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「ユヒト司祭の述懐」

19話(ユヒト司祭の述懐)



 私は遠くに見えるリューンハイトの城門を振り返ると、しばらく立ち尽くした。

 もう、あの城門をくぐることはあるまい。



 魔王軍がわずかな人狼と非力な犬人だけで構成されていると知ったとき、私はトゥバーンの精強な弓騎兵たちなら彼らに勝てると思った。

 トゥバーンの衛兵隊長は、私が輝陽教の教えを授けた高弟だ。鳩を飛ばして事情を伝えたところ、密かに義勇兵を募ってくれた。

 しかし元老院の許可なく兵を出陣させる権利は、太守ですら持っていない。一介の衛兵隊長がすれば、反乱行為として処罰されてしまう。



 だがそれでも、弓騎兵隊からは五十人余りが応じてくれた。市民の中からも三百数十名が義勇兵として参加してくれたらしい。

 四百人ほどの兵力なら、銀の武器さえあれば人狼と犬人を駆逐できるはずだ。

 後は私の弟子たちが密かに城門を開き、彼らを市内へ迎え入れるだけでいい。市民の中にも、呼応する者たちがいるだろう。

 危険な賭けだが、十分に勝機はある。

 そう思っていた。



 だが人狼は、そんな私の愚かな企みをあっさりと打ち破った。

 弟子たちの報告によると、人狼たちはたった十数人で城壁の外に出ていったらしい。

 だがあの人狼の指揮官の話によると、トゥバーン義勇兵四百は皆殺しにされたという。

 わずか十数人の人狼に、だ。



 しかも彼らは私の弟子たちを捕らえ、この戦いとも呼べない虐殺を招いた張本人が私であることまで見抜いた。

 私はその場で殺されることを覚悟した。魔族との戦いに身を投じたときから、覚悟はできている。

 魔族との協調路線を歩む太守を裏切ってでも、私は魔族からリューンハイトを救いたかったのだ。

 代償として命ぐらいは差し出そう。



 だが人狼の指揮官は、私を殺さなかった。

 彼は冷静に私の話を聞き、時にはそれに理解を示す様子さえ見せた。

 我ながら、信じられない話だ。彼は魔族であり、人間の敵のはずだ。我々の気持ちなど理解できるはずがない。

 だが彼が私の主張にある種の理解を感じていたのは、はっきりと確信できる。

 もちろん彼がそれを言葉に出すことはなかったが。



 人狼の指揮官は詰問を終えると、一瞬だけ深く失望した表情を浮かべた。

 そしてそれはすぐに、強烈な皮肉に取って代わられた。

 その後で彼が言った言葉を、私は今でもはっきりと覚えている。



『面白い。では人間の力で治めていただこう』



 そして私は一通の書状を渡された。

『トゥバーン太守への公式文書だ。交戦の経緯と、戦死者を丁重に葬ったことを記してある。トゥバーンの民に顔が利く聖職者として、貴殿には使者となっていただく』

 私は命も身分も奪われなかったが、これはつまるところ追放だ。彼は何も言わなかったが、それぐらいのことはわかる。

 だがどうして、人狼の指揮官は私を殺さなかったのだ?

 私は人狼の指揮官の意図を考えながら、故郷への歩みを始める。



 考えにくいことだが、彼が私に情けをかけた可能性がある。彼は私になぜか同情的だった。

 しかしあの場で殺さなかったところで無駄だ。

 トゥバーンに行けば、私は殺されるだろう。衛兵隊の一部と市民を扇動した上に、彼らを全員死なせてしまったのだ。

 私自身、自分を許すことができない。

 だが謀略に敗れて敵に殺されるぐらいなら、同胞であるトゥバーンの民に詫びながら死ぬ方がいい。



 いや、もしかすると、それこそが彼の狙いなのかもしれない。

 人間は人間の手で殺させようということか。自らの手は汚さず、そしてリューンハイトの民には知られない場所で。

 私のいなくなった後の輝陽教神殿には、もう正面切って魔族と戦おうという者はおるまい。全てが綺麗に片付くことになる。

 恐ろしい謀略家だ。



 だがそれも、今となってはどうでもよい話だ。

 私は人生の全てを賭けて魔族に愚かな戦いを挑み、あっけなく敗れた。残されたのは、償いのためのわずかな時間だけだ。

 帰ろう、トゥバーンへ。

 そして死ぬのだ。

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― 新着の感想 ―
この詩的な文末好き。 めちゃくちゃ印象深いいいセリフ
[一言] 最後の二行を何度も読みに来てしまいます
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