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足跡は北に

203話



 防衛戦の翌朝、俺たちは戦場の検分を行った。

 味方の損害は八名。防壁から身を乗り出して戦っていた兵士たちが犠牲になっている。

 彼らがそこまでしないと侵入されていただろうから、彼らの犠牲のおかげで何とか守り抜けたようなものだ。

 そしてこちらの死傷者の半数以上は、あの懲罰部隊の兵士たちだった。

 俺は別に彼らを過酷な配置にした訳ではないから、それだけ彼らが必死になって戦ったということになる。



 一方、敵の損害は壮絶だった。

「四千ぐらいかな」

 パーカーがつぶやいた。

「北側と南側、どっちも二千ずつってところだね」

 北側の別働隊はそれほど多くなかっただろうから、割合としてはずいぶん高いな。

 暗闇で戦況がわからなかったのだろうが、そこまで戦い続けた彼らも相当なものだ。



 死体の処理は、味方の兵士たちを休ませている間にパーカーがこっそり少しずつゾンビ化させて移動させてくれた。

 今頃は一体残らず、湖岸まで自力でたどり着いているはずだ。埋めるにしても雪原だし、手間が多すぎる。

 少し悪趣味な気もするが、他に死体を返還する方法がない。

 でもこれ、やってることが師匠と同じだな。



「ああそうそう、ヴァイト。死後硬直が始まってるから、もう死体は動かせないよ。この寒さだから腐りはしないだろうけどね」

「獣に食い荒らされないといいんだが、そこまで責任持てないな。いいよ、ありがとうパーカー」

 また借りが増えてしまった。

 あんまりこいつに借りを作りたくないんだが、妙に頼りになるから困る。



 ウォーロイ軍は昨夜、二万前後の兵力でここを攻めたはずだ。

 そして損害が四千。

 これで戦えなくなるほどの損害ではないが、開戦以来の大損害を受けたのは確かだろう。

 何より士気が下がりまくっているはずだ。

 戦略的に得るものが全くない、完全な敗北だったからな。



 クリーチ湖上城に残っている兵力は、おそらく二万六千ぐらい。

 まだまだ俺たちより多いし、これが北ロルムンドに戻ればエレオラ軍にとって脅威になる。

 長い長いお留守番は、まだ始まったばかりだ。



 しかし今回の防衛戦は、思わぬ形で戦況に変化をもたらすことになる。

「アシュレイ皇子は筆まめだなあ」

 俺は届いた書状を眺めながら、思わず苦笑する。

 密書ではなく公的な書状なので、封蝋や透かしの入った紙が使われている凝った代物だが、内容自体は簡単だった。



 アシュレイ派貴族たちの軍が、突如大集結を始めたのだ。

 その数、なんと七万。圧倒的な大軍だ。

 書状を読んだカイトが、首を傾げている。

「なんで急に?」

 俺は苦笑しながら説明してやった。



「簡単だよ。アシュレイ皇子が頑張ったんだ。今回の俺たちの戦いぶりを、うまく交渉材料に使ったようだな」

 わずか七千の兵で、三万の精鋭を退けた異国の猛将ヴァイト。

 七千といっても選りすぐりの魔撃兵もいるし、攻めてきたのは三万全部ではなく二万そこらだと思うし、何より俺は猛将などではないが、とにかくアシュレイ皇子がそう言って派手に宣伝したらしい。



「ミラルディアの貴族がロルムンドの兵を使って大戦果をあげたとなれば、日和見貴族どもも色々と刺激されてくるんだろうな」

「はー……なんか、ものすごく今更ですね」

「そうだな……もっと早く集まってくれりゃ、俺も楽だったんだが」



 彼らに言いたいことは色々あるが、とにかく大軍が勢ぞろいした。

 ただこの大軍、見栄えだけは立派だが中身はまるでダメらしい。農村の自由民に槍やクロスボウを持たせた程度の、ほぼ完全な烏合の衆だ。隊列もまともに組めないらしいので、素人の集団といってもいい。

 アシュレイ皇子も書状で「あまり期待はしないでください」と何度も念を押しているぐらいだ。



 しかし「ドニエスク討つべし」という機運は市民にも広がりを見せていて、帝都防衛のための市民義勇兵も集まっているという。

 こちらも素人なので遠征には参加させられないが、帝都に敵が攻めてきたら防衛に協力してくれるそうだ。

 アシュレイ皇子、庶民にも人気あるみたいだしな。



 カイトは書状をパーカーとラシィにも回し、二人は顔を見合わせてくすくす笑う。

「ヴァイトさんの武勲にまた尾鰭がついてますね、パーカーさん」

「ああ。それに今度のはアシュレイ皇子公認というか、彼が噂を広めている張本人だからね。ロルムンド史に残るよ、これは」

「やめてくれ。エレオラのほうが、よっぽど頑張ってるぞ」



 俺はエレオラからの書状も、三人に見せた。

「アシュレイ軍のケツを叩きながら、既に城や砦を四つ落としたらしい。うち二つは無血開城だ」

 それを聞いたカイトが呆れた顔をする。

「戦争になると生き生きしてきますね、あのお姫様」

「遠慮なくぶちのめせる相手だと気楽なのかもな……」

 カストニエフ家の従兄たちや、エレオラ派宮爵たちも、しっかり活躍しているらしい。

 戦地の様子は想像するしかないが、きっと熱いドラマとかがあったのだろう。たぶん。



「エレオラ軍はアシュレイ軍を引っ張りながら、イヴァン皇子のいるキンジャール城に迫りつつあるらしい。ただ、春までに戻れるかどうかはまだわからないと書いてあるな」

「戻ってきてもらわないと困るねえ。平地でウォーロイ軍と戦うのは無理だよ」

 パーカーがのんびりとつぶやく。

 春になって雪が融ければ防衛拠点がなくなるからな、俺たち。



 ラシィが先日の疲れがまだ残る表情で、カイトの差し出した紅茶を一口飲む。籠城戦で茶葉は貴重品だが、嗜好品もたまには許可しないと士気が下がる。

「あ、でも七万もアシュレイ軍が集まってるなら、こっちに来てもらえばいいじゃないですか」

「いや、それが……」

 俺は溜息をつく。



 俺はエレオラが出立する前、後方のアシュレイ軍の城や砦にミラルディアの軍旗を掲げてもらった。いかにも援軍が到着したように見せかけるためだ。

 ついでに城の周辺には、野営用の雪洞を大量に作ってもらっている。

 ウォーロイ軍が三万の全軍で夜襲をしてこなかったのは、おそらくこれが一因だろう。予測不可能な兵力の存在を警戒して、それなりの規模の守備隊を残したのだ。

 そこまではいい。



「この七万の無駄飯喰らいども、後方の雪洞にこれ幸いと入居しやがってな。それっきり、何もしていない」

 彼らは「帝都から出撃した」という事実が欲しいだけらしく、ウォーロイ皇子の精鋭と戦う気は全くないようだ。



 戦勝祝いの特別支給品のベーコンをあぶっていたファーンお姉ちゃんが、しみじみと溜息をつく。

「人間って好戦的な割に臆病だよね。変なの」

「人間が人狼のノリで戦うと、みんな死んじゃうからな……。とはいえ、これはちょっと酷いが」



 集まった貴族連合軍はアシュレイ皇子に忠誠を誓ってはいるが、アシュレイ皇子の指揮系統には属していない。

 こんなのが大軍でミラルディアに攻めてきたら、占領された街は好き放題されていたはずだ。ぞっとするな。

「まあ、この程度の連中なんで期待はしないでくれ。ウォーロイ皇子は俺たちが倒す」

 七万の無意味な大軍は戦場以外で使わせてもらうとしよう。機会があればだが……。



 そのとき、哨戒任務に出ていたガーニー兄弟が戻ってくる。頭の雪をばさばさ払いながら、二人は笑みを浮かべた。

「おっ、豚のベーコンだな! 外の連中が食ってたのと同じだ!」

「この匂いは白桜のチップだ。いいねえ、俺の好物だぜ」

 報告もそっちのけでベーコンの塊にいそいそと近づいていく従兄弟たちに、俺は咳払いをする。



「おい、報告」

「あ、悪い。忘れてた」

 ファーンお姉ちゃんが全員分のベーコンを切り分けているのを、ちらちら見ているガーニー兄。

 俺も気になってるんだ、早く報告しろ。



 すると彼はこんなことを口にした。

「北東の湖岸を見たら、雪の上に人間の足跡がついてたぜ。そこからまっすぐ北に向かってた」

「五、六人ってとこかな。昨日の夜のうちについたらしい。あ、戻ってきた形跡はなかったぞ。足跡は北の宿場街まで続いてた」

 ガーニー弟が補足する。



 俺はみんなと顔を見合わせた。

「密使にしては不自然な人数だし、偵察にしては明るくなってから戻ってきていないのがおかしいな」

 俺は差し出されたベーコンを一切れ口に運び、どぎつい塩気と濃厚な脂の旨味に癒される。まともな肉は久しぶりだ。



 指を舐めた俺は少し考える。

「今夜は哨戒の規模を拡大しよう。密使を監視していた頃の規模に戻すぞ」

「なあヴァイト、もしかしてこれってやばいのか?」

 ガーニー弟の問いに、俺は笑って首を横に振る。

「俺の予想が正しければ、良い兆候だ。俺も同行する」

「お前、外に出たいだけだろ!?」

 そんなことはないぞ。



 そしてその夜、俺の予想が正しかったことがわかった。

 鎧を脱ぎ、剣と荷物だけを持ってこそこそと走っていく数名の姿。明らかに脱走兵だ。

 理由はまだわからないが、湖上城から兵が逃げ始めているようだな。

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