妖狐の夜会(後編)
※明日4月14日(木)は更新定休日です。
※次回予告:第259話は「凶星消ゆ」です。
258話
あちこちにぶっ倒れていた仲間も回収して治療できたので、俺はロルムンド人狼たちの案内でカランコフ別荘へと向かう。
「アタシたちはこの森の見張り番だからね。いくつかに分かれて、森のあちこちに二十~三十人の集落を作ってるのさ。全部で二百人ぐらいかね」
「なるほどな」
俺は何気なくうなずくが、背中にヒヤリと冷たい汗が流れた。
そんなにいたのか……。
ボルカたちは気づいていないが、俺たちの魔撃銃は装弾数が少ない。わずかに二発だ。
威力や射程を少し落として装弾数を増やしたバージョンでも、せいぜい数発しかない。
二百人もの人狼を相手にすると弾が足りない。
魔撃銃無しの俺たち九人では、とても倒しきれなかっただろう。
「平和的」に喧嘩で解決して大正解だった。
ボルカの話によると、半分ぐらいは子供や年寄りなので戦わせたくないそうだが、それでも結構な数だ。
だがボルカが一族の者たちに攻撃を禁じたため、俺は無事にカランコフ別荘へとたどり着くことができた。
「ここから先はアタシらの管轄外でね。後は執事にでも聞きな」
ボルカがそう言って俺を見送ってくれる。
「ああ、ありがとう」
「できればあの坊やにも、優しくしてやっておくれよ。先代には随分世話になったからね」
どうやらボルカは、ボリシェヴィキ公のことが嫌いではないようだ。
俺はうなずく。
「彼との話次第だな。なるべく穏やかに解決したいが、俺にもどうなるかわからないよ」
相手は謀反の首謀者だ。
ボルカはうなずき返し、俺に手を振った。
「わかってるさ。あの坊やも、自分がしたことの報いは受けなきゃならないからね……」
「そうだな……。じゃあ、ちょっと行ってくる」
俺はボルカや三姉妹に手を振り、別れを告げた。
カランコフ別荘は狩りのための別荘ということになっているが、それにしては部屋数が異様に多くて建物も大きい。さすがはドニエスク家の強制収容所だ。
一階には全ての窓におしゃれな鉄格子がはまっているし、正面玄関の扉も恐ろしく重厚だ。荘厳華麗な洋館だが、夜中に見ると脱出不可能なホラーハウスだな。
玄関ホールに入ると、ますますホラーハウスだった。
薄暗い室内にシャンデリアがきらめき、執事らしい礼装の連中が俺たち一行を出迎える。老人一人と若いのが二人だ。
老人の執事が俺をちらりと見て、丁寧な口調で俺に問いかける。
「ようこそ、カランコフ別荘へ。どなたかと御面会でしょうか?」
背後の人狼隊が露骨に警戒する中、俺は老執事と若い執事たちを交互に見つめる。
それから溜息をついて、こう尋ねるしかなかった。
「ミラルディア連邦評議員のヴァイトだ。ところで執事殿、後ろの二人は何者かな?」
老執事が沈黙し、若い執事二人がほんのわずかに足幅を広げた。
俺は面倒くさいことにならないよう、先に言っておく。
「ロルムンドの使用人は、主や客の目に触れないように行動する。三人まとめて出てくるなど聞いたことがない。それにその二人、魔力が高すぎる」
俺もロルムンドでの生活が長いからいろいろ覚えたし、本職は魔術師だから相手の魔力量はすぐにわかる。
返事がないので、俺はもうちょっと牽制しておく。
「二人とも魔力は高いが、魔力の扱いはまるで素人だ。訓練したものではなく、生来のものであろう。魔族だな?」
断定はできないが、たぶん吸血鬼だな。メレーネ先輩の部下たちと雰囲気が似ている。
若い執事二人は腰を落として身構えたが、意外にも老執事がそれを制した。
「二人とも、おやめなさい」
「しかし……」
「猟番たちが通したのです。とても我々が手向かいできる相手ではありません。下がっていなさい」
老執事はどう見ても普通の人間だったが、若い執事二人はおとなしく引き下がる。
若者二人が一礼して壁際に退いた後、老執事は改めて俺に会釈した。
「とんだ不調法をいたしました。お許しくださいませ」
「いえ、それよりもボリシェヴィキ公はこちらに?」
「はい、御逗留中です。さっそく御案内いたしましょう」
執事は俺たちを案内して歩き出した。
廊下を歩きながら、俺は老執事に問う。
「今の二人は何者ですか?」
すると意外なぐらいにあっさりと、老執事は答えた。
「吸血鬼にございます」
「この屋敷の使用人ですか?」
「いえいえ、ボリシェヴィキ家の衛士でございますよ。他にも何人か、吸血鬼を連れておいでです」
吸血鬼たちに守られた反逆の公爵か。
ちょっとかっこいいな。
本館から渡り廊下を通り、俺は別館へと案内される。
「こちらの別館全体を、ボリシェヴィキ公がお使いになっております。応接室にお通しするよう仰せつかっておりますので、そちらに御案内いたしましょう」
「ありがとう」
応接室の前で執事と別れ、俺はドアをノックする。
聞き慣れた声がした。
「どうぞ。お待ちしていましたよ」
俺は人狼隊に待機を命じると、一人でドアを開けた。
室内は暖炉に火が入っていて、燭台の炎が室内を明るく照らし出している。まるで俺が来るのがわかっていたようだ。
奥のソファにはボリシェヴィキ公が一人で座っていた。
「お久しぶりです、ヴァイト卿。慌てて準備させましたので不備もあるかと思いますが、どうぞこちらに」
彼から敵意は全く感じられないが、少しやつれたように見えるな。
俺は罠や奇襲を警戒したが、まるっきりその気配がないので少し意外に思う。
とりあえず入室して、俺もソファに腰掛けた。
「ボリシェヴィキ公も息災なようで何よりです」
「私はもう爵位を剥奪されましたから、ただのボリシェヴィキですよ。家督も弟が継いだようですし、『シャリエ』で結構です」
「ではシャリエ殿。私の用向きはおわかりでしょうな?」
「ええ、もちろん」
笑うシャリエ。
俺は彼の笑顔に警戒しつつも、職務としてこう切り出す。
「本来ならばまず貴殿を捕縛し、それから連行して尋問するのが順番ですが……」
それだと一悶着ありそうなので、ちょっと予定を変更する。
「私の裁量で、まず貴殿から事情をお聞きしようと思います。いかがでしょうか?」
俺の言葉にシャリエは驚いたようだった。
「よろしいのですか?」
「構いませんよ」
彼が本気で逃げるつもりなら、俺がボルカたちと殴り合っている間にどっかに逃げているだろう。
彼が逃げなかったのも理由のひとつだが、本当の理由は別にある。
「シャリエ殿は今、人狼と吸血鬼、それに人間に守られています」
俺はそう言って、わざとらしく溜息をついてみせた。
「人と魔族の共存が魔王軍の理念で、私は魔王軍の軍人です。ロルムンドやミラルディアにとって有害な人物でも、魔王軍にとっては興味深い人材ですよ、貴殿は」
するとシャリエはあっけにとられた様子をみせたが、すぐにクスクス笑いだした。
「そうかもしれませんが、私のはあくまでも己の保身のためですよ? そんな崇高なものではありません」
「ですが実際に、貴殿は人狼や吸血鬼と共存しています」
それも決して隷属ではない。
彼らはあくまでも自分の意志で、この男を守ろうとしていた。
「あなたが魔族の信頼を得ている以上、私も相応の礼は尽くさねばなりません。魔王陛下に叱られます」
「そういうものですか」
「ええまあ、なかなかにうるさいお方ですから」
実際に師匠がどう思うかはさておき、少なくともこの判断で叱られることはないだろう。
俺が本気だというのがわかったのか、シャリエは苦笑しながらソファに背中を預けた。
「わかりました。あなたの計らいに感謝します。……では、何をお答えしましょうか?」
俺は間髪入れず質問した。
「シャリエ殿。もしかしてあなたは、私たちを利用するためにわざと負けたのではありませんか?」
俺が輝陽教に働きかけたため、極星教は現状のまま保護されることになっている。
そしてボリシェヴィキ領は農奴から郷士に至るまで、みんなエレオラの支配下だ。ある意味、とても安泰といえた。
もし彼の目的がこれだとしたら、何もかもうまくいったことになる。
シャリエは俺の顔をじっと見つめていたが、苦笑したまま首を横に振る。
「いえ、決してわざと負けた訳ではありませんよ。少し長く、そして回りくどい話になりますが、よろしいですか?」
「ええ。夜は長い」
俺はソファにもたれながら、彼の言葉を待つことにした。