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帝室の黒歴史

255話



 ボリシェヴィキ公の弟二人は戦わずして、直属の部下ともどもエレオラに降伏している。

 自首したことを考慮し、当面はエレオラが身柄を預かる形となった。事実上、処罰は免れたといっていい。

 クーデター首謀者の身内としては異例の処遇だが、今回は特に文句を言う者はいなかった。

 さすがにもう、エレオラの決定に口を挟める貴族はいない。



 ただディリエ皇女の処遇だけは、簡単にはいかなかった。

 宮殿に戻った皇帝アシュレイは有力諸侯や輝陽教幹部を集め、御前会議を開く。

「姉は帝国の治安を乱した重罪人です。斬首以外ありえません」

 悲壮な決意をこめてアシュレイ帝が言うと、集まった貴族や聖職者たちがざわめく。



 出席者が顔を見合わせる中、貴族の一人が困惑しながらも口を開いた。

「陛下、さすがに皇女殿下を斬首というのは……自害をお勧めするのが妥当かと」

 生かしてはおけないが、かといって尊厳までは奪えない。謀反人とはいえ、現皇帝の実姉だ。帝室の権威が失墜してしまう。



 しかしアシュレイ帝は首を横に振る。

「これは私が在位のうちに、片をつけておかねばならぬ問題です。エレオラ殿に帝位を譲るのですから、シュヴェーリン家の名誉が傷つこうとも構いません」

「それはそうかもしれませんが……」

「しかし陛下、普通の罪人同様に斬首というのは、あまりにも苛烈ですぞ!?」

 アシュレイ帝は黙ったままだが、顔色が悪い。かなり無理をしているな。



 実の姉を処刑するという耐え難い痛みがある以上、処刑方法なんかどっちでも同じなのだろう。

 会議の出席者たちの間でも、どちらが良い方法か議論が始まっていた。

 少なくとも、ディリエ皇女の助命を求める声は聞こえてこない。



 俺は隣に座っているエレオラをちらりと見る。

 彼女もちょうどそのとき、俺を見た。

 無言で視線を交わす俺たち。

 それからエレオラは溜息をつき、俺にだけ聞こえるように小さな声でささやいた。

「わかった、わかった。貴殿の意向には従おう」

 エレオラはそう言うと、軽く挙手して発言の機会を求めた。



「陛下、お待ちを。この件をあまり重く扱うと、極星教の件が表沙汰になりかねません」

 皇帝の姉が異教徒になっていたというのは、クーデターそのものよりよっぽどまずい。

 過去の反乱者はみんな、輝陽教の戒律の中でルールを守ってイス取りゲームをしていた。あのイヴァン皇子にしてもそうで、最初の会戦前に協定書を交わすなどのルールをきちんと守っている。



 しかしディリエ皇女はボリシェヴィキ公と共に極星教徒になっていたから、輝陽教のルールを守らなかった。

 今回の反乱では戦闘訓練を受けた農奴が使われ、きちんとした宣戦布告などもなかった。禁忌とされる死霊術によって、骸骨が大量に召喚されたりもした。

 ……最後のはパーカーの仕業だが。



 こういったルール無視のやり方は、過去の反乱では見られなかったものだ。イス取りゲームでチェーンソーを振り回すような暴挙といえる。

 しかもそれが皇帝の姉で、帝位継承権を持つ皇女様だ。これはさすがに公表できなかった。

 今回の反乱に異教徒の関与などなかったということにして、うやむやにするしかない。



 一同が黙り込んだところで、エレオラはさらにこう言う。

「それに首謀者のボリシェヴィキ公も逃亡中で、情勢が不安定です。彼が婚約者の処遇を知ったとき、どう行動するか全く読めません」

 ボリシェヴィキ公は領内のどこにもおらず、帝都周辺にもいない。

 ディリエ皇女ゆかりの別荘なども捜索したが、手がかりは全く見つからなかった。



 これだけ完璧に姿をくらましている以上、彼がまとまった兵を率いている可能性はほぼゼロだ。兵を率いていれば必ず目立つ。

 とはいえ、用心に越したことはない。反乱軍の残党を刺激するのは避けたかった。

 今回の功労者であるエレオラの提案ということで、出席者たちも真剣に検討しているようだった。

「エレオラ様のおっしゃる通りです。とはいえ、異教の姫君をこのままという訳にも……」

 諸侯の誰かがつぶやき、皆が重苦しい表情でうなずく。



 クシュマー枢機卿も困った顔だ。

「ディリエ様が輝陽教徒のままなら、こちらの適当な神殿で預からせていただくのですが……」

 出家させて世俗と縁を絶つことで、政治の場から永久追放にするという案だ。前世の歴史上でもよくあったヤツである。

 しかし極星教徒であるディリエ皇女の場合、それもできない。



 だがエレオラはさらりと言い放つ。

「ディリエ殿は高貴な罪人として、このままクリーチ湖上城に幽閉させていただきましょう。あそこは水上の牢獄ですから」

 それに出席者たちがうなずく。

「ふむ……ほとぼりが冷めるのを待つということですか」

「確かにあそこなら、攻め落とされる心配もありませんな」

「しかし万全とは言えませんし……」

 湖上城を刑務所代わりにする案に、諸侯はまだ少し迷っている様子だった。



 俺はアシュレイ帝に恩を売るため、ここで口を開く。

「陛下、ディリエ殿下はボリシェヴィキ公に騙されただけなのです。誰も傷つけてはいないのですし、どうか寛大な御処置を」

 俺は「ディリエ皇女も被害者」ということにして、何もかも全部ボリシェヴィキ公に押しつける算段だ。

 帝室のイメージ低下を最小限に抑えるためには、これがいいと思う。

 いやあ、帝都を骸骨だらけにするなんてボリシェヴィキ公はまったく悪いヤツだ。



 一同は顔を見合わせる。

「ディリエ皇女を捕縛したヴァイト卿までもが、そうおっしゃるのなら……」

「しかし、責任の所在ははっきりさせねばなりませんぞ」

 俺はにこやかに笑ってみせた。

「どうせ責任を押しつけるのなら、ディリエ様よりはボリシェヴィキ公のほうが良いでしょう。彼は行方不明のままですから、釈明や反論のしようもありません」

「まあ、確かに……」



 そこからさらに議論は続いたが、最後にはみんな疲れ果ててしまい、「殺すのはいつでもできるから、とりあえず湖上城にぶちこんでおこう」ということで合意に達した。

 そう、殺すのはいつでもできる。

 ほとぼりが冷めてから、ひっそりと「急死」してもらってもいいのだ。

 誰も言葉にはしなかったが、たぶん全員が同じことを考えていたと思う。

 もちろんそんな予定はないが、そういうことにしておく。



 こうして今回の反乱に関しては、「ボリシェヴィキ公がディリエ皇女を騙して利用し、帝位乗っ取りを企んだ」ということで決着がついた。

 最大の問題が極星教についてだが、ボリシェヴィキ軍は極星教とのつながりを全くアピールしなかったため、特に公式発表はしないことで決まる。

 今回の反乱が極星教絡みだと公表すると、「ディリエ皇女が異教徒に利用された」ということになってしまい、いろいろとまずい。



「ディリエ様には参りましたな……」

「どう扱えばいいのか、もう我々にも判断がつきません。帝位をお継ぎになるエレオラ様に委ねましょう」

 異教徒になった皇女様はボリシェヴィキ公の「置き土産」として、捕まる前と同じぐらい威力を発揮していた。

 あの野郎、たぶんここまで考えた上で反乱起こしたな……。



 ディリエ皇女が極星教に改宗していた事実は非公表となり、帝室の機密文書にのみ記されることとなった。

 彼女のたどった運命は歴史上のミステリーとして、未来の歴史マニアたちを悩ませることになるだろう。

「ディリエ皇女はなぜ突然、最愛の弟をあんな方法で裏切ったのか?」

「新皇帝となるエレオラ皇女は、なぜディリエ皇女を処刑させなかったのか?」



 もちろん真相は闇の中に葬られる。それがみんなのためだ。

 もし将来、帝室の機密文書が公開されるようなことがあったら、世紀の大発見になるだろう。

 でも今のところ、真相を知っているのは俺や一部の関係者だけだ。

 そう考えると、ちょっと面白いな。



 ボリシェヴィキ公の領地はエレオラが没収し、そのまま直轄地とすることで正式に話がまとまった。

 少なくとも会議の参加者には、極星教徒だらけの土地を欲しがる者はいなかった。かといって事情を知らない人間に統治させる訳にもいかないので、エレオラが統治する。

 さっそくエレオラ軍総出でボリシェヴィキ公の再捜索が徹底的に行われたが、やはり見つからない。



 なおボリシェヴィキ家は爵位と領地を没収されたが、次兄のコルゾフが一市民として跡を継いだ。没落したとはいえ、地元では名士である。

 彼はエレオラの代官として、旧ボリシェヴィキ領の運営に携わることになったようだ。一度没収された屋敷も、官舎という形で与えられた。



 そして輝陽教と仲の悪かったボリシェヴィキ公がいなくなったので、この一帯にも輝陽教の神殿が増えた。極星教徒とは仲良くやってくれるようなので一安心だ。

 俺の作った恥ずかしい教典のおかげで、戒律が少し変わったからな。

 極星教徒が組織的に輝陽教徒を攻撃しない限り、このまま何も起きないだろう。



 三男のジョヴツィヤはというと、もうロルムンドに嫌気がさしたらしい。

 彼は代官専用の官舎となった自分の屋敷を眺めながら、俺に問う。

「ヴァイト殿、ウォーロイは元気でしょうか?」

「ああ。こないだ本国から届いた便りによると、北部を視察しながら盗賊退治したり古代遺跡を見つけたり、好き放題やってるようだが……」

 お目付役のカイトとラシィを振り回しながら、諸都市漫遊を楽しんでいるようだ。



 ジョヴツィヤは真面目そうな顔に微かに笑みを浮かべ、俺に言う。

「俺もそれに加わりたいのですが、構いませんか?」

「ああ、いいとも。ウォーロイ殿も喜ぶだろう」

 ロルムンド貴族は総じて教育水準が高く、官吏や軍人や文化人として優秀だ。ミラルディア発展のために、使えそうな人材は全部もらっていくとしよう。



 しかしこのジョヴツィヤも、兄の行方は知らないそうだ。

「兄貴はいつも、全部一人で抱え込んでしまうのです。『どうせ私には誰もついてきませんから』って」

 まあドニエスク家を裏切ったときのあの様子を見れば、人望はないだろうな……。

「手がかりになるようなことでもいいんだが、何か知らないか?」

「いえ、申し訳ありませんが全く……」

 嘘をついている気配はない。



 俺はエレオラを戴冠させて早くミラルディアに帰りたかったが、ボリシェヴィキ公の件が片づかないと即位後に問題が起きるかもしれない。

 やたらと退位したがるアシュレイ帝を何とか説得して、俺はボリシェヴィキ公の行方を必死に追うことになった。

 急がないとリューンハイトの夏至祭に間に合わない。季節はもうすっかり春だ。

 夏至の祭りには帰るとアイリアに約束した俺は、気が気でなかった。

 早く帰らないと怒られちゃうだろ。


※明日4月10日(日)は更新定休日です。

※次回予告:第256話は「妖狐の夜会」(仮題)です。

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