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暖炉の攻防(前編)

179話



 俺はそれからも視線でドニエスク派貴族たちを牽制していたが、やがてウォーロイ皇子が眼鏡をかけた男性を連れて戻ってきた。

 背丈や顔立ちはウォーロイ皇子に似ているが、こちらはずいぶんときまじめそうな雰囲気だ。

 


 ウォーロイ皇子がその人物と何か話をした後、こちらに歩いてくる。

「ヴァイト卿、俺の兄のイヴァンだ」

「お目にかかれて光栄です、イヴァン殿下。ヴァイト・グルン・フリーデンリヒターと申します」

 俺が丁寧に挨拶をすると、イヴァン皇子は真顔でうなずいた。



「こちらこそお会いできて光栄だ、フリーデンリヒター卿。今日は貴殿の歓迎会でもある。ささやかな宴だが、くつろいでほしい」

 口調も物腰も丁寧だが、どこかよそよそしい雰囲気だ。

 人狼の嗅覚が、警戒している人間の匂いを感じ取る。

 どうやらあまり好意的に思われていないらしい。



 俺はイヴァン皇子と軽く雑談したが、彼は当たり障りのないことだけ言ってその場を離れていってしまった。

 去り際、イヴァン皇子は俺にこんなことを言う。

「我々の父であるドニエスク公が本日のパーティの主催者だが、体調が悪いのでこの場にはいない。もし良ければ、別室の父に挨拶していってはくれないか?」



 ロルムンドの作法はよくわからないが、主催者への挨拶は必要だろうな。

 何か裏の意図がありそうではあるが、皇子様直々の頼みとあっては断れない。

「わかりました。私もぜひ一度、ドニエスク公にお目通りがかなえばと思っていたところです」

 ひとまず殊勝なことを言っておいて、俺はドニエスク公に会うことにした。



 皇帝の弟であるドニエスク公は帝位継承権二位だから、アシュレイ皇子に何かあれば次期皇帝になる。

 もちろんロルムンド人はみんな、ドニエスク公が何かやらかすんじゃないかと思っている。

 俺も思っている。



 俺は使用人に案内されて、屋敷の奥へと足を運ぶ。

 パーティの音楽や話し声が遠ざかり、木々のざわめきと秋風の音が聞こえてくる。静かな場所だ。

 俺は案内されたドアをノックして、返事を待つ。

「どうぞ」

 落ち着いた老人の声が聞こえた。



 入室した俺が最初に気づいたのが、部屋のあちこちに潜む人間の気配だ。静かな場所なので、微かな呼吸音まで拾える。

 北ロルムンド風の豪奢な戸棚は、壁と一体化していて見た目より奥行きがありそうだ。

 歴代皇帝の誰かを描いたと思われる大きな絵画からは、隙間風の音が聞こえる。

 天井の高さも、廊下より少しだけ低い。ちょうど人間一人分の厚みだな。



 壁や天井に隠れているのは、合計八人。なかなか厳重な警戒ぶりだ。

 うっかりした発言はできないな。

 入室して三秒ぐらいでそこまで考えた俺は、部屋の主に一礼した。



「失礼いたします。ミラルディア連邦評議員、ヴァイト・グルン・フリーデンリヒターにございます」

 重厚な机の向こうにいるのは、眼光の鋭い老人だ。息子たちに似て、がっしりとしたいい体格をしている。

 あの体つき、現役で鍛えているな。

 人を殺せる戦士の体だ。



 老人はじっと俺を見ていたが、立ち上がって俺に軽く会釈した。

「ようこそ、若きミラルディアの英雄、フリーデンリヒター卿。私がドニエスク家の当主、ズィーニエ・ボリシェヴィキ・ドニエスク・ロルムンドだ」

 彼はそう言って、微かに目を細める。

「もう少しこちらに来たまえ。そこは暖炉の火が当たらない場所だ」



 他のロルムンド人と比べて、特に愛想がいい訳ではない。

 目立つ容貌だとか、いい声をしているとか、そういうこともない。

 それなのになぜか、この人の言葉には耳を傾けたくなる。

 不思議だ。



 精神支配魔法でも使っているのかと思ったが、魔力の流れは感じられない。

 これが人徳なのかと思ったが、あやふやな単語で片づけてしまうのは嫌いな俺だ。

 俺は隠れている護衛に警戒しながら、ドニエスク公が指し示す暖炉の前まで歩いていく。



 ……このへん、微かに血の匂いがするぞ。もうかなり古いものだが、人間の血の匂いはすぐにわかる。

 それにここの床を踏んだとき、二ミリほど沈み込む感触があった。何か仕掛けがありそうだな。

 暖炉前は暗殺ポイントか。

 まあいい。



 念のために矢避けの魔法も解毒の魔法もかけておいたし、さらに緊急用の高速再生魔法もかけてある。

 最初の襲撃さえかわせば、あとは変身して「ソウルシェイカー」をぶっ放せば全員ノックアウトだ。

 息を吸いながら変身すれば後は叫ぶだけだから、二秒弱ってとこだな。

 俺は死地に無造作に立って、暖炉の温もりに笑みを浮かべる。



「なかなか良い場所ですな。暖まります」

「ミラルディアの南部は温暖な気候と聞いているので、ロルムンドの秋は少々寒かろう。この屋敷なら、貴殿に寒い思いはさせんと思う」

 おっと、いきなり遠回しな勧誘がきたぞ。「この屋敷なら」か。

 適当に返しておくとしよう。



「ありがとうございます。暖炉といえば、先日は部下たちがエレオラ殿下の暖炉を修繕いたしましてな。おかげでエレオラ殿下の屋敷にも愛着が湧いております」

 さりげなく拒絶。

 するとドニエスク公は、のんびりとした好々爺の表情でうなずいた。

「ミラルディアの方々は勤勉だな。エレオラ殿も喜んでいることだろう」

 そう言って笑った後、ぽつりと一言。

「だがロルムンドでは、急な『寒波』が来ることもある。よく暖まっていきなさい」

 それはもしかして、脅してるのかな?



 さっきから遠回しに火花を散らしている俺だが、なぜかドニエスク公との会話は不思議と心地良い。

 おそらくこれは人徳でも魔法でもないだろう。あくまでも会話術の類だ。

 ただし、俺がやっているような素人の付け焼き刃ではない。

 ごく自然にさりげなく、他人を惹きつけるような仕草や口調が出せている。

 さすがに大国の大物政治家となると、格が違うな。



 さて、俺がドニエスク公に訊ねたいことはふたつある。

 ひとつはミラルディアに対する姿勢。

 もうひとつは、エレオラ暗殺未遂についてだ。



 軽いほうからいっとくか。

「ところで殿下、我がミラルディアに対してはどのようにお考えですか?」

 ドニエスク公は微笑む。

「それは、今の立場でお話しすればよろしいのかな?」

 えーと、どういう意味だ。

 ああそうか。皇帝の弟、北ロルムンドの領主としての立場か。外交に関与はしていないよ、というアピールなのかな。

 野心が見え隠れしている気もするな。



「もちろんでございます、殿下」

「それならば、陛下の御判断に従うまでのことだ。私に決定権はない」

 そりゃそうか。

 ミラルディアに対する態度は明らかにしないつもりらしい。

 質問の仕方がまずかったか。



 だが個々の事案についてなら、回答してもらえるかもしれないな。

「しかしながら殿下は南征については、批判的な立場だったとお伺いしております。その理由を教えてはいただけませんか?」

 するとドニエスク公は小さく首を振る。

「それを聞いて、どうするおつもりかな。皇帝陛下は未だ在位、後継者たるアシュレイ殿も健在。私の意見など無意味ではないかね?」



「お許しください。これも外交官としての務めにございます、殿下」

 俺が適当にごまかすと、ドニエスク公は仕方ないといった様子でこう語り始めた。

「ミラルディアへの侵攻は、その手間と危険に釣り合う見返りが期待できなかったので反対だった。だがエレオラ殿下は手勢だけでよくやってくれたようだ」

 ええ、彼女は優秀な帝位継承権者ですから。



 ドニエスク公は机の上に置いてあった、チェス駒のような置物を手に取った。ロルムンド式チェス、謀棋の駒だ。水晶でできている。

「武力というのは、動かさないときが最も強い。動かせば消耗し、手の内を相手に悟られる。それに動かしている間は、他のことに使えない」

 確かに大規模な軍事侵攻をかけている間に反乱でも起きれば、鎮圧に手間取ってしまうな。

 今回のエレオラは親衛隊しか動かさなかったので、そういう意味でもロルムンド内での評価は高い。



 ドニエスク公は謀棋の駒を置く。

「息子たちは血気盛んなので、陛下の南征計画に賛成だったようだがな。結果を見れば、正しかったのは息子たちのほうだ。どうやら私も老いたということらしい」

 いやあ、正しかったのはあなたのほうだと思うよ。

 よけいなことさえしなければ、俺もロルムンドに乗り込んできたりはしなかったし。



 どうもドニエスク家の中でも微妙に意見の違いがあるのかな。

 もう少し深く聞いてみたいが、時間も限られているので一番の懸念事項を質問しておこう。

 エレオラ暗殺未遂の件だ。

 俺は息を整え、意を決して口を開いた。

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