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「ウォーロイ皇子の焦り」

194話(ウォーロイ皇子の焦り)



「スヴェニキ城が落とされただと?」

 俺は斥候からの報告を、信じられない思いで聞いていた。

 眼前にはアシュレイ軍が立てこもる砦がある。この砦を攻め落とせば、スヴェニキ城に入城して一息つける。

 そう思っていただけに、俺も将兵も落胆が大きい。



「殿下、いかがいたしましょう?」

「スヴェニキ城で補給を受けられないのでしたら、我が軍はあと数日しか戦えません」

 俺に付き従う領主たちも、動揺を隠せない様子だ。

 こいつはちょいと参ったな。



 スヴェニキ城を守るリャーグ伯爵は、元々ドニエスク派の貴族だ。いざというときのために、親父がアシュレイ側に潜り込ませていた。これは俺と兄貴しか知らない。

 アシュレイ皇子の敗戦直後という最高のタイミングでこちらに寝返ってくれたので、俺としても安堵していたところだった。



 まあいい、しょうがねえ。戦争ってのはこういうもんだ。何もかも思い通りに行くのなら将など不要だ。

「で、やったのは誰だ?」

「ヴァイト卿です。手勢を率いて城内に潜入し、城門を破壊したとのこと」

 やっぱりあいつか。やりやがったな。

「リャーグ伯はどうなった?」

「ヴァイト卿によって討ち取られた模様です」

 あの野郎、親父が十年かけて準備した布石を、綺麗さっぱり片づけやがった。



 だからヴァイト卿は戦争前に味方にしとけって、俺は何度も兄貴に言ったんだ。

 いや、今はそれどころじゃないな。

「おい、輜重隊はこっちに向かってるのか?」

「向かっているはずなのですが、まだ数日かかります」



 進軍速度を優先して鈍速の輜重隊を置き去りにしてきたから、俺の軍には最低限の食糧しかない。

 食糧輸送を担当する輜重隊が予定通りに到着すればいいが、もし遅れたら空きっ腹で敵と戦うはめになる。

 近くの村々から食糧を徴発することもできるが、今は冬で食糧が大事な時期だ。ロルムンドの民を飢えさせるような戦をしては、あの世の親父に叱られる。



 最善を得るためには最悪に備えよ。

 親父の言葉が重くのしかかってきた。

 進軍を急いだ俺の失敗だ。だから俺はすぐに決断を下す。

「砦への攻撃を中止しろ! クリーチ湖上城まで退却する!」

「殿下、よろしいのですか!?」

 居並ぶ諸将がどよめくが、俺はうなずく。



「あの砦を落としても、その先には敵しかいないのだ。補給も受けられんし、立てこもる場所も、兵を休ませる場所もない」

「それはそうですが、イヴァン殿下の命に背くことになりますぞ」

 甲冑を着た貴族が不安そうに言う。

 北の領主にとって、ドニエスクの命令は絶対だからな。



 だが俺もドニエスクの男だ。

「予定と違うことが起きたのに、予定通りに作戦を進めようとすれば、必ず失敗するぞ。心配するな、兄上には俺から説明しておく」

 そう言って皆を安心させると、俺は手を叩いた。

「さあ急げ、敵より遅い行動は何の意味もないぞ。戦は早さだ! すぐに動け! ただし敵に悟られるな、追撃を受けるぞ!」



 諸将が慌ただしく動き始めた中で、一部の貴族が俺に近寄ってくる。

「殿下、イヴァン様の援軍を要請なさってはいかがでしょうか」

「ミラルディアがアシュレイ皇子に味方するとなれば、長期戦になるかもしれません」

「それにヴァイト卿はエレオラ皇女の副官的立場です。エレオラ皇女もアシュレイ皇子に加担したとみるべきでしょう」



 俺は敢えてそこには触れないようにしていたが、やはり懸念を抱く者たちがいたか。

 参ったな。そいつは俺も心配してるとこなんだが、俺にもわからんのだ。



 ヴァイト卿の力の根源は、その得体の知れなさだ。

 ロルムンド側は最初、あいつを属国の外交官だとたかをくくっていた。

 しかしあいつときたらロルムンドに敬意は払わず好き勝手やりやがるし、エレオラもそれを放置している。しまいにはアシュレイに取り入る始末だ。

 この自由奔放さ、エレオラとの間に何か裏の取引があるのは間違いない。



 正直俺にもよくわからんので、できればヴァイト卿と俺たちの関係は曖昧なままにしておきたい。

 とはいえ、こいつらを安心させてやるのも俺の仕事だ。

「案ずるな。ヴァイト卿は数十名の手勢しか率いておらん。ミラルディアから援軍が来るとしても、春になってからだ。それまでに決着をつけ、ミラルディアとも交渉を進める」

 自分で言ってて何だが、どんどん壁が高くなってきたな。

 忌々しいヤツだ。



「先のことは兄上に任せておけ。俺たちは目の前の戦をうまくこなさねばならん。勝つことが最低限の条件だぞ。俺たちならできる!」

「は、はい!」

「奮起いたします!」

 不安そうだった彼らの顔に、ようやく覇気が戻ってきた。

 やれやれだ。



 しかし援軍は必要になるかも知れんな。

 エレオラは現役の軍人だし、あいつの伯父であるカストニエフ卿は東ロルムンドの実力者だ。かなりの規模の軍になるだろう。

「一万……いや、一万五千というところか」

「どうなさいましたか、ウォーロイ殿下?」

「いや、独り言だ」

 こいつらに知られる訳にはいかない。



 仕方ない。政治工作で忙しい兄貴には負担だろうが、援軍は要請しておくか。予備の食糧もだ。

 俺は書記官を呼ぶ。

「兄上に援軍の要請だ。歩兵だけでいいから二万くれと伝えろ」

「はっ」



 俺は野営の天幕から南の方角をにらむ。

 今回はお前の勝ちだ、ミラルディアの決闘卿。ここは退こう。

 だがそれは次にお前と戦うためだからな。

 すぐにまた戻ってくるぞ。

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