「リューニエ皇子の旅立ち」
220話(リューニエ皇子の旅立ち)
僕は冷たい風の中で、なるべく背筋を伸ばすようにしていた。
父上がいつも「逆境にあってなお毅然としているのが真の男だ」って、言っていたから。
周りにはエレオラ軍の兵隊さんも大勢いる。
ちゃんとしないと……。
連れてこられた町外れの広場で、僕はエレオラ皇女と向き合った。
エレオラ殿はいつも難しい顔をしているけど、今日も難しい顔をしている。
「リューニエ殿。急な申し渡しで心苦しいのだが、お聞きいただけるか?」
「は、はい」
昨日、僕がミラルディアの本陣で休んでいたら、エレオラ軍の兵士がやってきて僕をここまで連れてきた。
バルナークのじいやもいない。
みんな親切だったけど、ヴァイト殿の姿が見えなかったからすごく不安だった。
ヴァイト殿に会えればいいなと思っていたけど、それっきり会えていない。
もしかしてヴァイト殿は、僕をだましていたんだろうか?
でも、そんなふうには見えなかったしなあ……。
とにかく今はきちんとしないと。
僕はエレオラ殿の言葉を待つ。
エレオラ殿は巻物を広げ、大きな声で宣言した。
「エレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンドは戦時特例法に基づき、リューニエ・ボリシェヴィキ・ドニエスク・ロルムンドを反乱罪の連座によって追放刑に処す」
追放、か……。
町外れだから追放かなと思っていたけど、皇子の僕が追放されるなんて想像できなかった。
斬首刑とか服毒自決とかなら、見苦しくならないように作法を習っている。
でも追放って、どうすればいいんだろう。
エレオラ殿は僕にこう言う。
「今このときをもって、貴殿はロルムンドの法の庇護と神の慈悲を奪われる。意味はおわかりかな?」
「は……はい」
声がかすれてしまった。
もう僕は誰にも助けてもらえないし、町で暮らすこともできない。
誰かが僕を殺しても、その人は何の罪にもならない。逆に僕を助けた人は重い罰を受ける。
僕が死んでもお葬式はないし、お墓も作ってもらえない。
奴隷でさえ法律で守られているロルムンドで、僕はもう何にも守ってもらえない。
追放刑というのはそういう刑だと、父上が言っていた。
エレオラ殿はさらに続ける。
「追放刑において罪人の衣服を剥ぐのは、あくまでも慣例によるものだ。よって今回は行われない。同様に水を浴びせるなどの行為も行わないものとする」
最後の情けということなのかな。
皇子らしくこの場を立ち去れるみたいなので、ちょっとホッとした。
冷たいのは嫌だしね。
怖いけど、ドニエスクの男だからしっかりしよう。父上やおじいさまに叱られちゃう。
「かっ、かん、感謝、します!」
だいぶ噛んじゃった。
やっぱり怖いよ。
エレオラ殿は少し優しい顔になって、僕に尋ねてきた。
「リューニエ殿、最後に何か希望することはあるか? 刑の減免以外であれば、なるべく叶えよう」
上着がもう一枚欲しいな。
そう思ったけど、もっと大事なことを言う。
「ド……ドニエスク家の家臣と、あとそれから領民の人たちには、罰を与えないでください!」
どんなことがあっても、これだけは絶対に言いなさいって、父上が言っていた。
家臣と領民を守るのが貴族の役目だから、これを言えない者は貴族ではないって。
エレオラ殿はうなずく。
「承知した。リューニエ殿の誓願を聞き届ける。ドニエスク家の家臣および領民への処罰は行わないことを約束しよう」
よかった……。
これでもう、僕の役目は終わりだ。
僕はぺこりと頭を下げる。
「そ、それでは失礼します」
ゆっくり、堂々と。
顔を上げて、いつも通りに歩こう。
でも周りの兵隊たちが怖くて、なるべく周りを見ないようにして歩く。
あの人たちが僕を殺す気になったら、いつでも殺せるんだ……。
逃げ出したいのを我慢して、僕は町の出口になっているゲートをくぐった。
目の前は暗い森だ。細い道が続いているけど、どこに行けるのかわからない。
後ろを振り向きたいけど、振り向いちゃいけない。
堂々としないと。
だけど僕はこれから、どこに行けばいいんだろう。
ヴァイト殿なら助けてくれるかもしれないけど、どこにいるのかわからない。
叔父上はクリーチ湖上城かな? でも遠いな……。
バルナークのじいやはどこだろう?
お金もないし、食べ物も持ってない。
もうすぐ日が暮れる。
どうしよう……。
不安になってきた僕は、とにかく町から離れるためにずんずん歩くことにした。
みんなが見ている前で、みっともないことはできない。
だからとにかく、町から離れよう。
そう思ったときだった。
曲がり道の向こうに、森に隠れるようにして一台の馬車が停まっている。
そして見覚えのある紋章。ミラルディアの紋章だ。
「ヴァ……!?」
僕が思わず声をあげた瞬間、魔法みたいに馬車の扉が開いた。
ヴァイト殿だ!
「ヴァイト殿!?」
あの優しいミラルディアのお兄さんは、僕を見てにっこり笑った。
「遅くなって申し訳ない。ウォーロイ殿が自分も迎えに行くと聞かなくて、ここまで連れてくるのが大変だった。貴殿の叔父上は頑固者だな」
「叔父上が!?」
「おう、リューニエ! 無事だったか!」
馬車からぬっと出てきたのは、元気そうな叔父上だった。捕虜になったはずなのに、腰に剣まで吊していつも通りだ。
もっとボロボロになっていると思ってたのに、信じられない。
「叔父上!」
夢中になって僕は駆け出して、叔父上の胸の中に飛び込んだ。
「叔父上! 叔父上!」
「なんだ、ドニエスクの男がめそめそして。しっかりせんと、兄上に笑われるぞ」
そんなこと言ってる叔父上だって、目が真っ赤じゃないですか。
あとそんなにぎゅうぎゅう抱きしめられると、ちょっと痛いよ。
するとヴァイト殿が、とても楽しそうに声をかけてくれた。
「当面はクリーチ湖上城で暮らしていただこう。エレオラ殿から、あの城を好きに使っていいと言われている。あそこなら何が攻めてこようが二人をお守りできる」
やっぱりこの人は魔法使いだった。
魔法じゃなかったら、こんなことできないよ。
ヴァイト殿は僕にウィンクすると、お芝居みたいにお辞儀をしてみせた。
「さあ、リューニエ殿下。ドニエスク家の新しい未来を切り開くため、私と共に参りましょう」
「新しい未来?」
すると叔父上が僕を頭の上まで持ち上げながら笑う。
「ああ、そうだ! ミラルディアでドニエスク家は再興するぞ! これしきで滅んでたまるものか! 詳しい話は後でゆっくり聞かせてやる!」
「ウォーロイ殿、甥御をあんまり乱暴に振り回すな。せっかく無傷で匿えたのに、怪我をさせないでくれ」
ヴァイト殿のおっしゃる通りです。
ヴァイト殿は手を叩き、僕たちを馬車に招いた。
「さ、乗った乗った。日が暮れる前に森を抜けて、ミラルディア軍の宿所まで行こう。バルナーク殿が手配してくれているから安心だ」
道の向こうからミラルディア騎兵たちが二十騎ぐらいやってきて、馬車の前に整列した。
ヴァイト殿は集まってきた騎兵たちに向かって拳を突き上げた。
「ロルムンドの法など、我らミラルディア人の知ったことではない。俺たちはやりたいようにやる! だろ?」
すると騎兵たちがどっと笑う。
「おう、さすがヴァイトだ! いいこと言った!」
「こんな子供を死なせてたまるかよ!」
「リューニエ皇子、ミラルディア軍にようこそ!」
僕はヴァイト殿に手を引かれて、叔父上と一緒に馬車に乗り込む。
座席に座った僕を見て、ヴァイト殿は笑った。
「実はエレオラ殿もアシュレイ殿も、貴殿のことをとても心配してくれている。彼らの代わりに俺が貴殿を守ろう。だから貴殿は何も心配しなくていい」
「あ……ありがとうございます、ヴァイト殿!」
やっぱりヴァイト殿は不思議で、魔法使いで、そしてものすごくかっこよかった。
※明日2月18日(木)は更新定休日です。