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死せる者たちの夜

249話



 遠くから悲鳴や足音が聞こえてきたので、布で顔を拭いていた俺はニヤリと笑う。

「どうやらうまくいったようだな」

「あは、隊長また悪い顔してる」

 悪役らしく悪い顔しないとな。



 帝都をぐるりと迂回し、南門に集まった俺たち。

 俺は魔撃銃のスリングを肩に掛けながら、傍らの隊員に問う。

「帝都周辺で動いている軍勢や集団はいないか?」

「今のところ、特に報告は来てないです」

 よしよし、まだどこの貴族も動き出してはいないようだ。



 異変が伝わっても、それから情報を集めて情勢を分析し、兵を集めて動き出すまでには時間がかかる。予想通りだ。

 これなら邪魔が入る心配はないな。

「そろそろ南門が開く。ウォッド隊は呼び戻せ。あの爺さん、暴れ損ねると拗ねてうるさいんだ」

「ははは、そうですね」

 三度の飯より戦いが生き甲斐という、筋金入りの古強者だからな。



 するとジェリクが俺に質問してくる。

「大将、本当に南門から入れるのか? あの城壁ぐらい、俺たちならよじ登れるぜ?」

「いや、城壁を登る最中は俺たちも動きが鈍る。待ち伏せから狙撃されると犠牲が出る。それと敵方にも人狼がいることを忘れるなよ」

 ボルカたちが攻撃してくるとは考えにくいが、一応用心しとこう。

 帝都の中も様子がわからないしな。



「パーカーを送り込んだ以上、あいつは確実に目的を達成するよ。死霊術だけなら魔王陛下に匹敵する実力者だ」

 ジェリクは分隊員の魔撃銃を点検しながら、ふと首を傾げた。

「具体的に、何をどうやるんだ?」

「あいつが骸骨兵を大量に召喚して、そのどさくさに紛れて俺たちは帝都に侵入する。パーカーは直属の骸骨兵となら視覚を共有できるから、敵戦力の配置もわかる」



 今回パーカーが初めて使う奥義は、簡単に言えば「骸骨兵の無限召喚コンボ」だ。

 死者を大量に召喚できる死霊術師を召喚し、彼らに骸骨兵を召喚させる。

 このときに別の死霊術師を召喚させれば、そこからまた骸骨兵が新たに呼べる。ネズミ講のように無限に広がっていく訳だ。



 別の言い方をすれば、SNSで情報が拡散していく様子にも似ている。

『キルゴール悪霊公さん、ちーっす』

『おお、汚泥のペテドトクさん。どしたの?』

『骸骨王ユグスフォリトスから聞いたんだけどさ、今度現世でオフ会あるらしいんだよ。行かない?』

『まじか、部下連れて行くわ。あ、そうだ密葬師ウィクリアにも教えてやろっと』

『じゃあパーカーってヤツが呼びに来るらしいから、準備しといて』

 とまあ、こんな感じだ。



 魔法の原理としてはとても単純なのだが、実際にこれをやるとなると相当に難しい。

 冥府にいる凄腕の死霊術師たちは、素人の亡霊と違ってあの世のプロフェッショナルだ。死霊術師の手の内は知り尽くしているから、交渉には長けている。

 それに参加人数が増えると、予期しないトラブルが発生しやすくなる。これは生者も亡者も同じだ。



 だからパーカーと師匠は頭をつきあわせて、召喚する順番や組み合わせを考えていたらしい。

 次回呼ぶときはパーカーとの力関係も変化しているはずなので、召喚の細かい手順は作り直す必要があるという。

 術というよりはイベントの実行委員会みたいだな。



 やがて帝都の大きな城門が、内側からゆっくりと開いた。城門を開けてくれたのは、古めかしい鎧に身を包んだ骸骨兵たちだ。

「死せる者たちの夜にようこそ、ヴァイト」

 帽子を脱いで会釈している変な骸骨は、ひとまず無視しておく。

 その横でちっこい魔撃銃を二挺抱えて踏ん張っている兎人の弟弟子に、俺は問いかけた。



「状況は?」

「おう、見ての通りメチャクチャだぜ。北門のほうは見慣れねえ連中が大勢いて、骸骨どもが苦戦してる」

 衛兵じゃないのか。とすればやっぱり、ボリシェヴィキ公の配下だな。

 するとパーカーが帽子を被りなおして、若干がっかりした口調で言った。



「功労者には優しくして欲しいかな……」

「ああ、ありがとうパーカー、さすがは我が兄弟子だ。尊敬してしまうな」

「あの、せめてもうちょっと感情こめて言ってくれない?」

「じゃあそのドヤ顔やめてくれよ」



 パーカーは骸骨兵をいくつかの部隊に分けて動かしているが、どの隊にも自分の骸骨兵を送り込んでいる。

 パーカーはそれらを通じて、各部隊の状況を把握しているのだ。

「だいたい君が事前に予測した通りになってるけど、宮殿の様子が少し変だね」

「宮殿が?」



 帝都シュヴェーリンにあるロルムンドの宮殿は、城としての防御機能を備えていない。骸骨兵で包囲されたら、全力で抵抗してくるはずだ。

 パーカーは今も視覚情報を受信しているのか、確かめるような口調でつぶやく。

「今も宮殿を包囲してるんだけど、正規の衛兵しかいないみたいだ。応戦してくる火力が薄い」

「皇帝やディリエ皇女がいるにしては、少し変だな」



 どうやらボリシェヴィキ公は、アシュレイ帝やディリエ皇女の身柄を他に移しているようだ。

 俺が人狼隊を率いて奪還しに来ることを、ある程度予測していたのかもしれない。

 だが今、帝都は無数の骸骨兵で埋め尽くされている。



「パーカー、帝都の中で不審な動きはないか?」

「んー……まあ僕たちが一番不審だよね!」

 そりゃそうなんだけど。

 カタカタ笑っていたパーカーだが、その間に帝都の様子を一通りチェックしたらしい。

「あ、宮殿の近くで骸骨兵の偵察隊が全滅してる。これは……東側の塔だね」



 宮殿の中には俺も何度か入ったことがあるから、塔には見覚えがある。そういえば宮殿の左右に五階建ての塔が建っていたな。

 見た目は単なる飾りだが、あれはたぶん緊急時の避難所だ。出入り口がひとつしかないし、おそろしく丈夫な鉄扉もある。

 なるほど、皇帝をそこに監禁したのかな?



「よし、人狼隊はそこに向かう。ところでボリシェヴィキ公はどこにいるかな?」

「それがぜんぜん見つからないんだ。ボリシェヴィキ邸は無人になってるし」

 雲隠れしたか。

 さすがというかなんというか、やっぱり狐だな。

 まあいい、とりあえず皇帝の保護が最優先だ。



 するとリュッコが油断なく魔撃銃を構えたまま告げる。

「おい、帝都に入ったら気をつけろよ。途中、あちこちでクロスボウや魔撃銃の狙撃を受けたからな」

「よく無事だったな」

「死んだふりなら得意中の得意だからね! なんせ死んだ経験があるから!」

 パーカーが笑うが、リュッコは魔撃銃を撫でながら、ぜんぜん違うことを言った。

「こいつで建物ごと吹っ飛ばしてやった。オレと撃ち合おうなんざ一千万年早えよ」

 どっちが本当なんだ。



 まあいいや、とにかく用心していこう。

「人狼隊は変身して、分隊単位で移動だ。家屋の屋根伝いに宮殿へ向かうぞ。移動中は立ち止まるな」

 人狼は狼の統率力と人間の知恵を持つ怪物だが、猿の身軽さも持っている。

 飛び回る人狼をクロスボウや単発式の魔撃銃で狙撃するのは難しいだろう。



 するとファーンお姉ちゃんが、ふと心配そうに言った。

「変身しちゃって大丈夫?」

「不都合なことがあれば、全部ボリシェヴィキ公のせいにするから大丈夫だよ」

 エレオラやクシュマー枢機卿あたりに頼めば、だいたいもみ消してくれるだろう。

 それにこの大混乱だしな。



「そうそうみんな、輝陽教神殿があちこちにあるけど近づくなよ。帝都で戦闘が発生したら、あそこが市民の避難所になる約束だ」

「よく引き受けてくれたねえ」

「市民の保護は輝陽教の義務だし、評価を上げる好機だから、二つ返事で引き受けてくれたよ。いざというときに頼りになるのはエレオラと輝陽教。そういうことにしておけば、みんな幸せだろ?」

「ああ、なるほど……」

 ファーンお姉ちゃんが苦笑している。



 思い出したようにパーカーも口を挟む。

「もちろん骸骨兵も、輝陽教神殿には近づかないようにさせてるよ」

「ありがとう。さすがは輝陽教だ、神の加護の前には亡者も人狼も恐れをなして近づかないな」

「ヴァイトくん、またそうやって悪い顔して笑う……。すっかり悪い子になっちゃって」

 ファーンお姉ちゃんが溜息をついている。

 これで誰も傷つかないし、誰も損をしないんだから笑顔にもなるさ。

 みんなで幸せになろうよ。



 さて、お膳立ては整った。後はやるべきことを片づけるだけだ。

「さあ仕事だ、みんな行くぞ!」

「おう!」

 俺たちは次々に変身し、夜の帝都へと飛び出していった。


※明日3月31日(木)は更新定休日です。

※次回予告:第250話は「虜囚の皇帝」です。

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[一言]  イヤなオフ会だなw……不快なオフ会(ボソ
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