湖上の城 vs 雪の城
198話
俺はさっそく軍議を開いて、思いついたアイデアを形にできないか相談してみた。
「さっきナタリア殿の雪洞を見ていて、湖上の城に対抗するために、こちらも氷の城を建設しようと思いついた」
一同が沈黙する。
待ってくれ、続きがあるんだ。
「言っておくが、湖上に建てる訳ではないぞ。投石機すら展開できないような氷だ、まともな建築物を乗せるのは不可能だろう」
「では、どこに建てるのですか?」
ボルシュ副官が興味を持った様子で訊ねてきたので、俺は地図を広げる。
「我々は現在、クリーチ湖上城を包囲している。北側が我が軍で、南側がアシュレイ軍の担当だな」
アシュレイ軍は士気が低いので、帝都に近い南側を担当している。
俺たちエレオラ軍は北側……つまりイヴァン皇子が援軍をよこしたら最初に攻撃を受ける場所に展開していた。
ここは現在、何にもない雪原だ。東西を深い森と険しい山に挟まれているので、あまり身動きが取れない。
近くの街は城壁すらなくて防衛拠点にできそうにもないので、俺たちが立てこもれる軍事拠点がない。
北からはイヴァン皇子の援軍を警戒しなくてはいけないし、南からは湖上城からの出撃を警戒しなくてはいけない。
しかし砦のひとつもあれば、話はがらりと変わってくる。
エレオラ軍が立てこもれる砦があれば、一万七千の兵力を持つ俺たちはかなりの強さになる。
イヴァン皇子の援軍二万と、ウォーロイ皇子の軍三万、合計五万の攻撃にも耐えられるだろう。
「幸い、周囲に雪は大量にある。これを固めて壁を造り、我が軍の陣地を砦にしてしまおう」
前世で俺が好きだったブロック玩具に、中世ヨーロッパの城を作れるシリーズがあった。
湖上の城と氷の城があったら絶対欲しい。
そんな妄想を一瞬抱いた俺だが、氷を集めるのは難しいので雪で我慢することにした。
ついでに建物を造るのもあきらめて、防壁だけで妥協することにする。
どっちかというと雪まつりみたいだな。
実に俺らしい地味なプランだが、これがうまくいくとこうなる。
北ロルムンドからの援軍(イヴァン軍)
湖北の陣地(■エレオラ軍)
クリーチ湖上城(■ウォーロイ軍)
湖南の陣地(アシュレイ軍)
帝都周辺(■アシュレイ軍)
■がついているのは、籠城戦が可能な軍だ。
危うい位置にあったエレオラ軍の存在感が、急に増したのがわかる。
もっともこの雪の砦、完成しても性能はあまり良くないだろう。急造だし、しょせんは雪だ。春になれば融ける。
それでも魔撃兵にとっては大きな意味がある。
「我が軍は多数の魔撃兵を抱えているが、彼らは野戦が苦手だ。しかし籠城戦になれば恐ろしく強い」
ここらへんは鉄砲と同じだ。
「我が軍がここに陣地を築けば、魔撃兵が本来の強さを発揮できる。イヴァン皇子とウォーロイ皇子が挟撃を仕掛けてきても負けることはないだろう」
そうなるとどうなるか。
湖上城を全軍で包囲しなくても安全になるので、アシュレイ軍がいらなくなる。
「我々がここでウォーロイ軍を足止めできるので、アシュレイ軍は北進してイヴァン皇子を討伐することができる」
あいつらにも少しは働いてもらわないとな。
アシュレイ軍がいなくなった後に、ウォーロイ軍が帝都に侵攻をかけてくる可能性もあるが、途中にはアシュレイ軍の城や砦がある。
ウォーロイ軍がそれらの攻略を始めたタイミングで、俺たちが背後から襲撃してやればいい。
陣というのは正面以外から攻撃されると弱いので、数の差があってもウォーロイ軍は大打撃を受けるだろう。
するとカイトが挙手した。
「工法について、説明をお願いできますか?」
いい質問だ。
「工法は問題ない。雪かきをして、陣地の周囲に積み上げるだけだ。ロルムンド人ならみんな毎年やっていることだ」
別に熟練工である必要はない。
「ただし見積もりによると雪の量が不足しそうだが、クリーチ湖から氷を切り出して使う。もちろんそれでもまだ足りないから、湖水を汲んできて魔撃兵に凍らせる」
雪で砦を造るというアイデア、割と誰でも思いつくものだが、実行した者はいない。
理由は簡単で、たいていの場合は雪の量が足りないからだ。
前世の雪まつりでも、雪像ひとつ作るのにあちこちからトラックで雪を運んでいた。そこらにある分だけではなかなか作れない。
しかし今の我々には、冷却魔法が使える魔術師が何百人もいる。
そして水は近場で汲み放題だ。
「最初は低いものでいい。腰の高さまであれば、魔撃兵は安心して射撃することができる。後は資材の調達状況に合わせて、どんどん積み上げていく」
魔撃兵は弓兵と違って伏せ撃ちができるので、なんなら膝の高さでもそれなりに戦える。
ほんの少しの防壁があれば、彼らは輝けるのだ。
「最終的には一般的な城壁の高さにしたい。外壁の表面は滑らかな垂直の氷にする予定なので、これを登るのは不可能だろう」
後は銃眼をいっぱい作って、監視塔も作って……夢が広がる。
どこまで作れるかはわからないが。
エレオラが俺に訊ねる。
「建築中に敵から妨害を受ける可能性については?」
「もちろんある。だが湖岸の氷を割ってしまえば、ウォーロイ軍は簡単には接近できない。どうせ水を汲むために湖岸の氷は割るからな」
分厚い氷を割るのは言うほど簡単ではないが、歩兵や騎兵が渡れない程度でいいから何とかなるだろう。
一度割ってしまえば、再凍結しないよう管理するだけでいい。
その後、みんなで相談して具体的な作戦計画を練ってみる。
検討の結果、「失敗しても失うものはあまりなさそうだし、他にやることもないからやってみるか」という感じで皆の同意を得られた。
その日のうちに、さっそく工事が開始される。
といっても、見た目はただの雪かきだ。陣地の外からも雪を集めてきているのが、普段とは違う。
集めた雪はバンバン叩いて固める。
固めるとびっくりするぐらい小さくなってしまうので、また雪を積んで叩いて固める。またびっくりするぐらい小さくなった。
防御陣地を構築するには、やはりかなりの量の雪が必要だな。
別の場所では水を汲んできて、急造の木枠に流し込んでいる。それを魔撃兵たちが冷却魔法で凍らせている。
さすがに一瞬で凍らせるとはいかないようで、彼らもうんうん唸りながら頑張っていた。
誰も担当していない木枠もあるが、それは自然に凍るのを待っている分だ。
作業を視察してきたエレオラが戻ってくる。
「この戦で魔撃兵が活躍すれば、魔撃兵の地位が向上する。それは私の地位向上も意味する。そういうことだな?」
俺はニヤリと笑う。
「さすがはエレオラ殿下、御明察で」
ドニエスク家との戦いに勝った後は、アシュレイ皇子のいるシュヴェーリン家が相手だ。
そのためにはアシュレイ軍よりも手柄を立てておく必要がある。
魔撃兵器はエレオラが実用化に成功した武器だから、実戦での優位性が証明されれば彼女の功績だ。
もっともアシュレイ軍にも、多少は仕事をしてもらおう。
「アシュレイ軍が北進してイヴァン皇子の軍と戦った場合、彼らは勝てるかな?」
俺が訊ねると、エレオラは苦笑した。
「少なくとも、援軍用の二万の兵は大したことはあるまい。ウォーロイ軍よりは質が落ちるはずだ」
無駄に戦死者を出しても意味はないので、最初に動員されるのは装備と練度の高い精鋭たちだ。
後になればなるほど、兵の質は落ちてくる。
「それでも負けたらどうする? あるいはその二万を撃破しても、まだ敵が残っていたら?」
俺の問いに、エレオラは笑う。
「そのときにはアシュレイ軍には全滅してもらおう。我々は退却し、近隣の城で改めて防衛戦をすることになる。アシュレイ皇子が帝都にいる以上、帝都が陥落しない限りアシュレイ軍は負けない」
俺も同じ意見だが、ほんとに情け容赦ないな。
クリーチ湖上城と帝都までの間には、砦と城がいくつかある。
ウォーロイ軍が出陣した場合、そのどれかで足止めをくらうことになるので、帝都に向かう場合は彼らも思うようには動けない。
俺たちが退却する時間と逃げ込む場所は十分にある。
ただしウォーロイ軍の出撃は我々にとっても脅威なので、より確実に動きを封じるための策を用意している。
アシュレイ軍には話を通しておいたので、そろそろあっちでも動き出しているはずだ。
「もし全ての策が失敗しても、まだ最後の手段がある。軍議には出していないから、まだ俺の腹の中に納めてあるが」
「ほう」
エレオラは悪戯っぽく笑う。
「教えてはくれないかな? 我が盟友」
「くだらない策だぞ。下策も下策だ」
「いいから聞かせてくれないか。私は貴殿の思いつく、妙な策が結構好きでな」
エレオラは最近、ちょっと明るくなった。
明るくなったのはいいが、妙に絡んでくる。
俺は少し考え、それから彼女に言った。
「耳を貸せ」
「ああ」
俺は彼女の耳元にささやきかける。
「俺が湖上城に潜入して、ウォーロイ皇子を暗殺する」
エレオラはきょとんとして、それから俺を見上げる。
そして声を立てて笑った。
「はははは!」
「笑うなよ、下策と言っただろう」
俺は言うんじゃなかったと後悔したが、エレオラは笑いながら手を振った。
「いや、そうではない。はは、確かにその手があったな」
目尻の涙を拭いながら、エレオラは息を整える。
「貴殿ならできそうだ。今からやってみないか?」
「さすがに命がけすぎるな……」
城壁の高さといい、城の広大さといい、城兵の数といい、ちょっと人狼隊の手には余る。おそらく相当数の被害が出るだろう。
次の戦いのためにも、ここで人狼隊を失う訳にはいかない。
もちろん俺も死にたくない。
「俺は貴殿が思うほど強くはないし、万能でもないぞ。平凡な人狼の力を持ち、少しばかりの魔法を使う、ただの軍人だ」
「謙遜も過ぎると嫌みに聞こえるぞ、リューンハイトの黒狼卿」
客観的な自己評価です。
俺そんなに強くないよ。
武装した戦士を百人相手にしたら、まず間違いなく死ぬからな。
俺は首を撫でながら、溜息をついた。
「リューンハイト防衛戦みたいなのをまたやるのは、もう二度と御免だ」
エレオラは微笑し、それから俺にうなずいた。
「これは私の戦争だ。貴殿にばかり苦労はかけさせんよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。俺は地味な副官として、貴殿を支援しよう」
すっかり深入りしてしまったが、最後はエレオラが全部引き受けることになるからな。
彼女にはがんばってもらおう。
するとエレオラが首を傾げる。
「前々から気になっていたのだが、貴殿は『地味な副官』に思い入れでもあるのか?」
「それが俺の自己評価だというだけだ」
俺は派手な活躍なんかできないし、トップに立てる器でもない。
だから俺がするのはいつも、誰かのお手伝いだけだ。




