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流星の森(後編)

209話



 騎兵槍の穂先を俺に向け、一斉に襲いかかってくる敵騎兵。

 光弾を無数に放ち、それを防ごうとする味方魔撃兵。

 両者の攻防はしばらく続いたが、勝敗は明らかだった。



 俺にとっては騎兵の突撃を回避するぐらい、どうということはない。

 俺は少し高い岩の上に陣取っているので、騎兵槍本来の「槍を鎧に固定し、突進の勢いそのままに刺し貫く」という攻撃がしづらい。

 かといって一旦停止して剣や槍で俺を攻撃できるほど、背後の魔撃兵の射撃は甘くない。

 いいぞ、どんどん俺を狙え。

 味方の被害が減るなら安いもんだ。



 たまにクロスボウの矢が飛んでくるが、本職ではない騎兵が馬上から放つ矢など怖くない。矢除けの魔法もあるし、なんとかなる。

 俺は覚悟を決めてバンバン撃ちまくっていたが、やがて周囲が次第に静かになってきた。



 ふと気がつくと、敵の数がずいぶん減っている。撃たれて倒れた騎兵も多いが、それ以上にこちらの射程外に逃れていく騎兵が多い。

 彼らの主目的は時間稼ぎだろうから、これ以上の戦いはデメリットのほうが大きいと判断したのだろう。賢明な判断だ。



 だが、こちらの射撃も散発的になっていた。みんな魔力切れらしい。あれだけ撃てば当然だ。

 こちらの被害はそれほど多くないはずだが、本来の目的は達成できていない。ウォーロイ皇子も倒せなかったし、長弓兵も叩けなかった。

 近衛騎兵たちが時間を稼いでいる間に、残りの兵は湖上城に逃げ込んだはずだ。

 痛み分けというところか。



 そう思ったとき、背後からモンザの叫び声が聞こえた。

「ヴァイト、敵! 敵来てるよ!」

 ハッとして前を見ると、残った騎兵の一部が開けた場所で隊列を組み直し、突進を再開していた。近衛騎兵ばかりで、一般の騎兵はいない。数十騎といったところだ。

 おいおい、まだやるのか。



 魔撃兵たちも予想外だったようで、各小隊長たちが慌てている。

「射撃用意!」

「撃てる者だけでいい、十分に引きつけろ!」

 俺も残った魔力を体の中で練り直しながら、魔撃銃を構える。

 まだ何発か撃てそうではあるが、魔力切れになるのは避けたい。味方の治療ができなくなる。



 各小隊長たちは慎重に敵を引きつけてから、所属する小隊員に射撃を命じた。

「まだ撃つな……よし! 今だ、撃て!」

「第三小隊、撃て!」

「第五小隊、射撃用意! 撃て!」

 各隊とも、最も効果的な射程に入った瞬間に射撃を命じる。



 数発ずつの光弾が断続的に放たれ、そのたびに近衛騎兵が数を減らしていく。まるでタケノコの皮を剥いているようだ。

 次々に倒れていく騎兵たちを見ていると、こちらまで苦しくなってくる。

 もうやめろ、逃げてくれ。



 とうとう残り数騎だけになったとき、俺はハッと気づいた。

 一番奥に守られている、ひときわきらびやかな騎士。明らかに魔法のかかった甲冑に身を固めた騎士は、まぎれもなくウォーロイ皇子だ。

 まさか!?



 敵の総大将がわずかな手勢で突撃してくるという、非常識極まりない事態。俺は度肝を抜かれた。

 だが考えてみると、今の俺は砦の外にいて、護衛は魔力切れの魔撃兵だけだ。

 それとウォーロイ皇子は意図していなかっただろうが、頼みの綱の人狼隊も散らばっている。

 開戦以来、俺は最も無防備な状況に置かれていた。



「撃て!」

 最後の小隊が小規模な斉射を行い、残っていた騎兵たちがウォーロイ皇子をかばうように倒れる。

「殿下、どうか御無事で!」

「我らはこの一瞬の勝機の為に!」

 騎兵たちがそう叫ぶのを、俺は確かに聞いた。

 まさかこの状況を作り出すためだけに、これだけの規模の近衛騎兵を犠牲にしたのか?



 ウォーロイ皇子は騎兵槍と盾を構えて軍馬を駆り、一直線に突進してくる。軍馬も騎手も超一流だ。岩の上までジャンプできそうだな。

「誰でもいい、ヴァイト卿を守れ!」

「どんな威力でもいい、とにかく撃て!」

 俺の背後で、小隊長たちが悲鳴のような号令をかける。



 数発の光弾がウォーロイ皇子に命中するが、彼の鎧と盾はまばゆい輝きを放って光弾を四散させた。彼の防具は、他の騎兵とは明らかにモノが違う。

 防具に封じられた莫大な魔力を解放し、輝く障壁を生み出して光弾を消し去っている。

 巨大な流星が地を駆けてくるようだ。



「ヴァイトおおおぉっ!」

 ウォーロイ皇子の叫びが聞こえてくる。

 ここで俺を倒して、何になるんだ。俺はただの一指揮官だぞ。正統の皇子が命がけで挑むような将ではない。

 だが今、ウォーロイ皇子は全ての力を振り絞って、俺に突撃をしていた。



「いかん、ヴァイト様が!」

「ヴァイト様、お逃げください!」

 兵たちが口々に叫ぶ。

 逃げるだけなら簡単だ。人狼に変身すれば逃げられる。倒すことも簡単だろう。

 しかしそれを兵たちに見せる訳にはいかない。

 何より、ロルムンドの皇子がミラルディアの一貴族に命がけで勝負を挑んでいるのだ。

 ここで卑怯な真似をしたら、ロルムンド人の兵たちは俺を見限るだろう。



 よし、受けて立ってやる。

 人狼に変身はしない。

 俺はマントを翻し、岩から飛び降りる。

 そして森中に響くほどの大声で怒鳴った。

「撃ち方やめろ! 殿下のお相手は俺がする! 誰も手出しするな!」

 俺に迫ってくるウォーロイ皇子が、今ニヤッと笑った気がする。

 なんとなくわかるぞ。



 俺は魔撃銃を剣のように片手で持ち、顔の前に捧げる。ロルムンド式決闘における略式の礼だ。

 それに応えて、皇子が槍を華麗に一回転させた。略式の返礼だ。

 ヘルメットのバイザーで皇子の顔は見えないが、一瞬だけ彼の笑顔が俺の脳裏にちらつく。

 やりづらいな。

 でもやるしかない。



 とはいえ、俺の剣技では騎兵槍と戦えないし、魔撃銃が効くとも思えない。

 ウォーロイ皇子はRPGのラスボスみたいに魔力のオーラに護られているが、あれを貫通するほどの一撃は俺には無理だ。当たっても弾かれ、よろめかせることすらできない。

 どうする。どうしよう。



 ……いや、待てよ。

 俺はとても簡単なことに気づいたので、即座に実行に移す。

 俺は左手を使い、大急ぎで右腕に金縛りの術をかけた。本来は敵に対して用いる術だが、今回は自分に使う。

 これで俺の右肩から右手首まではガチガチに固まり、一本の鉄棒のようになる。



 それから俺は右腕一本で魔撃銃を突き出した。ストックつきの長大な銃だが、今の俺は右腕が固まっているのでしっかり固定できる。照準も全くブレない。

 本当は両手に金縛りをかけられたら理想的なんだが、片手を使わないとかけられないので右腕だけだ。

 そしてしっかりと雪面を踏みしめ、半身になる。



 目の前には球体のオーラに包まれ、光り輝く騎士。生還など全く考えていない、捨て身の皇子が迫っている。

 放たれる魔力が障壁となって、こちらの光弾は弾かれるだろう。

 そしてあと三秒ほどで、鋭い騎兵槍の穂先が俺を貫く。

 人狼に変身していない状態では、避ける自信はない。



 どこから見ても無敵の騎士だが、たった一ヶ所だけ弱点がある。

 その弱点は常に俺の真正面にあり、そして最後の瞬間まで俺の銃口に晒されたままだ。

 それは槍の穂先。

 長く伸びた槍の穂先だけは、鎧が放つ球体のオーラに包まれていない。



 俺は右手一本で魔撃銃を構え、穂先を狙った。

 俺の視点からは、穂先は常に俺を向いていて動かない。

 ただし的が小さすぎるが、照準がブレないよう右手を固めたので十分に狙える。

 ウォーロイ皇子が後のことを考えていないのであれば、俺も後のことは考えない。

 槍の穂先が俺に突き刺さる寸前、俺は自由な人差し指で引き金を引いた。



 至近距離で、光の爆発が起きた。

 それから何が起きたのか、俺もよくわからない。まぶしすぎてよく見えなかった。

 騎手を失った軍馬が俺の真横スレスレを駆け抜け、俺のマントが激しい突風に翻る。



 どうやら俺は死ななかったらしい。

 目の前には、仰向けに倒れたウォーロイ皇子の姿。

 騎兵槍は穂先が消滅し、丈夫な柄がまっぷたつに裂け、折れていた。



 騎兵槍は突撃時の衝撃に耐えるため、甲冑の胸当てで固定する。だから爆発の衝撃は、槍を通して胸まで伝わっているはずだ。

 実際に甲冑の胸当ては大きくひしゃげていて、衝撃の凄まじさを物語っている。

 まず間違いなく、肋骨にヒビぐらいは入っているだろう。



 ウォーロイ皇子の生死は不明だが、起きあがってくる気配はない。

 落馬の衝撃は殺人的な威力を持つ。受け身を取れていなければ、鎧があっても無事では済まない。

 肋骨だって、折れて内臓に刺さっていれば死にかねない。

 おい、死ぬなよ。どうせなら生きていてくれ。



 俺は彼の安否が気になりつつも、まだ片手で魔撃銃を構えた姿勢を保持していた。

 俺もこんな中二病をこじらせてるようなポーズは早くやめたいのだが、筋肉を強制的に収縮させる魔法を使ったので、本当にガッチガチで動かせない。

 最後の一発で魔力もほとんど使ってしまったので、少し休憩しないと魔法が使えない。

 早くウォーロイ皇子の安否を確かめ、治療をしたいのだが……。



 すると魔撃兵たちが立ち上がって、一斉に叫びだした。

「ヴァイト様の勝利だ!」

「魔撃杖とヴァイト卿が勝ったぞ! ウォーロイ殿下に勝ったぞ!」

「ヴァイト卿とエレオラ殿下に栄光あれ!」

「うおおお! 騎兵に、騎士に勝った!」

 茂みや雪の陰から転げるように飛び出してきた魔撃兵たちが、弾切れの魔撃杖を振り上げながら俺を取り囲み、歓声をあげる。



「ヴァイト卿! ヴァイト卿!」

「決闘卿万歳!」

「魔撃の決闘卿!」

 割れんばかりの決闘卿コールに包まれる俺。

 しかし俺は右手が金縛りで動かせないという無様な状態なので、できればそっとしておいて欲しい。

 かろうじて自由な左手を挙げて、俺は歓声を制する。



「諸君、戦闘は継続中だ。だが今の我々に継戦能力はない。よってウォーロイ殿下を保護し、砦に帰還する。各小隊は点呼と負傷者の収容を急げ!」

「はっ!」

 俺はほっと溜息をつきつつ、「左手に金縛りをかけておけば両手で魔撃銃を構えられたのでは?」と考えていた。

 次からそうしよう。

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