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ウォーロイ開拓公

223話



 そのときアイリアが、ウォーロイ皇子の後ろでもじもじしているリューニエ皇子に気づいた。

 さすがにリューニエ皇子も、初めて訪れる土地で知らない外国人ばかりだと不安らしい。

 そんな気配を察したのか、アイリアが柔らかい笑みを浮かべる。



「あなたがリューニエ殿ですね? お話はうかがっております。私はリューンハイト市の太守を務めております、アイリアと申します。……ヴァイト卿の婚約者ではありませんが」

 その話題は蒸し返さないでくれないかな?

 だがリューニエ皇子は、アイリアのそんな自己紹介に少し和んだらしい。



「は、はじめまして。リューニエ・ボリシェヴィキ・ドニエスク・ロルムンドです。ヴァイト卿にはとても助けられて、すごく感謝しています。ヴァイト卿のことは大好きです」

 背筋を伸ばして、一人前の男のように振る舞おうとしているリューニエ皇子。

 そんな彼を見て、アイリアも心を動かされたらしい。



「お父上を亡くされたばかりだと聞いています。私たちを家族だと思って……というのは難しいかもしれませんが、私たちは味方ですので、どうか御安心くださいね」

 にこっと笑うと、アイリアは腰を落としてリューニエに目線を合わせる。

 そして彼をそっと抱きしめた。



「あっ、あの!?」

 ミラルディア南部は前世の日本より開放的な雰囲気なので、初対面の子供をハグすることも普通にある。身分の差もあまりない。

 しかし厳格な身分制度と厳しいマナーが存在するロルムンドの少年にとっては、これはかなりカルチャーショックだったようだ。

 顔を真っ赤にして硬直している。



 俺は微笑ましい光景をそのまま見ていたが、ウォーロイ皇子が申し訳なさそうにアイリアに告げる。

「すまないが、そいつは形式的には一応成人していてな」

 その一言で、アイリアは風習の違いにハッと気づいたらしい。

 慌てて手をほどき、リューニエに謝罪する。



「申し訳ありません、リューニエ殿。私が迂闊でした」

「い、いえ……あの……」

 視線を落とし、もじもじしているリューニエ。

 君の匂いで気持ちは読めるぞ。

 今とてもリラックスできたんだろう?

 きっと母親に抱きしめられたような気分だったに違いない。



 ウォーロイ皇子もそれは察したのか、そっと溜息をつく。

「よかったな、リューニエ。お前を大切にしてくれる人々が、ここにもたくさんいるようだぞ」

「は、はい!」

 リューニエは耳まで赤くなっていたが、口元が緩みっぱなしだ。



 リューニエは祖父の希望で少し早めに成人させられたぶん、逆に親に甘えたい気持ちが残っているらしい。まだまだ子供だ。

 だから彼がここで心安らかに成長していけるよう、俺は心の底から願っている。



 それから俺たちはいったんクラウヘン市街に入り、太守の館で今後の相談をすることにした。

 俺がウォーロイ皇子たちに説明をする。エレオラが一度捕虜になり、それから俺たちの同盟者となった経緯も説明した。

 リューニエ皇子は目を丸くしていたが、ウォーロイ皇子はある程度予想していたようだ。

「密約がありそうだとは俺も兄貴も思っていたが、まさか捕虜になっていたとはな! なるほど、あいつも少しは成長する訳だ」

 嬉しそうだな、ウォーロイ皇子。



 脱線しかけた話を元に戻し、俺は今後の予定について説明する。

「ミラルディアは南北で対立していた頃の名残で、緩衝地帯となっている土地がある」

 例の「不和の荒野」だ。

 実際には豊かな土地だが、現時点では手つかずの森や草原になっている。



「ここに新しく街を作り、ミラルディアをさらに豊かにしたい。そのためには開拓や統治の指導者が必要だ」

 完全にゼロから街を作っていく大仕事なので、これを成功させるには相当な手腕が必要になる。

 大勢の人間を集めてうまく率いなくてはいけない。魔族がやってもうまくいかないし、人間でもこれができる者はかなり限られる。



 現太守たちはみんな自分の街のことで忙しいし、かといって太守未経験者にやらせるのも不安だ。やはり民衆を率いていた人物がいい。

 それも、ミラルディア人と気性が合いそうな人物が。

「ウォーロイ殿なら安心して新しい街作りを託せる。世が世なら、ロルムンドの皇帝になっていたかもしれない男だ。そのくせ気さくだから、ミラルディア人にも受け入れられやすい」

「おいおい、それは持ち上げすぎだ」

 過剰な評価だと思ったらしく、ウォーロイ皇子がしかめっ面をする。

 俺としてはあんたが一番、皇帝に向いてると思ってるんだけどな。



 ウォーロイ皇子は咳払いをして、それから俺にニッと笑顔を向ける。

「だが面白い。我が父祖たちがロルムンドで行ってきたことを、俺がここでもう一度やる訳だ。ロルムンドでドニエスク家の次男坊のままだったら、こんな名誉ある大役は回ってこなかっただろうな」

 そういう考え方もあるか。

 前向きだなあ。



 ウォーロイ皇子は立ち上がると、太守たちや俺に向かって熱く語りかけた。

「その大役、俺に任せていただこう。名誉も地位もいらん、ただ責任ある仕事を果たせればそれで満足だ」

「いや、さすがに太守にはなってもらうぞ。もちろんミラルディア評議員にもな」

 歴史の浅い評議員の地位では物足りないが、元皇子としてこれぐらいは身分を保証したい。

 俺はあんたを平凡な庶民で終わらせたくないんだ。



 彼に太守の座を辞退させないため、俺はわざとらしく溜息をついてみせる。

「まったく、貴殿は欲がなさすぎる。頼みごとがしづらいだろう?」

 するとウォーロイ皇子は俺より深く溜息をついた。

「おい、貴殿にだけは言われたくないぞ?」

「俺は平民の出で、今の待遇自体が分不相応なのだ。これ以上欲を出したら破滅する」



 ウォーロイ皇子はまじまじと俺を見つめる。

「……本気で言っているのか?」

「本気だ」

 俺が即答すると、なぜか今度はアイリアとベルッケン、それにカイトやラシィまで全員が溜息をついた。



「もう本当にヴァイト殿は……」

「どうにも困ったものだ、自覚がなさすぎる」

「ヴァイトさん、これさえなけりゃなあ」

「私より空気読めてない……」



 なんで俺が悪者みたいになってるんだ。

 みんなで寄ってたかって俺を出世させるから、せめて地位に見合う仕事をしようと悪戦苦闘してるというのに。

 ああ、有象無象の「副官」の一人だった頃が懐かしい。

 今回もだいぶがんばったから、御褒美に降格してくれないかな……。

 地位と期待が重すぎてつらい。



 そして俺はこの席で、カイトとラシィに正式に帰国を命じた。

「お前たちはウォーロイ殿と一緒にリューンハイトに戻れ。ロルムンドの習慣や言語に詳しいお前たちなら、ウォーロイ殿の助けになるはずだ」

 そう言ったのだが、二人とも不満そうな顔をする。



「でもヴァイトさん、ロルムンドでの任務はまだ終わってませんよ? 俺がいないと困るでしょう?」

「そうですよ。私の幻術だって、これから火を噴くんですから」

 噴かなくていい。

 それどうせ熱くないし。



 俺は思わず苦笑して、二人をなだめた。

「気持ちは嬉しいし、確かに二人がいないと心細いが、もうそろそろ限界だろう?」

 慣れないロルムンドで一冬を越し、おまけに戦場の最前線で戦ってきたのだ。

 一般人よりは遙かに度胸の据わっている二人だが、それでも彼らは軍人ではない。精神的にもかなり疲弊していた。



「ロルムンドにはマオとパーカーがいる。あいつらなら修羅場にも動じないだろうし、もうひとがんばりしてくれるだろう」

「それはそうかもしれませんけど……」

 心配そうな顔をしているカイトとラシィだが、俺としては二人のほうが心配だ。

 まだまだ二人には活躍してもらわないと困る。



 するとアイリアがぽつりと、こんなことを言い出した。

「叶うものなら、私がお供したいのですが……」

「貴殿はリューンハイトの太守だろう!? 警護の対象をこれ以上増やさないでくれ」

 なんでみんな、あんな寒くておっかない国に行きたがるんだ。

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