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浮上する陰謀

240話



 アシュレイ皇子の戴冠式は、帝都シュヴェーリンの宮殿で厳かに執り行われた。ここには戴冠式専用の大広間があり、壮麗かつ仰々しい儀式が進んでいく。

 といっても俺は外国人なので、この歴史的瞬間に対して特に感慨はない。

 どうせまた近いうちに、次の戴冠式があるだろうしな。



 貴族や聖職者が大勢集まっている中、俺は隣国ミラルディアの代表として妙に偉そうな場所に座らされていた。最前列の貴賓席、扱いはエレオラとほぼ同格だ。

 継承権第六位のエレオラ皇女の副官ポジションとして、後ろのほうに座る予定だったのに。



 礼装の軍服でバリバリに着飾ったエレオラが、ふと苦笑する。

「一族の者がずいぶん減ってしまって、これで私が継承権二位か」

「ああ、そういえばそうだな」

 先帝の弟であるドニエスク家の者がみんないなくなってしまったので、残っているのはアシュレイ皇太子と姉のディリエ皇女、そしてエレオラだけだ。



 アシュレイ皇子が皇帝になるとディリエ皇女が継承権第一位になり、エレオラはその次、第二位になる。

 アシュレイ皇子はまだ独身だ。彼に子供ができれば、エレオラの帝位継承権はまた下がっていくことになる。

 でも今のところは、エレオラは非常に重要な地位にあるといっていい。

 軍務での実績もあるしな。



 だからエレオラがやけにちやほやされているのはわかるんだが、俺が同格の扱いで重鎮っぽく座らされているのが納得できない。

「エレオラ殿、俺はもう少し後ろのほうに座りたかったんだが……」

 するとエレオラは形の良い眉をひそめ、困ったように笑う。

「貴殿はミラルディアの代表で、ロルムンド国内の反乱鎮圧に多大な功績のあった人物だぞ。アシュレイ殿が放っておくはずがないだろう」



 隣国との関係を強調するためにも、俺は大事な存在ということらしい。

 こんなことになるんだったら、他の評議員をもう一人連れてくるんだったな……。

 いや、みんな自分の街のことで忙しいから、それも無理か。



 俺は内心で溜息をつきつつ、最前列で儀式を見守ることにする。幸い、俺は座っているだけでいいので気楽だ。

 儀式は輝陽教の聖職者たちが主導している。

 今日の出席者にはザナワー大司祭もいたが、彼は戴冠式前にこう言っていた。



『皇帝は世俗の支配者であると同時に、輝陽教からも認められた存在でなければなりません。戴冠式では輝陽教の儀式も執り行い、皇帝が輝陽教の聖者であることを証明するのですよ』



 そして今行われているのが、輝陽教の「渋杯の儀」というヤツだ。

 皇帝の宝冠を被ったアシュレイ皇子の前に、黄金の小さな杯が差し出される。

 ザナワー大司祭の話によると、中身は恐ろしく渋い液体らしい。



『染料に使う渋い果実を絞って、その汁を飲みます。この帝国で統治の任に就く者は清濁併せ呑む覚悟が必要ですので、その決意を示すのです。もっとも戴冠式用のは、だいぶ薄めてありますが』

 輝陽教の大司祭たちも拝命時に同じ儀式をするので、輝陽教においても皇帝は大司祭クラスのかなり偉い人ということになる。

 ただ大司祭たちは本職なので、薄めずに原液を一気飲みらしい。

 たまに体調を崩す者もいるというから、荒行の一種だな。



 アシュレイ皇子は黄金の杯を手にして、ぐっと飲み干す。

 薄めてあるとはいえ、相当渋かったらしい。整った顔をちょっと歪めて、口元に情けなさそうな表情を浮かべる。

 だがすぐに真顔に戻り、落ち着いた所作で杯を返した。

 儀式を執り行う式典庁のクシュマー枢機卿は、落ち着いた雰囲気の女性だ。にっこり微笑み、こう言う。



「この味を決して忘れてはいけません。しかし、この味に慣れてもいけませんよ。良いですね?」

「はい」

 清濁併せ呑む覚悟は必要だが、濁った水に慣れてしまってもいけない。それは政治の腐敗を招く。

 そういうことなのだろう。



 そういえばトゥラーヤ枢機卿もこの儀式を経験しているはずだが、彼は平気でガブガブ飲みそうではある。想像したらなんだか笑えてきた。

 もっとも彼は私利私欲に無関係だから、決して腐敗はしてないが。

 だからタチが悪いんだけどな。



 ともかく、これでアシュレイ新皇帝は輝陽教からも正式に認められた。

 この国で支配者になるためには、こうして輝陽教から認められなくてはいけない。そうでないと貴族も市民もついてこない。

 だからボリシェヴィキ公率いる極星教勢力が今さらどう頑張っても、もう完全に手遅れな気がする。



 戴冠式が無事に終わったところで、アシュレイ新皇帝が演説をする。

 事前に作られたものらしい演説内容は、ごくごく無難なものだった。

 どうやら「帝国史上最も退屈な皇帝」と呼ばれた父親同様に、無難な政治をするつもりのようだ。

 彼なら十分できると思うが、問題は今のロルムンドの政情だよな。



 アシュレイ皇帝の無難な演説が無難に締めくくられ、無難な拍手で迎えられる。これで戴冠式も終わりだ。

 この後には祝賀パーティが予定されているので、俺は国庫を空にする勢いで飯を食わせてもらうつもりだ。

 だがそのとき、壇上にディリエ皇女とボリシェヴィキ公が現れた。



 アシュレイ皇帝の姉・ディリエ皇女は、弟に恭しく一礼する。

「皇帝陛下、御即位おめでとうございます」

「ありがとうございます、姉上」

 どうやら予定外の事態らしく、アシュレイ皇帝は不思議そうな顔だ。

 周囲で神官や侍従たちが慌てている。

 相手が皇帝の姉なので、近衛兵たちも手を出しかねている様子だ。



 ディリエ皇女は頭を上げると、こちらに向き直って高らかに宣言した。

「この場をお借りして、皆様に申し上げます。私ディリエ・ウォルトフ・シュヴェーリン・ロルムンドは、帝国のさらなる発展のため、ボリシェヴィキ公シャリエ殿と婚約いたしました」

 今ロルムンドの政情に、特大級の爆弾が落ちた。

 それやるなら、せめてパーティの席上にしてくれよ。



 サプライズにしては衝撃的すぎる事態に、参列者が完全に硬直する。

 何か言おうにも、今は神聖な戴冠式の直後だ。みんな畏まった気分でいたから、とっさに言葉が出てこない。

 その一瞬の隙をついて、ボリシェヴィキ公が口を開く。

「皆様、このボリシェヴィキ公シャリエは帝室の姻戚となり、皇帝陛下を全力でお助けする所存にございます。どうか今後もよろしくお願いいたしますよ」

 ニヤリと笑うボリシェヴィキ公。



 さすがにこの時点になると、アシュレイ派の貴族の中から、何か言おうと立ち上がる者が出てくる。

 だがボリシェヴィキ公はディリエ皇女を伴い、サッと壇上から立ち去ってしまった。

 残された一同はポカーンとして、新皇帝を見つめるしかない。

 新皇帝も途方に暮れていた。



 そして予想通り、祝賀パーティは不穏な雰囲気に包まれる。

「けしからん! あの狐め! まったくけしからん!」

「ディリエ様も何をお考えなのか! あのような裏切り者を婿になさるなど!」

「ボリシェヴィキ公は本来ならば、一族郎党斬首にされるべき大逆人ですぞ!」

 アシュレイ派貴族たちが憤慨しまくっている。



 俺は素知らぬ顔でテーブルからテーブルへと移動し、会話を盗み聞きしながら肉をもしゃもしゃ食っていた。今回は立食パーティだ。毒殺を恐れて、どうせ誰も食べやしない。俺が全部食ってやるよ。

 前世ならスーパーでも購入できたローストビーフだが、こちらではこういう席上でもないとなかなかありつけない。

 でも和牛が食べたいな。すき焼きとか。



 エレオラのほうをちらりと見ると、意外にもアシュレイ派貴族たちが集まっている。

「エレオラ様、どうかアシュレイ陛下に一言お願いいたします」

「私がか?」

「ええ、アシュレイ陛下は姉君に甘いのです。このままではボリシェヴィキ公に国政を牛耳られてしまいますぞ」

 今までさんざんエレオラに冷たくしておいて、よくそんなことを頼めるな。



 エレオラは優雅にグラスを手にして、素知らぬ顔で笑っている。

「しかし私はしょせん『戦争しか能のない女系皇女』だからな、クヌーリャドカ侯爵?」

「そ、そんなことを誰が……?」

「さて誰だったかな……そうそう、メジェドフ伯爵。『おとなしく政略結婚の道具にでもなっていればいいものを』とも言われている」

「な、なんという……いやはや」

 アシュレイ派貴族たちの目が泳いでいる。

 あちらはあちらで楽しそうだ。



 俺が首を突っ込むとまた「ミラルディアの狂犬が来たぞ」とか「決闘狂の決闘卿だ」とか思われるのがオチなので、俺は遠目に眺めておくだけにする。

 エレオラはというと、一通り復讐を果たした後で、にっこり笑っていた。

「私は物覚えが良い方だが、都合良く忘れることも得意でな。貴殿たち次第では、過去のことは忘れてやっても良いぞ?」

 順調にアシュレイ派を切り崩していようで何よりだ。



 アシュレイ皇帝は内政に秀でており、穏和で清廉な人物だ。しかし戦争になるとまるでダメという欠点がある。

 帝位継承権第一位のディリエ皇女は、あの通りボリシェヴィキ公の手駒になってしまった。

 となると不満の受け皿は、帝位継承権第二位のエレオラということになる。



「ディリエ様の御結婚は来月だとか。あまりに早すぎます。どうかアシュレイ陛下に延期させるよう、エレオラ様からもお言葉を」

「いいだろう。だがもちろん、わかっているだろうな?」

「は、はい。今後は何かと頼りにさせていただきます。忠誠を誓いますのでどうかお慈悲を、エレオラ様」

 するとエレオラが冷たいまなざしで、その貴族を見据えた。



「別に『氷の剣のように鋭く、春の花のように可憐な』とつけても良いのだぞ?」

「氷の剣のように鋭く、春の花のように可憐なエレオラ様、どうかお慈悲を!」

 何のプレイしてるんだ。

 エレオラがくすくす笑っている。俺の視線に気づいた彼女は、俺を見て軽くグラスを上げてみせた。

 あいつも変わったなあ。


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[一言] これら豚が目覚めちゃうー
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