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帝都潜入

247話



 公弟ジョヴツィヤがボリシェヴィキ公から離反したとなれば、ボリシェヴィキ公に残された時間は少ない。

 現に弟は事実上、こうしてエレオラ派に寝返っている。

 となれば、陰謀の決行日は間近だ。

 下手をすると、帝都ではすでに異変が起きているかもしれない。

 急いで帝都に戻ろう。



 クリーチ湖上城周辺には、今のところボリシェヴィキ公の兵はいない。

 エレオラ軍の監視をしていたボルカたちも、どうやらそのままエレオラたちについていったらしい。人狼らしい姿は見えなかった。

 だが抜け目のないボリシェヴィキ公のことだ。

 ここにも最低限の監視は残しているはずだから、そのままのこのこと帝都に戻る訳にはいかないな。



 念のために変装していこう。

 俺は人狼隊をいくつかに分け、ロルムンドの平民と同じ格好をさせた。休暇中の城兵が帝都に所用があって来た、という感じにする。

 本当は巡礼や行商人に化けたほうがいいんだろうが、クリーチ湖上城からいきなりそんなのがぞろぞろ出てきたら監視に怪しまれる。

 なんせ巡礼や行商人が集団で城に入ってきた形跡がないからな。兵士の変装だと一発でバレてしまう。



 問題はまだある。

「見た目は何とかごまかせても、会話すればミラルディア訛りですぐにバレる。道中、商店や宿の利用は控えろ」

 ロルムンド式の会話が身についているのは、俺とパーカーだけだ。

 どうせいずれはバレてしまうだろうが、帝都に入る直前までは俺たちの接近を気づかれないようにしたい。



 そしてさらに問題なのが、兄弟子と弟弟子だ。

 パーカーは人間に偽装できるが、イケメンすぎて目立つ。一度見たら記憶に残るぐらいには整っている。

 リュッコは兎人だから論外だ。

 仕方ないので、こいつらは荷物と一緒に荷車に乗せていく。



「まさか本当に木箱に詰められるとは思わなかったよ」

 ずいぶん昔のことを蒸し返しながら、パーカーがごそごそと木箱の中に隠れる。彼は不死身の骨だから箱に詰められても特に困ることはない。

「あんたが別の顔になれるのなら、箱詰めは思いとどまるんだけどな」

「僕の幻術では自分の生前の顔が精一杯だよ。他人の顔は表情を作れないんだ」

 じゃあ、あきらめてもらうしかないな……。



 そして相席となったリュッコだが、こっちも小さいので特に不都合はないようだ。

 人参の束を抱えて木箱にふんぞり返ったリュッコが、ふと心配そうな顔をする。

「なあヴァイト、お前はどうすんの? 変装できんのかよ?」

 ふふふ、よくぞ聞いてくれました。



「実はこんなこともあろうかと、新しい強化魔法を覚えたんだ。呪文を唱えるから、ちょっと待っててくれ」

 俺は呪文書を何度も確認し、精神集中してからゆっくり呪文を唱える。

「イーテ……ビウ……オルデ……」

 まだ慣れてないから、よく気をつけないとな……。

「よし、どうだ?」

 俺が呪文を唱え終わると、その場にいた一同が驚きの声をあげた。



「おいおい大将、十秒ほど見ない間にすっかり老け込んじまったな」

「隊長、貫禄出ましたね」

「おおヴァイト、お前の祖父さんの元気だった頃にそっくりじゃな!」

 人狼たちの声を聞き、俺は魔法が成功したことを確信して鏡を見る。

 予想通り、五十そこそこぐらいの渋いハンサムが映っていた。

 なかなかいいじゃないか。



「強化魔法に老化の呪文があるんで、顔だけ老け込ませてみた」

「ねね、隊長。これ元に戻るよね? そのままってことはないよね?」

 なぜかモンザは落ち着かないらしく、そわそわしている。

「心配しなくても、人狼に変身したら一発で吹っ飛ぶよ。人狼から人間に戻るときに、この魔法の効果も消えてしまうからな」

 人狼の変身に比べたら、俺の魔法なんて小細工みたいなものだからな。



「よかったぁ……」

「そんなにこの顔ダメかな?」

「私は結構いいと思うよ、うん」

 ファーンが俺の顔を前後左右からのぞき込みながら、ニヤニヤ笑っている。

「うんうん、渋い。これはきっとモテモテだよ」

「そう?」

 実は俺も今の顔より、こっちのほうがかっこいいかなと思っている。

 将来が楽しみだ。



 白髪混じりの渋いダンディになったので、俺が誰だかもうわからないだろう。体臭も変わるから、人狼でも判断に迷うはずだ。

「さて、非番の城兵になった我々はのんびりと帝都に向かうぞ。適当にだらけていけ」

「おう隊長、任せといてくれ!」

「全力でだらけるぜ!」

 人狼たちが楽しげに笑う。



 俺たちは普段着に着替えてクリーチ湖上城を出た。

 湖面の氷はあちこち解け、今は船でないと移動ができない。

 出入りするときに目立つから、あんまり隠密行動向きの城じゃないんだな……。

 改めて攻城戦と諜報戦の違いを実感する。



 途中の街道では案の定、怪しげな巡礼や行商人を何度も見かけた。人目があるので手出しは避けるが、できればどこかで捕まえたい。

 しかしそれよりも気になる情報が、帝都方面からやってきた商人たちによって明らかになった。

 帝都の城門が閉ざされているという。



 第一報は、帝都から戻ってくる途中の農夫だった。野菜を売りに行ったら城門が閉じていたので戻ってきたらしい。他にも行商人や巡礼たちが、同じことを言っている。

 彼らが帝都の城門を目撃したのは昨日の昼。最低でも一晩経過している。

 行動を起こしたボリシェヴィキ公がぐずぐずしているはずはないから、事態は一刻を争う。



「デュラス隊は伝令として、クリーチ湖上城とエレオラに報告に行け。ハマーム隊、ウォッド隊、モンザ隊は帝都周辺で軍勢が動いていないか監視だ。ジェリク隊は俺と一緒に来い。他の五分隊は集結地点で待機だ」

 ハマームたちがうなずく。

「わかりました、副官。で、あなたはどちらに?」

「俺はパーカーたちを連れて帝都に潜入する」

「また突っ走るのかよ!?」

 とうとうガーニー兄にまでつっこまれてしまった。



 俺はちょっと悪戯心を起こして、従兄に訊ねる。

「ならお前も来るか?」

「おう、もちろんだ!」

「だったら俺も! 俺も!」

 ガーニー弟まで身を乗り出す。

「後悔するぞ?」

 俺はニヤリと笑った。



 家屋が密集する城塞都市の難題として、汚水や排水の処理がある。

 農村ならそこらへんに埋めるか流すか堆肥にでもしてしまえばいいのだが、帝都のような巨大な城塞都市だとそうもいかない。そう広くもない土地に、七万人以上ひしめいているのだ。

 だから当然、下水道がある。

 下水道は人間が通らないので、警備はされていない。

 意外と盲点になりがちで、俺も犬人たちの下水工事の報告書を読むまであまり意識していなかった。



「くっせえええ……」

 ガーニー弟が小さな声を悲鳴をあげる。

 人狼の嗅覚は人間の出す匂いに敏感だ。それにはもちろん、排泄物などの匂いも含まれる。

 そういうのをたどって先祖が人間を捕食してきたからだが、今はそれが完全に裏目に出ていた。

「臭いな」

「ああ、くせえ……」

 俺がつぶやくと、ガーニー兄が悲壮な顔でうなずいた。



 俺はジェリク隊とガーニー兄弟の六人を護衛につけ、リュッコとパーカーを連れて歩いている。

 もちろん下水道の中をだ。真っ暗な人工洞窟の中は、汚水と臭気が漂っている。

 幸い、保守点検用に一段高くなっている側道があるから、汚れずに済んでいる。しかし臭い。



 この帝都シュヴェーリンの下水道は近くの川まで延びていて、入り口はまるで無警戒だ。さすがにそんなところに衛兵を配置しても、攻撃側に包囲されて叩き潰されるのがオチだ。

「なあ大将、このまま帝都に潜入ってのは無理なんだろ?」

 工具箱を担いだジェリクが、俺の背後から声をかけてくる。



 俺は振り返ってうなずいた。

「ああ、下水口から侵入されることは帝都の設計者も考えている。だから地上に通じる孔はどれも、人間が通れる大きさじゃない」

 掃除などをするときにはちょっと不便な気もするが、攻撃を受けることを想定すれば仕方ない。

 現に今、人狼隊が下水から帝都に潜入することを阻止できている。



 俺はエレオラを通じて入手した下水の地図を見つめ、臭気の中で天井を見上げた。

「このへんだな。あれか」

 壁面に孔が空いている。

「おいヴァイト、これ狭すぎねえか?」

 ガーニー兄が首を傾げたが、確かにこの孔は大人の肩幅よりずっと狭い。

 でも大きめの兎なら楽に通れるだろう。



「リュッコ、頼む」

 俺が言うと、兎人の魔術職人は頭を掻いた。

「しょうがねえな。……なあおい、これ本当に通気口なんだろうな?」

「そう書いてあるし、実際に汚水は流れてないだろ?」

「そうだけどよ……」

 ためらう気持ちはよくわかる。



 リュッコは溜息をつくと、例のリュックサックを取り出した。何でも入る魔法のリュックだ。

「ほらよパーカー、入んな」

「やれやれ、君の兄弟子は無茶ばかり要求するね」

「あんたの弟弟子ほどじゃねえさ」

 それ、どっちも俺のことだよな?



 パーカーはリュックの中にごそごそ入り込むと、骨の手をカラカラと振った。

「どうやら僕なら大丈夫みたいだ。ちょっと行ってくるよ」

 リュッコが歪めた空間の中では、人間や魔族が無事に過ごせるという保証はない。野菜の長期保存ができるぐらいなので、たぶんちょっと危ない。

 しかし我が兄弟子殿は完全なる不死を獲得しているので、理論上は何の問題もない……はずだ。



「じゃあパーカー、地上に出たら例の魔法を頼む」

「ああ、任せといてくれ。あのときの約束通り、帝都を大混乱に陥れてくるよ。想像するだけで胸が高鳴るね! 空っぽだけど!」

 なんかまたパーカーがくだらないことを言っているが、今回は無理を頼むので優しくしてやろう。



「うまくいかなかったときは、無理せず戻ってきてくれよ。あんたを無事にミラルディアに連れて帰らないと、師匠に叱られる」

「大丈夫。でも僕が戦いで散ったら、骨ぐらいは拾ってくれよ?」

「骨以外に拾うものがないだろ」

 よーし、サービス期間終了だ。

 早く行け。



 リュッコはパーカーを収納したリュックを背負うと、通気口へと潜りこんだ。

「穴蔵は割と好きなほうだけどよ、こんなムチャクチャなのは金輪際ごめんだからな」

「悪いな、リュッコはパーカーの援護を頼む。撤退の支援もな」

「おう、任せとけ。その代わり、帰ったら風呂に入れてくれよな」

 おやすい御用ですとも。


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― 新着の感想 ―
[一言] パーカージョークを考えてるときの作者って、きっとノリノリ~だったんだろうなぁ(^^)
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