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戦支度

189話



 ドニエスク家のイヴァン皇子は北ロルムンドの領主たちを巻き込み、怒濤の勢いで進軍を開始した。

「殿下、ここは危険です。ノヴィエスク城に避難を」

 拠点であるノヴィエスク城から戻ってきたボルシュ副官がそう進言するが、エレオラは首を横に振った。

「私は今回の暗殺事件とは無関係だ。その立場を貫くため、ここに残るべきだろう」



 彼女の言うことには一理あるし、その胆力には感心もするが、それでもやっぱり帝都は危険だ。

 イヴァン皇子はエレオラ派も敵とみなしているだろうから、帝都に北ロルムンドの反乱軍がなだれ込んできたらここは危ない。

「エレオラ殿、ここの守りは人狼隊に任せてもらおう。貴殿がいると、使用人たちも逃げることができないぞ」



 俺の言葉に、エレオラは少し悩む。

「それもそうだな。しかし……」

「今ならまだ雪もそれほど積もっていない。貴殿は東ロルムンドに帰って、カストニエフ卿と共に兵を集めるのだ」

 俺はエレオラの副官的なポジションだと思われているから、俺を残してエレオラが自分の城に戻るのはごく自然な話だ。



「俺はミラルディアの外交官でもある。イヴァン皇子とて、俺に手出しはしないだろう」

 手出しすれば人狼隊が変身して大暴れするだけだ。

 ここなら俺たちが戦うのにちょうどいい。開けた場所より密閉空間のほうが人狼の奇襲戦に向いている。

 それにみんなもそろそろ暴れたいだろう。



 俺の言葉にすかさずボルシュ副官が乗ってくる。

「ヴァイト卿の仰る通りです。殿下、ここはノヴィエスク城で兵を整えましょう。どちらの派閥に協力するにしても、あるいは第三勢力として戦うにしても、まとまった兵は不可欠です」

「……わかった。貴殿たちの言うとおりだ」

 エレオラはうなずくと、こう宣言した。

「使用人たちを帰郷させ、希望者はノヴィエスク城まで避難させる」



 道中の警護は年輩の女性人狼たちに任せることにした。見た目がおばさんなら警戒されにくいし、エレオラも余計な緊張はしないだろう。

 隊長はメアリ婆さんだ。

「護衛が終わったら、しばらくノヴィエスク城で休んでて。メアリ婆さん、冷え性だったよな?」

「あらあら、ヴァイトも気配り上手になったねえ。こっちは私たちで何とかするから、あんたも死ぬんじゃないよ?」

 わかったから頭撫でないでくれないかな……。

 年配の人狼はみんな俺を子供扱いするから困る。



 さて、エレオラがいなくなったから好き勝手するか。

 俺はエレオラ邸の厨房を借りて野菜やベーコンをソースで煮込みながら、今後について考える。

「ハマーム隊の尾行によると、イヴァン皇子の弟であるウォーロイ皇子は、北ロルムンドの支城であるクリーチ湖上城にいる。ここは北ロルムンドの玄関口で、帝都に攻め込むための拠点だ」

 できあがったシチュー状の怪しげな料理をみんなで頬張りながら、俺は説明した。

「クリーチ湖上城は名前の通り、湖に浮かんだ城だ。今の時期は湖面が凍ってるらしいが、それでも守りは堅い」



 俺はスプーンで地図を示しつつ、ファーンお姉ちゃんからおかわりをもらう。

「イヴァン皇子の息子、リューニエ皇子はさらに北上している。本拠地のドニエスク領にいるようだな。おそらく難攻不落の堅城、キンジャール城にいるだろう」

 こちらについては山城だというのはわかっているが、詳細は不明だ。



「当面はイヴァン皇子の攻勢が続くだろう。アシュレイ皇子のほうは戦争の準備ができていないからな」

 人狼たちは「ふーん」といった様子でうなずいている。

 戦争についてはみんな素人なので、地図上での攻防は今ひとつよくわからないらしい。



 ジェリクがシチューをガツガツ食いながら、俺に質問してきた。

「なあ大将、それで俺たちはいつ頃戦うんだ?」

「どっちかの派閥が声をかけてきたら、かな? 自分から売り込むのもなんか変だろう」

 理想としては、アシュレイ皇子が追いつめられたところで颯爽と救援というのがいいな。

 そのまま泥沼化させて双方を疲弊させるのもいい。



 ロルムンドの将兵にとってはたまったものじゃないだろうが、こっちだってミラルディアの平和がかかっているから綺麗事は言っていられない

「どちらにしても、エレオラが兵を集めてくれないことにはどうしようもないな。ロルムンドの戦争は万単位だから、人狼隊だけじゃ戦況をひっくり返せない」



 戦いの行方がはっきりしてくるまで、あと数日かかるだろう。

 イヴァン皇子率いる北ロルムンド軍は豪雪地帯からの派兵だから、進軍に手間取っているようだ。

 アシュレイ皇子の西ロルムンド軍は準備不足なので、防戦準備で手一杯らしい。

 その間もアシュレイ皇子は交渉の使者を何度も送っているようだが、イヴァン皇子もウォーロイ皇子も拒否しているらしい。



 俺は本格的に戦争が始まる前に、レコーミャ卿たちエレオラ派宮爵を集める。

「領地を得るまたとない好機だぞ、諸君」

 俺は直前まで鏡の前で練習していた邪悪スマイルを浮かべ、彼らを焚きつけた。

「反乱が鎮圧されれば、謀反人たちの領地は没収される。後任の領主を選ぶとき、真っ先に候補に挙がるのは反乱鎮圧の功労者だ」

 みんな領地を得て一族に楽をさせてやりたいから、目をギラギラ輝かせていた。

 いいぞ、その調子だ。



 するとペーティ卿が思案顔で質問してくる。

「逆にイヴァン殿下の帝位簒奪が成功してしまったら、どうしましょうか?」

「そのときはアシュレイ皇子のシュヴェーリン家に代わって、エレオラ皇女率いるオリガニア家とカストニエフ家が簒奪者を滅ぼすことになるだろうな」

 大義名分はある。

 実力は……ちょっと足りないかもしれない。

 反乱軍の規模は不明だが、北ロルムンドの領主が全部味方しているとすれば十万ぐらいいても不思議ではない。農閑期だから自由民も徴兵し放題だ。



「まあ、どちらかといえば反乱を鎮圧するほうが楽だな。アシュレイ皇子の軍が味方になるし」

「確かに。では私たちも、急いで戦支度を整えましょう。一族の者や使用人など、わずかですが兵を集めます」

 うなずくペーティ卿。話が早くて助かる。

 彼らロルムンド宮爵たちはわずかな兵しか持っていないし領地もないが、貴族として最低限の馬術や戦術を学んでいる。そこらの自由民とは質が違うのだ。



 そうこうするうちにイヴァン皇子の先鋒として、ウォーロイ皇子が北ロルムンド領主の連合軍を率いて南下してきた。

 数は四万ほど。この中には帝国軍の北部方面軍も加わっているようだ。

 迎え撃つアシュレイ皇子の軍は三万。西ロルムンドの領主連合軍と、帝国の近衛軍や帝都防衛軍、それに輝陽教聖堂騎士団の混成だ。

 双方とも、動員できる兵力にはまだ余裕がありそうな数だな。



 ウォーロイ皇子は破竹の勢いで侵攻を続けて、アシュレイ派の小領主たちを何人か降伏させたようだ。帝都に迫ってきている。

 だが俺はミラルディアの外交官という立場を貫き、エレオラ邸でのんびりさせてもらうことにした。

 ノヴィエスク城からボルシュ副官たちが連絡員としてやってくるので、合間合間に宮爵たちを鍛えてもらう。



「では次の演習です。この山頂の城を包囲するという作戦自体はさっきと同じですが、今度は兵力など城内の様子が不明です。まずどうしますか?」

 ボルシュ副官の問いに、地図をにらむ若手貴族たちは真剣な表情だ。親子ほど歳が離れているから無理もない。

「ふむ……やはり基本は偵察でしょうな」

「そうですね。どのように実行しますか?」

「山頂に兵を送ってみてはどうですかな?」

 するとボルシュ副官は首を横に振った。



「確かにそれも必要になりますが、もっと安全で良い方法がありますので、そちらを先にやっておきましょう」

 彼は地図上の山裾にある川を示した。

「この川に監視の兵を配置します。山城は水の確保が難題で、井戸が不足している場合は近くの川から水を汲んでいることがあります。水汲みの量や頻度から敵の数を推測することができますし、うまくいけば水場を封鎖することも敵兵を捕えて尋問することもできます」

「そうか、水か……」

「しかしボルシュ殿、水場を封鎖しても冬場なら雪を溶かして水をまかなえるのでは?」



 貴族らしい質問に、ボルシュ副官はこう答える。

「雪を溶かしても得られる水の量は見た目ほど多くありませんし、冬場の貴重な燃料を消費させられます」

「なるほど」

「確かに燃料も重要な物資だな」

「水や燃料の価値を意識していませんでしたな……」

 メモを取る貴族たち。街にいれば井戸水も薪も炭も好きなだけ使えるから、こういうのは教えてもらわないとなかなか気づけない。転生するまでは俺もそうだった。

 隠れ里にいたときには樹海で薪を拾ってきて、鉈で割って、軒下で何ヶ月も乾かして……ほんと苦労した。



 それはともかく、宮爵たちに従軍の経験はないが、庶民と違って基礎はできているから良い指揮官になるだろう。

 後は彼らが率いる兵だな。これはエレオラとカストニエフ卿に期待するしかないが、俺も少し焦りを感じてきた。

 今の調子なら、おそらく数日以内に最初の会戦が行われるはずだ。

 傍観者でいられるのも、あと少しだな。

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