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悪い副官

239話



 ウィロン大書院からの帰途、ファーンお姉ちゃんがパーカーと押し問答をしていた。

「皇女さんの婚約を邪魔するのは、ちょっとどうかなと思うけどなあ」

 ファーンお姉ちゃんは少し不満そうだ。

 するとパーカーが首を横に振る。

「身分の高い人の結婚は、政治的な意味を持つからね。当人の思い通りにはならないのさ」

「そこがまずおかしいってば」

 ファーンお姉ちゃんは納得していない。



 人狼にとって、人間の作った身分というのは今ひとつ納得がいかないもののようだ。

 人狼だったら群れのボスが誰と結婚しようが、ボスが決めることだ。ボスと結婚したところで地位が上がる訳ではないから、序列が乱れることはない。

 しかし人間の世界は違うので、いろいろと面倒くさいことが起きる。



 とはいえ、俺も別に結婚を邪魔しようという気はない。

「ファーン。結婚自体は妨害しないよ。思いとどまってくれればそれに越したことはないが、エレオラ派である俺たちには関係のない話だ」

 どっちかというと、むしろ好都合だ。

 ボリシェヴィキ公がアシュレイ皇子の姉と結婚し、ボリシェヴィキ公が異教徒だとわかれば、アシュレイ皇子の株はまた下がる。

 アシュレイ皇子は家臣たちからイエローカードを渡されている状態なので、さすがに今度は反乱が起きるかもしれない。

 しかし反乱まで行くと、ちょっと困るな。

 またエレオラが鎮圧しないといけなくなるが、もう戦争はこりごりだ。エレオラにしても、これ以上武名をあげる必要はない。




 俺はそんなことを考えながら、帰路の森の中で人狼に変身する。

 目的はもちろん、ロルムンド人狼の長であるボルカ婆さんを呼び出すためだ。

「アオォーン……」

 マオやパーカーには理解できないだろうが、人狼同士ならこれで通じる。

 問題は聞こえる範囲にいるかどうかだが、どうせ俺たちのことはマークしているだろう。

 なお人狼の遠吠えは語彙が少ないため、かなり雑なやりとりになる。



『ババアーッ! 出てこいババアーッ!』

『聞こえてるよ! なんだい急に!』

『ババアーッ! 出てこいババアーッ!』

『だから何なんだい!?!』

 すみません、遠吠えだとこれが限界なんです。

 いいから来て。

 込み入った話は無理だから。



 しばらくして森の中に現れたボルカは、ぶつくさ言いながら俺の前に座り込んだ。

「他の群れの人狼を遠吠えで呼ぶのは、あんまり褒められたもんじゃないよ。知らないのかい?」

「今まで他の群れなんて見たことなかったからな」

「アタシもさ。ひい祖母ちゃんの口癖だったらしいけどね。で、なんだい?」



 俺は彼女に、輝陽教の上層部が極星教徒や魔族を受け入れる方針に転換したことと説明した。

「まだ本格的に決まった訳じゃないが、輝陽教の最高幹部たちは無能でもなければ狂信者でもない。徹底した現実主義者だ。話がわかる相手だよ」

「ふむ、そいつは朗報だねえ。バカと間抜けは敵に回すのも嫌だよ」



 ボルカがまんざらでもない様子なので、俺は彼女を説得してみる。

「あんたたちは極星教徒やボリシェヴィキ公と組んでるんだろう? どうだ、輝陽教と手を組まないか?」

 するとボルカは少し考え、首を横に振った。

「まだ無理だね。極星教徒にゃ何代も前から借りがある。見捨てる訳にはいかないよ。ボリシェヴィキ公も、先代にはずいぶん世話になったしねえ」



 やっぱりそう簡単に宗旨変えとはいかないか。

 でも義理堅い敵は好きだぞ。断られたのに、ちょっと嬉しくなる。

「まあそうだろうな。仕方ない、今はまだ敵のままでいいよ」

「済まないね。あんたがロルムンドの人狼なら、お望み通りにするんだがね。あんたはいずれ、ミラルディアに帰っちまうんだろう?」

「ああ、そうだ」



 俺がうなずくと、ボルカは穏やかに笑った。

「そうなるとやっぱり、ロルムンドの人狼はアタシが世話してやんなきゃねえ。アタシ個人は輝陽教とコネがないし、無理ってもんさ」

「わかった。だが輝陽教も態度を軟化させてきているから、輝陽教の幹部に会ってみたらどうだろう?」

 するとボルカは少し考え込む。



「そうだね、ずいぶん不穏になってきちまってるからね。だがその前にひとつ、頼みがある」

「なんだ?」

「もし何もかもうまくいかずに、アタシらロルムンドの人狼が生きていける場所がなくなっちまったときは、ミラルディアに住まわせとくれ。どうだい?」



 ボルカとしては切実な頼みだろう。

 そしてもちろん、それぐらいなら簡単な話だ。

「魔王ゴモヴィロア陛下の副官として、それは確約しよう。いつでも来てくれ、歓迎する」

 何か交換条件をつけても良かったが、俺は敢えて何も要求しなかった。

 ボルカたちは今、かなり微妙な立場に置かれている。あれこれ要求して困らせるよりも、ここは彼女たちを安心させるほうが先だ。



 俺の言葉を聞いたボルカは、ニヤッと笑う。

「アンタ、つくづくいい男だねえ。孫娘の婿にならないかい?」

「いや、それは……」

 俺が困ってしまうと、ボルカは楽しそうに笑った。

「照れる仕草まで色っぽいねえ。アタシゃすっかり気に入ったよ! 孫娘はまだ七つだから、もう少し待ってておくれ!」

 いえ結構です。



 ひとしきり笑うと、ボルカは軽やかな動作で立ち上がった。

 俺はついでに彼女に質問しておく。

「極星教には、他にどんな魔族がいるんだ?」

「人狼以外だと吸血鬼たちが少しいるよ。人間の村で、ひっそり暮らしてるね」

「それだけか?」

 ボルカが苦笑する。

「人間に化けられない魔族は、帝国ができるずっと前に滅ぼされちまったらしいからねえ……」

 やっぱり人間は怖いな……。



 ボルカは最後に、俺にこう言った。

「ボリシェヴィキの坊やは帝都にいるけど、どうやら自分の領地でも何か企んでるようだよ。あそこの次男が領地に残って、当主の名代をしているからね」

「挙兵の準備かな?」

「どうだろうね。アタシにはわからないよ。あそこは極星教徒の避難場所みたいになってるから、面倒事は御免なんだがねえ。それじゃアンタも気をつけるんだよ」

 彼女はそう言って人狼に変身すると、木から木に飛び移りながら森の奥に消えていった。



 ボリシェヴィキ領のことも気になるが、とりあえずはエレオラに報告と相談だ。

 俺は帝都に帰還すると、すぐにエレオラに事情を説明した。

「まさか、輝陽教にそんな秘密があったとはな……」

 輝陽教が教典を捏造していたことを知って、さすがにエレオラも驚いたようだ。

「皇帝になる予定の者は帝国の重大な秘密をいくつか教えられると聞いているが、そのひとつがそれなのだろうな」



「幻滅したか?」

 俺が冗談めかして問うと、エレオラは微笑みながら肩をすくめてみせた。

「バカな、むしろ気に入ったぞ。近いうちにトゥラーヤ枢機卿に会わせてくれ。私も協力したい」

 エレオラならそう言うと思ったよ。



 教典の秘密は俺とマオ、それにパーカーしか知らない。人狼隊には秘密だ。知る必要もないしな。

 エレオラも部下たちには秘密にすると言った。

 それとボリシェヴィキ公がアシュレイ皇子の姉、ディリエ皇女に接近していることも教えてやる。



 こっちはだいぶあきれたらしく、エレオラは深々と溜息をついた。

「ディリエ殿は情熱的な世間知らずだ。ボリシェヴィキ公は彼女を手玉に取ったつもりだろうが、私は彼に同情するよ」

「そんなにひどいのか?」

「少なくとも、私とは会話が全くかみ合わなくてな。もう長いこと会っていない」

 だいぶひどいらしい。

 がんばれ、ボリシェヴィキ公。



 それと最後に、人狼についても報告する。

 エレオラは俺の顔をまじまじと見つめて、ふっと微笑んだ。

「敵の人狼に襲撃されて、もう味方につけたのか? 相変わらず話が早いな、貴殿は」

「まだ味方とは言い切れないな。だが話は通せるようになった」



 俺がそう答えると、エレオラは珍獣でも見るようなまなざしで俺を見つめる。

「たった数日留守していただけで、よくこれだけ交渉と情報収集を進めてきたものだ。確かに貴殿こそ、魔王の副官と呼ぶに相応しいな」

 そりゃあもう、副官になるために転生してきた男だと自負しているからな。

 こういう地味なサポートは任せてくれ。



「貴殿がいると仕事が楽で助かるが、どうも楽すぎていかんな。バカになりそうだ。貴殿は悪い副官だよ」

 楽すぎると言っても、エレオラはエレオラで旧ドニエスク派の引き込みやエレオラ派の取りまとめなど、膨大な仕事をこなしている。

 北ロルムンドと東ロルムンドの実質的な支配者なのだから当然だが、細かい仕事が多すぎて俺にはとても無理だ。

「エレオラ殿の苦労を思えば、最低限これぐらいはしておかないとな」



 エレオラは俺を見上げて困ったように笑った後、表情を引き締めてこう続けた。

「ところで、アシュレイ殿がいよいよ皇帝になる。戴冠式の日取りが決まった。私と貴殿も参列することになる」

「わかった」

 アシュレイ皇子が皇帝になれば、ボリシェヴィキ公の陰謀もいよいよ本格化するだろう。

 彼の謀略は深く静かで、そして素早い。

 用心しないといけないな。

※明日3月17日(木)は更新定休日です。

※次回予告:第240話は「浮上する陰謀」です。

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