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妖狐の夜会(前編)

256話



 俺の焦りとは裏腹に、帝都ではエレオラへの権力移譲が着々と進んでいた。

 輝陽教からはエレオラに名誉大司祭の称号が贈られたり、彼女の像が帝都の大聖堂に建てられたりと、両者の蜜月ぶりがアピールされまくっている。

 こないだの骸骨兵による帝都占領の際に輝陽教は大きく株を上げたから、そのお礼だろう。



 アシュレイ派貴族たちも掌を返したように、続々とエレオラの傘下に入ってきた。

 あれだけエレオラに冷たくしておいてよくもまあと思わなくもないが、彼らにも養うべき一族と家臣団、それに領民たちがいる。

 ある程度はしょうがないか。

 みんな立場があるからな。



 そして俺にも「早く帰らないとまずい」という立場があるため、俺は頼める人間には片っ端からお願いして、ボリシェヴィキ公の行方を追っていた。

 あれこれ手を尽くしているうちに、やっとそれらしい情報が俺の元に飛び込んでくる。



「ヴァイト様、ドニエスク家の機密文書から妙な記述を見つけたんですが……」

 マオが書類を手にしてやってきたのは、俺がエレオラ邸の窓から新緑を眺めていたときだった。

「ほんとか、すぐに見せてくれ」

 俺は手にしていた暦を置いて、彼の持参した書類に目を通す。



 マオの説明によると、書類でときどき見られる「別荘」という表記が不自然なのだという。

「ドニエスク家には別荘がいくつもありますから、普通は『ユクラドゥーエ山荘』とか『バラーニカ湖畔宮』のように表記します」

 さすがに国内屈指の大富豪は違うな……。

「しかしボリシェヴィキ公との覚え書きに散見される『別荘』という表記は、どこの別荘か明記されていません」



 悪徳商人のマオは書類の偽装はお手のものなので、こういう表記には敏感なのだという。

「こういうのはだいたい、具体名を出したくないから曖昧にしているんですよ。そして当事者同士では、これで通じるような場所なんです」

「ちょっと気になるな」

「でしょう?」

 マオは得意げに笑う。

 お前の不正を暴くときにも、この知識は活用させてもらうからな。



「これがどこの別荘かわかるか?」

「ドニエスク家が所有する不動産の目録を取り寄せて、片っ端から調べてみました。機密文書に具体名が出てこない別荘がいくつかあり、日付などから可能性を絞り込んでみた結果……」

 マオは声を潜め、そっと俺に告げる。

「カランニフ別荘。ドニエスク領の奥深くにある秘密の別荘です。あのシュメニフスキー鮮血伯も、書類上ではここに滞在していますよ」



 俺は決闘相手の顔を思い浮かべ、小さくうなずく。

「あの『もう死んでいるか、これから死ぬ予定の人間を収容しておく別荘』か?」

「ええ。あの物騒なところです」

 ドニエスク自家製の強制収容所だ。

「書類上では、どんな登場の仕方をしてるんだ?」

「利用についての覚え書きですね。何部屋かを優先的に、そして永続的に使用できる権利を得ています」



 そういえばドニエスク領については、軽く捜索した程度だな。

 該当する物件の報告書を引っ張り出すと、やはり簡単な捜索を一度行ったきりだった。

「一応、その別荘も調べることは調べたが、現地の郷士たちがざっと見て回った程度だな」

 これじゃ潜伏していても見つけられないだろう。



 俺は上着をつかむと、マオに言った。

「ちょっと調べに行ってくる。留守を頼んだぞ」

「自分で行くんですか!? それに護衛は!?」

「人狼隊から二個分隊連れていく。残りはエレオラの警護をさせないといけないからな」

「それじゃ全然足りませんし、往復に何日かかると思って……あっ、ヴァイト様が逃げました! 誰か捕まえてください!」



 俺はマオの悲鳴みたいな声を背中に聞きながら、急いでエレオラ邸を後にした。

 他人任せにしていたら日数がかかりすぎる。

 今の俺は時間との戦いなんだ。

 直接行って調べてやるからな。



 小走りに廊下を走っていると、ジェリクとモンザがいつの間にか併走していた。

「よう大将、また悪企みか?」

「ねね隊長、どっか行くんでしょ?」

 幼なじみ二人の笑顔に和ませられながら、俺はうなずく。

「一緒に来てくれないか? あ、ファーンには内緒だぞ?」

「任せとけよ大将!」

「あは、やったぁ!」



 こうして俺はエレオラにも内緒で、ドニエスク領の奥地へと向かった。ジェリク隊とモンザ隊の八人にも馬を支給し、俺たちは途中で馬を替えながら急ぎに急ぐ。

 そして四日目の夜に、ようやくカランニフ別荘へと到着する。

 カランニフ別荘は表向き、狩猟のための別荘になっている。周囲は深い森になっていて、猟番が森を管理しているはずだ。



 現在、この一帯を治めているのはエレオラ派の若手貴族だ。やっと領地を手に入れた彼が、今さらボリシェヴィキ公を匿うとは考えにくい。

 ボリシェヴィキ公がここにいるとして、どういう方法でうまく潜伏しているのかはわからない。

「ここの別荘の使用人たちは、ドニエスク公の頃から変わっていないそうだ。何か仕掛けてくるかもしれないし、用心が必要だな」

 俺がそう言うと、ジェリクもうなずいた。

「ああ。だが俺たち八人が大将を守ってみせるぜ」



 そのとき俺たちはほぼ同時に、周囲の異変に気づく。

「なあ大将」

「どうした、ジェリク?」

「猟番ってのは、密猟者を捕まえたりするのも仕事だよな?」

「ああ。主たちが狩りを楽しむために、獲物を維持するのが彼らの仕事だ」

 俺たちはそんな話をしながら、ゆっくりと魔撃銃を抜く。

 俺たちは包囲されていた。



「こいつは人間じゃねえな。森の中なのに、平地を馬で走るぐらいの速さだ」

 ジェリクがつぶやくと、モンザが笑う。

「そうだね。人狼、かな?」

 確かに人狼なら木々を飛び移って、恐ろしい速さで移動できる。忍者漫画そのままの動きができるからだ。



「人狼に護衛されているとすれば、ボリシェヴィキ公以外ありえないな」

 俺は専用魔撃銃「襲牙」を、馬上で構える。

「ジェリク隊、モンザ隊。敵勢力を目視後、変身を許可する」

「了解」

 変身すると馬が激しく怯えてしまうので、変身は最後の手段だ。



 俺は完全に包囲されたことを確認すると、森の闇に向かって叫ぶ。

「俺はミラルディアのヴァイトだ! ボルカ殿はいるか!?」

「そんなにでっかい声で叫ばなくたって、ちゃあんと聞こえてるよ」

 ボルカ本人が、ゆっくりと姿を見せた。既に人狼に変身している。

 周囲に殺気が満ちていく。

 この感じだと、相手の人狼は二十人ぐらいだろう。



 俺は魔撃銃を構えたまま、ただし銃口は彼女に向けずに声をかけた。

「ボリシェヴィキ公は、この先の別荘だな?」

「ああ、そうだよ。まったく、なんでバレちまうのかねえ」

 ボルカは溜息をついて、こう続けた。

「この森にゃ昔っから誰も入ってこないのさ。近隣の郷士たちでさえ、主の許可がなけりゃ入れない。だから抜き打ちで捜索されずに済んだのさ」

 なるほどな。



「その様子だと、ここはもしかして……」

「ああ、そうだよ。アタシらは表向き、ここの猟番として生活してるのさ。ボリシェヴィキ家からの出向扱いでね」

 それなら確かに人間たちにバレることもないし、森の中で自由に暮らせる。

 そして別荘から誰かが脱走しても、まず逃げきれない。

 森の中で人狼に追跡されたら、人間が逃げ切ることはほぼ不可能だ。



 ボルカは頭を掻いて、困ったような声で俺に言う。

「ここがボリシェヴィキ家の最後の隠れ家なんだよ。アタシら人狼にとってもね」

「それなら、この森を帝国軍が包囲するような事態は避けたいだろう?」

「脅迫する気かい?」

「必要ならな」



 ボルカたちが未だにボリシェヴィキ公に従っているのは驚きだったが、ここが彼女たちの拠点なら無理もない。

 そこで俺は争いを避けるため、彼女に提案してみた。

「もしボリシェヴィキ公の身柄を渡してくれるのなら、この森はこれまで通りにしよう。引き続き、ここの猟番として生活してくれ」



「そいつは願ってもない申し出だけどね……」

 ボルカは首を横に振った。

「ロルムンドの人狼は義理堅いのさ。最後の最後まで、義理は果たさないとね。許しておくれ」

 彼女はそう言って、グッと拳を固めた。

「アンタには一度負けたけど、ここを通す訳にはいかないよ」



 強者至上主義の魔族ルールでいえば、それはマナー違反だ。殺されても文句は言えない。

 だがそれだけに、ボルカたちの覚悟は伝わってきた。

 確かに恐ろしく義理堅い。



 一方、ジェリクたちは既に戦う気まんまんだ。舌なめずりをしながら、魔撃銃を構えている。

 こちらはアウェーだし俺を含めて九人しかいないが、高性能な魔撃銃で武装している。魔法の支援もある。

 ここを縄張りとする二十人の人狼を相手にして戦えば、ほぼ完全に潰し合いになって双方壊滅だろう。

 俺たちが勝ったとしても、何人生き残れるか……。



 俺の部下は、みんな隠れ里の大事な仲間だ。一人も失いたくない。

 そしてボルカたちも義理堅い、好感の持てる連中だ。殺したくない。

 しかし俺たちは戦わなければならない。そして双方の人狼たちは、もう戦う気まんまんだ。

 どうする俺。



 あ、そうか。凄く簡単だった。

「よし、ボルカ殿たちの覚悟はわかった。強者である俺に逆らう以上、死すら恐れぬとな。その覚悟に敬意を表する」

 俺は重々しくうなずき、芝居がかった物腰で告げる。

「だが俺たちも、ここは退けない。そこで……」

 俺は魔撃銃を置いて、馬から飛び降りた。

 そして笑う。

「ここはひとつ、喧嘩で勝負をつけようじゃないか」



 牙を剥いていたボルカが、不意に目をぱちぱちさせる。

「喧嘩? そりゃどういう意味だい?」

「喧嘩だよ。殺し合いじゃない、ただの喧嘩だ」

 俺はこっそり強化魔法を使って、部下たちの身体能力を底上げしていく。

「何でもアリだが、相手を死なせるようなモノだけは使わない。とどめも刺さない。降参したらそれまで。後腐れなし。それでケリをつけよう。どうだ?」



「おいおい」

 そう言ったのはジェリクだが、俺は振り返ってウィンクしてみせる。

「いいだろ?」

「まあ……大将がそう言うなら……」

「ほんとしょうがねえな、うちの隊長は」

「ああ、いっちょやるか」

 みんな顔を見合わせつつも、魔撃銃を置いて馬から降りた。



 ボルカはぽかんと俺たちを見ていたが、やがて豪快に笑いだした。

「はっはっは! ずいぶんと優しいこったねえ! だが武器もなしで、アタシら全員に勝てると思ってんのかい!?」

「もちろんさ」

 俺は人狼の闘争好きな性格を利用して、彼女を挑発する。

「ミラルディアの人狼は、ロルムンドの人狼なんかに負けたりしない。九人いれば十分だ」



 その瞬間、ボルカは全ての打算や立場を完全に忘れてしまったようだ。

「でかい口叩いたからには、覚悟はできてんだろうね!?」

「そっちこそ、ぺしゃんこにされる準備はできてんだろうな?」

 俺たちは牙を剥き出して笑う。

 そして次の瞬間、お互いに叫んだ。

「お前たち、やっておしまい!」

「行くぞ、みんな!」

 乱闘祭りの始まりだった。


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