工事まで、やるべきことは無数にあった。

 だがこれで食糧問題が解決すれば、飢えを原因とする反乱は起きなくなるだろう。

 幸か不幸か多すぎた貴族もずいぶん減り、私の目が届く領地もかなり増えた。

 何かを始めるには良い頃合いだ。



 そこに魔撃大隊のレンコフ小隊長が駆け込んできた。

「陛下、帝都より急報です!」

「どうした?」

「アシュレイ様からの連絡で、トスキン侯爵に謀反の動きありとのことです! 陛下の留守中を狙い、アシュレイ様を擁立せんと画策している模様!」



「ノーデグラート会戦で失態を晒しただけでは飽き足りなかったとみえるな」

 私の留守、それにミラルディア勢の帰国を好機と判断し、挙兵するつもりのようだ。

 せっかく爵位と領地を安堵されたのに、わざわざ捨てに来るとはな。確かに彼はここ最近冷遇されているが、敗戦の責任を考えれば当然だろう。

 まったく愚かな話だ。

 私はあの男ほど優しくはないぞ。



 軽く溜息をつき、私は彼からもらった書物を魔撃書へと持ち替える。

 私に従っている貴族たちの大半は日和見連中だ。敵とも味方ともいえない。手綱を取るには、常に危うさがつきまとう。

 だからこそ、私に逆らうとどうなるかは教えておく必要がある。

「ちょうどいい、レコーミャ卿たちにくれてやる領地が不足していたところだ。西ロルムンドの領地を押さえておくのも悪くないな」



 整列した部下たちを前に、私はサーベルを抜く。

「反乱を未然に防ぐため、トスキン侯爵の身柄を拘束する! そののち、彼の企みにアシュレイ殿が関わっておらず、トスキン侯爵に大義なきことを国中に布告せよ! アシュレイ殿に迷惑はかけられぬ」

「ははっ!」



 するとボルカがちらりと私を見た。

「ちょいと頭数を集めようかね?」

「頼む。謀反の阻止には人狼の力が必要だ」

「任せときな。じゃあ帝都で」

 そう言ったかと思うと、彼女の姿はもう消えていた。

 人狼の力は頼もしい。



 あの男もいてくれればさらに安心なのだが、そう甘えてばかりもいられない。

 それに今の私には、頼れる仲間が大勢いる。これ以上欲張ると天罰が下るだろう。

 私はマントを翻し、愛馬にまたがる。

「挙兵を未然に防げば、無用な流血は避けられる。行くぞ!」

 見ていろ、ヴァイト。

 私はお前なんかいなくても平気だからな。


※次話は第264話「夏至祭のアイリア」(短めです)、更新予定日は明日4月23日(土)です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エレオラ最推し [一言] ほんと強い女性だなあ それと、まだヴァイトの事諦めてなくて可愛い他の人との結婚も今の影響力からすればしなくても確かに周りから催促されずらいしね つい最近まで人間不…
[一言] めちゃ良かった。エレオラ様最高のキャラだね
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