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ノーデグラートの会戦

190話



 帝都シュヴェーリンの北、およそ五十キロほどの位置にあるノーデグラート平原。

 侵攻ルートにある領主すべてを屈服させて破竹の進撃を続けるウォーロイ皇子を、アシュレイ皇子の軍がここで迎え撃った。

 ウォーロイ軍四万に対して、アシュレイ軍三万。

 ミラルディアではまずお目にかかれない、大規模な合戦だ。



「見晴らしいいなあ」

 俺は近くの山頂に陣取って、望遠鏡で平原の様子を観察していた。

 ちょっとしたピクニック気分だ。雪も積もっているので、居心地がいいようにかまくらまで作った。

「ヴァイトさん、これ絶対危険ですって」

 カイトはコートの上からマントまで羽織って、ガタガタ震えながらかまくらの中にいる。



 俺は頭に積もった雪を払いながら、彼に干し肉を投げてやった。

「心配するな、そこに隠れてりゃ見つかる心配はないぞ。ほら、これでも食ってろ」

 カイトは干し肉をまじまじと見つめながら、溜息をつく。

「よくこんな場所で物を食べる気になれますね……」

「お前も戦場偵察は初めてじゃないんだから、そろそろ慣れろよ」

「どっちに見つかっても面倒なことになるんですよ? あそこにいるの全部敵なんですよ?」

「心配しなくても、俺がついてるだろ?」

 俺が笑うと、カイトは黙ってしまった。



 俺とカイトの周囲には、護衛のためにハマーム隊が展開している。隠密行動に慣れた彼らに任せておけば、周囲の警戒はバッチリだ。

 俺は朝食代わりの干し肉をもぐもぐやりながら、両軍の布陣を観察した。



 ウォーロイ軍は槍隊を前面にずらりと並べ、両翼に騎兵を配置している。後方には少数だが、長弓隊と魔撃杖隊が見える。

 あの布陣だと、騎兵はどこかのタイミングで投入されるまで待機かな?

 一方のアシュレイ軍はというと、槍隊の後方に騎兵が配置されている。騎兵突撃の際には、前方の槍隊が進路を開けることになるだろう。こちらは長弓隊ではなく、クロスボウ隊が後方に配置されている。



「アシュレイ皇子のほうには長弓隊がいないんだな」

 俺がつぶやくと、カイトが干し肉を必死に噛みながら応えた。

「あれは専門家集団ですからねえ……ヴァイトさん、これ何の肉ですか?」

「馬肉」

「えっ?」

 食べるのを中断したカイトに、俺は首を傾げた。

「どうした?」

「う、馬って……食べていいんですか?」

 馬刺おいしいよ?



 俺は難しい顔をしているカイトをそのままにして、布陣を眺めた。

 数でも質でもアシュレイ皇子側がやや不利だな。クロスボウ隊は攻撃力もあるし簡単に育成できるが、連射がきかないので平原での会戦にはあまり向いていない。

 それにここに総大将のアシュレイ皇子は来ていない。



「アシュレイ皇子は帝都だな?」

「あ、はい。ここの総大将はトスキン候爵です。アシュレイ皇子の遠縁ですね」

 家柄としては申し分ないが、問題は能力だな。

「ヴァイトさん、アシュレイ皇子本人が来てないのはまずいですかね?」

「士気には多少影響するだろうな。それに勝つにしろ負けるにしろ、戦場の様子を直接見ていないのは良くない」

「ああ、現場のこと知らずに命令だけする上司って嫌ですよね」



 カイトのトラウマが蘇りかけているので、俺は苦笑いしながらフォローする。

「アシュレイ側のシュヴェーリン家には、男子がアシュレイ皇子しかいないだろ? 彼が死んだら終わりなんだ。一方、ドニエスク家にはイヴァン皇子とウォーロイ皇子、それにまだ幼いがリューニエ皇子もいる」

 皇子の誰かが討ち死にしても、まだまだ戦える。

 だからウォーロイ皇子が直接指揮を執っているのだろう。



 それにしてもあいつ、イヴァン皇子のやらかしたことに気づいてないのかな?

 いや、ああ見えて結構鋭いから、兄が父を謀殺したことには気づいているだろう。

 わかった上で従っているのだ。

 ……うん、謀略の種に使えそうだぞ。



 そんなことを考えているうちに、両軍の布陣が完成したようだ。

 戦場の中央に両軍の使者が進み出て、なにやら交換している。おそらくロルムンドの伝統儀式、合戦契約書の交換だ。

 建前とルールを重んじるロルムンドでは、戦争ごとに両軍で契約書を交わす風習がある。この儀式によって、支配階級による「正当な戦争」か否かが決まるという。

 もちろん建前かつ儀礼的なものなので、契約書の内容自体は守られないことも多いらしい。



 そして使者が自陣に戻ったところで、両軍の鼓笛隊がラッパと太鼓で前進を命じた。

「野外コンサートみたいだな」

「そういう感想が出てくるのは、たぶんここにいる中ではヴァイトさんだけですよ」

 緊張感が乏しいのは自分でもわかってますが、今日は完全に観戦目的なので大目に見てください。



 ウォーロイ皇子の軍勢は北ロルムンドの領主連合軍だが、寄せ集めにしてはなかなか統制が取れていた。槍隊も歩調が揃っている。長弓隊の支援を受けながら、整然と槍を構えて前進していた。

 一方、アシュレイ軍は動きが乱れている。

「あれ? ヴァイトさん、あっちの部隊が動いてませんよ?」

 アシュレイ軍の端にいる槍隊のひとつが、その場から動いていない。

 俺は少し考え、こう答えた。

「鼓笛の音が届いてないんじゃないかな? あっちは風上だから、音が風下に流れてるんだ」

 戦場ではよくある話で、三万人もの兵士がいれば当然そういうことも起きてくる。



 停まっている槍隊の隣の隊も、なんだか動きがおかしい。兵たちが左右を見比べて、進むか停まるか迷っている様子だ。歩調が乱れている。

 結局、アシュレイ側は前衛が乱れたまま敵の槍隊と接触した。双方の軍が長槍で激しく突き合うが、長槍隊は隊列の維持が重要だ。

 程なくすると、アシュレイ側がじわじわ押し返され始めた。



「決着ついたな」

 俺がつぶやくと、カイトが干し肉をかじりながら疑問を口にする。

「もうですか?」

「布陣のミスだ。アシュレイ側の槍隊は劣勢なのに、それを支援できる部隊がない」



 槍隊の後ろに騎兵隊を配置してしまったので、槍隊が邪魔で騎兵隊は動けないのだ。クロスボウ隊もいるが、クロスボウは曲射が苦手なのでやはり味方が邪魔になっている。

「将棋でよく見たな、こういうの」

「ショウギ?」

「間違えた、謀棋だな」

 危ない危ない。

 歩が邪魔になって飛車や角が前に出られない状態を思い出したのだが、それはカイトには秘密だ。



 アシュレイ側は鼓笛をパッパカパードンドンドンと激しく鳴らして、隊列を変更させようと躍起になっている。

 戦況を好転させるため、ウォーロイ側の手薄な場所にアシュレイ側の騎兵を突撃させるつもりのようだ。そのために槍隊を左右に動かそうとしている。

 しかし戦場の混乱で、命令が末端まで行き渡っていない。



 特に劣勢になっている隊は防戦一方なので、動けと言われてすぐに動ける状態ではない。

 そこに隣の隊が移動してくる。

 大混乱だ。

 移動してきた友軍を敵と勘違いしたのか、慌てて距離を取る隊も出ていた。隊列が乱れ、そこに敵が押し込んでくる。



「うわ、ひどいですね、こりゃ」

 カイトが眉をしかめるが、俺は首を横に振る。

「規模が大きくなるとこんなもんだ。諸侯の軍隊の寄せ集めだしな。命令をどう伝えて迅速に兵を動かすかというのは、戦術家にとっては永遠の課題だよ」

 俺の前世でさえ、誤射や誤爆は解決されてなかったしなあ。



 俺はアシュレイ側の指揮官に同情したが、ウォーロイ皇子はもちろん敵に同情なんかしてくれない。

 ウォーロイ側の槍隊がそのままぐいぐい押し込んでくるので、アシュレイ側の槍隊はとうとう崩壊してしまった。統制を失って逃げ出す部隊が出てくる。



 そしてその頃、動きの停まっていたアシュレイ側の槍隊がようやく動き出した。

 鼓笛の音は聞こえなくても、周囲の状況を見れば友軍が劣勢なのは明らかだからな。味方を助けようと、劣勢を物ともせず果敢に突撃してくる。

 だがこれが最悪の事態を招いた。



「ヴァイトさん、あの槍隊がメチャクチャに攻撃されてるんですが……」

 俺も望遠鏡でそれを眺めながら、そっと溜息をつく。

「タイミングが悪かったな」

 混乱しているところに突進していったので、アシュレイ側から敵だと間違えられたらしい。旗に描かれた紋章を見ればわかるだろうに。

 アシュレイ軍の一角で激しい同士討ちが展開され、みるみるうちに数が減っていく。

 見てて胃が痛くなってきた。



 混乱の極致となったアシュレイ軍の槍隊に、後続の部隊は完全に手をこまねいていた。身動きが取れない。

 そこにウォーロイ軍の騎兵が両翼から突撃してきた。俺も転生後に実際に戦って初めて知ったが、歩兵にとって騎兵突撃は恐怖の象徴だ。一気に士気が下がる。

 アシュレイ軍はこれ以上の戦いは無理だと判断したらしく、とうとう退却命令を下した。総員退却を告げるラッパが吹き鳴らされている。

「だいたいなんで、あんな場所に騎兵隊を配置してたんだ。動かしづらいだろうに」

 俺が言うと、カイトがこう返事した。



「あ、思い出しました。アシュレイ軍総大将のトスキン侯爵ですが、嫡男は近衛騎兵の中隊長です」

「ああ、なるほど。それで騎兵を安全な場所に置いたのかもしれないな」

 本当のところはわからないが、もしそうだとすれば敗北は必然だ。

 数で負けているのに、そんな余計なことを考えていたら勝てるはずがない。



 潰走を始めたアシュレイ軍を見下ろしながら、俺はカイトに笑いかける。

「そろそろ帰るか。会戦が終われば、この辺りにもウォーロイ皇子の兵が来る。撤収するぞ」

「あ、じゃあこの雪洞どうします?」

「わざと残しておいてくれ。俺がここに来た証拠にな」

 ウォーロイ皇子なら、ここにいたのが誰だかすぐに察するだろう。

 もうちょっとわかりやすくしておくため、俺は腰のサーベルを抜いて雪の上に突き刺しておいた。

 決闘用のサーベルだ。



 俺はここで会戦を見ていた。だから会戦には加わっていない。

 つまりエレオラ派はまだ中立だが、なおかつこの戦いの行方に興味を持っているということになる。

 さて、後はどっちの陣営がどんな条件を持ってくるかだな。

「カイト、戦場の記録は取ったな?」

「はい。両軍の動きまで全部覚えました。帰ったら報告書にまとめますよ」

「よし、じゃあ帰って紅茶でも飲みながら軍議を開くとしよう」

「そうですね。熱い紅茶がいいです」

 ガタガタ震えながらカイトがうなずいた。

※明日1月7日(木)は定休日です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  鼓笛が行き届かないって、割と致命的よね。British grenadiersなんか、細っこい横笛使ってるけど、あれちゃんと聞こえたんだろうか。砲火の中でも最大3マイル先まで届いたとかいうん…
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