副官たちの憩い
23話
魔王への謁見が済んだ俺は帰ることにしたが、会議室を退出した俺をバルツェ副官が呼び止めた。
「お疲れさまです、ヴァイト殿。そろそろお昼ですし、御一緒にどうですか?」
竜人族はトカゲ顔なのでとっつきにくいイメージがあるが、実際は聡明で理性的な種族だ。彼はどうやら、特に穏和な性格らしい。
同じ副官でも彼の方が上席なので、俺はありがたく申し出を受けることにする。そういえばここには幹部用の高級食堂があったな。
「ありがとうございます。腹ぺこ狼ですので、御一緒させていただきます」
俺たち人狼と竜人の副官コンビは、城内の幹部用サロンへと赴く。入り口で竜人族の衛兵が敬礼してくれた。答礼して悠々と入る。
前世ではこういう高級な場所には出入りしたことがなかったので、悪くない気分だ。
とはいえ文明のレベルが違うので、前世のファミレスの方が快適な気もする。
犬人の給仕に、鹿のソテーと芋のシチューを頼む。昼食なので鹿のソテーは三人前にしておいた。食べ過ぎは良くない。
なぜかバルツェが口をあんぐりと開けているが、何かおかしかっただろうか。
彼はバッタの香草炒めを頼んでいた。竜人族は昆虫食が好きなのだ。
俺たちは料理が来るまでの間、軍の士官らしく実務的な雑談をする。
「北部戦線は、そんなに厳しいんですか?」
「ええ。一般の兵士には言えませんが、敗色が濃厚です」
ここに一般兵は来ないので、こういった会話も安心してできる。バルツェはレモン水を飲みながら、小さく溜息をついた。
「第二師団は戦術を軽視していて、都市攻略の際に包囲戦を行いません。城門を壊してなだれ込むだけです」
その結果、人間たちはみんな裏門から逃げ出してしまって、近くの都市に逃げ込んでしまうらしい。つまり難民だ。
「難民たちは故郷を奪還するために義勇兵を組織して、近隣の同盟軍と共同して攻撃してきました。士気が高く死にものぐるいで戦うため、予想以上に戦力を消耗しています」
「しかしまともな訓練を受けていない民兵でしょう。第二師団の巨人や鬼には通用しないのでは?」
あいつら馬鹿だけど、強いことは強いからな。
するとバルツェは首を振った。
「北部に輝陽教徒が多いことはご存じでしょう。彼らは規律正しく、兵士としての適性があります」
北部の厳しい気候は、協調と団結を重んじる輝陽教に適していた。静月教のように個人主義だと、冬を越すのも一苦労だ。
「彼らは全体のために個が犠牲になることを恐れません。そのため、どうしても消耗戦になるのです」
そのとき料理が運ばれてきたので、俺たちは会話を一時中断して食事にかぶりつく。人狼の牙で、肉汁の滴る鹿肉を存分に味わう。
だが消耗戦を避けたければ、方法はいくらでもあるだろう。
「消耗戦を避けるために、攻略した都市で防衛戦をしないのですか?」
「壊す必要のない城門や城壁まで、第二師団が力試しに壊すものですから……」
俺に説明しているうちにだんだん怒りがこみ上げてきたらしく、バルツェはバッタの香草炒めをつまみながらブツブツ言う。
「第二師団は統制も規律もあったものではありません。魔王陛下の軍旗を掲げているという自覚があるのでしょうか」
すまない。
その自覚は俺にもあまりなかった。
俺が鹿肉に舌鼓を打っていると、食堂に誰かが入ってきた。
「あら、ヴァイトじゃない。珍しいわね」
真っ白い肌に黒い髪、そして肌も露わなドレス。揺れる乳房。
妖艶な美女のお出ましだ。
俺は軽く会釈する。
「久しぶりですね、メレーネ先輩」
「やぁねぇ、メレーネ様でいいわよ」
「嫌です」
メレーネは第三師団の副官だが、その中でも筆頭格だ。
と同時に、師団長ゴモヴィロアの一番弟子でもある。俺にとっては姉弟子だ。
ちなみに種族は吸血鬼だ。
淫魔ではない。
バルツェも彼女に挨拶して、同席を勧める。
メレーネ先輩は笑顔を浮かべて、俺の隣に座ってきた。
「蒼鱗騎士団の団長様と、リューンハイトの司令官が、何の密談?」
「いえ、密談ではありません。第二師団の状況について、説明していたところです」
あくまでも真面目なバルツェが、穏やかな口調で説明する。
メレーネ先輩は霊酒を注文すると、椅子にもたれて溜息をつく。
「あなたも大変そうね、バルツェさん」
「人間たちを支配しているあなた方ほどではありませんよ、メレーネ殿」
そう、実はメレーネ先輩の部隊もミラルディアの都市を占領している。リューンハイトの北西、古都ベルネハイネンだ。
だが彼女の統治は、俺のとはずいぶん違う。
メレーネ先輩は肩をすくめてみせた。
「簡単よ、全員吸血鬼にしちゃったもの」
そう、ベルネハイネンの貴族と兵士には、生身の人間は一人もいない。
メレーネ先輩のベルネハイネン攻略はムチャクチャだった。
配下の吸血鬼隊百人余りと共に、ベルネハイネンを夜襲。一夜にして太守や衛兵たちを全員吸血鬼にしてしまった。後はもうやりたい放題だ。
彼らにとっては災難というしかないが、それでもひとつだけマシなことがある。
太守たちは吸血鬼にされただけで、日常生活は無事に送れているのだ。もちろんメレーネ先輩には絶対服従だが、それ以外はおおむね普段通りだった。
ベルネハイネンには王立図書館など重要な知的財産が多数あり、戦闘による破壊を最低限に留める必要があったとはいえ、思い切りが良すぎないだろうか。
そんなことを考えながら、俺はメレーネ先輩のグラスを眺める。
先輩は白く重い湯気が流れる霊酒を、くいっと一気に飲み干した。
「私に比べたら、ヴァイトの方が大変よね。洗脳もせずに、生身の人間を支配してるんでしょ? どんな魔法なのよ、それ」
人間だった頃の感覚でぼちぼちやってるだけです、先輩。
俺は咳払いして、適当にごまかした。
「人狼は人間に紛れるのが専門ですから、人間の心理にはそれなりに通じてるんですよ」
「ふーん」
メレーネ先輩はクスッと笑うと、俺の額をツンとつついた。
「ま、占領してる街もお隣同士だし、仲良くやりましょ。そうだ、交易しない? こっちも落ち着いてきたし」
「ああ、いいですね。交易路の警備お願いします」
「ちゃっかりしてるわね……。ま、先輩に任せといて」
あふれんばかりの巨乳を叩いて、先輩はウィンクしてくれた。
食事を終えたバルツェが、ナプキンで口を拭いながら先輩に話しかける。
「ところでメレーネ殿、トゥバーン攻略の指揮は、どなたが?」
「あー、私はパス。吸血兵はベルネハイネンの守備で手一杯なのよ。ごめんなさい。代わりに有望な新人に担当させるわ」
おや、トゥバーンを攻略するのか。
せっかくユヒト司祭を送り込んで厄介払いしたのに、また戻ってこられると困るな……。
それから俺たちはしばらく、上司の愚痴など言い合って気楽なひとときを過ごした。
うちの師匠、魔術師としては抜群に優秀だが、戦略などには全く興味がない。「物量で押し潰せばええじゃろうが」と、骸骨兵の生産に黙々と取り組んでいる。
おかげでそれを支える俺たち弟子は、何かと苦労が多いのだ。
一方バルツェからも、面白い話を聞けた。
魔王は普段ずっと考え事ばかりしていて、誰かが面倒を見ていないと食事も睡眠もまともにとらないらしい。
食事中も難しい顔で考え事をしているので、給仕役の少年竜人兵たちが怯えているそうだ。
「もう少し気楽にして頂いても、私たちが全力でお仕えするから大丈夫なのですが」
有能な副官は少し寂しそうだった。
よっぽど魔王を尊敬しているらしい。
魔王軍の洗練されたシステムを完成させたのは魔王本人らしいし、難しいことを考えてるんだろうな。
単に腕っぷしが強いだけでは、いくら魔族でもここまで大勢ついてくるはずはない。やはり知謀と人望も備えているのだ。
俺はまた少しだけ、魔王軍に籍を置いていることに満足を感じた。