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夜明けの人狼

251話



「うわっ!?」

 神聖ロルムンド帝国皇帝アシュレイ陛下とはいえ、さすがに五階の高さから飛び降りるのは相当怖かったらしい。

 バンジージャンプもジェットコースターもない世界だから、高所からの落下なんて経験できないよな。



「御安心ください、陛下」

 俺は石畳を砕きながら派手に着地したが、足腰のバネを生かしてアシュレイ帝を守る。彼にはふわりと着地したように感じたはずだ。

「人狼にとってはこの程度、階段を降りるようなものでございます。……それより陛下、敵が来ました」



 中庭に駆け込んでくるのは、近衛兵の制服を着た連中だ。全員が魔撃銃を携行している。

 アシュレイ帝が彼らに声をかけようとした瞬間、連中は隊列を組んで射撃態勢に入る。守るべき主君であるはずの皇帝のことなどお構いなしだ。

「撃て!」

 彼らは魔撃銃を斉射してきた。



 俺にそんなものは通用しないし、だいたいジャンプして避けてしまえば簡単なのだが、アシュレイ帝は加速に耐えられないだろう。

 俺はとっさに頭の中で渦をイメージし、放たれる光弾を吸い寄せる。

 変換前の純粋な魔力は反応性が高いから、優しく吸い込んでやらないと爆発する。

 最近だいぶ上達したので、うまく吸い込めたようだ。



 それに驚いたのが敵兵たちだった。

「なっ!?」

「効いてないだと!?」

 最新兵器の斉射が全く通用しないことに、彼らが動揺する。

 俺はアシュレイ帝を左手一本で抱き抱えたまま、右手で魔撃銃「襲牙」を構えた。

 魔王軍の力をみせてやろう。

 フルオートで掃射する。



 パパパパパッと短い間隔で光弾が放たれた。

「がっ!」

「ぐふっ!」

「うぉっ!」

 ばたばたと薙ぎ倒されていく敵兵。果敢に撃ち返してくる闘志は凄いが、今の俺にはそれすら魔力の供給源だ。

 皇帝が脱出したことを知られた以上、悪いが死んでもらうぞ。



 ただリュッコの改造してくれた「襲牙」の性能は素晴らしかったが、俺の射撃の腕はあんまり素晴らしくなかった。

 敵兵は全部で十数人いたが、数人残ってしまう。

 そして「襲牙」は弾切れだ。フルオートだから燃費が悪すぎる。

 しょうがない。

 俺は右手を挙げた。



 次の瞬間、残っていた敵兵たちが光弾に射抜かれ、次々に崩れ落ちていく。見えない死神に踊らされているようだった。

 モンザ隊による狙撃だ。彼女たちは全員、狩猟に適した狙撃仕様の魔撃銃を持っている。

 敵の部隊はあっけなく全滅した。

 やはり火器の性能が向上すると、戦争はこうなるのか……。



 俺の腕の中で、アシュレイ帝が顔面蒼白で死体を見下ろしている。

「ヴァイト殿、彼らは私の近衛兵ではありません。近衛の制服は着ていますが……」

「はい、おそらくボリシェヴィキ公の手の者かと」

 そこにハマーム隊が、遠吠えで退路の確保を伝えてくる。

「陛下、参りましょう。宮殿は危険です」

「わかりました。非常事態ですし、ここはあなたに一任します」

 俺は皇帝を抱き抱え、夜の街へと飛び出した。



 そこから先は、あっけないほど簡単にエレオラ邸にたどりつけた。

 ハマーム隊がルート上の敵兵を綺麗さっぱり片づけてしまったのと、骸骨兵が通路を封鎖してしまったせいだ。

 俺たちはエレオラ邸にたどりつき、ほっと一息つく。

「ここまで来ればもう安心です、陛下。非礼をお詫び申し上げます」

「いえ、ありがとうございます。あなたたちが来てくれなければ大変なことになるところでした。……ある意味、すでに大変なことになっていますが」

 骸骨兵の件については申し訳なく思っていますが、あきらめてください。



 エレオラ邸は周囲を骸骨兵が固め、敷地内は人狼隊が巡回している。ここは彼らのホームグラウンドだから、誰か入ってくればすぐに捉えられるだろう。

 俺とアシュレイ帝は少し落ち着いたところで、双方の事情を説明した。

 俺はまず、彼に何もかも打ち明けてしまう。

 エレオラと結託して帝位を簒奪しに来たこともだ。



 意外にもアシュレイ帝は動じず、むしろ納得したようにうなずいた。

「それでようやく、あなたの行動の全て理解できました。大変に有能ですし、面白い方だなとも思っていましたが、同時にひどく危険な匂いもしていましたから」

「御慧眼、恐れ入ります」

 薄々気づかれてはいたらしい。



 一方、アシュレイ帝からは帝都で起こった異変について、あまり情報を得ることができなかった。

「エレオラ殿が軍を率いて出立した直後、姉のディリエが私を騙して監禁してしまったのです。偽の近衛兵たちを使っていました」

 ディリエ皇女がボリシェヴィキ兵を宮殿内へと手引きしたようだ。

 その後はアシュレイ帝は東塔に監禁されてしまったので、詳しいことはわからないという。



 そのときパーカーが室内に入ってきて、俺にそっと告げた。

「帝都を移動する集団がいくつか確認できたよ。こちらに向かってくる集団もいる」

 パーカーは配下の骸骨兵から情報を得ることができるので、今この帝都で起きている大きな動きは何でも知っている。

 どうやらボリシェヴィキ兵たちが皇帝脱出に気づいたようだ。



「市民の自警団や避難民ではないという保証は?」

「骸骨兵を完全に無視して歩いているから、警備や避難という感じではないね。骸骨兵が怖くないのなら、避難する必要もないだろう? それに彼らは全員、きちんとした武器で武装しているよ」

 ならほぼ間違いないか。

 しかし一応念のため、ぎりぎりまで様子を見よう。



「エレオラ邸に入ってきたら、その瞬間に始末する。できれば捕らえて尋問したいが……無理だろうな」

 この身分制度の厳格な国で、帝都でクーデターを起こそうという連中だ。覚悟は決まっているだろう。

「人狼隊、戦闘準備だ。骸骨兵は足が遅い。骸骨兵が振り切られたときは邸内から斉射して倒せ」

 数分後、エレオラ邸の敷地内に侵入してきた連中は全滅した。自業自得だ。



 敵の死体を検分した直後、またパーカーがやってくる。

「また誰か近づいてきたようなんだけど……」

「じゃあ倒せばいいじゃないか」

「そうしようかなと思ったんだけど、今度のは骸骨兵にひどく怯えているんだよね。しかも一人だ。武装はしている」

 判断が難しいな。



 モンザが魔撃銃にすりすり頬ずりしながら、気楽な口調で言う。

「いいじゃん隊長、やっちゃおうよ?」

「まあそれでもいいんだが……一人なら脅威じゃないし、ちょっと様子を見よう。敷地内に入ってきた後、しばらく監視する」

 俺は望遠鏡を手にして、エレオラ邸の三階に上がった。



 窓から夜明け前の街並みを見ていると、確かに誰かやってくる。身なりのいい若い男だ。腰にサーベルを吊ってはいるが、あの身のこなしは本職の戦士じゃないな。

 あ、これは始末しなくて正解だった。

 正門の前で帽子を脱ぎ、守衛代わりの骸骨兵に取り次ぎを頼んでいる。

 誰だろう?



 邸内に招き入れられた人物は、ジバンキーと名乗った。

「私は鉱山組合の貴金属商で、マオさんの取引相手です。帝都で異変が起きてすぐ、彼はうちの組合で匿いました」

「ああ、マオの恩人ですか。ありがとうございます」

 危なく仲間の恩人を殺すところだった。

 これだからクーデターとか非対称戦争とかいうのはややこしい。誰が敵だか味方だかわかりゃしない。



 ボリシェヴィキ公がクーデターを開始した後、エレオラ邸にもボリシェヴィキ兵がやってきたようだ。屋敷に残っていた使用人たちがそう報告している。

 幸い使用人たちは何もされなかったようだが、危険を感じたマオは即座に逃げ出したらしい。

 それっきり行方不明になっていたのだが、鉱山組合の職員寮に潜伏していたようだ。

 まああいつがそう簡単に捕まるはずはないから、別に心配してなかったけどな。



「帝都が骸骨だらけになったのを見て、マオさんが『もう大丈夫だと思いますので、エレオラ邸の様子を見てきてもらえませんか』と言うので……」

 自分で来ればいいだろうに。

 俺は溜息をついたが、ここで俺は重大な情報を知らされる。



「それともうひとつ、このお話を直接伝えるよう頼まれました。実は帝都に異変が起きる直前、私どもの店で帝室ゆかりの宝飾品をいくつか買い取りました。お相手はディリエ殿下です」

「なんですって?」

 ディリエ皇女は自分の持っている貴金属類をいくつか売り払い、かなりの額をその場で受け取ったという。

 皇女は資産家ではあるが、現金の持ち合わせは少ない。現金を慌てて確保したということは、夜逃げの算段か。



「ディリエ皇女はどちらに?」

「さすがにそこまでは……」

 帝都にはボリシェヴィキ公の姿がない。

 そしてディリエ皇女までそんな不審な動きをしているとなれば、これはクーデター失敗に備えて逃走計画を立てていたことになる。

 まるで失敗するのを見越していたかのような手際の良さだ。



 俺はジバンキーに礼を言い、安全のためにこのままここに留まるよう進言した。

 マオの送迎は人狼隊にやらせることにする。

「パーカー、骸骨兵はあとどれぐらい出しておける?」

「僕が帰れと言わない限りは、まだまだ居座るだろうね」

「よし、しばらくそのままにしておいてくれ。帝都に潜伏しているボリシェヴィキ兵を、自由に動けないようにしておくんだ」



 ボリシェヴィキ公が帝都にいないとなれば、後は自分の領地にいる可能性が一番高い。忠実な手駒がいなければ、彼も大したことはできないからな。

 ディリエ皇女の捜索も必要だが、彼女はどうやらボリシェヴィキ公一筋らしいからすぐに見つけられるだろう。



 俺は人狼隊からエレオラに急使を送り、事態を説明することにした。

 今この混乱状態を何とかできるのは、市民や貴族から実力者と認められている彼女だけだ。

 あちらの戦況次第ではあるが、いったん反乱鎮圧を切り上げてこちらに戻ってきたほうがいいかもしれない。それも伝えておく。



 それから俺は人狼隊を集めると、全員に仕事を割り振った。

 もうすぐ日が昇る。明るくなれば人狼隊も街中では動きづらくなってしまう。

「皇帝陛下の身柄は確保した。ここからは狐狩りを始める。今度も時間との勝負だ、急いでやってくれ」

「おう!」

 あいつが何を企んでいるか知らないが、あいつの陰謀は全部俺たちが潰してやるからな。


※明日4月3日(日)は更新定休日です。

※次回予告:第253話は「皇女追跡」です。

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