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輝陽の沈む刻

242話



 俺とエレオラはその後、帝都の警備を強化することにした。

 エレオラは帝国軍内部でも着実に昇進を続けており、アシュレイ帝の即位と共に帝国軍の魔撃総監に就任している。魔撃兵のトップだ。

「魔撃兵は市街戦に強い。帝都の治安維持を名目に、私の指揮下の部隊を駐留させておこう」

「では俺たち人狼隊は、諜報活動に専念する。相手も人狼を使っている以上、人狼でないと対抗できないだろうからな」



 こんなふうに俺たちの間では緊張感があったのだが、大多数のロルムンド貴族はディリエ皇女の結婚後のことを心配していた。

「彼らは皇帝暗殺などという暴挙が起こるはずはない、と考えているのかな?」

 エレオラ一味を集めたミーティングで、パーカーがぽつりとつぶやく。

 するとボルシュ副官がうなずいた。



「それはそうでしょう。暗殺が成功したところで、そのまますんなりと帝位の継承が行われるはずはありません。おそらく内乱になります」

 エレオラやその妹ソフィー、それに遠縁の貴族たち。

 帝位継承権を持つ者はまだまだいる。

 ボルシュ副官は続けた。

「ボリシェヴィキ公程度の力では、内乱を防ぐことも鎮圧することもできません。周辺の領主は全部彼の敵ですし、うかつなことはできませんな」



 ロルムンド貴族たちもそう考えているから、ボリシェヴィキ公が皇帝を暗殺するなどとは思っていない。

 だがマオが鉱石のサンプルをチェックしながら、ぽつりとつぶやいた。

「しかし彼が異教徒となれば、話は別でしょうね。彼にとって、帝国は輝陽教そのものです」

 輝陽教司祭の娘であるナタリア士官が、困った顔をする。

「それはまあ……そうです、けど」



 俺は越冬用の干しブドウの残りをつまみながら、その言葉にうなずいた。

「輝陽教徒でない者にとっては、帝国がどうなろうが知ったこっちゃないからな。むしろ内乱が全土に広がって帝国なんか潰れてしまえ、と思っていてもおかしくはない」

 ルール無用の残虐ファイトになりかねないのが、今回の件の厄介なところだ。

 戦う前に、どうやって終わらせるかをしっかり考えておく必要がある。

 そうでなければ、血みどろの混乱が何十年も続くだけだ。



 とはいえ、相手の出方がまだ読めないから警戒するぐらいしかできないな。

「リュッコ、魔撃銃の改修はどうだ?」

「人狼隊の分は終わったぜ、ほら台帳もできてる」

 ナタリアの膝の上で干しブドウを食べていたリュッコが、台帳をテーブルの上に置いた。



「銃には全部、通し番号を打っといたからな。台帳に設計図や仕様、細かい注意点なんかも全部書いてある。台帳の写しはジェリクに渡したから感謝しろよ?」

「ああ、そいつは助かるな。ありがとう」

「へへ、いいってことよ」

 耳を掻いてニヤつくリュッコ。

「でも、ロルムンド兵の銃まで改修するとは思わなかったけどな。いいのかよ? こいつぁ魔王軍の技術だぞ?」



 俺は肩をすくめてみせる。

「構わないさ。彼らは味方だ」

 リュッコの作る魔術紋、つまり魔法回路は、自前の転移魔法で歪められ複雑に絡み合っている。かなり高位の転移術師でなければ、真似はおろか解析すらできない。

 エレオラは破壊魔法の使い手だから、彼女でも不可能だ。

 規格化されていない職人芸というのは、案外メリットでもあるんだな。



 俺たちはこんなふうにしょっちゅうミーティングを開いては、情報のやりとりや相談をしている。終わった後はだいたい食事会かお茶会だ。

 おかげで結構みんな親密になってきて、それぞれの仕事もうまく回っているようだ。

 当初は早めに引き上げるつもりだったんだが、なんだかんだで居心地良くなってしまったな。



 だがもちろん、俺の仕事は魔王の副官。職務が第一だ。

 ロルムンドを魔王軍にとって都合の良いものにするため、無駄な波乱は許さない。

 とりあえずボリシェヴィキ公の陰謀が帝都中心に動いているようなので、俺は人狼隊を帝都での監視任務に出すことにした。



「どうかな、変化あったかな?」

 日没前、帝都シュヴェーリンの北門付近。北門といっても幾つかあり、ここはそのうちのひとつだ。

 ここで旅人向けの露店を出しているメアリ婆さんが、にこにこ笑う。

「そうだねえ。やっぱりみんな、パンをよく買っていくねえ。日持ちするし、煮炊きしなくていいからね」

「そうじゃなくて」



 俺は北部からの人の出入りを監視させるため、こうして人狼隊を街に潜伏させている。

 しかし雑貨商だったメアリ婆さんは本格的に商売を始めてしまい、あんまり監視任務をしていないようだ。

 おかげで全く怪しまれていないのはいいが、これじゃ本末転倒だ。



 だが手伝いとしてはりきっているモンザが、こそっと教えてくれる。

「最近、北部からの巡礼者がやけに増えたって」

「誰が言ってた?」

「城門の衛兵たち」

 じゃあ信用できるな。



 巡礼者は身分を問わず手厚く保護されるので、昔からロルムンドではいろんな連中が巡礼者になりすましてきた。

 地方領主を見張る皇帝の密偵や、巡礼者襲撃が専門の山賊。逃亡奴隷として知られる英雄ドラウライトも、巡礼者に化けて集団で脱走している。古典的な手法だ。

 しかし「巡礼者の旅を邪魔してはいけない」という法律があるので、彼らの審査は甘い。

 人数も多いし、いちいち調べていられないというのもある。



「……巡礼か」

 俺はマントを翻し、閉門の準備をしている衛兵隊に歩み寄った。どこでもそうだが、日没と共に城門は閉じられる。

 異国の貴族を見た衛兵たちは、物珍しげな表情をしつつもきちんと敬礼してくる。

「こっ、これは紅雪将軍閣下!」

 それ、敵がつけた異名だから。

 別にいいけど。



 俺は軽く答礼して、彼らに質問する。

「任務御苦労。異状はないか?」

「はっ! 異状ありません!」

 全員受け答えがきびきびとしていて、なかなかにいい感じだ。

 俺は感心しつつ、メアリ婆さんの屋台からワインの壷をひとつ買ってきた。



「北部の情勢はまだ予断を許さない。大変な任務だが、閉門後にこれでくつろいでくれ」

「い、いえ、このようなものをいただく訳には……」

 職務に忠実なロルムンド人らしく謝辞はしているものの、衛兵たちの視線はワインの壷に釘付けだ。



「アシュレイ陛下が即位されて、帝都の警備はますます重要になる。今日も一日御苦労様という、私からのささやかな激励だよ」

「ははっ! ありがたく頂戴いたします!」

 異国の貴族からのプレゼントだ。あまり断っても悪いと思ったのだろう。

 遠慮しつつも、衛兵たちは酒壷を受け取った。



 ちょっと嬉しそうな衛兵たちに、すかさず俺はススス……と接近する。

「最近は北からの巡礼者が多いそうだな?」

「あ、はい。そうです」

 酒壷を持った中年の衛兵が、親しげな笑みを浮かべた。酒好きなのだろう。目尻が下がりきっている。

 俺は彼に重ねて訊ねた。



「巡礼者が多いのはなぜか、わかるか?」

「ええ。反乱のせいで巡礼がしばらく中断されていましたから、反動で一気に来たんですよ。それに元々、みんな雪解けを待って巡礼に出ますからね。この時期は増えるんです」

 なるほど。

 一応、説明はつく訳か。

 しかし衛兵は軽く首を傾げてみせた。



「ああでも、そういえばちょっと気になることも……」

「なんだ?」

「いえ、大したことじゃないんですけどね。やってきた巡礼者たちに、我々は神殿の宿坊の場所を案内してやるんです。で、宿坊が満員になった神殿からは連絡が来るんですよ」

 巡礼者用の宿泊施設は複数あり、満員になると連絡が来るので別の施設を紹介するのだという。



「ただ今年は巡礼者が多い割に、思ったほど満員の連絡が来ないんですよね。普通の宿や親類の家などに泊まる者も結構いますし、別におかしくはないんですが」

「なるほどな」

 巡礼者がいっぱい来ていて、輝陽教の宿泊施設にはあまり来ていない。

 裏の事情を知っている者にしかわからないが、これは結構怪しい。



 俺は他にもいくつか雑談をして、衛兵たちと別れた。あまり仕事の邪魔をしても悪い。

 メアリ婆さんの屋台に戻ると、いつの間にか来ていたマオが小麦粉の袋を担いでいるところだった。

「メアリさん、小麦粉を四袋追加です。これで足りますか?」

「ああ、ありがとねえ。パンがよく売れるから、今日も完売だったんだよ。明日に備えて、ちょっと多めに焼いておかないとね」



 どうやらメアリ婆さん、本格的に商売するつもりのようだ。

 メアリ婆さんも俺の部下ではあるんだが、子供の頃にさんざん世話になったので命令しづらい。

 一応、モンザもここに詰めている。金庫番として退屈そうにしているモンザだが、目はチラチラと群衆を追っている。獲物を探す獣の目だ。



 するとマオが俺に歩み寄り、こそこそと話しかけてくる。

「例の書類を調べていたら、当代のボリシェヴィキ公がドニエスク公から武具の譲渡を受けた記録が出てきました」

「種類と規模は?」

「鉄兜や小盾、短剣にブーツ……などなどですね。一番多いのは鉄兜で、二万ほどが譲渡されています」



 内容はごく普通だな。たぶん軽歩兵用の装備だ。

 兜は単なる防具ではなく、装着者の不安を和らげ、敵には威圧感を与える心理的効果もある重要な装備だ。特におかしな点はない。

 問題は数だな。

 ボリシェヴィキ公の兵力は六千。二万もの鉄兜は不要だ。

 彼の兵士たちに頭が三つあるなら話は別だが、魔族にもそんなのはいない。

 予備が大量に必要な装備でもないから、この二万という数字は無視できない。



 いくらロルムンドが大国とはいえ、単独で万単位の兵を持っている貴族はいない。東ロルムンド屈指の実力者・カストニエフ家でさえ三千だ。

 ボリシェヴィキ公が二万もの鉄兜を調達すれば、もちろん怪しまれる。

 だからドニエスク公に頼んで、こっそり手配してもらったのだろう。



 ヤツの意図はわかった。

 ボリシェヴィキ公は皇帝暗殺どころか、クーデターをもくろんでいる。本気で輝陽教と一戦交える準備をしているようだ。

 問題は兵力の出所、それに具体的な戦略だな。

 いくつかおぼろげに予想はついたが、確信は持てない。今のうちに情報を集めておいたほうが良さそうだ。



「マオ、エレオラ邸に戻ろう。すぐにザナワー大司祭に連絡を取ってくれ」

「わかりました」

 おそらく事態は俺たちが予想するよりも切迫しているはずだ。

 俺とマオは次第に暗くなってきた街中を歩き出した。


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