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惨劇は雪に埋もれて

187話



 俺はドニエスク邸に赴いたが、ウォーロイ皇子と面会できただけだった。

「ああ、父上と兄上なら領内の仕事を片づけに一度戻っただけだ。雪が深くなる前には戻ってくるだろう」

 政敵だというのに、俺に親しげな笑みを浮かべてくるウォーロイ皇子。

 もう少し緊張感持てよと言いたい。



「ところでヴァイト卿、先日は兄が世話になったそうだな。農業の話をしていたと聞いたぞ」

「ええ、気になる話を聞いたものですから」

 俺は治水事業の件を切り出すかどうか迷ったが、うっかりするとドニエスク公への批判と受け取られかねない。



 ここは伏せておくとしよう。

「今、私のほうでも何か役に立てないかと考えているところです」

「そうか、悪いな。貴殿のそういうところ、俺は好きだぞ」

 屈託なく笑うウォーロイ皇子。

「異なる勢力に身を置いてはいても、民衆を政争の巻き添えにはしない。それは貴族の道徳としても、また国力を衰えさせんためにも大事なことだ。そうだろ?」

「仰るとおりです」



 俺がうなずくと、ウォーロイ皇子もうんうんとうなずいている。

「貴殿は気持ちのいい政敵だな、ヴァイト卿」

「褒められた気がしませんな」

 なんか調子が狂う。この皇子様、素顔をさらけ出し過ぎだろう。

 ただウォーロイ皇子の場合、こういった相手の反応も理解しているので注意が必要だ。素顔ではあるが、計算している部分がある。



 妙に居心地がいいが、長居は無用だな。

 ハマーム隊は無事にドニエスク公の馬車に追いついただろうか。市街地は見通しが利かない上に、門番などに呼び止められることも多い。

 人狼に変身すれば簡単なんだが……。



 ウォーロイ皇子は応接間のキャビネットから、高価そうなガラス瓶を取り出してきた。

「うるさい父上がいない間に、秘蔵の酒でも飲まんか? ブドウ酒を蒸留した火酒、それも名門カヴァランタインの特級だ」

 ガラス瓶の中で、琥珀色のブランデーが揺れている。

「俺は水や湯で割って飲むのは嫌いだが、そのせいで減るのが早いと父上から文句を言われるのだ。……同じようなものはミラルディアにもあるだろう?」

 想像したらちょっと笑えてきた。



 俺は笑いを隠さず、微笑みながら首を横に振る。

「ありますが希少なものですよ。安月給の私には、おいそれと飲めません」

 魔王軍は衣食住の保証はしてくれるが、現物支給が多いから現金はあまり支払われない。

 評議員は無給だし、俺のポケットマネーは意外と少ないのだった。

 副官手当もちょっとだけついてるが、みんなに飯をおごっちゃうしな……。



 ブランデーも多少気になるが、どのみち今は酔っぱらっている場合ではない。

 俺は一礼して立ち上がった。

「まだ仕事中ですので、本日は遠慮しておきましょう。それに、そのようにあまり御厚意をいただいていると、エレオラ殿下に叱られてしまいます」

「そのときは俺の家臣になれ。貴殿なら副官の座を約束するぞ」

 ああ、副官か……心が動くが、もう俺は魔王の副官という最高の地位にいるからな。



「光栄ですが、困ってしまいますな」

「ははは! 貴殿を困らせてやれたのなら、俺も少しは成長したということかな?」

 ウォーロイ皇子は立ち上がると、俺のために案内役のメイドを呼んでくれた。

 この感じだと、どうやらウォーロイ皇子は何も関わっていないようだな。



 俺が退出しようとしたとき、ウォーロイ皇子が俺の背中に声をかけてきた。

「俺はバカだから、貴殿が何を企んでいるのかはわからん。だが貴殿とはどこかで利害が一致する日がくると、俺は信じているのだ。貴殿もそうだといいな」

 俺は振り返ると、実直な皇子に一礼する。

「私も気持ちは同じにございます、殿下」

 ただそれが難しいんだよな……。



 俺がドニエスク邸から出ると、ハマームがひっそりとたたずんでいた。

「申し訳ありません、副官。馬車を見失いました」

「お前がか?」

 するとハマームは珍しく申し訳なさそうな顔をして、こう説明する。

「我々が追っていた馬車は偽物だったのです。ご丁寧に二人のコートまで置いてありました」

 猟犬で追跡されることも想定していたか。



 しかしそうなると、ますます陰謀の匂いがしてくるな。

「ハマーム、人狼隊全員に非常呼集だ。悟られないよう、全員をエレオラ邸に集めろ」

「承知しました」



 俺は人狼隊を全て投入して、ドニエスク公の馬車を捜索させた。

 その結果、日没前にようやくそれらしい痕跡を発見する。帝都からずいぶん離れた山の中だった。

 新雪に隠れていたが、血の跡が五人分。それに馬車の轍。

 死体はない。



「ドニエスク公の馬車が襲撃されたとみていいか」

 俺がつぶやくと、ファーンお姉ちゃんが首を傾げる。

「でも誰が?」

「わからないな。戴冠式が間近な今、ドニエスク公を排除したいヤツなんて山ほどいる」

 アシュレイ皇子かもしれないし、エレオラ派の誰かが先走った可能性だってある。

 あるいは、ドニエスク家の誰かかもしれない。



 地面にはいつくばってくんくんと鼻を鳴らしているモンザに、俺は声をかけた。

「馬車を追跡できるか?」

「あは、血の匂いがあるなら簡単だよぅ。ちょっと待っててね」

 自信まんまんに言ったモンザだったが。



「あれー……?」

 しばらくすると彼女が戻ってくる。

「雪のせいで匂いわかんなくなっちゃった」

 他の人狼たちも同様に、首を傾げている。実は俺も匂いをたどれない。

 一方、カイトが呪文を唱えながら、地面を調べている。

 過去視の魔法を使っているようだ。

 カイトは探知魔法の達人だから、半日程度なら余裕でさかのぼれる。



 調査を終えた彼の顔色は、ひどく悪かった。

「ヴァイトさん、ドニエスク公が暗殺されました」

「あの爺さんがやられたのか。イヴァン皇子は?」

「それが、イヴァン皇子が犯人です」

 なんだって?



 降りしきる雪の中で、俺は腕組みする。

 心配そうに人狼たちが集まってきたが、今は彼らに声をかける余裕はない。

 イヴァン皇子は北ロルムンドの将来を悲観していた。

 そして彼は健康状態が悪いようだ。ほんのわずかだが、ときどき呼吸音がおかしかった。人狼の聴覚でなければわからなかっただろう。



「カイト。イヴァン皇子がドニエスク公を殺す理由はなんだと思う?」

「いや、俺はそういうの苦手なんで……でも元老院のクソジジイどもとは違いますから、暗殺する以上はよっぽどの理由があったんでしょうね」

 コートを羽織ってモコモコになっているカイトが、そう答える。

 同感だな。



 俺はイヴァン皇子の人柄も考えた上で、こう結論づけた。

「俺の持っている情報だけで判断すると、イヴァン皇子は焦ったようだな」

「焦った、ですか?」

 イヴァン皇子の健康状態は、外部には漏れていない。



「イヴァン皇子は体が悪い。あまり長生きはできないだろう。そしてドニエスク公は老齢で、リューニエ皇子は一人息子だ」

「あー……あれですか。自分が生きてるうちに全部何とかしちゃおうってことですかね」

「そういうことだな」

 何をどうしようとしているのかはまだわからないが、父であるドニエスク公を排除しなければならないとなれば、相当に大きなことを考えているのは間違いない。



 一方、話についていけてないガーニー兄弟たちは、雪の中に寝そべってひんやり感を楽しんでいる。

「なあヴァイト、それで俺たちはどうすりゃいいんだ?」

「ああ、そうだな。今後はリューニエ皇子が最重要人物だ。おそらくイヴァン皇子は息子のリューニエ皇子を呼び寄せるだろう。それを追跡する」



 ここまでやらかした以上、大事な跡取り息子を帝都に置いておくはずがない。安全な本拠地に呼び戻すはずだ。それも一番安全な場所に。

 リューニエ皇子を追跡すれば、イヴァン皇子の最重要拠点がわかる。

 彼がリューニエ皇子を残したのは、おそらく祖父殺しのシーンを見せないためだろう。

 だがそのおかげで、俺は重要な手がかりをつかめた。



「あと一応、ウォーロイ皇子にも監視と護衛をつける。まさかとは思うが、ウォーロイ皇子まで暗殺されたら寝覚めが悪い」

「おいおい大将。敵だろ、あいつ?」

 ジェリクが首を傾げているが、俺はウォーロイ皇子のことが結構好きなのだ。



 とはいえ、それだけでは部下を動かす理由にならない。

「彼が陰謀に加担しているかどうかは重要な情報だから、動向を見張っておかないとな。それに彼は敵だが、『話の通じる敵』だ。死なせる訳にはいかない」

「そういうもんか?」

「皆殺しにするのでなければ、そういうヤツも敵側に必要なんだよ。でないと戦いが終わらなくなる」

 やるときは徹底的にやる魔族には、わかりづらい話かもしれないな。



 俺は人狼隊に命令を下す。

「他の勢力がここにたどり着く前に撤収するぞ。エレオラ邸に戻ったら情報の収集と分析をする。人狼隊は臨戦態勢で待機だ」

「おう!」

 イヴァン皇子の次の一手がどうなるかはわからないが、彼はもう戻れない道に足を踏み入れてしまった。

 この雪の大地がおびただしい量の血で染まることは避けられないだろう。


※明日1月3日(日)は定休日です。

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