流星の森(前編)
208話
望遠鏡に、反転してこちらに向かってくるウォーロイ軍が見えてきた。
狭い地形のため左右に広がって展開できず、敵は行軍用の縦列隊形だ。しかし全員が戦闘準備をしている。こちらの待ち伏せを警戒しているな。
俺は森の木陰に隠れると、犬笛で合図を送った。
砦から出撃してきた魔撃兵は二十人の小隊単位で展開し、白い布を被って森のそこかしこに隠れている。
特に第二〇八魔撃大隊は街道を射程に収めるため、森の端に潜伏していた。
そして俺もそこにいる。
「最初に騎兵が通るが、これは無視しろ」
俺は魔撃兵たちにそう告げた。
「湖上城周辺は騎兵にとって不利な地形だ。籠城戦になればほとんど役に立たない。城に戻りたいのなら戻らせてやれ」
「はっ!」
騎兵と戦わなくていいとわかったせいか、みんな少しほっとした顔をしているな。
騎兵怖いよね。
「次の長槍隊も無視だ」
「長槍隊もですか?」
射程でも機動力でも魔撃兵に劣る長槍隊は、本来なら格好の獲物だ。
大隊長が不思議そうな顔をしたので、俺は説明する。
「俺の隊の偵察によると、後続に長弓隊がいるようだ。こいつらを叩いておきたい」
長弓兵は曲射で矢の雨を降らせる強敵だ。籠城戦、特に湖上城のような地形とは相性がいい。城に戻られては困る。
幸い、こちらは森の木立に守られているので曲射も怖くない。そして敵には遮蔽物がないので、こちらからは撃ち放題だ。
ということで、長弓隊には壊滅してもらう。
後は敵に気づかれないことを祈るだけだな。
ある者は木の幹に隠れ、ある者は白布を被って雪面に伏せ、ある者は木の枝に登って息を潜める。
人数が多いので、一人一人の微かな物音も結構大きく感じられる。
人狼の俺にはやかましいぐらいだが、敵は鎧をガチャガチャ鳴らしながら歩いている人間なので、気づかれる心配はないだろう。
俺たちは森の闇と雪の白に潜み、じっと機をうかがう。
最初の騎兵隊は盾をしっかり構え、森のほうをしきりに警戒していたが、やがて通り過ぎていった。
その後に長槍隊が続く。身長の三倍ほどもある長槍を担いだ歩兵たちは、行軍時にはただの的だ。
撃てばボーナスゲーム状態だが、ここは見過ごす。
長弓隊はまだかな……。
すると少し離れた場所から、犬笛が長く二回聞こえてきた。再び長く二回。ウォーロイ皇子が接近していることを告げている。
長弓隊に打撃を与えておきたいが、指揮官であるウォーロイ皇子を見過ごすのは本末転倒だ。
よし、目標変更。ウォーロイ皇子を攻撃する。
悪いが手加減は無しだ。
俺が魔撃兵の各小隊には、連絡員として人狼隊のメンバーがついている。犬笛を聞き取れる彼らは、俺の命令を小隊長に伝える任務を与えていた。
俺は犬笛を握りしめ、茂みから様子をうかがう。
ウォーロイ皇子が左右を近衛騎兵たちに守られ、行軍している。間違いなく本人だ。
少し遠いが、最前列の魔撃兵ならギリギリ攻撃が届く。
俺は犬笛を長く二回、それから短く三回吹いて、「皇子を攻撃せよ」と命令する。
射程内に近衛騎士たちを捉えていた小隊が、一斉に発砲した。
無数の光弾が、近衛騎兵たちを襲う。
重装甲の甲冑ごと吹き飛ばされ、次々に落馬していく騎兵たち。
たちまち騎兵たちが戦闘態勢を取った。
「敵襲! 散開せよ!」
「距離、半弓里!」
警戒していたせいもあるだろうが、やけに手際がいい。
しかも意外と数が減っていない。
光弾をくらった騎兵たちは全員落馬したが、半数ほどがそのまま起きあがってきた。
味方の魔撃兵たちもそれに気づいたのか、明らかに動揺している。
「ヴァイト様、敵が!?」
「落ち着け、防弾装備を持っていたのだろう。もう一発撃って後退するぞ!」
「は、はい! 各小隊、第二射用意! 目標、敵騎兵隊中央! 撃て!」
魔撃銃が放つ光弾は魔法だから、それに対応した魔法の防具を使えば防ぐことができる。
とはいえ、この騎兵たち全員に装備させるとなると凄まじい金額になる。そこまでしても、一発か二発防ぐのが限度だ。
俺は敵を森の奥に誘い込むため、敵に発見された第二〇八魔撃大隊を下がらせた。
敵は魔撃兵に突撃するか、湖上城に退却するかの二択だ。
突撃してくる場合は後退しつつ森の奥に誘い込み、最後は人狼隊も使って息の根を止める。
一方、退却する敵はそのままにさせておく。深追いは厳禁だ。
俺の予想では、騎兵たちはウォーロイ皇子を守って退却し、時間稼ぎのために他の兵が応戦するはずだ。
相手が歩兵なら、そうそう追いつかれることはない。魔撃兵は軽装なので、長大な槍や弓を持った歩兵より素早く森の中を移動できる。
と思っていたのだが、ここで予想外の展開が起きた。
「突撃!」
「やつらを打ち倒せ!」
近衛騎兵たちが叫びながら、森の中に突っ込んできた。
ウォーロイ皇子の護衛任務はどうするつもりなのかと思ったが、そのウォーロイ皇子本人がこっちに向かってくる。
槍を振りかざし、ウォーロイ皇子が叫ぶ。
「我らドニエスク騎兵こそが帝国最強の戦士! 臆病者はいらん、勇士だけついてこい!」
騎士の鑑だが、無謀もいいところだ。
ここは雪の降り積もった森の中。馬を走らせるには不向きな場所だ。騎兵突撃も本来の速度と威力を発揮できない。あまりにも悪路過ぎて、魔撃ガトリング砲の搬入を断念したぐらいだ。
そのぶん、こちらは好きなだけ隠れる場所がある。
俺は魔撃銃を構えながら、兵たちに命じた。
「後退しつつ撃ちまくれ! 敵の防弾装備は長続きしない!」
雪深い森の中、突進してくる騎兵を魔撃兵が迎撃する。
騎兵たちは敵味方の識別用に、鎧の上からきらびやかな上着を着ている。遠くからでもはっきりと目立つ。
一方こちらは白い布を被って隠れているので、一発撃つまでは気づかれにくい。
第二〇八魔撃大隊の後退を、第二〇七魔撃大隊が斉射で支援する。森に入ってきた騎兵が光弾に倒れていく。
二〇八大隊の後退後は、二〇七大隊が後退する番だ。それを二〇六大隊が支援。その次が二〇五大隊。
そのたびに敵騎兵が倒れ、数が減っていく。
もちろんこちらも無傷では済まない。逃げ遅れた魔撃兵の背中には騎兵槍が突き刺さる。
退路を誤って開けた場所に出てしまった者は、敵騎兵に追い回されて死ぬ運命だ。騎兵に回り込まれ、挟撃を受ける小隊もあるだろう。
視界も足場も悪いので、なかなか整然と退却はできない。
俺も戦況を完全には把握できていない。
「いたぞ、ヴァイト卿だ!」
「紅雪将軍を討ち取って名をあげろ!」
なんだなんだ。
俺を見つけた騎兵たちが一斉に反転し、こちらに向かってくる。
よくわからんが、魔撃兵たちが後退する時間稼ぎになるならちょうどいい。かかってきやがれ。
槍を構えて突進してくる騎兵に狙いを定め、俺は魔撃銃の引き金を引いた。充填されていた純魔力が、そのまま光の弾として放たれる。
直撃だ。
光弾を盾で防いだ騎兵は衝撃で落馬するが、見事な受け身を取って起きあがってきた。さすがだ。
だがそこにもう一発、光弾を当てる。今度は盾が砕けた。
仰向けに倒れた騎兵は、もう起きあがってこない。
しかしその間に、後続の騎兵が数騎突っ込んできた。
周囲に展開している味方の魔撃兵も応戦しているが、あまり命中していない。射手に向かってこない標的に当てるのは、結構難しいのだ。予測射撃が必要になる。
そして騎兵は全て、俺に向かって突撃してくる。
冗談じゃないぞ。
「ヴァイト様をお守りしろ!」
「制圧射撃開始!」
味方の魔撃兵たちが退却をやめ、整列して射撃を開始してきた。
待て、勝手に戦うんじゃない。俺のことはほっといてくれ。
いざとなったら人狼に変身して逃げるから。
「撃て! 撃ちまくれ!」
「魔撃兵の誇りを見せろ!」
見せなくていい。
「構うな、突撃だ! 恐れるな!」
「ウォーロイ殿下のため、命を捨てるときは今だ!」
捨てなくていい。
やめて、俺のために争わないで。
そう言いたくなるぐらい、周囲では俺を巡って大激闘が繰り広げられている。
俺のピンチを聞きつけて戻ってきたのか、いったんは後退した魔撃兵たちが、森の奥から光弾を流星雨のように放ってくる。
そこに突撃し、俺を倒そうとする重甲冑の騎兵たち。
意外にも幻想的で美しい光景だが、実態は血みどろの消耗戦だ。
それもかなり一方的な展開だ。
敵の近衛騎兵は一直線に俺に向かってくるので、味方は自然と俺の背後に回り込み、真正面から敵を捉えようとする。
おかげで後ろからは味方の光弾がドカドカ飛んでくるし、前からは敵の騎兵槍がどんどん迫ってくる。
こうなるともう、俺の居場所をはっきりさせたほうが安全だな。
覚悟を決めて俺は立ち上がり、手近な大岩に駆け上がって大声で叫ぶ。
「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそはヴァイト・グルン・フリーデンリヒター! 命知らずの決闘卿だ! 私以上の命知らずだけかかってこい!」
たちまち敵騎兵が勢いづいた。雪を蹴散らし、軍馬の大群が迫ってくる。
こうなったら全滅させるしかない。
俺は無我夢中で魔撃銃を撃ちまくった。